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第四章 ボクたちの町
第二十話 激憤
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Szene-01 スクリアニア公国、西側国境
レアルプドルフとの境界線上に到着し、いつでも攻め込めるように部隊を配置させたスクリアニア公の耳にもティベルダの悲鳴が届いていた。
「何なのだ」
「索敵班の情報では、夫人追跡部隊とレアルプドルフの剣士が接触した模様とのこと。交戦があったのかも知れません」
「ザラは見つかったのか?」
「見つかったという報告はされていません。ただ、悲鳴が聞こえたとなると敵にも動きがあると思われます」
スクリアニア公は、グンナー扮するヘルムートに目をやった。
「早速手を貸してもらうことになるかも知れんな。頼むぞ」
「おいおい、すでに俺までここに来ている状況でそれを言うか。初めから借りるつもりで呼んでおいてよく言う。まあ俺は出て行かねえし、身内が無事船に戻れりゃそれでいい。向こうさんの動きを邪魔するだけだ」
「ふっ、あくまで助っ人ということで頼んだ話だ、やむを得んだろう。向こうの動きが鈍るだけでも十分ウチの愚兵にとっては助かる、情けない話だがな」
スクリアニア公は兵たちが森の中で配置に就く足音を聞きながら、レアルプドルフの方角をじっと見つめていた。
Szene-02 レアルプドルフ、ウンゲホイアー川東岸
川の流れる音さえも聞こえなくなったような森の絶句を経て、再び時は動き出す。
ザラに向けて矢を放った兵士は、ヴォルフの体当たりで地面に叩きつけられて気絶し、ヴォルフは倒した勢いのままエールタインに駆け寄る。
倒れた兵士と同じ班の兵士は後続のヴォルフに囲まれて身動きの一切を止められている。
エールタインの周りには、ルイーサ組とヴォルフに加えて一人の男が同時に集まった。
ザラの護衛が間近に迫ったヴォルフに怯えながら、剣士の容姿ではない男に声を掛けた。
「あんたは?」
男は軽く片手を挙げて警戒する必要は無いと合図をすると、黙ったままエールタインを軽々と肩に担いでその場から走り去った。
「おい、ちょっと待て――」
ザラの護衛が止める声に、顔を強張らせたままのルイーサが答える。
「あの人は味方だから安心して」
「剣士様が、剣士様が」
泣き崩れるザラにルイーサが声を掛ける。
「少しでもそう思ってくれるなら急いで町に入って。あなたに何かあったらエールタインの行動が全て無駄になってしまうから」
ザラはルイーサの言葉にハッとして顔を上げる。涙で真っ赤になった目でルイーサに振り向くと、目の前にはすでに手が差し伸べられていた。
「さあ、急いで。これでも上級剣士だからなんとかするわ。その子もいるしね」
「あ、はい」
ザラがルイーサの手を掴むと、一瞬で立ち上げられた。ザラはしがみ付きを増しているフォルターとケイテを気にした時、目の端に映りこんだヴォルフに目をやる。ルイーサは予期していたかのように答えた。
「その子はあなたに何もしないから安心して――と言っても中型魔獣の傍にいて落ち着くわけは無いでしょうけど。私たちに近づくリスとヴォルフは、このヒルデガルドが主人だから」
ザラはヴェルム城でやり取りをしたリスを思い出して言う。
「あなただったのね。私の部屋にリスが来た時、魔獣とお話が出来る能力を持った子がいると分かってなんだか嬉しくなっていたの」
ザラがヒルデガルドに城で体験した話をしようとした時、辺りが目の前で燃えている炎とは違った赤色に照らされた。
「ルイーサ様、離れて!」
ヒルデガルドはルイーサの脇腹に体当たりをするように抱き着いて押し倒した。
その様子を見たザラの護衛は立ったばかりのザラの手を引っ張る。
「伏せてください!」
ザラは言われるまま二人の子供と一緒に地面に倒れ込んだ。続けて護衛も伏せると、少女の低い声が森の空気を震わせる。
「エール……さま……を……傷つけ……たのか」
「ティベルダ、あなたその目――」
ルイーサは目を赤く光らせているティベルダを目の前にして、勝手に身震いしてしまう体を止めるように自身の肩を掴んだ。
「ゆるさない……許さない!」
ティベルダは語気を荒げて拳を強く握ると、主人に弓を放ったスクリアニアの兵士を真っ赤になった目で睨みつけた。
