【完結】呪われた双子 -犬として育てられた弟がよしよし♡され、次期当主として育てられた兄がボロボロ♡にされる話-

劣情祝詞

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兄編 南という男

南という男 5

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 しばらくして、一綺は大学に来なくなった。
 もう三日だ。
 久留米はあの時、無理矢理でも引き剥がして、一綺を連れて帰らなかった自分を悔やんだ。
 それでも、何の行動にも移せなかったのは、自分も南と同じであると痛感していたからだ。
 嫌がる一綺の、心も体もぐちゃぐちゃに掻き回して、蹂躙して、屈辱を与えたのは自分ではなかったか。
 そこに、わずかでも負い目を感じてしまった久留米は、動くことができなかった。
 
 足腰がろくに立たない状態でも、大学にはきちんと来た一綺が無断欠席をするなんて、異常事態に違いない。
 わかっていながら、久留米は何もすることができなかった。


 一綺が南の家に連れて来られて、はや3日が経っていた。
 子供の頃に、親族一同で遊びに来た以来、来たことはなかった。
 殺風景な個室のベッドの上で、今が昼か夜かもわからず、何日経ったかもわからず、ただ無為な時間を過ごしていた。
 時折、南は部屋を訪れては、一綺に服従を誓う言葉を吐かせた。
 気絶するまで体を苛め抜かれて、洗脳のように奴隷の喜びを言い聞かせられた。
 
 最後の日、部屋を訪れた南の顔は僅かに憔悴していたと思う。
 入ってきたかと思うといきなり、南に覆い被さられて、手首をベッドに縫い付けられる。
 それでも、もう何一つ抵抗することはない。
 半開きの口、力の入らない指先。
 自分の目の前にいる南の瞳を、ただぼんやりとした目で見つめ返していた。

「軽い雑談でご両親に君のことを話しても私に何ら問題はない。だけど、私は口を噤んでいる、お前のために。」
「……。」
「私がお前を、『救っているんだ』。」

 その言葉が耳になだれ込んできた瞬間、一綺は体をびくんびくんと大きく痙攣させた。
 声にならない呻きを長い間漏らし、絶頂した。
 性感帯など、一切触られることもなく。
 か細い吐息を抑えられないまま、生理的な涙が一筋流れた。
 それでも、声も出さずに、視線はぼんやりと南の顔を見続ける。
 いや、見てすらいない、きっと虚空をさまよっているだけだ。
 
 多分もう、限界だ。

 南はそれをわかっていた。
 恒常的な精神的苦痛と重圧に耐えるうちに、完全に心を死滅させた。
 自分の「やり方」では、この男を救うことはできない。
 SとMとして、心を通わせることもできない。
 抱えるものの闇があまりにも深すぎたのかもしれない。
 あるいは、彼の性格が拒否したのかもしれない。
 理由はわからないが、南の調教は明らかに失敗していた。
 三日というリミットは、南が自分で決めた期限だった。
 自分の主義が不完全であることを認めたくなくて、ここまで一綺を追い詰めたことを、心の中で詫びた。
 南は顔を、一綺の肩口に埋めて言った。

「君のことは、今後一切他言しない。解放する。個人的接触はしないと約束しよう。」
「…………ゆるして……くれるの……か………?」
「君は何も悪いことはしていないよ。漬け込んで利用した私が全て悪い。……今は寝ていなさい、起きたら家まで送ってあげよう。」
「………よかっ………た……。」

 彼はまた泣いた。
 しかし、心底安心した顔で、そのままふわっと意識を手放した。


 驚くほど自然に、日常は戻って来た。
 元々朝帰りや誰かの家に泊まることなど多かったため、家の者たちも「またか」くらいの反応だった。
 しかし、3日も家を空けたら心配くらいするものではないか?
 そう思っていると、どうやら「夜中遊びまわっていたところを南の家が保護した」ことになっていたらしい。
 何事もなく一綺は、南に車で送り届けられた。
 別れ際、南は一綺に微笑んで言った。

「じゃあね一綺くん。夜遊びもほどほどにね。」

 嘘を信じさせるための小芝居だったのかもしれない。
 しかし、一綺にはそれが「もうあのバーには行くな」という忠告にしか聞こえなかった。

 次の日には何事もなかったかのように大学に行った。
 心配して連絡をよこす友人はすでにいなかった。
 ここ数週間のことは忘れよう。

 講義が終わりチャイムが鳴る。
 ノートをしまう。
 その手首を、ぱしっと誰かが掴む。
 顔を上げると、それは久留米だった。
 なんて顔してるんだ。
 泣きそうな、怒っているような、悲しそうな、よくわからない顔。
 なんだか面白くて、思わず吹き出しそうになった。
 一綺の手首を掴むその手は震えていた。

