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第二章
第十一話 新鮮で呆然
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瀬田家では、徹夜明けの多駆郎が欠伸をしながら伸びをしていた。
眠気眼でヨロヨロと自宅の一階へ降りる。
洗面所前に立ち、とりあえず歯を磨いて脳内の前日情報をリセットする。
顔も洗ってフェイスタオルで拭いた後、鏡が目に入った。
「ちょっと風呂でも入るか」
一階の実験エリア片隅には、住人にしかわからないような部屋が隠れている。
いや、隠れてしまったと言った方が良いか。
そこには洗面所と風呂場がある。
元々はこの家が瀬田家の母屋であった。
内装を改造したために通常の家らしからぬ構造になってしまっている。
「髪の毛もボサボサだし、顔も脂ぎっているなあ。さすがに気持ち悪い」
着替えを用意して風呂場に入る。
シャワーを浴びながら頭を使わない時間を味わう。
無意識にマッサージをするように頭皮にシャワーを当てながら。
多駆郎が安らぎの時間へと入り込む。
それに没頭しているとインターホンが押された。
当然多駆郎の耳にその音は入るはずも無い。
訪問者は無言のスピーカーを睨んでいた。
「留守? なわけないわよね」
玄関の反対側にある風呂場からは、微かに水音が聞こえている。
「お風呂なのかしら。徹夜でもした? ふふ。少し待ちますか」
朝の七時。
この時間に瀬田家を訪ねてくる人は決まっている。
研究所の浜砂だ。
今回も朝七時から夕方五時の予定ということになる。
多駆郎が風呂から出てくるまで玄関前で待つことにした。
しかし、ただ待つようなことはしない。
鞄の中をゴソゴソと漁りながら瀬田家の敷地内を見回す。
ペン型カメラで撮影し、どんな些細な事でも目についたことをメモしだした。
「ほんとに広いわね。おまけにあんなアンテナを設置しているなんて」
アンテナを確認し、その先に見える母屋にも目をやる。
「あっちでも何かしているのかしら。にしても、これだけのアンテナがあるなら今回のことも納得いくわね」
思わず情報収集に没頭していた浜砂は、水音が聞こえなくなっていることに気付く。
慌てて出していたモノを鞄に仕舞い、改めてインターホンを押す。
多駆郎の素っ気ない対応がスピーカー越しに聞こえて来た。
「浜砂です。今日は七時からですのでよろしくお願いします」
『ああ、それじゃあもしかしてお待たせしていましたか? すみません』
「いえいえ、お気になさらず。こちらからは連絡無しで行っていることなので」
『少々時間をください。まだ服をまともに着ていないので』
その言葉を最後にスピーカーから一瞬ノイズが発せられた。
待機延長を告げられた浜砂はさらに情報を仕入れようか悩んだ。
「まだ全然確認できていないからもう少し探りたいけど、すぐ来るわよね」
男性の着替えは早いのではないかと自分を制止する。
案の定、多駆郎はすぐに玄関を開けた。
「おはようございます。お待たせしました、どうぞ」
家の外見からは想像がつかない一階の光景が目に飛び込んでくる。
浜砂にとってこの光景を目にするのは二度目。
まだ一瞬上半身をのけ反ってしまう。
スリッパに履き替えて前回同様小型テーブルのあるスペースへと案内された。
「今日は作業されるのですか?」
浜砂は、風呂上りの水分補給をしている多駆郎に尋ねた。
「ええ、そのつもりではいるんですけど、大したことはないですよ」
肩に掛けたタオルで頭をクシャクシャと拭きながら答える。
「ちょっと髪を乾かしてきますね。……あと歯磨きとか」
クスッと笑いながら浜砂は了承する。
「どうぞ。私がお邪魔するタイミングが悪かったですね」
「それは仕方がない事なので。研究所が悪いんですから」
多駆郎も軽く笑みを返し、洗面所へと改めて入っていった。
「あ、そうそう。適当に飲み物飲んだりしてくださいね。何も無いですけど」
「ありがとうございます」
テーブルに荷物を置いて飲み物の用意を始める浜砂。
シンク周りの食器や調理道具、冷蔵庫の中などを確認する。
「道具は最低限揃っているけれど、食材が。男の一人暮らしなんてこんなものなのかな」
