美貌の王立図書館の副館長は健康のためにドラゴンを飼うことにした

おにぎり1000米

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王立図書館の副館長はみなしごの一角獣に執着される

第7話 ⁠副館長が漂わせる甘い香りが館長に及ぼした影響について

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 調香師メルヴィルがルークに捧げた香水からは、夏の朝甘く香る白い花の、みずみずしくさわやかな香りがたちのぼった。お茶会のあと、古代遺跡風の庭園でリリとたわむれるルークにその香りはよく似合った。
 ルークの美貌と香りの相乗効果はテレンス公爵夫人クララのお茶会に出席した人々をさらに魅了し、それはクララの長年のライバル、デルガン伯爵夫人も例外ではなかった。

 リリは止まり木ブランコがとても気に入ったし、人々はルークとリリのツーショットを見守るのにいそがしく、ルークをつまらない質問で煩わせることもなかった。供されたケーキやスコーンもたいへんおいしかったので、ルークはなぜラッセルがお茶会を苦手とするのか不思議に思った。

 というわけでクララのお茶会は大好評で終了し、その場に居合わせた人々は、自分の邸宅に帰ったあとも、王立図書館の副館長ルークがいかに麗しかったか、ドラゴンのリリのはしゃぐ様子がどんなに可愛らしかったかを家族や侍女に話してきかせた。テレンス公爵が古代遺跡風にしつらえた庭園の評判も一気に広まり、アルドレイク王国ではこれからしばらくのあいだ、ファッションやインテリアなどで古代帝国と遺跡のモチーフがますます流行することになるのだったが――

 ルークとリリが館長邸に戻ると、ラッセルはまだ帰宅していなかった。夕食の時間にやっと帰ってきたが、その表情はいつになく疲労した様子である。
「お帰りなさい。遅かったですね」
「ああ……」
 玄関でルークが声をかけてもあいまいな返事が戻ってきただけで、いつものラッセルらしくない。リリもこの時間はすっかりくたびれて、居間のクッションでうつらうつらしていたが、これは昼間遊びすぎたせいである。

 ルークはラッセルに歩調をあわせ、夕食が用意された食堂へ向かいながら、今日のお茶会について報告した。
「お茶会は無事におわりました。想像していたよりよいものですね。リリも楽しそうでしたよ」
「そうか。それならよかった」
 ラッセルの答えが短すぎるので、ルークはすこし心配になった。本当ならお茶会にはラッセルと一緒に行くはずだったのもあり、もうすこし説明を加えることにした。

「リリがお茶会で飽きないよう、止まり木ブランコを用意してくれていたのです。テレンス公爵の庭も風変りでしたが趣があるものでした。王領の遺跡のような柱を立てて、あいだにきれいな花が咲いていて。そこをリリが飛んでいるとまるで」
「遺跡か」
 ラッセルが唐突に口をはさんだので、ルークは話を途中で止めた。
「ええ、そうです。古代帝国風ということで……」
「古代帝国」
 ラッセルはルークの言葉を繰り返したが、どこか上の空の様子である。まだ昼間の会議のことを考えているのだろうか。
 ルークは何気なくラッセルの腕に手をかけた。そのとたん、ラッセルは鼻先をぴくりと動めかせた。
「なんだか、いつもとちがう匂いがするな」
「え?」
「花のような……甘い匂いだ」
「あ、それはきっと」
 ルークはあわててポケットをさぐり、小さな香水瓶を取り出した。
「これでしょうか? お茶会の席でもらいました」

 ラッセルは怪訝な目でルークを見返した。
「クララのやつ、香水まで作り始めたのか?」
「あ、いえ。メルヴィルという調香師です。私が王宮の夜会に出席した時のイメージで調合したといって……」
「メルヴィル? 何者だそいつは」
「ですから調香師です。ええっと、まだ若い男の方でしたが」

 ルークは人間の容姿の良し悪しに関心がないので、一般的水準に照らせば見目麗しい青年であるメルヴィルについても「まだ若い」程度の表現しかしなかったが、ラッセルの表情はほんのすこし険しくなった。
「若い男か」
「クララさんがとても優秀だと」
「ふん。そうか」
 どことなく不機嫌になったラッセルを、今度はルークの方が怪訝な目で見た。
「この香り、気に入りませんか? 私はいい匂いだと思いましたが……」
「ルークが気に入ってるのなら、俺は別に」
「ラッセル?」

 大股に食堂へ入っていくラッセルをルークはあわてて追いかけた。
「どうしました? 何かあったんですか?」
「いや、頭の中が忙しいだけだ。明日出発する調査隊に同行することになった」
「明日?」
 食堂では執事が温かいスープの皿を運んできたところである。ルークとラッセルは向かい合ってテーブルについたが、ラッセルはルークの顔も見ずにスプーンをとって、スープを食べ始めた。
「宝物庫でみつかった盾のせいですね? 今日の会議で決まったんですか?」
「ああ」
「明日出発というのは、ずいぶん急な……」
 ラッセルはせわしなくスープをかきまぜていたが、ルークがじっとみつめていると、ふいにスプーンを置いた。