「ああ、消えるのは少し待って。あなたたちにも苦しんでもらわなきゃ。消すのは簡単なのだから、ふふ、ふふふ」
ゆっくりと片方の口角を上げたティベルダは、目を赤から紫色に変えて一歩二歩とスクリアニア兵に近づいてゆく。
ルイーサたちの横を通り過ぎた頃、スクリアニア兵を取り囲んでいたヴォルフ数頭がティベルダの後ろへ回り込み、ティベルダの後方を守るように座った。
ティベルダは足を止めて、目の前で怯えているスクリアニア兵を一人ずつ睨みつける。
ヴォルフの後方では、困惑しているルイーサたちの所へダンとヘルマが到着した。
「ルイーサ、何があった?」
「ダン様! エールタインが矢を受けて負傷してしまって――」
「エールが!? あいつはどこだ」
「店主のお弟子さんが連れて行きました。それよりティベルダに気を付けてください!」
ルイーサがティベルダへと目線を向けると、ヘルマがルイーサの言葉の理由に気付いた。
「もう止められそうにないわね。ダン様、伏せた方が良さそうです」
ヘルマに言われてダンもティベルダとヴォルフのいる方へ目をやる。
「能力を使おうとしているのか」
「あの子、エール様が負傷したことで気持ちが抑えられなくなっています。私たちには見ているしか手が無いかと」
ダンは初めて見る激憤状態のティベルダに言葉を失くし、ゆっくりと体を伏せた。
周りのことなど全く目に入らなくなっているティベルダは、フリーズを発動させる。
スクリアニア兵は一瞬にして凍り付き、怯えではなく氷によって体を拘束された。
ティベルダは兵の傍へと歩み寄り、手のひらの上に氷の針束を出現させて一本摘まむ。
「苦しんで欲しいけど、すぐに消えても欲しい。刺している時ってどちらにしようか悩むの。ねえ、どうしたらエール様は喜んでくれるかなあ。私はね、エール様の笑顔を見ていたいんだあ。あの綺麗なお顔で笑うとね、もうとろけそうになっちゃうほど素敵なの。それをあなたたちは奪った――そう、何よりも素晴らしいことを。それって許せないよね、罰を受けてもらうべきだよね。んーと、それじゃあ……あなたたちには苦しみを感じてもらってからにするね」
ティベルダは、南北に分かれているスクリアニア兵のうち、かすかに見える北へ向かった隊へ目をやって言う。
「あっちの人たちにはすぐに消えてもらおっと」
不敵な笑みを浮かべて一人納得するティベルダであった。
レアルプドルフとの境界線上に到着し、いつでも攻め込めるように部隊を配置させたスクリアニア公の耳にもティベルダの悲鳴が届いていた。
「何なのだ」
「索敵班の情報では、夫人追跡部隊とレアルプドルフの剣士が接触した模様とのこと。交戦があったのかも知れません」
「ザラは見つかったのか?」
「見つかったという報告はされていません。ただ、悲鳴が聞こえたとなると敵にも動きがあると思われます」
スクリアニア公は、グンナー扮するヘルムートに目をやった。
「早速手を貸してもらうことになるかも知れんな。頼むぞ」
「おいおい、すでに俺までここに来ている状況でそれを言うか。初めから借りるつもりで呼んでおいてよく言う。まあ俺は出て行かねえし、身内が無事船に戻れりゃそれでいい。向こうさんの動きを邪魔するだけだ」
「ふっ、あくまで助っ人ということで頼んだ話だ、やむを得んだろう。向こうの動きが鈍るだけでも十分ウチの愚兵にとっては助かる、情けない話だがな」
スクリアニア公は兵たちが森の中で配置に就く足音を聞きながら、レアルプドルフの方角をじっと見つめていた。
Szene-02 レアルプドルフ、ウンゲホイアー川東岸
川の流れる音さえも聞こえなくなったような森の絶句を経て、再び時は動き出す。
ザラに向けて矢を放った兵士は、ヴォルフの体当たりで地面に叩きつけられて気絶し、ヴォルフは倒した勢いのままエールタインに駆け寄る。
倒れた兵士と同じ班の兵士は後続のヴォルフに囲まれて身動きの一切を止められている。
エールタインの周りには、ルイーサ組とヴォルフに加えて一人の男が同時に集まった。
ザラの護衛が間近に迫ったヴォルフに怯えながら、剣士の容姿ではない男に声を掛けた。
「あんたは?」
男は軽く片手を挙げて警戒する必要は無いと合図をすると、黙ったままエールタインを軽々と肩に担いでその場から走り去った。
「おい、ちょっと待て――」
ザラの護衛が止める声に、顔を強張らせたままのルイーサが答える。
「あの人は味方だから安心して」