「久留米……?」

 その手を力強く引き、ずんずんと歩く。
 教室を出て、トイレに入る、個室に入り込んだかと思うと、カチャっと鍵を閉めた。

 ガンッと壁に押し付ける。

「ちょっ、くるっ…め!?」

 久留米は勢いよく、一綺の体を抱きしめた。
 一綺は目を見開いて驚く。
 直後、腕を掴んで自身の体から引き剥がそうとする。
 しかし、その力は強く微動だにしない。

「何してんだ、やめろ……!」

 何も答えずに、ただ抱きしめ続ける。
 前髪を掴んで、顔を上げさせると、目からぽろぽろと涙を流していた。

「……はぁ。意味わかんねえことするな。」
「あと、少しだけ。」

 悲しみ、怒り、安堵、どれだかわからない感情の顔をして、久留米はただ一綺の顔を見ていた。

 この数週間で、心と体を作り変えられ、精神的に参っていたはずだ。
 しかし、久留米の姿を見ると、以前の自分を一瞬で取り戻したような気持ちになる。
 確かにほっとしている自分がいる。
 これは、極度の緊張状態から解放されて、どんなきっかけでも救いだと感じてしまうだけだ。
 一綺はそう言い聞かせる。
 感情に一区切りついたのか、涙が止まった久留米は意を決したように口を開いた。

「あなたの家のこと、説明しておきたいんです。」

 一綺の体がびくっと震える。
 今は聞きたくない。
 しかし、今しか聞く機会はないだろう。

「いいですか?」
「……話せ。」
「あなたをターゲットにすると決めてから、簡単な身辺調査を始めました。」

 久留米の言い分はこうだった。
 三条の家を調べた時、ほんの一瞬、男が虐待を受ける姿を見てしまった。
 最初は一綺かと思ったが、聞き込みをするうちに、同じ顔をした弟であると突き止めた。
 一族全員がその虐待に関与していることがわかった。
 その時点で、自分が関わっていい問題ではないことを悟り、調査は中止した。
 ただ、その時の一綺の姿を見て、「弟」や「犬」という言葉に強い嫌悪を抱いていることを感じた。
 その「嫌悪」は果たして純粋な嫌悪なのか。
 あるいは、「願望」の裏返しなのか。
 そう思いながら、一綺の調教を実行した。

「他人の家の事情に興味はないので、通報するつもりもありません。知らなかったものとして、一綺くんには何も言いませんでした。覗きのような真似をしたことは謝ります。」

 そんなことはもうどうでもよかった。
 むしろ三条家の大人たちにとっての誤算が生まれたことは、一綺にとって胸のすく思いだった。
 しかし、三条家関係者以外の人間に弟の虐待が知れたとなれば、両親は何をするかわからない。

「……もし家にそれがバレたら、どんな手を使ってもお前を口封じするぞ。」

 そう一綺が答えると、久留米はキョトンとした顔を見せた。

「一綺くんはご両親に言わないんですか?」
「別に、俺は親の手駒じゃねえし。」

 そう素っ気なく答えたが、内心好奇心もあった。
 もしバレたらどうなるか。
 三条家の不祥事が明るみに出た時、あの堅物で異常な一族はどうやって事態を収束させるというのか。
 虐待に加担している自分も何かしらの罪を問われるだろうが、生まれた時からあの異常な環境を強いられたという点では自分も被害者だろう。
 次期当主という重圧、同じ顔の弟を痛めつけるたび軋む心から、解放されるだろうか。
 
 一綺が柄にもないことを考えている時、久留米は少し不安そうな顔をした。

「……口封じって、殺され…ますか?」
「馬鹿、逮捕されて虐待もバレて終わりだ。そうだな、金を積むとか、社会的抹殺をかけて脅すとか……。」

 久留米は明らかに動揺している。
 初めて見た顔をしていて、少し愉快だった。
 クスッと笑って言った。

「まぁ、お前が黙ってれば大丈夫じゃねえか?」

 久留米は、そんな一綺の笑顔に見とれていた。
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