少々呆れ顔になりながらその他も探索する。
多駆郎の言う通り何も無いと言えるほどに何も無かった。
飲み物もインスタントコーヒーが少々と冷蔵庫にペットボトルのお茶。
「まずは買い出しからかなあ」
ちらりと実験設備へ目をやりつつも、まずは外回りから手をつけることにした。
「瀬田さん、買い物に出掛けてきます。朝食は食べていらっしゃらないのでしょ?」
洗面所から聞こえていた歯磨きの音が止まる。
歯ブラシをくわえたままで答えが返された。
「ふぁい。ぬぁんだかふみません」
了解を得た浜砂が玄関へ向かおうとする。
そこへ再度洗面所から、今度は歯ブラシ無しの声が聞こえた。
「今の時間だとコンビニしか開いていませんよ」
「ああ、構いません。駅前のですよね。ありがとうございます」
そう言って浜砂は玄関を出て行った。
「早貴ちゃんなら説教されるところだった。最近また買い物してなかったな」
洗面所の鏡を向いてみると、泡だらけな口の周りが映る。
それを見て、歯磨きを再開した。
コンビニに向かう浜砂。
まだ七時台だが、それなりに駅前では人の流れができていた。
そんな駅前の斜向かいにあるコンビニへと入店する。
出迎えたのは店員の声ではなく、チャイム。
レジ前には駅へと急ぐ人が並んでいた。
「もっと早く出るだけなのに」
聞かれない程度の呟きをしながらカゴを持って店の奥へと移動。
飲み物を選ぼうとしたが、何を食べるかを決めていない。
食事になりそうなものが置いてあるコーナーへと移動する。
ほぼ無い。
「この時間で無くなるのね」
困り顔をしながら残っていそうなものを物色していく。
五枚切りの食パン、棚の奥に忘れ去られた五目おにぎり。
弁当やサンドウィッチは売切れ。
密封パックものならぶら下がっている。
片手を顎にやり、少々悩んでから決めたモノを次々にカゴへ入れた。
「浜砂です、遅くなりました」
「この時間のコンビニは結構賑わっていたでしょう」
「ええ。正直、驚きました」
「この辺はお店が無いのでね、コンビニは繁盛しているんですよ」
買い物袋を台所へ置き、朝食の用意に取り掛かろうとする浜砂。
「手を洗わせてもらいますね」
「どうぞ。その奥……あ、もう分かりますね」
多駆郎が風呂の出入りをしている時に洗面所は確認済みだ。
朝食ということでそれなりの用意をしようと思った多駆郎は動きを止めた。
「何を食べるかわからない、か」
相手が幼馴染ではない。
早貴ならば持ってきた袋を見れば分かる。
その前に教えられることがほとんどだが。
「さて、どうしたものか」
慣れ親しんだ動きが取れないことでキョロキョロとしてしまう。
手を洗い終わった浜砂が戻ってくる。
「どうしました? 用意は私がしますよ?」
「あ、ええ。なんだかまだ慣れなくて」
軽く笑みを見せながら浜砂が買い物してきたものを取り出し始める。
「瀬田さんは気にしなくていいのですから。さ、まだ何もされないのでしたら飲み物でも出しますから、席に座っていてください」
実際、やることに困っていた多駆郎は言われるまま席に座る。
それでも手持無沙汰がどうにも困る。
間をつなぐ話も見当たらない。
多駆郎の一番苦手な空間に放り込まれてしまった。
台所では、見慣れない後ろ姿の女性。
幼馴染とはまた違う女性。
細かな仕草も食事を用意する順番も何をするのも似ているようで違う。
それを新鮮と言っていいのかもわからず、ただ見つめてしまっていた。
気づけば苦手な時間が終わっていた。
「お待たせしました。料理とは言えないものですけど、よろしければ」
「とんでもないです。用意していただくだけでも申し訳ないのに」
浜砂はにっこりと笑って見せる。
「仕事ですから」
「そう、なんですよね」
「そうなんです」
そう言って用の済んだ道具類や、残った食材の片づけを始める浜砂。
「いただきます」
やはりどこか違う朝食をいただいてみる。
「おいしい」
「ほんとですか!?」
多駆郎へ振り返って浜砂が満面の笑みで言う。
「良かったぁ、と言ってもほとんど料理したものではないのですけどね」
うふふと笑いながら片づけを続ける。
そしてその様子に見入ってしまう多駆郎。
「なんだろ、この感じ」
「え? 何か言いました?」
「あ、いえいえ」
思わず出てしまった言葉に驚いた。
