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第六話
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あれから三日――水は魔術で手に入ったが、全く食べ物を口にできないと、どうやら血が足りなくなってくるらしい。人間は水のみで七日は生きられるという記録を読んだことがあるけれど、そういえば七日ずっと元気だとは書かれていなかった。
たったの五日、それだけ持ちこたえて国から迎えが来れば、無体なことはできないだろうと思っていたけれど……こんなにも早く、身体が動かなくなるなんて。
そういえば過酷な環境で進化した竜人族は、確か人間族より飢えや渇きに強かったはずだ。自分から出ていかなければ、きっと異変に気づかれることはない。でも、どうしても出て行きたくなんかない。サタナエルの勝ち誇った顔を想像すると、身震いがした。
私、このまま意地を張ったまま死ぬのかしら……。
私さえ我慢すれば、国のためにも全てが丸く収まるのかもしれない。
でも、私は――。
寝台から動けなくなった私の、もうあまり力の入らない指から……淡く輝く石が零れ落ちた。
何よ、私が危機に瀕した時のお楽しみだとか言って、笑っていたクセに……。
――その時。突如として床にぐるりと描かれた輝きは、空間転移陣のものである。陣からあふれる光の中から現れた人影は、ずっと焦がれていた人のものだった。
うそ……幻が見えるなんて、いよいよかしら――。
だが人影は横たわる私に気がつくと、慌てたように駆け寄りながら懐から小瓶を取り出した。
「リーザ、大丈夫か!? 水薬だ、飲めるか……?」
大丈夫だと言いたくて乾いた唇を開いたが、出て来たのは僅かに掠れた音だけだった。それに気づいたらしい彼は自ら瓶を呷ると、私の唇を覆う。温かく甘い液体が流れ込み、衰弱していた身体に再び血が巡っていくようだ。
「ディー……」
「すまん、魔術障壁をすり抜けるのに時間がかかった。これは一体、何があった!?」
一国の王城の障壁を警備に気付かれずにすり抜けるなんて、さすが一人で国力に影響を及ぼすほどの魔術師と言われているだけはある。強い安堵の気持ちがこみ上げて、乾ききった目の奥が、じんとうずいた。
「私……あんな人のものになんて、どうしてもなりたくなくて……。でも断ったりしたら、国の……」
「だからといって、お前が犠牲になる必要なんてないだろう!?」
「でも、この国の人達が皆口を揃えて言うのよ。ツガイと一緒になれるのは、この上なく幸せなことなんだ。ウンメイを否定するなんてありえない、とても罰当たりなことなんだ、って。こんな価値観で拒否などしたら、穏便には済まされないわ……」
「いや、穏便に諦めてもらう方法ならある。竜人族の習性については、詳しく調べがついている」
彼はコートの内側に挿されていた数本の小瓶の中から一本選んで抜き取ると、私の目の前に差し出して、言った。
「これを飲めば侯爵令嬢エリーザベトは、死ぬ。だがお前は、自由を手に入れる。……リーザ、俺を信じてくれるか?」
「ええ……信じるわ!」
ようやく力の戻った喉で、それでも二つ返事で応えると……彼は自分で言ったくせに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「いや、死ぬ、と言っただろう。そんな即答でいいのか!?」
「だって、ディートのことはもうずっと信じているもの」
それを聞いた彼は一瞬大きく目を見開いて、だがすぐに不敵な笑みを浮かべた。
「よし、覚悟は決まったようだな。ならば聞くが、お前、体重は?」
「なっ! 淑女に突然、なんてこと聞くのよ!?」
「この毒薬は、きちんとした分量を服用すれば一時的に仮死状態になることができる。その薬の分量計算に、服用者の体重が必要なんだ。まあ、そこまで厳密な値ではなくても大丈夫だ。ここ数日で体重が落ちている可能性もあるが、それくらいは誤差の範囲だろう」
そういう意味なら正直に言うしかない……。私がしぶしぶ最後に測ったときの体重を口にすると、彼は呆れたような顔をした。
