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王立図書館の副館長はみなしごの一角獣に執着される
第10話 館長の胸元が刺激的になりすぎた件について
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ラッセルは金曜の深夜、へとへとになって帰宅した。他の調査隊の面々は土曜に馬車で帰ることになっていたが、王立図書館を丸一週間も不在にするのは問題があると言い張って、ひとり馬を駆って戻ってきたのだ。
もっともそれはただの口実で、実際は一日も早くルークの顔を見たいという欲求にかられての行動だった。しかしラッセルが館長邸にたどりついた時刻には、ルークはすでに眠ってしまっていた。リリも専用の小さなクッションの上に丸くなっている。
「ラッセル様、スープでもお召し上がりになりますか?」
執事が慰めるようにそういったが、ラッセルは首を振った。いまは汗とほこりにまみれた体を洗って、ルークの眠るベッドにすべりこみたかった。
ラッセルの重みがベッドをきしませたときも、ルークはぐっすり眠っていた。実はリリは目を覚ましていたのだが、疲労困憊のラッセルから響いてくる心臓の鼓動や血流の音(ドラゴンは人間の体の内側の音まで聞き取ることができるのである)は、リリの耳にも気持ちよくなかったので、かまわずに寝かせておくことにした。蜜色あたまは(人間の中では)すごく丈夫だから、ぐっすり眠ればもとにもどるにちがいない。
*
気がつくとルークは朽ちた石壁のあいだを歩いていた。王領の森の奥まで続いている古代帝国時代の遺跡は日差しに反射して白く輝いている。湖をわたってくる風が涼しく髪をゆらし、遺跡のむこうにある森の梢もさわさわと楽しそうな音を立てている。
それにしても、なぜ自分はひとりで遺跡にいるのだろう。
ルークはふとそう思った。ふりそそぐ日差しは真夏の暑さで、あたためられた石壁から熱が放射している。
そのとき森の方で、ガサガサと木立ちを揺らす音が聞こえた。
ルークは音の方をふりむいたが、見えるのは遺跡をつくる白い石と木立ちだけ。しかし――
(みつけた)
そよ風のようなささやきが耳をかすめ、ルークはハッと肩を揺らしてあたりを見回す。視界のすみに、純白に輝く槍のようなものが見えた気がしたが、まぶしさに目を細めると消えてしまった。ルークはまたあたりを見回したが、急に奇妙な疲労を感じ、思わずそばの石の壁にもたれた。
壁はがっしりして、これも奇妙なことに石とは思えない弾力があり、ルークの体を心地よく支えた。そのまま深くもたれると腰をがっつり支えられて、深く抱きこまれる。壁に抱きこまれるなんておかしなことなのに、ルークは何の不思議も感じず、そのまま身をまかせた。両足が浮いてもなんの恐怖も感じず、目をつぶって他の感覚がよりとぎすまされるのにまかせる。
首をひねって匂いを嗅ぐと、よく知っている匂いがした。心安らぐだけでなく、気づかぬうちにルークの体の奥に働きかけ、甘い衝動をかきたてる匂いだ。ルークは無意識に自分から腰をつきあげ、すると壁の方もルークを抱きしめたままお返しのように動いて、双丘のはざまをぐりぐりと突き上げてくる。そればかりか、ルークの胸元はいつのまにかはだけられていた。胸のとがりをくりくりと刺激されたとたん、唇から甘い声がもれた。
「ああっ……」
声をあげたとたん、夢の境をさまよっていた意識がはっきりと目覚めた。がっしりした腕が背後からルークを抱きしめ、大きな手が胸から腹へ、さらにその下へおりていくと、腰から下着を引き下ろした。ルークがベッドに入る前に着ていた寝間着は胸も腰もはだけられて、肩と腕にわずかにひっかかっているだけだ。むきだしになった双丘の割れ目に熱い欲望がおしあてられる。同時に自分自身のそれもやわやわと愛撫されて、ルークはたまらず自分から腰を押しつけていた。
「ルーク……」