「何言ってるんだ?」
味を確認できる程度の速さで、朝食を掻き込む。
多駆郎は、なんだか調子の狂う朝だった。
眠気眼でヨロヨロと自宅の一階へ降りる。
洗面所前に立ち、とりあえず歯を磨いて脳内の前日情報をリセットする。
顔も洗ってフェイスタオルで拭いた後、鏡が目に入った。
「ちょっと風呂でも入るか」
一階の実験エリア片隅には、住人にしかわからないような部屋が隠れている。
いや、隠れてしまったと言った方が良いか。
そこには洗面所と風呂場がある。
元々はこの家が瀬田家の母屋であった。
内装を改造したために通常の家らしからぬ構造になってしまっている。
「髪の毛もボサボサだし、顔も脂ぎっているなあ。さすがに気持ち悪い」
着替えを用意して風呂場に入る。
シャワーを浴びながら頭を使わない時間を味わう。
無意識にマッサージをするように頭皮にシャワーを当てながら。
多駆郎が安らぎの時間へと入り込む。
それに没頭しているとインターホンが押された。
当然多駆郎の耳にその音は入るはずも無い。
訪問者は無言のスピーカーを睨んでいた。
「留守? なわけないわよね」
玄関の反対側にある風呂場からは、微かに水音が聞こえている。
「お風呂なのかしら。徹夜でもした? ふふ。少し待ちますか」
朝の七時。
この時間に瀬田家を訪ねてくる人は決まっている。
研究所の浜砂だ。
今回も朝七時から夕方五時の予定ということになる。
多駆郎が風呂から出てくるまで玄関前で待つことにした。
しかし、ただ待つようなことはしない。
鞄の中をゴソゴソと漁りながら瀬田家の敷地内を見回す。
ペン型カメラで撮影し、どんな些細な事でも目についたことをメモしだした。
「ほんとに広いわね。おまけにあんなアンテナを設置しているなんて」
アンテナを確認し、その先に見える母屋にも目をやる。
「あっちでも何かしているのかしら。にしても、これだけのアンテナがあるなら今回のことも納得いくわね」
思わず情報収集に没頭していた浜砂は、水音が聞こえなくなっていることに気付く。
慌てて出していたモノを鞄に仕舞い、改めてインターホンを押す。
多駆郎の素っ気ない対応がスピーカー越しに聞こえて来た。
「浜砂です。今日は七時からですのでよろしくお願いします」
『ああ、それじゃあもしかしてお待たせしていましたか? すみません』
「いえいえ、お気になさらず。こちらからは連絡無しで行っていることなので」
『少々時間をください。まだ服をまともに着ていないので』
その言葉を最後にスピーカーから一瞬ノイズが発せられた。
待機延長を告げられた浜砂はさらに情報を仕入れようか悩んだ。
「まだ全然確認できていないからもう少し探りたいけど、すぐ来るわよね」
男性の着替えは早いのではないかと自分を制止する。
案の定、多駆郎はすぐに玄関を開けた。
「おはようございます。お待たせしました、どうぞ」
家の外見からは想像がつかない一階の光景が目に飛び込んでくる。
浜砂にとってこの光景を目にするのは二度目。
まだ一瞬上半身をのけ反ってしまう。
スリッパに履き替えて前回同様小型テーブルのあるスペースへと案内された。
「今日は作業されるのですか?」
浜砂は、風呂上りの水分補給をしている多駆郎に尋ねた。
「ええ、そのつもりではいるんですけど、大したことはないですよ」
肩に掛けたタオルで頭をクシャクシャと拭きながら答える。
「ちょっと髪を乾かしてきますね。……あと歯磨きとか」
クスッと笑いながら浜砂は了承する。
「どうぞ。私がお邪魔するタイミングが悪かったですね」
「それは仕方がない事なので。研究所が悪いんですから」
多駆郎も軽く笑みを返し、洗面所へと改めて入っていった。
「あ、そうそう。適当に飲み物飲んだりしてくださいね。何も無いですけど」
「ありがとうございます」
テーブルに荷物を置いて飲み物の用意を始める浜砂。
シンク周りの食器や調理道具、冷蔵庫の中などを確認する。
「道具は最低限揃っているけれど、食材が。男の一人暮らしなんてこんなものなのかな」
少々呆れ顔になりながらその他も探索する。
多駆郎の言う通り何も無いと言えるほどに何も無かった。
飲み物もインスタントコーヒーが少々と冷蔵庫にペットボトルのお茶。
「まずは買い出しからかなあ」
