6 / 25
前編
5
しおりを挟む
「α全員が差別主義者だというのは偏見だ。社会階級制度撤廃のために尽力している政治家もいる。確実に撤廃の方向に進んでいるのは事実だ。現に第二性にまつわる裁判ではΩが勝訴する例も微量ながら増加している。しかし、未だ無意識に国民の心理にこびりついている差別意識があるのもまた事実。それに関しては文化の域になる。正直な話、時でしか解決できないものだ」
「黙れ」
蒼井の反論に対し団長は一蹴した。
「『時でしか解決できない』だと?その間のΩの権利はどうなる?お前らαがそんな驕った思想を持っていなければ、Ωは今頃幸せに生きていたんだ」
「αだけの問題じゃない、βにだってその差別思想は植え付けられている。無論Ωにもだ。差別は無意識の意思だ。これは差別主義者だとか、性格の悪さとか、思想とか、そんなものじゃない。生まれたときから社会全体がそう教え込むからだ、洗脳のようなものだ。時間をかけて、植え付けられた考えを解きほぐしていかなければならない」
「そうやって言い訳するつもりか、αが悪いのはもう決定事項なんだ!その口を閉じろ、殺すぞ!」
蒼井は静かに団長を睨んだが、ぎゅっと唇を結び黙り込んだ。
団長に意見する人間など、この組織の中にはいないせいか、皆が自分のことのようにハラハラと緊張していた。
俺だけが妙に納得していた。
蒼井は弁護士だと言っていた。
弁論に長けているだろうし、社会問題に関する知識も十分にあるのだろう。
口だけだったら団長に負けることはまずないはずだ。
「今回のターゲットは蒼井君春、30歳、α。市内の弁護士事務所に勤務。現在同じく市内のマンションで一人暮らし」
「弁護士なんて、大丈夫なのかよ……」
山科が不安そうに呟いたが、団長はそれに答えるように断言した。
「問題ない、どうせもう仕事をすることはないんだからな」
「君たち、『CAS』だな」
「ほう、俺たちを知っているのか」
「以前ニュース番組で特集していた。活動拠点は未だ不明で、SNSや動画投稿サイトでの活動と、武装闘争、爆破事件、放火事件など過激な活動を行っていると。これはαを誘拐し、見せしめを行うというやつか」
「その通りだ。政府に反乱の意志を示し危機感を抱かせる」
「……」
蒼井は黙り込んだ。
言いたいことはあるのだろうが議論しても無駄だと悟ったのだろう。
蒼井は俺の方を見つめた。
バツが悪い、別にこの男に何か感情を抱いている訳ではない。
しかし知り合いにこの組織に入っていることがバレるのはなんだか不快だし、怖くもあった。
この男は母親とも知り合いなんだ。
俺は母親にこの活動がバレるのが一番怖い。
蒼井の瞳が少し寂しげに揺れたように見えた。
ふっと目をそらした。
あくまでこの男とは他人だとそう意識したかった。
「やれ」
団長がそう指示を出すと、山科が蒼井に猿轡を噛ませた。
さらに、別の組員が何やら注射を持ってきて、蒼井の腕を掴んだ。
蒼井の体がわずかに抵抗し動いた。
俺は血の気が引くのを感じて声の震えを抑えながら言った。
「おい、なんだよそれ。……ヤクじゃないだろうな」
「まさか、筋弛緩の効果がある薬だ。生命に影響はない、手足の抵抗力を奪うのと呂律が回らなくなるくらいだ」
蒼井は浅い呼吸を繰り返し、腕に近づいてくる注射針から目を離せないでいた。
カタカタと震える腕に、なんの抵抗もなくスッと針が侵入し、薬が注入された後何事もなかったかのように抜き取られた。
とりあえずすぐに死ぬようなことはないようで、俺は一息ついた。
しばらく時間が経過すると、蒼井は椅子の上でぐったりと頭を垂れていた。
頃合いを見計らって組員が結束バンドをハサミで切る。
団長が蒼井の前髪を掴んで椅子の上から引きずり降ろすと、蒼井は抵抗も見せずにそのままバタリと床に体を打ち付けた。
指先が僅かに痙攣している。
筋弛緩剤というのは本当だったらしい。
開きっぱなしの唇の端から唾液が溢れているが、呼吸はちゃんとしている。
団長は蒼井の頭に紙袋をかぶせ、それを固定するように鎖のついた首輪をはめた。
「ふっ、無様だな。……カメラの用意は?」
「もう撮ってます」
ああ、始まる。
αを見せしめに暴行する。
撮影し、動画投稿サイトとSNSでその動画を投稿する。
ニュースで取り上げられ、社会問題になり、政府も対応せざるを得なくなる。
一人の罪のないαが犠牲になる。
胸糞悪い。
実際に殴る蹴るの暴行を実行するのは一部のメンバーだ。
αに鬱憤溜まってる奴とか、単純に暴力をふるいたいだけの奴。
俺は遠くの方のビリビリに破けてボロになったソファに座って様子を眺めていた。
否定もせず、肯定もしない。
それが精一杯の自己防衛だった。
おい、と団長が声をかけると、結束バンドを一人の団員の方に放り投げた。
「これで腕縛れ」
「いや、抵抗はしないっすよ」
「なるべく惨めな格好にしろ、服もボロボロに裂け」
びく、びく、と不規則に痙攣している体をひっくり返して、細めのロープで縛り付ける。
白いワイシャツの上から肉に食い込むほどの力で締め付ける、後ろ手に両手首をギリギリと。
今から暴行されます、とでも言うかのような酷い格好にさせられていく蒼井に、俺は目をそらした。
「黙れ」
蒼井の反論に対し団長は一蹴した。
「『時でしか解決できない』だと?その間のΩの権利はどうなる?お前らαがそんな驕った思想を持っていなければ、Ωは今頃幸せに生きていたんだ」