耳に響くのはラッセルの声だ。いつ帰ってきたのだろうと思ったのもほんの一瞬で、ルークの意識は体の中に押し入ってきたものに奪われた。奥の方で甘い感覚がうずき、ラッセルの肉棒はルークの奥へいざなわれていく。柔らかな襞の敏感な場所をそれが行き来するたびに、もっとほしいという欲望と、はやく果てまで行きつきたいという焦りがわきおこる。だがラッセルはルークを焦らすようにゆっくりと動くから、ルークは無意識に中を締めつけてしまった。
「あっ、あん、はやく……」
思わずつぶやいてしまったが、耳もとにふっと息をふきかけられて、舌で耳朶から首筋をなめられる。
「いやだ」
「だって」
「会えなくてさびしかったんだ」
昼間顔をあわせたときにはけっして出さないような声でラッセルがささやき、ルークの心臓はどくんと脈打った。一瞬おいて、ラッセルが激しく動きはじめる。
「あっ、ああっ、あんっ、んっ、あうっ……」
いまやルークはうつぶせになって、うなじにラッセルの呼吸を感じながら彼のはげしい欲望を受けとめている。ついにラッセルが精をほとばしらせたときにはルーク自身も絶頂の高みにあった。
ふたりとも荒い息をついて、シーツの上で快感の余韻にひたる。だが、体の奥を埋めていたラッセルがいなくなったとたん、ルークの中には別の衝動が生まれていた。
「んっ……」
これまで事後に何度も感じてきたことなのに、ルークは毎回これが初めてのような気がする。体の奥で生まれた何かが外へ出たがって、ルークを急かすのだ。
しかしラッセルはもう、ルークがこうなることに慣れている。だからルークをなだめるように、いや、励ますように背中をゆっくりさすりはじめる。
「ルーク、いいぞ」
そうささやかれるのはなんだか恥ずかしい。でも思いとは関係なくルークの腰は勝手に動いて、それを外へせり出した。
何が出てきたのかは見なくてもわかっている。雫型をした瑠璃色の石――いや、それは遠い将来、小さなドラゴンが孵る可能性をもつ、卵だ。
「ルーク」
ラッセルがささやくとルークの顔を両手ではさみ、そっと唇を重ねた。
「いつ帰ったんです?」
「夜中だ」
「起こせばよかったのに」
「よく眠っていたからな」
ラッセルがそういったとき、ルークはふと、目覚める直前に見た夢のことを思い出した。といっても、羽根が皮膚をかすめたように夢の断片が意識をひっかいた程度のことで、頭にうかんだのは純白に輝く槍のようなものだけ、それもすぐに記憶の中に埋もれてしまう。
「ラッセル」
「ん?」
「今日は休日ですか?」
「ああ。一日何の予定もないのはずいぶんひさしぶりだ」
「そうですね。王立公園に行きませんか? リリも温室で遊びたいでしょうし」
「そうだな。そういえばリリは……」
ラッセルは寝そべったまま目だけ動かしたが、リリの姿は見当たらなかった。ドアの上に作られた小さな押し開け窓(リリの頭で簡単に開くもの)が半開きになっているから、とっくに目覚めてどこかに行ってしまったのだろう。館長邸にはリリお気に入りの場所がいくつかある。それに執事はリリが求めればいつでも、新鮮な卵の殻を与えるのだ。
リリがどこかに行っているならのんびり寝ていられる――ラッセルの頭によぎった考えは、ピ? という鳴き声ですぐに打ち消された。
ピピピー
(やっと起きた)
ドラゴンはドアの上に首をつきだし、藍色の眸でじろりとラッセルをみつめていたのだった。
朝食をのんびりとったあと、ルークとラッセルはリリとともに王立公園へ行くことにした。公園の大きな温室にはかつて盗賊団に利用されていたドラゴンたちが暮らしていて、リリは彼らのあいだでも人気者だ。春先など、何頭ものドラゴンと浮名を流している様子だったから、ルークはそれでいいのかとハラハラしていたくらいである。もっともここ最近のリリはあっちのドラゴンこっちのドラゴンと目移りすることにも飽きたようだ。
