彼方に咲くエーデルワイス

フライングポテト

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一章「忘却のアングレカム」

一話「邂逅」

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 一話「邂逅」
 
 ふと目を覚ましたフィールはいつのまにか街から離れた家で見張りをしている最中に寝てしまっていたことに気づいた。
 近頃きちんとした睡眠をとっていないせいだろうか。最近は僅かな昼休憩の時間だけ仮眠をとっていたため十分な休養が必要であることは明白だった。
 リーナに目をやると子供らしい健やかな寝息を立てながら眠りについていた。
 リーナが起きてしまわないようにそっと髪を撫でるとくすぐったそうに顔を綻ばせる。
 その顔に思わず母を思い出したフィールは望郷の念を抱いた。
 あの日ーやつらに襲われ街から命からがら逃げ去った日から両親と離れ離れになり、それ以降一切の連絡が来ない。
 いくらフィールが今日まで生き抜いてきた生存者といってもまだ子供である。
 緊張感や集中力、そして何より妹を守らなければならないという責任感とその重圧。
 連日連夜絶えることのないそれは、フィールの心をジリジリと焼くには十分であった。
(父さん、母さん…)
 思わず目から溢れ出しそうになる涙をフィールは必死に拭う。
 こんなので泣いていてはダメだ。妹を、リーナを守るにはこんなことで泣いてはダメなんだ。
 そう自らに言い聞かせようとした。 

 ぐしゃ。ごきゃ。

 それは不規則であると同時におおよそ人の足から出ていい音ではなかった。瞬時にナイフを手に取ったフィールは窓から外を覗くと小さい子供がこちらに歩いてきてるのを目視した。
 通常ならば声をかけ、暖かく出迎えるだろう。しかし、その子供は人でないと証明できる要素があった。
 それは顔だ。
 顔の左半分が大きく破損しており、脳髄の断面が隙間から顔を覗かせている。
 加えて足も折れており、時折月光が黄白い骨を照らしていた。
 これはやつらだ。
 そう確信したフィールはまず扉の近くに移動する。
 子供ならば対処はしやすい。 家に入った瞬間に頭のどこかしらにナイフを突き刺す。
 大人となれば難しくなってくるが子供であればそれだけで動きを止めてくれる。
 不幸中の幸いというべき恩恵に安堵したフィールは呼吸を整え、扉のすぐ横に身をかがませ、息を潜めてナイフを構える。
 やがて化け物がドアノブに手をかける音がした。
 そしてゆっくりと扉を開き、ドアから顔を…
「お兄ちゃん?」
 振り返るとそこにはいつのまにか起きたのか妹の姿があった。
「こっちにくるな!」
 すぐにしまったと思ったフィールは扉の方へ目をやると既に化け物が自らに覆い被さろうとしていた。
「あああああああああ!」
 声にならない叫び声を上げながら化け物はフィールの体に跨り、首に食らいつこうとする。
 子供とは思えない力に押し潰されそうな力になんとか抵抗を試みる。
「お兄ちゃん!」
「さっさと逃げろ!」
 怯えた表情でこちらを見る妹になんとか注意を出すものの足が震えていて動けないようだった。
「あっち行け!化け物!」
 子供の髪を掴んでなんとか距離を保ちジタバタと体を動かすがびくともしない。それどころか必死に口を動かしフィールを喰らおうとしているためか首への距離は狭まる一方だ。
 ナイフで頭を突き刺そうとするが先ほど襲われた際にどこかへやってしまった。
(これは…だめかもしれない…)
 そう思ったフィールはその考えを即座に否定する。自らの命はともかく、妹だけは何とか救わなくてはならない。
 こうなっては捨て身の方法でもって妹の命を救うほかない。
 顔だけを動かしなんとか周りに使えそうなものを探す。
 すると化け物のすぐ後ろに光るものがあった。先程落としたナイフだ。
 この状況下で手に取るのは難しいが、我が身を顧みなければ或いは、と言った距離だ。
 フィールは冷静に考える。
 ここから最も安全に妹を逃す方法は一つ。
 化け物に自らを喰らわせ、その隙にナイフを取り、化け物を殺し、その後自らも殺す。 
 今フィールが考えうる中で最適な作戦はこれしかなかった。
 自らの命を絶つというのは気が引けるが妹の生存率を少しでもあげる以上、致し方ない。
 すぐさま実行に移そうと意を決したフィールは妹の方向に振り向く。
 そこには恐怖と涙でぐしゃぐしゃになった泣き顔のリーナがいた。
 ただ体を震わせ、どうすることもできない愛すべき妹。
 せめて希望を持って送り出さんとしたフィールは歪んだ、不器用な笑みを浮かべながらリーナに語りかける。
「リーナ。よく聞いて。」
 リーナは泣くのを必死に堪え、それでも溢れる涙を拭う。
 その姿に哀愁を覚えたフィールはゆっくりと、丁寧に話す。
「いいかい。ここから西に歩いたところへちょっとした街があるんだ。僕は少し遅れていくけど、必ず追いつくから。だから先に一人で歩いていてくれるかい?」
「でも、兄さんは、死んじゃうの?」
「なに、死にやしないさ。ただ、こいつをやっつけてから、少し遅れるだけ。だから、必ず追いつくから、絶対に。」
 泣きながらも首を縦にふったリーナは、裏口から出ようとよたよたと歩き出す。
 が、フィールは瞠目した。
 裏口の方の扉から大人の化け物が見えたからだ。
「リーナ!そっちはダメだ!」
 思わず体を動かして止めようとしたフィールはかえってそれが最悪の結果を招くことに気づいた。
(しまった、ついー)
 フィールの抵抗から解放された化け物はフィールの体を貪ろうと体に口をー
「伏せて。」
 その次に聞こえてきたのは爆ぜるような銃音だった。
 化け物を見ると後頭部から朱色の血がドバドバと流れている。やがて生命を失った化け物はフィールの体にもたれかかるようにして倒れた。
「大丈夫?」
 眼前に差し伸ばされた手を見てやっと我に帰った。
 顔を上げると黒のフードを被った女性が立っていた。髪は黒で浅黒い肌をしており、目は透き通った茶色をしていた。
 月の光に反射され、キラリと光る銀色の銃身はどこか高潔そうにさえ見えた。
 呆然としていたフィールは妹の存在をやっと思い出す。
 振り向くと何故だか無表情で女性を睨みつけるリーナがいた。
 それに戸惑いつつも安心したフィールはすぐに疑問を持った。ならば先程見えた化け物はどこなのか。
 すぐに女性の方を見ると右から巨腕が女性の首を締めんと手を伸ばしていた。
「右にいるぞ!危ない!」
 身をかがめ、化け物の巨腕からなんとか逃れられた女性は目銃口を化け物に構え、頭に一発、続け様に二発、三発と同箇所に命中させた。
 脳漿を炸裂させた化け物はどすんと音を立てながらゆっくりと仰向きに倒れた。
 あまりの出来事に暫く固まっていたフィールは漸く我を取り戻すとまず、という意味を込めて疑問を投げかける。
「君は誰?」
 そう聞かれた彼女は困ったように答えた。
「私にも分からない。」
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