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第四話
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それにうんざりとしていた、ある日。遠方でどうしても外せない公務があるという彼の言葉に内心密かに喜んでいると、どうやら私は彼の留守中、与えられた客間に閉じ込められることになるらしい。なんでも私の身を、危険から守るためなのだという。
その扱いにやんわりと抗議した私に、彼は言った。
「か弱き人間であるお前を護ってやるには、こうするしか方法がないのだ。――お前は何も言わず、ただ我に愛されていればよい。欲しい物があるならば、どんなものでも与えてやろう。気に入らない者がいたならば、すぐに処罰してやろう。我が番であるお前には、その権利があるのだからな。だが、ゆめゆめ忘れぬことだ。もしも我に逆らおうというならば、その時は――お前の家がどうなるか、分かっているな?」
ひやりとした手で頬を撫でられると、全身の毛が逆立つようである。私は思わず一歩後ずさると、触られた場所を手のひらで温めながら言った。
「……まだ、婚前でございます」
「その小生意気な唇を、今すぐ塞いでやろうか? ……と言いたいところだが。まあよい、頑ななお前を甘く蕩かしてやる日が楽しみだ」
恐ろしいまでに美しく整っている顔が、ニヤリと歪む。その姿に寒気を感じた私は、思わずぎゅっと自らを抱きしめた。
*****
『か弱き人間であるお前を護ってやるには、こうするしか方法がないのだ』
――って、このお城、どんだけ治安が悪いのかしらね!
ようやく部屋を出て行ったサタナエルの言葉を思い返しつつ、内心そう悪態をつくと。私はお行儀悪く、思いっきりベッドに倒れ込んだ。
それから丸三日をただ部屋に閉じ込められて過ごした私は、とてつもない暇を持て余していた。この時間に学べと言われてテーブルの上に積み上げられているのは、この竜王国の歴史書だけである。だがまたあの王子の延々と続く自慢話のお相手をさせられるかと思うと、歴史書にでも向かっていた方が幾分かマシなのだろうか。……そう、考えていたときのことである。
三日ぶりに部屋の扉を開けた使用人以外の存在は、サタナエルの弟アルキスを名乗る竜人だった。彼はまだ少年の面影を残した顔で、どこか申し訳なさそうに、だがきちんと挨拶をのべる。私はようやく話の通じそうな相手を見つけて、少しだけ安堵した。
「兄上の公務が長引いており、本当に申し訳ございません。その間ずっと部屋に閉じこもりきりでは、エリーザベト嬢もつまらないでしょう。せっかく滞在していらっしゃるのですから、よければお庭の散策でもいかがでしょうか。この王城には、まだまだ気に入っていただけそうな場所がたくさんあるのです」
「ぜひ、お願いいたします」
数名の供を連れたアルキス王子に立派な庭園を案内してもらっていると、やがて彼は憂うような顔で口をひらいた。
「あの、兄上はいつもはそこまで強引なお方ではないのです。ただ我々竜人族は番を見つけると頭に血がのぼり、周囲が見えなくなってしまう傾向があるようで……ご無礼があり、本当に申し訳ございません」
「いいえ、わたくしは……」
「ただ、どうかご理解いただきたいのです。兄上の想いは、まごう事なき本物です。どうか、兄上のことを、我ら竜人のことを、誤解しないでほしいのです」
「アルキス殿下……」
その瞳は金だったが、暖かく誠実な色を宿している。私は彼の真剣な様子にほだされて、思わずうなずこうとした……その時だった。
「アルキス! そこで何をしている!!」
「兄上! お戻りだったのですね」
「胸騒ぎがして急ぎ戻ってみたら、やはりか! お前は、私に番が現れたのが羨ましく、横取りしようとしたのだろう!?」
嫉妬に燃える表情で駆け寄るサタナエル殿下に、アルキス殿下は慌てたように声を上げた。
「誤解です! エリーザベト嬢をお庭にお誘いしたのは、同盟国の貴族をこのように軟禁するなど、同盟関係に亀裂が入ってしまいかねないからです。何よりもう三日も一室に閉じ込められているなど、気の毒ではありませんか。兄上にとって、エリーザベト嬢はとても大事な女性なのでしょう!?」
「お前如きが気軽に我が番の名を呼ぶな! 大事だからこそ、だ。お前のような不埒な男が我が番に近づくことを防ぐために決まっているだろう! それでも違うというのなら、今すぐ我が番の視界から消え失せろ!」