現在の王立公園には〈竜のささやき〉という喫茶店がある。毎日行列ができる大人気店だが、温室には一般人が立ち入ることはできないから、ルークとラッセルはゆったりとくつろぐことができた。温室はいくつかに区分けされ、一年中蓮の花が咲く池や、あざやかな蘭が群生する区画もある。
リリが他のドラゴンと遊んでいるとき、ルークは池の前でラッセルに向かい合っていた。
「ラッセル、実は……あなたに渡したいものがあるのです」
「え?」
「ほら、私だけが香水をもらって気を悪くしていたでしょう?」
「え?」
ラッセルはぽかんとしたが、まもなく先日の、クララのお茶会のことを思い出した。
「それはその……」
ルークはラッセルの表情を見て何を思ったか、あわてたようにいった。
「ほら、ちょっとしたプレゼントでも自分だけがもらえないというのはなんだか嫌ですし、それに、私はこれまであなたに何も贈ったことがなかった。だから……」
そういって差し出された小さな包みにラッセルは目をみはったが、ルークがくれるものを断る理由などもちろんないのである。一瞬で相好を崩し、ルークの手を両手で包むようにして贈り物を受け取った。
「ありがとう」
「気に入るといいのですが」
「ここで開けていいか?」
「もちろんです」
いったい中身はなんだろう。ラッセルはどきどきしながら包みを開けたが、小さな箱の蓋をとって鼈甲と琥珀のループタイを見たとたん、あっけにとられてしまった。
ラッセルはべつだん、ファッショントレンドに詳しいわけではない。しかし、むかしから何かとかまってくる姉のクララが上流階級のファッションリーダー的存在であるために、それなりの流行眼を(はからずも)鍛えられている。そんなラッセルの目で見ると、鼈甲と琥珀のループタイは、現在の自分よりずっと年上の(たとえばハーバート・ローレンスのような)いぶし銀世代の男がつけるようなデザインと思えた。
これはどういう意味なのだろう? ルークはもっと年上の方がいいということか? それとも俺に、早くこれが似合うようになれということか?
「どうですか?」
ルークの声が聞こえて、ラッセルはハッと我に返った。
「気に入り……ました?」
「もちろんだ!」
ラッセルは力強く答えた。するとルークの顔にこの世のものとは思えないほど美しい笑みがうかんだ。
「私もリリも、すごく気に入ったんです。これがとても……あなたにふさわしいと」
ルークのこんな顔が見られるならもうなんでもいいとラッセルは思った。
「うん。俺もそう思う」
「あの、つけさせてもらえますか? テーラーのご主人にやり方を教わったので」
「ああ……ありがとう」
ラッセルが答えると、ルークはまた嬉しそうに笑い、正面に立ってラッセルの襟もとにタイをつけた。ラッセルの胸元に楕円形の飾りがが下がると、ラッセルの髪から眸、そして胸元と視線を動かし、満足げに微笑む。
ルークが喜んでいるのでラッセルも嬉しかった。もらった時は少々びっくりしたが、きっと自分に似合っているにちがいない。
「そうだ、リリにも見せなくては。これはリリと一緒に選んだんです。ラッセル、あっちに行きましょう」
ルークがそういってラッセルの手をとった。そのまま手をつないで、蓮の池のほとりからリリが他のドラゴンと遊んでいる区画へ歩いていく。調査隊に同行した数日はラッセルにとって楽な日々ではなかったが、こうしているとすっかりどうでもよいことに感じられる。
リリは温室の中でもいちばん天井の高い区画、大きな木が何本も植えてある場所にいた。ドラゴンの羽音がかすかに聞こえてくると、ルークは梢に向かって声をかけた。
「リリ、ラッセルを見て――」
しかし、その言葉は最後まで続けられなかった。
なぜなら――
ドラゴンの羽ばたきの音が――おそらく温室にいるすべてのドラゴンの羽ばたきが、ラッセルに向かってきたからだ。
「は?」
ラッセルは何が起こったのかわからないままその場に棒立ちになった。その胸元にさまざまな色あいのドラゴンが集まってくると、琥珀のループタイをかすめて飛び去っていく。
ピピピピピーー!
