◯◯の山田くん

明日井 真

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第二章

労働する山田くん

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 告白するにしても、行動をするために必要な物はなんでしょう。

お金です。

そのためには労働をしなければ手に入りません。なので、この度俺はバイトデビューなるものをしてみました。
実はデビューって言葉にちょっとだけウキウキしてたりもする。
大学生デビューは美咲ちゃんでいっぱいいっぱの日々だったからさ、やったことないのよデビューってやつを。
いやーなんかもうデビューって言葉だけで何かしら変わった気がするよね。
えっ?しない?
まあいいや、感じ方は人それぞれだから。

 平日は時間がないから、土日の日中にコンビニでアルバイトをすることにした。
もう少し入ってほしいなーなんて店長さんのやんわりした言い方でのプレッシャーもあったけど、きっちりお断りをした。
断る勇気、大事。
お金も大事だけど美咲ちゃんのご飯の方が大事だから。

立地も条件があって、美咲ちゃんのお家に近いところって決めていた。
お昼にね、ご飯作りに行かなきゃでしょ?
休憩時間にささっと作りに帰ろうと思って。
んで、美咲ちゃんに出来れば知られたくないなって思ってたから、ここのコンビニが募集しててくれて助かった。
だって、このコンビニには美咲ちゃんの大好きなお菓子とかアイスクリームとかが全く置いてないの。そんなとこに近寄りもしなくない?
これで、バイトしてるのもバレる事もない。
なんて俺は幸運なんだ!!
ってな具合で俺はハッキリ言って浮かれてました。


いや、正直ねレジすればいいだけだから簡単でしょって嘗めてましたよ。

でも以外にやることって沢山あって、レジ横に置いてあるホットスナックはなくなる前に揚げなきゃいけないし、一番困ったのがタバコだ。
優しい人は俺の研修生マークを見てからなのか番号で言ってくれるが、略称とかで言ってくる意地の悪い奴もいる。
どれがどれだとオロオロする俺に舌打ちまで追加してくる。
未成年が知る分けねーだろって言いたくもなるけれど、美咲ちゃんとのデートのために我慢した。


 お金って稼ぐことがこんなにも大変なんだなって改めて思ったし、いつも女帝に尻に敷かれている父上に無性にお礼が言いたくなった。
というか言ったんだけど。
突然のありがとう、になにやら困った顔をなさっていたけれど取り敢えず「おう、お父さんだからな。当然だ」とちょっと照れ臭そうに感謝を受け取ってくれた。

 ひとつ意外だったのは、女帝がバイトの給料を要求してこなかった事だ。
日中だけと言うこともあって俺のバイト代なんて微々たる物だけれども、実家暮らしだし、大学の費用っていう結構な金額を奨学金も貰わず払って貰っている身としては、少しでも還元をと思うところもあるんだけれど。


 今日は晴天、俺の心の曇りも少しは晴れてきつつある。
朝食を一緒に食べて、図書館に行ってくると嘘をついて出発。

着替えてレジに立つ。
今日は相沢さんとシフトが一緒らしい。
相沢さんは初出勤の時からお世話になってる先輩で、俺の一つ年上でもある。
茶色いふわふわした髪の毛を一つに纏めているのだけれど、それが動く度に一緒にゆらゆらするから殺伐としたバイトの時間の唯一の癒しなんだよな。
こう、犬の尻尾見たいでさ、凄く可愛いの。

「おはようございます」
「あっ、おはよう。今日は一緒だったんだね」
「はい、よろしくお願いします」
「どう?大分慣れてきた?研修マークは取れたみたいだけど」
「うーん慣れたと言えば慣れましたけど、でもまだまだなんで、ご指導よろしくお願いします」
「うん、謙虚でよろしい。まだ先輩風が吹けるようで安心しました」

先輩らしくしなければとピシッと伸ばした背筋もニッコリ笑うお顔も犬みたいで可愛らしい。
美咲ちゃんの笑顔が十点満点だとすると三点位だけれど。
癒されることに変わりはない。

「ほんっとに(犬みたいで)可愛いですね」

ついつい声に出てしまった。
(犬みたいで)の部分を言ってないからセーフか?

