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第一章
卒業式当日の山田くん
しおりを挟むクラスメイトという関係が終わって、次に彼女と俺の関係はストーカーと被害者になった。
唐突に何言ってんだこいつ。と思われるであろうが、仕方のないことだ、とだけ最初に言っておこう。
あの日、彼女への告白を四年延ばすことを目的としていた俺に、現実はしっぺ返しをしてくれた。
「今、言うことのできない告白を四年延ばしたところで同じだろうが」みたいなことを言いたかったのかもしれない。想像でしかないけれど。
それで、だ。
四年猶予がほしいなーと安易に思っていた俺に、じゃあ明日告白しますか。というのはとても無理な話だ。
猶予とか言ってる時点でヘタレなのに……現実ちょー厳しすぎない?と、へんに開き直ったせいで、本当にヘンな案が出てしまった。
会えないのなら、会いに行こう。
声が聞けないなら、聞けばいい。
そうだ、ストーカーになろう。
「そうだ、京都に行こう」みたいなノリでネットで探した盗聴専門の店へ行き、変な目で見られようが構わず購入。
ふふふふ。今の俺は誰にも止められないぜ!!とこの時の俺が一番、通報されやすい変質者顔をしていたと思う。
職質されなくて本当によかった。
ノリで計画した物は必ずと言っていいほどどこかに穴がある。
そんな名言ありそうだよなーって思いつつ、今はそれしか思いつかないんだから仕方がないじゃないかと言い訳をする。
翌日、式の最中に「わーおなか痛いよートイレ、トイレー」と、大根役者ってお前しかいないんじゃね?とあまり嬉しくもない評価を頂けそうな棒読みで途中退席。
ちらりと見えた我が女帝の般若のようなご尊顔は……覚えていたくも無いので速攻脳内メモリーから退出していただいた。
ほんっとうにすみません。母上様。
トイレに行くふりをして、静かな廊下を全力疾走。
ああ俺今ものすごく青春してるなーなんて、短いながらも靡く前髪どもやうっすら滲む汗に爽やかさを感じた。
まあ、今からやることは青春も真っ青な、真っ黒な犯罪行為なんだけど。
教室に入って佐伯さんのバッグにいつもぶら下がっている、目を閉じた俺の拳ほどの大きさのぬいぐるみに手をかける。
持ってきたハサミでぬいぐるみを背中から開いていく。
気分は厄介なオペに挑む医者のそれだ。
「ただ今より、佐伯氏のお友達(名前があるか不明、性別も不明)の移植手術を始める。メス」
「はい、先生」
そんなやりとりを妄想しながら(助手はもちろん佐伯さん)、皮を切らないように縫い目だけを慎重に切っていく。
文具用のハサミにしなくてよかったと、ここだけは自分を褒めつつ中に沢山詰まっている内臓……綿を盗聴器が仕掛けられる程度に抜き、すっぽり収まるのを確認してから、思案する。
何か足りない気がするんだよな……
今日は何の日?
卒業式の日。
卒業で連想するものは……?
そうだ、好きな人に第二ボタンをあげる日だ。
俺の好きな人は佐伯さん……入れるしかないな。
ボタンを縫い付けてある糸をハサミでチョキチョキやって、何か願掛けした方がいいかなと取り合えず思いついた「佐伯さんとお付き合いできますように」と願いを込めて盗聴器と共にお腹の中へ。
裁縫初心者だが、バレないように俺なりに丁寧にぬいぐるみの背中を縫った。
式に戻ってみれば、俺が途中退席した校長の話がまだ続いていた。
俺の仕事が早かったのかと一瞬勘違いしたが、席に着いた瞬間に、「腹が痛い等と、よほど私の話が聞きたくなかったであろう奴が帰ってきましたので、また腹が痛くなられる前に私の話を終わりましょうかね。」などと嫌みを言われた。
俺が帰ってくるまで話を引き延ばしていたとみえる……。
周りを見れば、うんざりとした皆の顔。
迷惑かけてすみませんでした。
心の中での謝罪が伝わるはずもなく、式が終わった後、クラスに戻った俺に皆の不満が爆発した。
俺の席に集まってきたのは、いつも連んでいる奴らとその他。
つまり、クラスの男子全員集まってきた。
嫌だなぁ男にモテても嬉しくないぞ。
「腹が痛いって嘘だろ。普通ならコソコソ行くもんだしな」
「校長の話聞きたくないのは分かるけどさー」
お腹が急に痛くなるのは普通にあるだろ。
ってか、俺は佐伯さんと話がしたいんだよ!!
今日しかないんだぞ!!ちゃんと目を見て真っ正面から会話できるのは。今日で最後なのに、もーそんなに群がられても困るんだよ。変に目立っちゃうだろうが。
「ってか、ボタンどうしたんだよ。式の前まであったよな」
「えっ、どこぞの女子と密会か?」
「だとしたら、式の途中でわざわざ抜け出して行かねえだろ」
「第二ボタンはどこで落としてきたんでちゅかー?」
「トイレの花子さんにでも取られたんじゃね?」
「うわーお前、トイレの花子さんと密会してたのか」
煩い、煩いなー、そもそもトイレの花子さんはそんなにどこの学校にもいるのか?何人だ、何人いれば気が済むんだ花子さん。
一人でいいと思うんだよ、個性的な花子さんって。沢山いたら個性なんて無くなっちゃうからね。
「悪かったって!!本当にお腹痛かったの!!」
「「おっ、逆ギレかコノヤロウ!!」」
謝罪の言葉を口にしたはずなのに、残念ながらイライラが伝わってしまったらしい。
コチョコチョと擽られる拷問を受けなければいけなくなった。
ガッデム。
擽られすぎて、俺がぐったりした頃、ようやく入ってきてくれた先生。
あのーかわいい可愛い教え子にその冷たい視線って酷くないですか?あっ普通ですか、そうですか。
それぞれの進学先と一言を添えての挨拶が滞りなく終わり、先生からの最後のありがたーいお話に多少の俺への嫌みが入っていたこと以外は特筆すべき点はなかった。
最後のホームルームを終えて、まだまだ言い足りないクラスの連中の手をなんとかすり抜け、我が女帝の般若の顔をガン無視し、俺は佐伯さんの後を追った。
友達がいない彼女は、誰とも会話をすること無く、ご両親とも会うことなく、一人で正門を通っていく。
三年間、何かしらの思い出があるであろう学び舎を、一度も振り返ることもなかった。
一人で歩く彼女に、何度声をかけようと思ったことか。
「一緒に帰ろう」の一言すら言えない自分に何だか無性に腹が立った。
声をかけられずにしばらく歩いて、やっと着いたのは年季を感じさせる古民家だった。
明日から毎日通うここを、いつか二人で並んで歩けるように頑張ろう。
そう決心して、俺も帰路についた。
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