(やめやめやめ!)
リリの鋭い声が羽ばたきの音を破った。
ピッピピピ…
(落ち着いて)
するとラッセルに群がろうとしたドラゴンがさっと割れて、梢の方へ舞い上がった。リリが彼らを先導するように飛び上がり、太い枝にとまると、他のドラゴンもその枝に列を作るようにずらりとまる。
ピピッピプ、ピピプ!
(見るのはひとりずつ!)
リリのさえずりのあと、最初に枝から飛び立ったのはリリの横にいた赤い羽根のドラゴンである。それはなめらかに滑空してラッセルの胸元でパタパタとホバリングすると、赤い目をくるくる回しながら琥珀をみつめた。舐め回さんとする勢いだったが、ほどなくしてリリがさえずった。
ピピ!
(つぎ!)
赤い羽根のドラゴンは温室の天井へ飛んでいき、つぎのドラゴンが舞い下りてきて、やはりラッセルの胸元でパタパタする。
ドラゴンたちの興奮を前に、ルークとラッセルはきょとんとして顔をみあわせた。
「これは……いったいなんだ?」
「……そのループタイを見物している、というわけでしょうか?」
「まさかとは思うが……」
ラッセルは胸元でパタパタしているドラゴンをなんとか気にしないよう努力しながらいった。
「このループタイの琥珀には、ドラゴンを惹きつける何かがあるのか?」
ルークはさっきの嬉しそうな表情とはうってかわって、困惑した顔になっている。
「……ええと……? まさかと思いますが、私とリリがこれを気に入ったのも、だから……?」
しかしラッセルはそれを聞いたとたん、首をぷるぷると左右に振った。
「いや、そうじゃない! そうじゃないとも!」
そのころリリは彼らの頭上で、こんなはずじゃなかったのに……と思っていた。
リリは交通整理をするためにきたんじゃないよ!
もっともそれはただの口実で、実際は一日も早くルークの顔を見たいという欲求にかられての行動だった。しかしラッセルが館長邸にたどりついた時刻には、ルークはすでに眠ってしまっていた。リリも専用の小さなクッションの上に丸くなっている。
「ラッセル様、スープでもお召し上がりになりますか?」
執事が慰めるようにそういったが、ラッセルは首を振った。いまは汗とほこりにまみれた体を洗って、ルークの眠るベッドにすべりこみたかった。
ラッセルの重みがベッドをきしませたときも、ルークはぐっすり眠っていた。実はリリは目を覚ましていたのだが、疲労困憊のラッセルから響いてくる心臓の鼓動や血流の音(ドラゴンは人間の体の内側の音まで聞き取ることができるのである)は、リリの耳にも気持ちよくなかったので、かまわずに寝かせておくことにした。蜜色あたまは(人間の中では)すごく丈夫だから、ぐっすり眠ればもとにもどるにちがいない。
*
気がつくとルークは朽ちた石壁のあいだを歩いていた。王領の森の奥まで続いている古代帝国時代の遺跡は日差しに反射して白く輝いている。湖をわたってくる風が涼しく髪をゆらし、遺跡のむこうにある森の梢もさわさわと楽しそうな音を立てている。
それにしても、なぜ自分はひとりで遺跡にいるのだろう。
ルークはふとそう思った。ふりそそぐ日差しは真夏の暑さで、あたためられた石壁から熱が放射している。
そのとき森の方で、ガサガサと木立ちを揺らす音が聞こえた。
ルークは音の方をふりむいたが、見えるのは遺跡をつくる白い石と木立ちだけ。しかし――
(みつけた)
そよ風のようなささやきが耳をかすめ、ルークはハッと肩を揺らしてあたりを見回す。視界のすみに、純白に輝く槍のようなものが見えた気がしたが、まぶしさに目を細めると消えてしまった。ルークはまたあたりを見回したが、急に奇妙な疲労を感じ、思わずそばの石の壁にもたれた。