アルキス王子は悲しげに顔を歪めると、深く一礼して立ち去って行った。
その扱いにやんわりと抗議した私に、彼は言った。
「か弱き人間であるお前を護ってやるには、こうするしか方法がないのだ。――お前は何も言わず、ただ我に愛されていればよい。欲しい物があるならば、どんなものでも与えてやろう。気に入らない者がいたならば、すぐに処罰してやろう。我が番であるお前には、その権利があるのだからな。だが、ゆめゆめ忘れぬことだ。もしも我に逆らおうというならば、その時は――お前の家がどうなるか、分かっているな?」
ひやりとした手で頬を撫でられると、全身の毛が逆立つようである。私は思わず一歩後ずさると、触られた場所を手のひらで温めながら言った。
「……まだ、婚前でございます」
「その小生意気な唇を、今すぐ塞いでやろうか? ……と言いたいところだが。まあよい、頑ななお前を甘く蕩かしてやる日が楽しみだ」
恐ろしいまでに美しく整っている顔が、ニヤリと歪む。その姿に寒気を感じた私は、思わずぎゅっと自らを抱きしめた。
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『か弱き人間であるお前を護ってやるには、こうするしか方法がないのだ』
――って、このお城、どんだけ治安が悪いのかしらね!
ようやく部屋を出て行ったサタナエルの言葉を思い返しつつ、内心そう悪態をつくと。私はお行儀悪く、思いっきりベッドに倒れ込んだ。
それから丸三日をただ部屋に閉じ込められて過ごした私は、とてつもない暇を持て余していた。この時間に学べと言われてテーブルの上に積み上げられているのは、この竜王国の歴史書だけである。だがまたあの王子の延々と続く自慢話のお相手をさせられるかと思うと、歴史書にでも向かっていた方が幾分かマシなのだろうか。……そう、考えていたときのことである。
三日ぶりに部屋の扉を開けた使用人以外の存在は、サタナエルの弟アルキスを名乗る竜人だった。彼はまだ少年の面影を残した顔で、どこか申し訳なさそうに、だがきちんと挨拶をのべる。私はようやく話の通じそうな相手を見つけて、少しだけ安堵した。
「兄上の公務が長引いており、本当に申し訳ございません。その間ずっと部屋に閉じこもりきりでは、エリーザベト嬢もつまらないでしょう。せっかく滞在していらっしゃるのですから、よければお庭の散策でもいかがでしょうか。この王城には、まだまだ気に入っていただけそうな場所がたくさんあるのです」
「ぜひ、お願いいたします」
数名の供を連れたアルキス王子に立派な庭園を案内してもらっていると、やがて彼は憂うような顔で口をひらいた。
「あの、兄上はいつもはそこまで強引なお方ではないのです。ただ我々竜人族は番を見つけると頭に血がのぼり、周囲が見えなくなってしまう傾向があるようで……ご無礼があり、本当に申し訳ございません」
「いいえ、わたくしは……」
「ただ、どうかご理解いただきたいのです。兄上の想いは、まごう事なき本物です。どうか、兄上のことを、我ら竜人のことを、誤解しないでほしいのです」
「アルキス殿下……」
その瞳は金だったが、暖かく誠実な色を宿している。私は彼の真剣な様子にほだされて、思わずうなずこうとした……その時だった。
「アルキス! そこで何をしている!!」
「兄上! お戻りだったのですね」
「胸騒ぎがして急ぎ戻ってみたら、やはりか! お前は、私に番が現れたのが羨ましく、横取りしようとしたのだろう!?」
嫉妬に燃える表情で駆け寄るサタナエル殿下に、アルキス殿下は慌てたように声を上げた。
「誤解です! エリーザベト嬢をお庭にお誘いしたのは、同盟国の貴族をこのように軟禁するなど、同盟関係に亀裂が入ってしまいかねないからです。何よりもう三日も一室に閉じ込められているなど、気の毒ではありませんか。兄上にとって、エリーザベト嬢はとても大事な女性なのでしょう!?」
「お前如きが気軽に我が番の名を呼ぶな! 大事だからこそ、だ。お前のような不埒な男が我が番に近づくことを防ぐために決まっているだろう! それでも違うというのなら、今すぐ我が番の視界から消え失せろ!」
アルキス王子は悲しげに顔を歪めると、深く一礼して立ち去って行った。
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