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第五話
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私はこの『運命』とやらに、どれだけ振り回されたらいいのだろう。滞在期間もようやく残すところあと五日という日、私は王城で開かれた夜会に出席させられていた。
そこでサタナエル殿下が私のそばを離れたところを見計らったかのように、ドレスの脇を掴んでつかつかと足早に近づいてきたのは……水色の髪のご令嬢である。あの特徴的な髪の色には、よく見覚えがあった。おそらくサタナエル殿下の元婚約者の女性だろう。
彼女は思いつめたような表情で私の目の前に立ちはだかると、思いきり手を振り上げる。頬を叩く乾いた音が辺りに響き渡ると、彼女は叫んだ。
「わたくしの方が、昔からずっとあの方を想っていたのに! 人間なんかのくせに急に出てきてあの方の運命の番だなんて、一体どんな姑息な手を使って騙したの!? この売女っ!」
必死の形相を浮かべる彼女は、今にも泣き出しそうである。形式上の婚約者とはいえ、きっと彼女は、サタナエル殿下のことを本気で愛していたのだろう。片恋すら失った者同士、その心情が痛いほどに伝わってきて……私は思わず、謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい……」
「なによっ! 謝るくらいなら返して! なんで、なんであの日殿下の前に現れたのよ……ッ!」
私が言葉に詰まっていると、騒然としていた周囲にひときわ大きなざわめきが広がった。
「我が番に何をしている!」
怒りに我を忘れた顔で、この国の王太子殿下が元婚約者の頬を叩く。横殴りの衝撃によろめいた彼女は、ドレスが脚にもつれてしまったのだろうか……そのまま床へ倒れるように座り込むなり、愕然とした表情でサタナエルの顔を見上げた。
「でん、か……」
「売女はお前だ! 竜人の誇りを忘れて王妃の地位に目がくらみ、嫉妬に醜く狂った女め。我が番を傷付ける者は、何人たりとて許さぬ!」
床にうずくまり、ひどく傷ついた顔でぽろぽろと涙を流す元婚約者の姿――それを鼻で笑った男は、不意に私の腰に腕をからめた。
「もう大丈夫だ。我が離れてしまったばかりに、怖い思いをさせてしまったな」
そのままぐっと抱き寄せられると、強い嫌悪感に背筋が粟立つようである。
その瞬間――国のためにと抑えていた怒りが、一気に弾け飛んだ。
「この方は、つい先日まで貴方の婚約者だった方なのでしょう!? それがなぜ、こんな酷い仕打ちができるのです! 運命でなければ、人を愛することすら許されぬとでも言うのですか!?」
「何だと? お前のために仕置きをくれてやったのではないか!」
サタナエルの顔が、再び赤く怒りに染まる。だがそこで彼は言葉を切ると、私の耳元に唇を寄せて、囁いた。
「だがまあ、気の強い女は嫌いではない。……婚前だろうと構うものか。一夜を共にしてしまえば、すぐに気も変わることだろう」
ザッと音を立てるかのように、私は全身から一気に血の気が引くのを感じていた。この人が一体何を言っているのか、理解ができない。いや、したくない。
私は両腕で強く彼を突き離すと、叫んだ。
「無理矢理妻にされるくらいなら、わたくしは死を選びます!」
「なんだと!?」
私は騒然とする野次馬たちを掻き分けるようにして廊下へ飛び出すと、自分に与えられていた客間へと走った。こんなこともあろうかと、あの閉じ込められていた時に、少しずつ部屋に強力な結界の術式を刻んでおいたのだ。
国から迎えが来るまで、あと五日。
籠城戦を始めた私に、扉の向こうから聞えよがしな声が響いた。
「放って置け。どうせ何不自由なく甘やかされて育った高位貴族のご令嬢だ。少し飢えさせればすぐに気が変わって出てくるだろう」
そこでサタナエル殿下が私のそばを離れたところを見計らったかのように、ドレスの脇を掴んでつかつかと足早に近づいてきたのは……水色の髪のご令嬢である。あの特徴的な髪の色には、よく見覚えがあった。おそらくサタナエル殿下の元婚約者の女性だろう。
彼女は思いつめたような表情で私の目の前に立ちはだかると、思いきり手を振り上げる。頬を叩く乾いた音が辺りに響き渡ると、彼女は叫んだ。
「わたくしの方が、昔からずっとあの方を想っていたのに! 人間なんかのくせに急に出てきてあの方の運命の番だなんて、一体どんな姑息な手を使って騙したの!? この売女っ!」
必死の形相を浮かべる彼女は、今にも泣き出しそうである。形式上の婚約者とはいえ、きっと彼女は、サタナエル殿下のことを本気で愛していたのだろう。片恋すら失った者同士、その心情が痛いほどに伝わってきて……私は思わず、謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい……」
「なによっ! 謝るくらいなら返して! なんで、なんであの日殿下の前に現れたのよ……ッ!」
私が言葉に詰まっていると、騒然としていた周囲にひときわ大きなざわめきが広がった。
「我が番に何をしている!」
怒りに我を忘れた顔で、この国の王太子殿下が元婚約者の頬を叩く。横殴りの衝撃によろめいた彼女は、ドレスが脚にもつれてしまったのだろうか……そのまま床へ倒れるように座り込むなり、愕然とした表情でサタナエルの顔を見上げた。
「でん、か……」
「売女はお前だ! 竜人の誇りを忘れて王妃の地位に目がくらみ、嫉妬に醜く狂った女め。我が番を傷付ける者は、何人たりとて許さぬ!」
床にうずくまり、ひどく傷ついた顔でぽろぽろと涙を流す元婚約者の姿――それを鼻で笑った男は、不意に私の腰に腕をからめた。
「もう大丈夫だ。我が離れてしまったばかりに、怖い思いをさせてしまったな」
そのままぐっと抱き寄せられると、強い嫌悪感に背筋が粟立つようである。
その瞬間――国のためにと抑えていた怒りが、一気に弾け飛んだ。
「この方は、つい先日まで貴方の婚約者だった方なのでしょう!? それがなぜ、こんな酷い仕打ちができるのです! 運命でなければ、人を愛することすら許されぬとでも言うのですか!?」
「何だと? お前のために仕置きをくれてやったのではないか!」
サタナエルの顔が、再び赤く怒りに染まる。だがそこで彼は言葉を切ると、私の耳元に唇を寄せて、囁いた。
「だがまあ、気の強い女は嫌いではない。……婚前だろうと構うものか。一夜を共にしてしまえば、すぐに気も変わることだろう」
ザッと音を立てるかのように、私は全身から一気に血の気が引くのを感じていた。この人が一体何を言っているのか、理解ができない。いや、したくない。
私は両腕で強く彼を突き離すと、叫んだ。
「無理矢理妻にされるくらいなら、わたくしは死を選びます!」
「なんだと!?」
私は騒然とする野次馬たちを掻き分けるようにして廊下へ飛び出すと、自分に与えられていた客間へと走った。こんなこともあろうかと、あの閉じ込められていた時に、少しずつ部屋に強力な結界の術式を刻んでおいたのだ。
国から迎えが来るまで、あと五日。
籠城戦を始めた私に、扉の向こうから聞えよがしな声が響いた。
「放って置け。どうせ何不自由なく甘やかされて育った高位貴族のご令嬢だ。少し飢えさせればすぐに気が変わって出てくるだろう」
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