壁はがっしりして、これも奇妙なことに石とは思えない弾力があり、ルークの体を心地よく支えた。そのまま深くもたれると腰をがっつり支えられて、深く抱きこまれる。壁に抱きこまれるなんておかしなことなのに、ルークは何の不思議も感じず、そのまま身をまかせた。両足が浮いてもなんの恐怖も感じず、目をつぶって他の感覚がよりとぎすまされるのにまかせる。
首をひねって匂いを嗅ぐと、よく知っている匂いがした。心安らぐだけでなく、気づかぬうちにルークの体の奥に働きかけ、甘い衝動をかきたてる匂いだ。ルークは無意識に自分から腰をつきあげ、すると壁の方もルークを抱きしめたままお返しのように動いて、双丘のはざまをぐりぐりと突き上げてくる。そればかりか、ルークの胸元はいつのまにかはだけられていた。胸のとがりをくりくりと刺激されたとたん、唇から甘い声がもれた。
「ああっ……」
声をあげたとたん、夢の境をさまよっていた意識がはっきりと目覚めた。がっしりした腕が背後からルークを抱きしめ、大きな手が胸から腹へ、さらにその下へおりていくと、腰から下着を引き下ろした。ルークがベッドに入る前に着ていた寝間着は胸も腰もはだけられて、肩と腕にわずかにひっかかっているだけだ。むきだしになった双丘の割れ目に熱い欲望がおしあてられる。同時に自分自身のそれもやわやわと愛撫されて、ルークはたまらず自分から腰を押しつけていた。
「ルーク……」
耳に響くのはラッセルの声だ。いつ帰ってきたのだろうと思ったのもほんの一瞬で、ルークの意識は体の中に押し入ってきたものに奪われた。奥の方で甘い感覚がうずき、ラッセルの肉棒はルークの奥へいざなわれていく。柔らかな襞の敏感な場所をそれが行き来するたびに、もっとほしいという欲望と、はやく果てまで行きつきたいという焦りがわきおこる。だがラッセルはルークを焦らすようにゆっくりと動くから、ルークは無意識に中を締めつけてしまった。
「あっ、あん、はやく……」
思わずつぶやいてしまったが、耳もとにふっと息をふきかけられて、舌で耳朶から首筋をなめられる。
「いやだ」
「だって」
「会えなくてさびしかったんだ」
昼間顔をあわせたときにはけっして出さないような声でラッセルがささやき、ルークの心臓はどくんと脈打った。一瞬おいて、ラッセルが激しく動きはじめる。
「あっ、ああっ、あんっ、んっ、あうっ……」
いまやルークはうつぶせになって、うなじにラッセルの呼吸を感じながら彼のはげしい欲望を受けとめている。ついにラッセルが精をほとばしらせたときにはルーク自身も絶頂の高みにあった。
ふたりとも荒い息をついて、シーツの上で快感の余韻にひたる。だが、体の奥を埋めていたラッセルがいなくなったとたん、ルークの中には別の衝動が生まれていた。
「んっ……」
これまで事後に何度も感じてきたことなのに、ルークは毎回これが初めてのような気がする。体の奥で生まれた何かが外へ出たがって、ルークを急かすのだ。
しかしラッセルはもう、ルークがこうなることに慣れている。だからルークをなだめるように、いや、励ますように背中をゆっくりさすりはじめる。
「ルーク、いいぞ」
そうささやかれるのはなんだか恥ずかしい。でも思いとは関係なくルークの腰は勝手に動いて、それを外へせり出した。
何が出てきたのかは見なくてもわかっている。雫型をした瑠璃色の石――いや、それは遠い将来、小さなドラゴンが孵る可能性をもつ、卵だ。
「ルーク」
ラッセルがささやくとルークの顔を両手ではさみ、そっと唇を重ねた。
「いつ帰ったんです?」
「夜中だ」
「起こせばよかったのに」
「よく眠っていたからな」
