【完結】運命の番より俺を愛すると誓え

劣情祝詞

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前編

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「薫、今日はなんのバイトよ」
「パチだ」
「あんた!!」

 コインランドリー、いつもの席で母親が俺を叱り飛ばそうとする。
 説教が始まる前にとっとと逃げるに限る。
 母親は店番しなくてはならないから、俺を追ってくることはない。
 いつもそうやってバイトやらパチンコやらに繰り出しているのだ。
 そして、幹部の会議にも。
 今日は定例会の日だ。
 本当は休もうと思っていたのに、団長直々に来いとの命令を受けたから仕方なく、だ。
 俺の足取りは重かった。
 願わくば淡々と終わり、10分ほどで解散にでもなってくれないだろうか。
 そんな淡い期待を抱いてアジトへと向かった。

『武器を持て』
「我々は如何なる罪を犯す事も厭わない」

 禍々しく武装したアジトと、たいそうな合言葉。
 この組織に武器を持ち実際に振るう勇気がある人間などいるのだろうか。
 自分たちは志に生きる崇高な組織で目的達成のみを考えている、そう誇示したいだけだ。
 くだらない。少なくとも俺は罪を背負う覚悟はない。

 二階へ上がる、一歩一歩踏みしめる度に階段がギシギシと鳴り今にも崩壊しそうだ。
 狭い廊下の一番奥、扉が開いていた。
 その中に15人ほどの人だかりがあるのが遠くからでもわかる。
 こんなに人が集まっているのは珍しい。
 何かを囲んでいるようだ。
 奥まで進む、人と人の隙間から見える。

「おい、何やって……」

 俺は絶句した。
 皆の視線の先には男がパイプ椅子に座っていた。
 両手首を肘掛に、足首を椅子の脚に結束バンドで拘束されている。
 顔にはあざがあり、殴られたのだろうと察せる。
 ヒビの入った縁なしの眼鏡が、かろうじて鼻に引っかかっていた。
 しかしそんなことはどうでもよかった。
 高級そうなスーツ、手足の長くシュッとしたシルエット、やけに品の良い香水の香り、見覚えのある顔。

「水無瀬……くん……?」
「……っ!?」

 間違いなく蒼井君春、本人だった。
 俺はひどく狼狽して、蒼井の後ろに立つ団長に目を向けた。

「おーおー、水無瀬。知り合いだったのか?」
「団長、どういうことですか?」

 わざとらしい口調で声をかける団長に、俺は声を荒げるのを抑えて静かに尋ねた。
 その返事はなんとなく察していた、しかしそうでなければいいと内心では祈っていた。

「こいつは次のターゲットだ」

 聞きたくなかった、何故この男なんだ。
 顔どころか、名前、住所、家族、全て割れているこの男が次のターゲットだなんてふざけてる。
 どう転んでも俺は窮地じゃないか。
 偶然とは思えない。
 団長を睨みつけると、団長はポケットからスマホを取り出して何やら操作してから俺に見せてきた。

「この前たまたまふら~と歩いてたらよ、面白いもん見かけてな」

 画面にはとある映像が再生されていた。
 道端で蒼井が俺の両手を掴んでいるところを、20mほど離れた場所から撮影したものだった。
 間違いない、蒼井が俺に突然「運命の番だ」と喋りかけてきたあの時だ。

「うっかり話が耳に入って来てな、こりゃいいじゃねえか。次のターゲットにちょうどいい。そう思った訳だ」
「なんで……素性が割れる可能性が高くなるでしょう。俺だけではなく、この組織全体にとって危険な行為だ」

 俺は整然と抗議をした。
 抗議したところでどうしようもないのはわかっていながら。
 だってすでに誘拐監禁は行われていて、俺は顔を見られている。
 その抗議に気を悪くしたのか、団長は勢いよく俺の顎をつかんだ。

「……いっ」
「幹部としての自覚が足りないお前のために、わざとこうしてんだよ」
「な……、そんな」
「大事な活動の時に限ってのらりくらりとかわしやがって。お前のその態度にずっとイライラしてんだよこっちは。お前も組織の一員、それも幹部だ。逃げられないようにしてやったんだよ。同じ罪を背負え」

 クソ野郎、ここまで蒼井を連れてきたのもお前じゃねえだろ。
 自分で実行する勇気もないくせに。
 そう言ってやりたかった。
 しかしすんでのところで抑えた。
 「団長」という権限は想定より強いものだ。
 過激派組織と言われるだけあって、裏切り者へは厳しい。
 報復、粛清は当たり前だ。
 団長の一声で自分自身が被害者になる。
 機嫌を損ねるのは得策ではない。
 俺は必死に怒りを押さえ込んだ。
 下を向いた俺に満足したのか、団長は俺の胸ぐら突き飛ばして言った。

「よくぞ集まった、同胞たちよ。我々は社会階級制度に異議を唱え、Ωの権利を取り戻すため強い意志と確固たる決意を持って日々活動に当たっている。もはやうわべだけの活動は意味をなさない。国家の方針ごと、政治の方針ごと大きな革命が必要だ。腐敗し堕落しきったαの温床である政界に一石を投じる。そもそもαはその地位が保証されているせいで社会階級制度撤廃に消極的だ。結局は自分がよければ後はどうでも良い。自分より地位の低い人間を見て安心し、自尊心を上げる道具にしているエゴイストだ」
「それは違う」

 叩き斬るような否定の言葉。
 ひやりと空気が冷たくなった。
 団長の演説を、断ち切ったのは蒼井だった。
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