ちらりと実験設備へ目をやりつつも、まずは外回りから手をつけることにした。
「瀬田さん、買い物に出掛けてきます。朝食は食べていらっしゃらないのでしょ?」
洗面所から聞こえていた歯磨きの音が止まる。
歯ブラシをくわえたままで答えが返された。
「ふぁい。ぬぁんだかふみません」
了解を得た浜砂が玄関へ向かおうとする。
そこへ再度洗面所から、今度は歯ブラシ無しの声が聞こえた。
「今の時間だとコンビニしか開いていませんよ」
「ああ、構いません。駅前のですよね。ありがとうございます」
そう言って浜砂は玄関を出て行った。
「早貴ちゃんなら説教されるところだった。最近また買い物してなかったな」
洗面所の鏡を向いてみると、泡だらけな口の周りが映る。
それを見て、歯磨きを再開した。
コンビニに向かう浜砂。
まだ七時台だが、それなりに駅前では人の流れができていた。
そんな駅前の斜向かいにあるコンビニへと入店する。
出迎えたのは店員の声ではなく、チャイム。
レジ前には駅へと急ぐ人が並んでいた。
「もっと早く出るだけなのに」
聞かれない程度の呟きをしながらカゴを持って店の奥へと移動。
飲み物を選ぼうとしたが、何を食べるかを決めていない。
食事になりそうなものが置いてあるコーナーへと移動する。
ほぼ無い。
「この時間で無くなるのね」
困り顔をしながら残っていそうなものを物色していく。
五枚切りの食パン、棚の奥に忘れ去られた五目おにぎり。
弁当やサンドウィッチは売切れ。
密封パックものならぶら下がっている。
片手を顎にやり、少々悩んでから決めたモノを次々にカゴへ入れた。
「浜砂です、遅くなりました」
「この時間のコンビニは結構賑わっていたでしょう」
「ええ。正直、驚きました」
「この辺はお店が無いのでね、コンビニは繁盛しているんですよ」
買い物袋を台所へ置き、朝食の用意に取り掛かろうとする浜砂。
「手を洗わせてもらいますね」
「どうぞ。その奥……あ、もう分かりますね」
多駆郎が風呂の出入りをしている時に洗面所は確認済みだ。
朝食ということでそれなりの用意をしようと思った多駆郎は動きを止めた。
「何を食べるかわからない、か」
相手が幼馴染ではない。
早貴ならば持ってきた袋を見れば分かる。
その前に教えられることがほとんどだが。
「さて、どうしたものか」
慣れ親しんだ動きが取れないことでキョロキョロとしてしまう。
手を洗い終わった浜砂が戻ってくる。
「どうしました? 用意は私がしますよ?」
「あ、ええ。なんだかまだ慣れなくて」
軽く笑みを見せながら浜砂が買い物してきたものを取り出し始める。
「瀬田さんは気にしなくていいのですから。さ、まだ何もされないのでしたら飲み物でも出しますから、席に座っていてください」
実際、やることに困っていた多駆郎は言われるまま席に座る。
それでも手持無沙汰がどうにも困る。
間をつなぐ話も見当たらない。
多駆郎の一番苦手な空間に放り込まれてしまった。
台所では、見慣れない後ろ姿の女性。
幼馴染とはまた違う女性。
細かな仕草も食事を用意する順番も何をするのも似ているようで違う。
それを新鮮と言っていいのかもわからず、ただ見つめてしまっていた。
気づけば苦手な時間が終わっていた。
「お待たせしました。料理とは言えないものですけど、よろしければ」
「とんでもないです。用意していただくだけでも申し訳ないのに」
浜砂はにっこりと笑って見せる。
「仕事ですから」
「そう、なんですよね」
「そうなんです」
そう言って用の済んだ道具類や、残った食材の片づけを始める浜砂。
「いただきます」
やはりどこか違う朝食をいただいてみる。
「おいしい」
「ほんとですか!?」
多駆郎へ振り返って浜砂が満面の笑みで言う。
「良かったぁ、と言ってもほとんど料理したものではないのですけどね」
うふふと笑いながら片づけを続ける。
そしてその様子に見入ってしまう多駆郎。
「なんだろ、この感じ」
「え? 何か言いました?」
「あ、いえいえ」
思わず出てしまった言葉に驚いた。
「何言ってるんだ?」
味を確認できる程度の速さで、朝食を掻き込む。
多駆郎は、なんだか調子の狂う朝だった。
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