ラッセルがそういったとき、ルークはふと、目覚める直前に見た夢のことを思い出した。といっても、羽根が皮膚をかすめたように夢の断片が意識をひっかいた程度のことで、頭にうかんだのは純白に輝く槍のようなものだけ、それもすぐに記憶の中に埋もれてしまう。
「ラッセル」
「ん?」
「今日は休日ですか?」
「ああ。一日何の予定もないのはずいぶんひさしぶりだ」
「そうですね。王立公園に行きませんか? リリも温室で遊びたいでしょうし」
「そうだな。そういえばリリは……」
ラッセルは寝そべったまま目だけ動かしたが、リリの姿は見当たらなかった。ドアの上に作られた小さな押し開け窓(リリの頭で簡単に開くもの)が半開きになっているから、とっくに目覚めてどこかに行ってしまったのだろう。館長邸にはリリお気に入りの場所がいくつかある。それに執事はリリが求めればいつでも、新鮮な卵の殻を与えるのだ。
リリがどこかに行っているならのんびり寝ていられる――ラッセルの頭によぎった考えは、ピ? という鳴き声ですぐに打ち消された。
ピピピー
(やっと起きた)
ドラゴンはドアの上に首をつきだし、藍色の眸でじろりとラッセルをみつめていたのだった。
朝食をのんびりとったあと、ルークとラッセルはリリとともに王立公園へ行くことにした。公園の大きな温室にはかつて盗賊団に利用されていたドラゴンたちが暮らしていて、リリは彼らのあいだでも人気者だ。春先など、何頭ものドラゴンと浮名を流している様子だったから、ルークはそれでいいのかとハラハラしていたくらいである。もっともここ最近のリリはあっちのドラゴンこっちのドラゴンと目移りすることにも飽きたようだ。
現在の王立公園には〈竜のささやき〉という喫茶店がある。毎日行列ができる大人気店だが、温室には一般人が立ち入ることはできないから、ルークとラッセルはゆったりとくつろぐことができた。温室はいくつかに区分けされ、一年中蓮の花が咲く池や、あざやかな蘭が群生する区画もある。
リリが他のドラゴンと遊んでいるとき、ルークは池の前でラッセルに向かい合っていた。
「ラッセル、実は……あなたに渡したいものがあるのです」
「え?」
「ほら、私だけが香水をもらって気を悪くしていたでしょう?」
「え?」
ラッセルはぽかんとしたが、まもなく先日の、クララのお茶会のことを思い出した。
「それはその……」
ルークはラッセルの表情を見て何を思ったか、あわてたようにいった。
「ほら、ちょっとしたプレゼントでも自分だけがもらえないというのはなんだか嫌ですし、それに、私はこれまであなたに何も贈ったことがなかった。だから……」
そういって差し出された小さな包みにラッセルは目をみはったが、ルークがくれるものを断る理由などもちろんないのである。一瞬で相好を崩し、ルークの手を両手で包むようにして贈り物を受け取った。
「ありがとう」
「気に入るといいのですが」
「ここで開けていいか?」
「もちろんです」
いったい中身はなんだろう。ラッセルはどきどきしながら包みを開けたが、小さな箱の蓋をとって鼈甲と琥珀のループタイを見たとたん、あっけにとられてしまった。
ラッセルはべつだん、ファッショントレンドに詳しいわけではない。しかし、むかしから何かとかまってくる姉のクララが上流階級のファッションリーダー的存在であるために、それなりの流行眼を(はからずも)鍛えられている。そんなラッセルの目で見ると、鼈甲と琥珀のループタイは、現在の自分よりずっと年上の(たとえばハーバート・ローレンスのような)いぶし銀世代の男がつけるようなデザインと思えた。
これはどういう意味なのだろう? ルークはもっと年上の方がいいということか? それとも俺に、早くこれが似合うようになれということか?
