美貌の王立図書館の副館長は健康のためにドラゴンを飼うことにした

おにぎり1000米

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王立図書館の副館長はみなしごの一角獣に執着される

第9話 大学街で贈り物を探すことの是非について

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 金曜の午後おそく、ルークは執務室を出ると、部下のひとりをつかまえて「今日は用事があるので帰ります」と告げた。
 王立図書館がもっとも混雑するのは王立大学の試験期間前だが、夏の試験までまだ一カ月以上の余裕がある。館長のラッセルは不在だが、これといったトラブルも起きていないため、本日の図書館にはゆったりした時間が流れている。

「わかりました! リリちゃんとお出かけですか?」
 職員はルークの肩にとまったリリに目をやって元気よく返事をした。ルークは一瞬答えに詰まったが、すぐ「緊急の用があるときは館長邸まで知らせてください」といって切り抜けた。
「はい、おまかせください!」
 リリが片方の羽根を振ってバイバイしてくれたのもあり、職員は満面の笑みでふたりを見送った。これだからルークの部下はやめられないのだ。ちなみに一生ルークの部下でいたいと願っている職員が何人もいるなど、ルークは思ってみたこともない。

 ルークが図書館の門を出るとリリは肩から飛び立り、斜め前をパタパタと飛んでいく。コーヒースタンドの前を通ってこじんまりした商店街へ差しかかると、常連客と世間話中の惣菜屋のおかみがさっそく気づいて「おや、ルークさんじゃないか」と相手をつつく。
「ドラゴンを連れているよ! これはラッキーだ」
「この時間にお買い物とは珍しいね」
「何をお探しなんだろう」

  実をいえばそれはルーク本人にもよくわかっていない。
 わざわざ早退してショウウインドウをのぞいているのは、昨夜リリに相談したとおり「ラッセルにふさわしいちょっとしたプレゼント」を探すためだ。しかし昨夜は何のアイデアも浮かばず、店をのぞいてまわればどうにかなるのではないか、という気持ちしかない。ただしルークの頭には、大学街の外(たとえば王都の目抜き通りに並ぶ貴族御用達の高級店)へ行こうなどという考えはまったく浮かばなかった。

 大学街の商店は、居酒屋、惣菜屋、雑貨屋といったラインナップのほか、古書店に骨董屋、文具店、花屋や小間物屋などもある。
 ルークの足はまず古書店の前で止まった。しかしそれは、ラッセルにふさわしい贈り物がそこにあると思ったからではなく、つねに書物に囲まれている人間にとっての本能的な行動である。そのまま吸い寄せられるようにドアに手をかけようとすると、リリが頭のうしろで問いかけるようにさえずった。
 ピピ?
 ルークはハッと手を止めた。
「そうだ、ラッセルのプレゼントを探しに来たのだった。でもリリ、本も良いプレゼントになるかもしれない」
 ピップゥ……
「リリは飽きた? それはそうかもしれないが……」
 ピピパ!
「急げって? それはたしかに……ぐずぐずしていると他の店が閉まってしまう」

 大学街では、居酒屋以外の店は日が暮れると早々に店じまいする。それに古書店というのは一度立ち寄ると時間がいつのまにか溶けてしまうものである。リリが急かすのももっともだと、ルークは次の店へ足を向けた。文具店である。
 ドアを開けるとチリリン、とベルが鳴った。
「――あ」
 カウンターにいた店番はルークとリリを見て声を飲みこんだ。この文具店は大学街でも老舗のうちに入り、ルークの父親であるセクストン教授もここであつらえた革製フォルダーを愛用していたものである。しかし今日の店番は店主の孫息子で、まだ少年のような顔をしていた。きっとルークよりも若いのだろう。
「副館長さん! いらっしゃいませ!」

 はりきった声にルークは内心引き気味になったが、表情はいつもと変わらぬ冷静さのまま「こんにちは。……ちょっと見せてもらっても?」といった。
「もちろんです」店番は目をきらきらさせて、ルークの肩にとまったリリをみつめた。
「そちらは副館長のドラゴンさんですか?」
「あ、はい。リリというんです」
「うわあ……僕、こんなに近くでドラゴンを見るの、はじめてです。こんにちは!」

 リリはルークの肩の上で得意げに首を伸ばした。ルークはうなずくと店内をぐるりと回り、ガラスの文鎮やペン立て、父が愛用していたものと同じ革製ファイル、透かしの入ったレターセットといった見本を眺めたが、どれも心に響いてこなかった。これではない、という気がするのだ。
「どんなものをお探しですか?」
 店番の声にルークはパッと顔をあげた。
「ええと……いえ、すみません。ここではなかったようです。失礼しました」
「いえ、とんでもない! ご用の折りはまたお立ち寄りください」

 店番はルークとドラゴンを間近に眺めることができて嬉しかったので、申し訳なさそうに眉をひそめたルークを笑顔で送り出した。次にルークが向かったのは骨董店だったが、今度の彼はすぐには中に入らなかった。まずは店先に立ち、ショウウインドウをじっと眺めて、自分の心にぴんとくるもの、いわば「ときめき」をみつけてからにしようと思ったのだ。

 大学街の骨董屋は古道具屋と紙一重の店で、学生が持ちこむガラクタから店主が仕入れた本物の珍品まで雑多に置かれている店である。ショウウインドウの中央には金で象嵌をほどこした優美な丸テーブルと椅子があり、その上には色絵の陶器が飾られている。その後ろには見事な絨毯がかけられていて大変見栄えがするものの、近寄って眺めてみると、隅の方にはたいして値打ちがあるとも思えない日用品が積み上げられている。
 どうもぱっとしない、とルークは思った。リリもルークの肩にとまったまま退屈そうに体をよじりはじめたので、ルークはこのまま歩き去ろうと思った。ところがその時、中にいた店主がルークをみつけてしまったのである。

