彼方に咲くエーデルワイス

フライングポテト

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一章「忘却のアングレカム」

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 第1章 「忘却のアングレカム」
 
 人類は絶滅した。
 原因不明のウイルス。
 それによって人類は次々と数を減らし、やがては絶滅に至った。
 それは人を究極の飢餓状態にし、人間を追跡し、捉え、やがては捕食する。
 親、友、恋人。見境なくただ食欲を満たさんとする彼らを人々はこう読んだ。
「エサー」と。
 そしてここで留意すべき点が三つある。
 一つは捕食された人間はその傷口から入るウイルスによって感染すること。
 二つ目は変異したウイルスによって宿主を様々な姿形に変えるケースもあること。
 そして三つ目は感染した者の理性や意識はあること。
 人類は絶滅した。
 しかしごく一部を除いて。
 
「ねぇお兄ちゃん。どこへ行くの?」
「少し西へトーラスって町がある。ここから…五キロメートルか。少し遠いが日が落ちる頃には着くだろう。」
 よたよたと疲れたように歩く妹の手を引きながら地図を見る。
 この街にも生存者は誰一人として見つからなかった。
 あったものといえば朗らかに春を謳う鳥の鳴き声と、閑散とした家々や街並みのみ。 
 痛いほどの静寂が未だ耳に張り付いていた。
 だが、収穫もあった。
 少し休憩しよう、と呟き誰もいないであろう民家に入り込む。
 無論ここにも「やつら」がいないとは限らない。
 幼い手におおよそ手に余るようなバタフライナイフをフィールは持つと、消え入るような木材の軋む音と共にドアを開ける。
 背後の妹に気を配りながら、少しずつ、ゆっくりと前に進む。
 リビング、バスルーム、寝室、子供部屋を巡回し、やがて家全体の探索を終えると子供部屋に居を構え、先の街で手に入れた唯一の戦利品である食料を並べた。
「お兄ちゃんはここで見張ってるから,リーナは先に食べてなさい。」
 首肯したリーナは、よほど腹が減っていたのか勢いよく缶詰をリュックから取り出し魚を口に放り込んだ。
 顔をリスのように膨らませながら懸命に食事を取る妹に安寧の感を得ながらも、フィールは窓から外を必死に見張る。
 少しの違和感も見逃さないように。少しの動きも見逃さないように。
 やがてリーナが食事を終えると、今度は妹に見張りをさせ、フィールは食事を取った。 
 この世界に置いて食事というのは生命線そのものだ。食べなくては飢えて死ぬ。病に冒されて死ぬ。局面で力を出せなくて死ぬ。
 だからこそしっかりと食事をとる。大事な時に妹を守れずに死ぬというのは嫌だから。
 休憩を終えると家の台所から食料や使えそうなものを拝借した。
 リュックを整理し、再出発の準備を整えると、西の方角へ歩みを進める。
 眼前に広がる荒廃した世界からは自分がいかに無力で矮小な存在であるかがひしひしと伝わってくる。 
 正直に言おう。
 フィールは怖い。
 何もない暗闇を一人彷徨うが如き孤独。
 自分たち以外は全て死んでしまったのではないかという不安。
 それを想うたびに、いっそ全てを投げ出してしまおうかと何度も思った。
 ふと、繋いだ手が強くなった。
 視線を動かすと太陽のような笑顔を綻ばせる妹がいた。
 荒んだこの世界の中でもこんなにも明るい表情を浮かべることができる彼女は、太陽のようだった。
 自然と心が軽くなった気がした。
 フィールの存在意義とは、生きる意味は何か。
 それは、妹である、
 妹の笑顔を、幸せを守るためにフィールは生きている。
 (あぁ、神さま。)
 フィールは願う。
 (妹がこの先もずっと僕の隣で、ずっと笑顔でいられますように。)
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