「どうですか?」
ルークの声が聞こえて、ラッセルはハッと我に返った。
「気に入り……ました?」
「もちろんだ!」
ラッセルは力強く答えた。するとルークの顔にこの世のものとは思えないほど美しい笑みがうかんだ。
「私もリリも、すごく気に入ったんです。これがとても……あなたにふさわしいと」
ルークのこんな顔が見られるならもうなんでもいいとラッセルは思った。
「うん。俺もそう思う」
「あの、つけさせてもらえますか? テーラーのご主人にやり方を教わったので」
「ああ……ありがとう」
ラッセルが答えると、ルークはまた嬉しそうに笑い、正面に立ってラッセルの襟もとにタイをつけた。ラッセルの胸元に楕円形の飾りがが下がると、ラッセルの髪から眸、そして胸元と視線を動かし、満足げに微笑む。
ルークが喜んでいるのでラッセルも嬉しかった。もらった時は少々びっくりしたが、きっと自分に似合っているにちがいない。
「そうだ、リリにも見せなくては。これはリリと一緒に選んだんです。ラッセル、あっちに行きましょう」
ルークがそういってラッセルの手をとった。そのまま手をつないで、蓮の池のほとりからリリが他のドラゴンと遊んでいる区画へ歩いていく。調査隊に同行した数日はラッセルにとって楽な日々ではなかったが、こうしているとすっかりどうでもよいことに感じられる。
リリは温室の中でもいちばん天井の高い区画、大きな木が何本も植えてある場所にいた。ドラゴンの羽音がかすかに聞こえてくると、ルークは梢に向かって声をかけた。
「リリ、ラッセルを見て――」
しかし、その言葉は最後まで続けられなかった。
なぜなら――
ドラゴンの羽ばたきの音が――おそらく温室にいるすべてのドラゴンの羽ばたきが、ラッセルに向かってきたからだ。
「は?」
ラッセルは何が起こったのかわからないままその場に棒立ちになった。その胸元にさまざまな色あいのドラゴンが集まってくると、琥珀のループタイをかすめて飛び去っていく。
ピピピピピーー!
(やめやめやめ!)
リリの鋭い声が羽ばたきの音を破った。
ピッピピピ…
(落ち着いて)
するとラッセルに群がろうとしたドラゴンがさっと割れて、梢の方へ舞い上がった。リリが彼らを先導するように飛び上がり、太い枝にとまると、他のドラゴンもその枝に列を作るようにずらりとまる。
ピピッピプ、ピピプ!
(見るのはひとりずつ!)
リリのさえずりのあと、最初に枝から飛び立ったのはリリの横にいた赤い羽根のドラゴンである。それはなめらかに滑空してラッセルの胸元でパタパタとホバリングすると、赤い目をくるくる回しながら琥珀をみつめた。舐め回さんとする勢いだったが、ほどなくしてリリがさえずった。
ピピ!
(つぎ!)
赤い羽根のドラゴンは温室の天井へ飛んでいき、つぎのドラゴンが舞い下りてきて、やはりラッセルの胸元でパタパタする。
ドラゴンたちの興奮を前に、ルークとラッセルはきょとんとして顔をみあわせた。
「これは……いったいなんだ?」
「……そのループタイを見物している、というわけでしょうか?」
「まさかとは思うが……」
ラッセルは胸元でパタパタしているドラゴンをなんとか気にしないよう努力しながらいった。
「このループタイの琥珀には、ドラゴンを惹きつける何かがあるのか?」
ルークはさっきの嬉しそうな表情とはうってかわって、困惑した顔になっている。
「……ええと……? まさかと思いますが、私とリリがこれを気に入ったのも、だから……?」
しかしラッセルはそれを聞いたとたん、首をぷるぷると左右に振った。
「いや、そうじゃない! そうじゃないとも!」
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「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~
TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】
公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。
しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!?
王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。
これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。
※別で投稿している作品、
『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。
設定と後半の展開が少し変わっています。
※後日譚を追加しました。
後日譚① レイチェル視点→メルド視点
後日譚② 王弟→王→ケイ視点
後日譚③ メルド視点
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