「これはこれは。王立図書館の副館長、ルーク・セクストン様ではありませんか」
 揉み手をしながらあらわれた小太りの店主を見て、ルークはしまったと思ったが、例によって表情には出さず、ひとまずこくりとうなずいた。店主はニカッと愛想笑いをして、揉み手を続けながらルークに話しかける。
「なにかお気に召すものがありましたか。すぐにお出しいたしますので、どうぞ手に取ってごらんください。それとも探されているものがおありで? さあさ、どうぞ中へ……」
「あ、いや……」
「最近は古代遺跡風のものが流行ってまして、あいにく当店には今、本物の遺物はないのですが、よくできたレプリカならございまして、それはもう、お屋敷に飾られても本物と見分けがつかないほどのものでございまして……」
「その、私はそんなものは欲しくなくて……」
「それともそのドラゴンの止まり木をお探しで? 暖炉に飾るのにちょうどよい七枝の燭台もございますので、どうぞ中で……」

 店主は揉んでいた両手を離してルークの方へさしのべかけた。ところがその時、リリが鳴いた。
 ピッピギーッ
 そしてルークの肩からパッと飛び立ち、片方の羽根でぺしんと店主の手をはたいたのである。
「リリ! こら!」
 店主はあっけにとられた表情になったが、すぐにまた愛想笑いを浮かべ直した。
「おおっとこれは……ドラゴン殿はご機嫌ななめでいらっしゃる?」
「すみません。お店に入ったら何か壊してしまうかもしれませんので、こちらで失礼します」
「そ、そうですか……」
 店主は残念な表情になったが、ルークはリリのおかげでその場を立ち去る口実ができて、内心ほっとしていた。リリを追いかけるように、足早に骨董屋の前を離れると、さらに鞄屋、帽子屋、小間物屋とのぞいて回る。

 リリは鞄屋が気に入ったようだが、それはずらりと並ぶトランクや肩掛け鞄に飛びこむ遊びを店主が許してくれたからである。しかしその次に行った帽子屋では、これは頭にかぶるものだとルークが説明したとたんにそわそわしはじめた。なめらかな羊毛のフェルト帽に鉤爪を立てたら大変だから、ルークは店主に挨拶をしただけでさっさと店を離れた。小間物屋には女性が好みそうな可愛らしいものがあったが、ラッセルのイメージにはそぐわない。

「プレゼントを買うには、はっきりしたイメージを持ってのぞまないと難しいものなのかもしれない」

 歩きながらルークはひとりごとをいった。ルークもこれまでの人生で、誰かに贈り物をしたことはある。しかしそれは上司(前任の副館長)の退職記念に文鎮を贈るとか、指導教授の退官記念に花束を贈るといったもので、たいして迷うこともなかったのだった。
 あるいは、もしかしたら大学街にあるような店は、ラッセルにふさわしいプレゼントを扱っていないということだろうか? いっそあの調香師にラッセル用の香水を調合してもらうのはどうか――ラッセルが聞いたら「なんだと?」といいそうなことをルークは考えた。いつのまにかずいぶん時間がたって、あたりは薄暗くなっている。リリは疲れたのかプレゼント探しに飽きたのか、小間物屋を出た後はルークの肩にとまったままだ。

「もう帰ろうか、リリ」
 ルークがそうつぶやいたときである。
 ピッピ!
 リリが急にさえずって、ルークの肩から飛び立ったと思うと、すぐそこの角を曲がり、橙色の光が輝くショウウインドウへ突進していく。ルークはあわててそのあとを追った。

「リリ、何があった?」
 リリを手首にとまらせて飾り窓を眺めると、そこは教授や学生の正装を仕立てるテーラーだった。学位授与式で着るガウンを一手に引き受けている老舗である。ショウウインドウには木型に着せたガウンやスーツの他、生地のサンプルが美しく飾られていたが、リリが釘付けになっているのは服ではなかった。小さな台座に乗せて飾られた、琥珀色の丸いペンダントのようなものだ。

 ピッピピ……ピピピ!
(これっ……コレなの!)
「……ラッセルへのプレゼント?」
 ピピピーッ!
(イエス!)

 いわれてみるとたしかに、琥珀の色合いはラッセルの眸を思わせて美しい。立って眺めているうちに、ルークにも「これはラッセルのためのものだ」と思えてきた。リリは手首にとまっていい子にしている。ルークはそのままテーラーのドアを押し、中に入った。
「おや、図書館の人だね」
 出迎えたのは皺だらけの顔と節くれだった指を持つ職人だったが、腰はしゃんと伸びていて眼光は鋭かった。ルークとリリを見ても驚きもしなかったが、ルークがウィンドウの品物を見せてくれというと「仕立ての注文じゃないのか」と不満そうな声をあげる。
「すみません。でも何軒も探して、やっとよさそうなものをみつけたんです」
「ループタイが? 親御さんへの贈り物かね?」
「あれはループタイというんですか? 親に贈るわけではありませんが……」

 ルークはアクセサリーのたぐいに疎かったので、生まれて初めてその存在を知った。鼈甲のふちに琥珀をはめた丸い飾りは、タイを留める金具の表面を飾るものだったのだ。
 職人はウィンドウから品物を取り出し、スーツを着せた木型を使ってつけ方を教えてくれた。リリは藍色の眸をきらきらと輝かせている。
「これをください」

 やっとプレゼントがみつかって、ルークは任務を達成したことを誇らしく思った。琥珀と鼈甲のループタイは年配の教授世代が愛用するデザインで、人によっては「じじくさい」と呼びそうなものだったが、ルークとリリはまったく気にしなかった。

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