「αだけの問題じゃない、βにだってその差別思想は植え付けられている。無論Ωにもだ。差別は無意識の意思だ。これは差別主義者だとか、性格の悪さとか、思想とか、そんなものじゃない。生まれたときから社会全体がそう教え込むからだ、洗脳のようなものだ。時間をかけて、植え付けられた考えを解きほぐしていかなければならない」
「そうやって言い訳するつもりか、αが悪いのはもう決定事項なんだ!その口を閉じろ、殺すぞ!」
蒼井は静かに団長を睨んだが、ぎゅっと唇を結び黙り込んだ。
団長に意見する人間など、この組織の中にはいないせいか、皆が自分のことのようにハラハラと緊張していた。
俺だけが妙に納得していた。
蒼井は弁護士だと言っていた。
弁論に長けているだろうし、社会問題に関する知識も十分にあるのだろう。
口だけだったら団長に負けることはまずないはずだ。
「今回のターゲットは蒼井君春、30歳、α。市内の弁護士事務所に勤務。現在同じく市内のマンションで一人暮らし」
「弁護士なんて、大丈夫なのかよ……」
山科が不安そうに呟いたが、団長はそれに答えるように断言した。
「問題ない、どうせもう仕事をすることはないんだからな」
「君たち、『CAS』だな」
「ほう、俺たちを知っているのか」
「以前ニュース番組で特集していた。活動拠点は未だ不明で、SNSや動画投稿サイトでの活動と、武装闘争、爆破事件、放火事件など過激な活動を行っていると。これはαを誘拐し、見せしめを行うというやつか」
「その通りだ。政府に反乱の意志を示し危機感を抱かせる」
「……」
蒼井は黙り込んだ。
言いたいことはあるのだろうが議論しても無駄だと悟ったのだろう。
蒼井は俺の方を見つめた。
バツが悪い、別にこの男に何か感情を抱いている訳ではない。
しかし知り合いにこの組織に入っていることがバレるのはなんだか不快だし、怖くもあった。
この男は母親とも知り合いなんだ。
俺は母親にこの活動がバレるのが一番怖い。
蒼井の瞳が少し寂しげに揺れたように見えた。
ふっと目をそらした。
あくまでこの男とは他人だとそう意識したかった。
「やれ」
団長がそう指示を出すと、山科が蒼井に猿轡を噛ませた。
さらに、別の組員が何やら注射を持ってきて、蒼井の腕を掴んだ。
蒼井の体がわずかに抵抗し動いた。
俺は血の気が引くのを感じて声の震えを抑えながら言った。
「おい、なんだよそれ。……ヤクじゃないだろうな」
「まさか、筋弛緩の効果がある薬だ。生命に影響はない、手足の抵抗力を奪うのと呂律が回らなくなるくらいだ」
蒼井は浅い呼吸を繰り返し、腕に近づいてくる注射針から目を離せないでいた。
カタカタと震える腕に、なんの抵抗もなくスッと針が侵入し、薬が注入された後何事もなかったかのように抜き取られた。
とりあえずすぐに死ぬようなことはないようで、俺は一息ついた。
しばらく時間が経過すると、蒼井は椅子の上でぐったりと頭を垂れていた。
頃合いを見計らって組員が結束バンドをハサミで切る。
団長が蒼井の前髪を掴んで椅子の上から引きずり降ろすと、蒼井は抵抗も見せずにそのままバタリと床に体を打ち付けた。
指先が僅かに痙攣している。
筋弛緩剤というのは本当だったらしい。
開きっぱなしの唇の端から唾液が溢れているが、呼吸はちゃんとしている。
団長は蒼井の頭に紙袋をかぶせ、それを固定するように鎖のついた首輪をはめた。
「ふっ、無様だな。……カメラの用意は?」
「もう撮ってます」
ああ、始まる。
αを見せしめに暴行する。
撮影し、動画投稿サイトとSNSでその動画を投稿する。
ニュースで取り上げられ、社会問題になり、政府も対応せざるを得なくなる。
一人の罪のないαが犠牲になる。
胸糞悪い。
実際に殴る蹴るの暴行を実行するのは一部のメンバーだ。
αに鬱憤溜まってる奴とか、単純に暴力をふるいたいだけの奴。
俺は遠くの方のビリビリに破けてボロになったソファに座って様子を眺めていた。
否定もせず、肯定もしない。
それが精一杯の自己防衛だった。
おい、と団長が声をかけると、結束バンドを一人の団員の方に放り投げた。
「これで腕縛れ」
「いや、抵抗はしないっすよ」
「なるべく惨めな格好にしろ、服もボロボロに裂け」
びく、びく、と不規則に痙攣している体をひっくり返して、細めのロープで縛り付ける。
白いワイシャツの上から肉に食い込むほどの力で締め付ける、後ろ手に両手首をギリギリと。
今から暴行されます、とでも言うかのような酷い格好にさせられていく蒼井に、俺は目をそらした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
策士オメガの完璧な政略結婚
雨宮里玖
BL
完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。
ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。
長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。
相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。
だがそんなことはノアには関係ない。
これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。
一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる