月の声が聴きたくて ~恋心下暗し~

沢鴨ゆうま

文字の大きさ
62 / 63
第三章

第二十三話(終) 月の声が聴きたくて

しおりを挟む
「行ってくるね」

「はい。多駆郎君によろしく言っておいて。あ、持たせるもの忘れてたわ」

「ん? いいよ。そういうのなんとも思わない人だし」

「そうね。んふふ」

「何よ、その笑い」

「いえ、別にー」

 母親に半分冷やかされながら玄関を出る。
 この坂を下ってゆく目的地が駅前ではない。
 途中で道を渡って森と言えるような茂みに囲まれてゆく。

「この匂い、久しぶり過ぎるなあ」

 大きな門。
 その通り方も知っている。
 難なく入り、見慣れた離れへと向かう。

「わあ、こんなにしっかりした建物なのに気づかなかったんだね、アタシ」

 天文台が目に入る。
 久しぶりだからこそ目に入ったのかも知れない。
 玄関前でじっくりと見てしまう。
 周りは暗くなっているが、存在感はしっかりと伝わる。

「あそこでいっぱい空を眺めていたはずなんだよね」

 振り返り、呼び鈴を押す。
 以前と違い、連絡を取ってから来ている。
 そのため、多駆郎もすぐにドアを開けた。

「どうも、久しぶり」

「タク! ちゃんと髭剃ってあるね」

「え? ああ、最近は剃っているよ。って、最初の会話がそれかい?」

 クスッと笑いながら中に入る。
 体は流れを覚えているようで、靴を脱ぐと階段を登ろうとした。
 だが、違和感があったようだ。

「うわあ、前より凄いことになっているよ?」

「うん、今回の開発に必要だったから。こんな工事までしたのにね」

 早貴は多駆郎の肩をポンポンと叩くと二階へ上がっていった。
 何の躊躇も無くドアを開けて部屋に入る。
 そこには以前と何も変わらない光景が待っていた。

「何なのよこれ」

「何って……マズいことあったか?」

「何も変わっていないじゃない! 安心するでしょ!」

「それこそ何だよ。怒りながら安心しないでくれ」

 早貴はズカズカと奥へ歩いてベッドに鞄を放るように置きながら座る。
 そしてベッドに身体を埋めた。

「タク、例のやつ、聴かせてよ」

「月の声でいいの?」

「そういえばその言い方、アタシが呼んだのよね」

「そうだよ。それじゃあ準備するよ」

「アタシ飲み物用意する」

「あ……」

「分かってるって。ご自慢のお茶でしょ?」

「あはは」

 軽い身のこなしでベッドから降り、階段を下りてゆく。
 早貴が戻ってくるまでの間に準備を始める流れ。
 身体がしっくり来ているのを感じるのか、軽く笑みを浮かべている。