「盾に刻まれた古代文字はまだすべて解読されていないが、王領の森の地下にある精霊族の都から、さらに奥へ向かう道しるべがわかった。都の泉は以前、竜のヤドリギの一団に占拠されていたからな。至急調べた方がいいということになったんだ」
「それであなたが?」
「あの森と遺跡は俺の担当だからな」
「明日は日曜日ですが、戻りはいつになりますか?」
「早くても火曜になるだろう。場合によってはもう二、三日のびるが、図書館はルークがいるから問題ない」
「それはそうですが……」

 館長が不在のときは副館長が図書館の責任者となる。その通りではあるが、ルークはすこし寂しい気分になった。ラッセルの不在もあるが、宝物庫で発見した盾のことが気になっていたからでもある。何しろこれがラッセルの頭を直撃したときには、ルークもその場にいたのだ。

 執事がメインの肉料理を運んでくると、また静かに引き下がった。館長邸には使用人が少なく、夜のあいだは執事がさまざまな用事をこなすのである。食堂は静かで、ラッセルはいつになく神経質な手つきでパンをちぎっている。ルークはまたも、いったい何があったのかと思った。
「ラッセル、どうしたんですか?」
 ラッセルはちらっとルークを見たが、すぐに目をそらした。
「べつに」
「なんだか、様子が変です。どこか具合が悪いとか?」
「いや」
 ルークは冷静な目で向かい側の皿を眺めた。ラッセルはわき目もふらずフォークに肉を突き刺して口に運んでいる。

「たしかに食欲はあるようですが……そういえば、クララさんのお茶会で出されたものはとてもおいしかったです」
「そうだろうとも。クララは昔から食事にもうるさいんだ」
 またもそっけない返事である。ルークは自分の食事の手を止めると、いったい何が原因なのか、頭の中で精査した。
「……ラッセル、ひょっとして……私とリリだけでお茶会に行ったのが気に入らないんですか? お茶会は苦手だと聞いたので、私はそうは思わなかったのですが……」
 ラッセルは肉の皿に残ったソースをパンでていねいにぬぐっている。ルークはその様子を見ながらさらに話を続けた。

「だいたい私としては、三人で行った方がもっと楽しかったと思うのです。知っての通り、私は知らない方々と話すのは苦手ですから。それはよくわかっているでしょう?」
 ラッセルはちらっと目をあげる。
「それでもずいぶん楽しめたようじゃないか」
「クララさんがもてなしてくれましたし、リリも一緒でしたから」
「それに、知らない男に香水までもらったんだろう」
「たしかにもらいましたが……」
 ルークは不思議そうな顔でラッセルを見た。

「調香師というのはそういうものではないのですか? それが仕事なわけですし」
 ラッセルの眉がぴくりと動いた。
「まさか。そいつは出席者全員に同じことをしていたのか?」
 ルークはきょとんとした。
「そういえば、そんなことはありませんでしたね。サンプルをもらったのは私だけです。本当はあなたと一緒に行くはずだったのだから、あなたのイメージの香水も持ってくるべきだったのに」
 そこまでいって、ルークはハッとした顔になった。
「それで機嫌が悪いんですね! 私だけ香水をもらったのがずるいと……それはその通りです。次にクララさんに会った時に、あの調香師に伝えてもらいましょう」
「……いや、いい」

 ラッセルは毒気を抜かれた顔でルークをみつめ、次になぜか肩を落とした。
「すまん……俺が悪かった」
「は? なぜ謝るんですか?」
「いやその……何でもない」

 ルークがさっぱりわからないという顔でラッセルを見返したとき、パタパタと翼の音がしてリリが食堂にやってきた。最初はリリの止まり木として用意されている七枝の燭台へ羽ばたいていたが、途中でテーブルにラッセルが座っていることに気づいた。
 リリにとって今日は楽しい一日だったが、いつものお座布団(ラッセルの頭)に座れなかったことはすこしだけ残念に思っていたのだ。蜜色あたまのふわふわ毛を見て、うたたねからさめたばかりのリリの気分は一気に上がった。

 ピップピピ!
(リリのおざぶとん!)

 ぽすん。
 ラッセルの頭上にご機嫌のドラゴンが座るのと同時に、執事がデザートの皿を持って食堂に入って来た。
 ドラゴンという生き物は、人の肩や腕にとまっているとなかなかさまになるものである。しかし頭のてっぺんに座っていると、その人をなんとも間抜けに、いや、おもしろく見せてしまう。執事はおごそかな顔でデザートの皿をならべたが、その肩はかすかにふるえていた。そしてルークとラッセルのあいだの空気も、すっかりいつもの調子に戻っている。

「ラッセル、明日は何時に出発ですか?」
「夜明け前に発って、できれば午前中から遺跡に入るつもりだ。ルークはゆっくり寝ていてくれ」
「いいえ、リリと一緒にお見送りします。朝の散歩もありますからね」
 ピ!
 ラッセルの頭の上でリリも同意の声をあげる。しかしルークはラッセルの休日がなくなってしまったことを残念に思っていた。

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