誰よりも優しく抱いたのに、その優しさが君を傷つけた

氷月

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Lesson21 底なしの甘い沼

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一週間という空白は、こんなにも

長かっただろうか。

一週間という空白が、これほど長く感じられるなんて。日常の中でも、
真白と会えない時間はどこか色が欠けているようだった。
ハンドルを握る指先が、彼女の住むマンションへと急いでいる。

アンティーク風の趣ある佇まいの前で車を停め、「着いたよ」と短くメッセージを送る。

数分後ーー

エントランスから現れた真白は、その名の通り白を基調とした淡い装いに身を包んでいた。二十歳の彼女が持つ、まだ何にも染まっていない可憐さが引き立ち、俺の胸は心地よい熱を帯びる。

「お待たせ。お迎えありがと」

助手席のドアを開けると、真白が笑みで滑り込んできた。  
「どこいきたい?」と問いかければ、

彼女はふと無邪気に笑う。

「水族館にいきたい。でも、悠斗とならどこでも!」
その真っ直ぐで無垢な言葉が、俺の胸を強く締め付ける。
セリフの一つひとつが愛おしくて、どうしようもなく甘い独占欲が込み上げてくる。

俺は出発を遅らせ、彼女の手を掬い上げると指を深く絡めた。
驚く彼女の額、そして、柔らかな唇にそっと触れる。

真白は嬉しそうに、けれど少し照れたように笑った。その表情があまりに可愛くて、もっと深く触れたくなる衝動を必死に抑え込む。
だ・け・ど……。

「あぁ、沼……」

独り言のように漏れた溜息は、

自分自身の制御不能な感情への降参だった。今度こそ、ゆっくりとアクセルを踏み込む。

並木道を滑る車内、ふと視線を感じて横を向くと、
真白が熱心に俺の横顔を盗み見ていた。

「真白、俺さ照れて運転できなくなる」

苦笑混じりに告げれば、彼女は一瞬で耳まで真っ赤に染まっていく。
「カッコよくて見惚れていた」
なんて、そんな純粋な殺し文句を平然と返されては、こちらの身が持たない。

絡めた指先に力がこもり、繋いだ掌から熱が伝わった。
信号が赤になる――――。
その隙を突いて、俺は彼女を自分の方へと引き寄せた。
唇に触れるのは、ほんの一瞬。

「他の人から見えるよ~!」
恥ずかしそうに身を縮める彼女の反応が愛らしくて、俺も少し照れくさいのに、目線を落として声をくすりと笑った。

水族館へと足を踏み入れる。平日のせいか館内は静寂に包まれ、
まるで二人だけの秘密の場所のようだ。

繋いだ手から伝わる鼓動が、青い世界に優しく響いている。

「悠斗!見てみて!クラゲ」
真白が足を止めたのは、青い光が揺らめくクラゲの水槽の前だった。
幻想的な光に照らされた彼女の指先がガラスに触れる。
その細い指をなぞるように、俺の手を上から重ねた。
「悠斗……」
見上げてくる真白の澄んだ瞳には、揺れる青と、彼女を愛おしく見つめる俺の視線が混ざり合う。
「綺麗だな……」
その言葉は目の前の光景へではなく、間違いなく彼女へ向けたものだった。
思わず目線が離せなくなる。

周囲に人がいないことを確認し、
俺は振り向いた彼女の額、そしてそのまま唇へと吸い寄せられた。
唇が触れるだけの、けれど深い愛着を込めた口づけ。
顔を真っ赤にして視線を落とす真白の仕草が、俺をさらに深い幸せへと引きずり込んでいく。

それからペンギンやマンタ、大水槽を泳ぐ魚たちを見て回った。
イルカの動きを追っていた時、不意にシャッター音が響く。

「あ、盗み取りしただろ~真白」

「待ち受けにしたくて、ついつい」

「なら一緒に撮ろうよ?」

そう提案すると、彼女はパッと表情を輝かせた。――いい?

――――カシャ。

レンズ越しに視線を合わせ、二人の大切な時間を一枚の画に閉じ込める。

「どう?うまく撮れた?」

「うん!悠斗うまいね~カメラマンみたい」

「だろ?俺センスあるからさ~」

冗談めかして言った言葉を、彼女は本気で信じて尊敬の眼差しを向けてくる。

そんな幼さの残る無垢な反応が、たまらなく愛おしかった。
水族館をたっぷり回り、外へ出ると夏の湿った風が頬を撫でた。

「次はどこいきたい?」

俺の問いに、真白は少しだけ甘えるように声を潜めた。

「まだ一緒にいたいからね?」

その一言で、俺の心臓は今日一番の大きさで跳ね上がった。

「もちろんだよ」

次へ続くーーー
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