「こいつらを立ち上げるのも久しぶりだったな。さあ、しっかり聴かせてあげてくれよ」

 アナログな摘みが並ぶ機器を中心にあちこち弄る。
 モニターの光も部屋を照らすのは数か月ぶりだ。
 開発が進まなかったために一階の機器ばかり弄っていた。

「やっぱりこいつらを弄る方が楽しいな」

 早貴もお茶を持って上がってきた。

「久しぶりだからアタシのコップ洗おうと思ったら、洗ってあったね。助手さんかな」

 この家に来た最後の日。
 浜砂は食器類を全て洗って帰っている。

「……そう」

 軽く流した多駆郎の笑顔が少し暗く変わる。
 多少なりとも心を通わせた相手。
 何も思わないなんて無理だ。

「なんだかワクワクするなあ」

 明るい早貴の声が部屋に響く。
 多駆郎も合わせて声を張った。

「こいつらもちゃんと動いてくれたよ。電波も拾えているし、大丈夫そうだ」

「触っていなかったの? それだけ忙しかったんだね」

 座布団を多駆郎の横に置き、邪魔にならない位置に座る。
 この絶妙な距離は早貴にしか分からないだろう。
 しばらくすると聞こえる音も安定してきた。

「電気、消そうか」

「うん」

 月の声を聴く時はいつも暗くする。
 機材とモニター、それに月の光だけが部屋を照らす。

「今こうしてみると、やっぱりそうなんだって分かるなあ」

「何が?」

「アタシ、タクが好きだったのよ。ずっと前から」

「え?」

 多駆郎の肩に頭を乗せる早貴。

「馬鹿だなあアタシ。ごめんね、早く気づいていれば良かったのに」

「好きって、そういう好き?」

「そうだよ。タクにはずっと恋していたみたい。それなのに何だろうね、他の人と恋をしたがってさ。そして振られて。その話をタクにする始末。アタシ最低だ」

「最低な子だったら家に入れていないけど」

「タクってさあ、冷たそうで優しいのよね。その温かい所にたどり着けたアタシは偉いと思うの」

「自分を褒めるんだ」

「うん! だって偉いじゃん」

「そうかも。オレもさ、一人で考える時間がたくさんあって、その中で思ったんだ。早貴ちゃんがいないとこんなに寂しいんだなって。その寂しい理由を探っていたら、これが恋なのかなあって、分からないなりに思えたんだよ」

「……タク」

「何?」

「今雲が出てきていない?」

 多駆郎は窓の外へ目をやる。

「いや、快晴だね」

「おかしいな。タクがアタシに恋をしているって言ったのに」

「なんだよそれ! 好きって言った人に失礼だな」

「今初めて言ったんだよ。それにアタシの方が先に言ったんだし」

「好きとは聞いていないよ」

「あれ? じゃあ、タク好き」

「じゃあって……やっぱり失礼だ」

 肩を揺らして二人は笑い合う。
 多駆郎の部屋にしてみれば、こんな二人を見ることが初めだ。
 たぶん、部屋も機材も笑っているのではないだろうか。

「一つだけ許して欲しい事があるの」

「許すって、何か悪い事していたっけ?」

「あのね、千代って分かるでしょ?」

 電波を拾う微調整をしながら話をしている多駆郎。
 やはり仕事の時より手の動きが良い。

「散々話に出てきたからね。オレと同じ幼馴染で……」

「そう」

「その子の絡みでオレに謝ることなんてあるの?」

「実はね、付き合っているの」

「……どういうこと?」

「女同士のそういう関係」

 動きを止めて早貴を見る。

「そう、なんだ。よく分からないなあ」

「親友がもっと仲良くなったって感じなんだけど、千代は付き合っているってことにしたいらしくて。付き合っている関係だそうです」

「それって謝ることなの?」

「うーん、タクと付き合うなら言っておいた方がいいのかなあって」

「オレたちって付き合うの?」

「ええっ!? 違うの?」

「はっきりそうは言ってなかったから。付き合う?」

「……できればそうしてくれると、もれなくアタシはあなたのモノになりますけど」

「えっと。なら付き合おう」

「えへへ。なんだか照れますね」

「照れる感じってこういうのか。苦手だー!」

 再び二人の肩が揺れる。
 部屋も心なしか室温が上がっているような雰囲気。

「あとね……」

「まだあるの?」

「色んな人と付き合ってごめんなさい」

 頭をちらっとかいてから、あえて早貴を見ずに言う。

「それは……正直に言うと辛かった。悲しんでいる早貴ちゃんを見るのはしんどいよ。そんなに悲しいならもうするなって言いたかったのが本音」

「そんな風に思っていてくれたんだ。やっぱりごめんなさいだよ」

「幾つか別れた話を聞く度に、なんで自分が辛くなるんだろうって思ってた。それは好きだからだって分かれば、いや、分かっていたのに恥ずかしかったんだろうな」

「それは分かる気がする」

「恥ずかしいってのが邪魔しなければ素直に言えていたのかも」

「恥ずかしいのを誤魔化すために他の人を探していたのかな。やっぱりアタシ馬鹿だあ!」

「もうさ、馬鹿どうしで夜空を見ていればいいんだよ。そうだ! 星を見に行こう」

「ここでも見えるよ?」

「天文台だよ! 早貴ちゃんのために作ったんだから」

「アタシのため!? そういうことはこう、もっと、早く言うべきでしょ!」

「月の声はあっちでも聴けるようにしてあるんだ。せっかくだ。あっちに移動しよう」

 その夜。
 二人の新しい関係は、新調した空間から始まろうとしていた。
 ――――月の声が聴きたくて。


 完。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...