「なんだ、思っていたより随分と軽いんだな。念の為聞いておいてよかった。二度と目覚められないところだったぞ」
「もう、ばか!」
たったの五日、それだけ持ちこたえて国から迎えが来れば、無体なことはできないだろうと思っていたけれど……こんなにも早く、身体が動かなくなるなんて。
そういえば過酷な環境で進化した竜人族は、確か人間族より飢えや渇きに強かったはずだ。自分から出ていかなければ、きっと異変に気づかれることはない。でも、どうしても出て行きたくなんかない。サタナエルの勝ち誇った顔を想像すると、身震いがした。
私、このまま意地を張ったまま死ぬのかしら……。
私さえ我慢すれば、国のためにも全てが丸く収まるのかもしれない。
でも、私は――。
寝台から動けなくなった私の、もうあまり力の入らない指から……淡く輝く石が零れ落ちた。
何よ、私が危機に瀕した時のお楽しみだとか言って、笑っていたクセに……。
――その時。突如として床にぐるりと描かれた輝きは、空間転移陣のものである。陣からあふれる光の中から現れた人影は、ずっと焦がれていた人のものだった。
うそ……幻が見えるなんて、いよいよかしら――。
だが人影は横たわる私に気がつくと、慌てたように駆け寄りながら懐から小瓶を取り出した。
「リーザ、大丈夫か!? 水薬だ、飲めるか……?」
大丈夫だと言いたくて乾いた唇を開いたが、出て来たのは僅かに掠れた音だけだった。それに気づいたらしい彼は自ら瓶を呷ると、私の唇を覆う。温かく甘い液体が流れ込み、衰弱していた身体に再び血が巡っていくようだ。
「ディー……」
「すまん、魔術障壁をすり抜けるのに時間がかかった。これは一体、何があった!?」
一国の王城の障壁を警備に気付かれずにすり抜けるなんて、さすが一人で国力に影響を及ぼすほどの魔術師と言われているだけはある。強い安堵の気持ちがこみ上げて、乾ききった目の奥が、じんとうずいた。
「私……あんな人のものになんて、どうしてもなりたくなくて……。でも断ったりしたら、国の……」
「だからといって、お前が犠牲になる必要なんてないだろう!?」
「でも、この国の人達が皆口を揃えて言うのよ。ツガイと一緒になれるのは、この上なく幸せなことなんだ。ウンメイを否定するなんてありえない、とても罰当たりなことなんだ、って。こんな価値観で拒否などしたら、穏便には済まされないわ……」
「いや、穏便に諦めてもらう方法ならある。竜人族の習性については、詳しく調べがついている」
彼はコートの内側に挿されていた数本の小瓶の中から一本選んで抜き取ると、私の目の前に差し出して、言った。
「これを飲めば侯爵令嬢エリーザベトは、死ぬ。だがお前は、自由を手に入れる。……リーザ、俺を信じてくれるか?」
「ええ……信じるわ!」
ようやく力の戻った喉で、それでも二つ返事で応えると……彼は自分で言ったくせに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「いや、死ぬ、と言っただろう。そんな即答でいいのか!?」
「だって、ディートのことはもうずっと信じているもの」
それを聞いた彼は一瞬大きく目を見開いて、だがすぐに不敵な笑みを浮かべた。
「よし、覚悟は決まったようだな。ならば聞くが、お前、体重は?」
「なっ! 淑女に突然、なんてこと聞くのよ!?」
「この毒薬は、きちんとした分量を服用すれば一時的に仮死状態になることができる。その薬の分量計算に、服用者の体重が必要なんだ。まあ、そこまで厳密な値ではなくても大丈夫だ。ここ数日で体重が落ちている可能性もあるが、それくらいは誤差の範囲だろう」
そういう意味なら正直に言うしかない……。私がしぶしぶ最後に測ったときの体重を口にすると、彼は呆れたような顔をした。
「なんだ、思っていたより随分と軽いんだな。念の為聞いておいてよかった。二度と目覚められないところだったぞ」
「もう、ばか!」
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