【完結】運命の番より俺を愛すると誓え

劣情祝詞

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前編

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「α全員が差別主義者だというのは偏見だ。社会階級制度撤廃のために尽力している政治家もいる。確実に撤廃の方向に進んでいるのは事実だ。現に第二性にまつわる裁判ではΩが勝訴する例も微量ながら増加している。しかし、未だ無意識に国民の心理にこびりついている差別意識があるのもまた事実。それに関しては文化の域になる。正直な話、時でしか解決できないものだ」
「黙れ」

 蒼井の反論に対し団長は一蹴した。

「『時でしか解決できない』だと?その間のΩの権利はどうなる?お前らαがそんな驕った思想を持っていなければ、Ωは今頃幸せに生きていたんだ」
「αだけの問題じゃない、βにだってその差別思想は植え付けられている。無論Ωにもだ。差別は無意識の意思だ。これは差別主義者だとか、性格の悪さとか、思想とか、そんなものじゃない。生まれたときから社会全体がそう教え込むからだ、洗脳のようなものだ。時間をかけて、植え付けられた考えを解きほぐしていかなければならない」
「そうやって言い訳するつもりか、αが悪いのはもう決定事項なんだ!その口を閉じろ、殺すぞ!」

 蒼井は静かに団長を睨んだが、ぎゅっと唇を結び黙り込んだ。
 団長に意見する人間など、この組織の中にはいないせいか、皆が自分のことのようにハラハラと緊張していた。
 俺だけが妙に納得していた。
 蒼井は弁護士だと言っていた。
 弁論に長けているだろうし、社会問題に関する知識も十分にあるのだろう。
 口だけだったら団長に負けることはまずないはずだ。

「今回のターゲットは蒼井君春、30歳、α。市内の弁護士事務所に勤務。現在同じく市内のマンションで一人暮らし」
「弁護士なんて、大丈夫なのかよ……」

 山科が不安そうに呟いたが、団長はそれに答えるように断言した。

「問題ない、どうせもう仕事をすることはないんだからな」
「君たち、『CAS』だな」
「ほう、俺たちを知っているのか」
「以前ニュース番組で特集していた。活動拠点は未だ不明で、SNSや動画投稿サイトでの活動と、武装闘争、爆破事件、放火事件など過激な活動を行っていると。これはαを誘拐し、見せしめを行うというやつか」
「その通りだ。政府に反乱の意志を示し危機感を抱かせる」
「……」

 蒼井は黙り込んだ。
 言いたいことはあるのだろうが議論しても無駄だと悟ったのだろう。
 蒼井は俺の方を見つめた。
 バツが悪い、別にこの男に何か感情を抱いている訳ではない。
 しかし知り合いにこの組織に入っていることがバレるのはなんだか不快だし、怖くもあった。
 この男は母親とも知り合いなんだ。
 俺は母親にこの活動がバレるのが一番怖い。
 蒼井の瞳が少し寂しげに揺れたように見えた。
 ふっと目をそらした。
 あくまでこの男とは他人だとそう意識したかった。

「やれ」

 団長がそう指示を出すと、山科が蒼井に猿轡を噛ませた。
 さらに、別の組員が何やら注射を持ってきて、蒼井の腕を掴んだ。
 蒼井の体がわずかに抵抗し動いた。
 俺は血の気が引くのを感じて声の震えを抑えながら言った。

「おい、なんだよそれ。……ヤクじゃないだろうな」
「まさか、筋弛緩の効果がある薬だ。生命に影響はない、手足の抵抗力を奪うのと呂律が回らなくなるくらいだ」

 蒼井は浅い呼吸を繰り返し、腕に近づいてくる注射針から目を離せないでいた。
 カタカタと震える腕に、なんの抵抗もなくスッと針が侵入し、薬が注入された後何事もなかったかのように抜き取られた。
 とりあえずすぐに死ぬようなことはないようで、俺は一息ついた。


 しばらく時間が経過すると、蒼井は椅子の上でぐったりと頭を垂れていた。
 頃合いを見計らって組員が結束バンドをハサミで切る。
 団長が蒼井の前髪を掴んで椅子の上から引きずり降ろすと、蒼井は抵抗も見せずにそのままバタリと床に体を打ち付けた。
 指先が僅かに痙攣している。
 筋弛緩剤というのは本当だったらしい。
 開きっぱなしの唇の端から唾液が溢れているが、呼吸はちゃんとしている。
 団長は蒼井の頭に紙袋をかぶせ、それを固定するように鎖のついた首輪をはめた。

「ふっ、無様だな。……カメラの用意は?」
「もう撮ってます」

 ああ、始まる。
 αを見せしめに暴行する。
 撮影し、動画投稿サイトとSNSでその動画を投稿する。
 ニュースで取り上げられ、社会問題になり、政府も対応せざるを得なくなる。
 一人の罪のないαが犠牲になる。
 胸糞悪い。
 実際に殴る蹴るの暴行を実行するのは一部のメンバーだ。
 αに鬱憤溜まってる奴とか、単純に暴力をふるいたいだけの奴。
 俺は遠くの方のビリビリに破けてボロになったソファに座って様子を眺めていた。
 否定もせず、肯定もしない。
 それが精一杯の自己防衛だった。

 おい、と団長が声をかけると、結束バンドを一人の団員の方に放り投げた。

「これで腕縛れ」
「いや、抵抗はしないっすよ」
「なるべく惨めな格好にしろ、服もボロボロに裂け」

 びく、びく、と不規則に痙攣している体をひっくり返して、細めのロープで縛り付ける。
 白いワイシャツの上から肉に食い込むほどの力で締め付ける、後ろ手に両手首をギリギリと。
 今から暴行されます、とでも言うかのような酷い格好にさせられていく蒼井に、俺は目をそらした。
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