「剣士様が、剣士様が」
泣き崩れるザラにルイーサが声を掛ける。
「少しでもそう思ってくれるなら急いで町に入って。あなたに何かあったらエールタインの行動が全て無駄になってしまうから」
ザラはルイーサの言葉にハッとして顔を上げる。涙で真っ赤になった目でルイーサに振り向くと、目の前にはすでに手が差し伸べられていた。
「さあ、急いで。これでも上級剣士だからなんとかするわ。その子もいるしね」
「あ、はい」
ザラがルイーサの手を掴むと、一瞬で立ち上げられた。ザラはしがみ付きを増しているフォルターとケイテを気にした時、目の端に映りこんだヴォルフに目をやる。ルイーサは予期していたかのように答えた。
「その子はあなたに何もしないから安心して――と言っても中型魔獣の傍にいて落ち着くわけは無いでしょうけど。私たちに近づくリスとヴォルフは、このヒルデガルドが主人だから」
ザラはヴェルム城でやり取りをしたリスを思い出して言う。
「あなただったのね。私の部屋にリスが来た時、魔獣とお話が出来る能力を持った子がいると分かってなんだか嬉しくなっていたの」
ザラがヒルデガルドに城で体験した話をしようとした時、辺りが目の前で燃えている炎とは違った赤色に照らされた。
「ルイーサ様、離れて!」
ヒルデガルドはルイーサの脇腹に体当たりをするように抱き着いて押し倒した。
その様子を見たザラの護衛は立ったばかりのザラの手を引っ張る。
「伏せてください!」
ザラは言われるまま二人の子供と一緒に地面に倒れ込んだ。続けて護衛も伏せると、少女の低い声が森の空気を震わせる。
「エール……さま……を……傷つけ……たのか」
「ティベルダ、あなたその目――」
ルイーサは目を赤く光らせているティベルダを目の前にして、勝手に身震いしてしまう体を止めるように自身の肩を掴んだ。
「ゆるさない……許さない!」
ティベルダは語気を荒げて拳を強く握ると、主人に弓を放ったスクリアニアの兵士を真っ赤になった目で睨みつけた。
「ああ、消えるのは少し待って。あなたたちにも苦しんでもらわなきゃ。消すのは簡単なのだから、ふふ、ふふふ」
ゆっくりと片方の口角を上げたティベルダは、目を赤から紫色に変えて一歩二歩とスクリアニア兵に近づいてゆく。
ルイーサたちの横を通り過ぎた頃、スクリアニア兵を取り囲んでいたヴォルフ数頭がティベルダの後ろへ回り込み、ティベルダの後方を守るように座った。
ティベルダは足を止めて、目の前で怯えているスクリアニア兵を一人ずつ睨みつける。
ヴォルフの後方では、困惑しているルイーサたちの所へダンとヘルマが到着した。
「ルイーサ、何があった?」
「ダン様! エールタインが矢を受けて負傷してしまって――」
「エールが!? あいつはどこだ」
「店主のお弟子さんが連れて行きました。それよりティベルダに気を付けてください!」
ルイーサがティベルダへと目線を向けると、ヘルマがルイーサの言葉の理由に気付いた。
「もう止められそうにないわね。ダン様、伏せた方が良さそうです」
ヘルマに言われてダンもティベルダとヴォルフのいる方へ目をやる。
「能力を使おうとしているのか」
「あの子、エール様が負傷したことで気持ちが抑えられなくなっています。私たちには見ているしか手が無いかと」
ダンは初めて見る激憤状態のティベルダに言葉を失くし、ゆっくりと体を伏せた。
周りのことなど全く目に入らなくなっているティベルダは、フリーズを発動させる。
スクリアニア兵は一瞬にして凍り付き、怯えではなく氷によって体を拘束された。
ティベルダは兵の傍へと歩み寄り、手のひらの上に氷の針束を出現させて一本摘まむ。
「苦しんで欲しいけど、すぐに消えても欲しい。刺している時ってどちらにしようか悩むの。ねえ、どうしたらエール様は喜んでくれるかなあ。私はね、エール様の笑顔を見ていたいんだあ。あの綺麗なお顔で笑うとね、もうとろけそうになっちゃうほど素敵なの。それをあなたたちは奪った――そう、何よりも素晴らしいことを。それって許せないよね、罰を受けてもらうべきだよね。んーと、それじゃあ……あなたたちには苦しみを感じてもらってからにするね」
ティベルダは、南北に分かれているスクリアニア兵のうち、かすかに見える北へ向かった隊へ目をやって言う。
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