「ふえ?あっ可愛い?えーとありがとう?」

少し顔を赤くしてワタワタと検品してくるねーと行ってしまわれた。
口に出してないけど犬のように思われていたのが気づいてしまったのかもしれない。
悪気はないけれど悪い方に取られる事もあるから気を付けなければ。


 お昼のピーク前に一回抜けさせてもらって、美咲ちゃんのご飯を作りに行く。
朝から用意をしておいたから、結構楽。
まだ調べものがあるからってまたまた嘘をついて、少し寂しそうな美咲ちゃんのお顔に心を痛めながら坂道を下った。
いつも土日は美咲ちゃんのお家で過ごしていたから寂しそうだったのかなって思うけれど、それも自分の妄想が作り出したものかもしれないな、その方が俺はとっても嬉しいから。

バイトに行くようになって、一方的が多かった会話も少なくなった。うっかりバイトの話をしてしまったら説明にも嘘をつかなきゃいけなくなる。社会勉強とか言い様はいくらでもあるんだろうけど……。
でも聞きたいことは沢山ある。あのキラキラ虫は最近どうしてるのって何度口に出そうとしたことか……。
見ちゃったって言って聞いてしまったら、山田の解任も早まっちゃう気がするから何も聞けないんだけど。

 モヤモヤしたままバイトに行って、少しだけ相沢さんの尻尾に癒されて。
そんな日々を過ごしていった。



*****


  「いつもの」と言うお客側とお店側の信頼感を試される行為をされた午後の事である。

大体の常連客を覚えてきたこの頃だったのに、頭の中のリストにどんなに探しても残念ながらいらっしゃらないので、謝罪して教えてもらった。因みに隣にいらっしゃった相沢さんに確認を取ったが、相沢さんも覚えの無い方だったと言うのを言っておこうと思う。

 さて、気まぐれに八つ当たりされた俺の心は大分疲労が溜まってきているのにも関わらず、俺の信じている神様とやらは次々と試練を与えるのがお好きらしい。
いらっしゃいませーと習慣で出てきた言葉で迎えたお客様に背筋を凍らされたのだ。


 いらっしゃる、嫌がらっしゃる。
俺に地獄を見せたあのキラキラ虫が俺の、俺のバイトするコンビニにいるのだ。


──しかも何故かスカートを履いて。


 幻覚かな?後ろに不二子ちゃんもいるんだよね。

「あれ、山田じゃん。何してるの?バイト?」

話しかけてきたから幻覚ではないらしい。

「うん、バイトだけど。出来れば美咲ちゃんには言ってほしくないかな」
「えっ、美咲お姉ちゃんには内緒なの?山田のくせに」
「こら、ふーちゃん。年上の方に失礼でしょう」

俺の天敵であるキラキラ虫が不二子ちゃんを注意してくださる。
あれ、もしかして良い奴なのか?

「良いんだよ、お姉ちゃん。こいつ例の奴だから。ほら美咲お姉ちゃんの」

相沢さんが側にいるのを考慮してか“ストーカー”と言うワードを避けてくれた。
あれ?何か今日は不二子ちゃんが優しくない?
あれ?と言うか不二子ちゃんさっき変な事言ってたよね?お姉ちゃんって聞こえた気がするの。

「ああ、あの山田さん。そっかぁ、貴方が美咲ちゃんの」

後に続く言葉はストーカーですね?分かってますとも。

「はじめまして、えーと……」
「ああ、私は不二子の姉の峰子です」

おお、やはり姉だったのか、しかも二人揃って峰不二子。絶妙なネーミングセンス。

でも良かった、俺の敵じゃ無かった。もうね、無理だって思ったもん。こんなキラキラした奴に勝てるわけ無いって思ったもん。本当に良かった、神様ありがとう!!今日一日は感謝します。

不二子ちゃんのご両親を見たときに思ったけど、不二子ちゃんはお名前通りのボンキュッボンのあのお姉さんには成れないみたいだな。
お母様もお姉様もスレンダーな方だもの。
これからまだ成長期だからって言ってもな……遺伝子には勝てないと思うのよ。

「なんか、山田失礼なこと思ってない?」

ジト目で俺を見てくる不二子ちゃん。
何で思ってるだけなのに分かるんだ、怖っ。


俺のバイトを邪魔しないようにかスナック菓子数点を買って早々に二人は退店して行った。
空気を読んでくれて正直ありがたい。
ずっと駄弁ってるバイトを見ると前はイライラしてたから。
しかし自分の立場になるとよく分かる。迷惑だから帰ってくれないかなんて言えたもんじゃないなって。




「あのー、さっきの人たちはお友達さんかな?」

二人との会話をチラチラ興味深く見ていた相沢さんが話しかけてきた。

「ええ、そうです。すみません、勤務時間なのにお喋りしちゃって」
「ううん、大丈夫。私もたまにあるから。じゃなくて、山田くん?なの?」
「ああ、いやーそのー……あだ名?見たいなものです」
「そうなんだ、じゃあ私も山田くんって呼ぼうかな?」


えーどうしよう、これは美咲ちゃんが呼ぶから良いのであって正直他の人に呼んで欲しくはないんだよなぁ。
不二子ちゃん達は美咲ちゃんの関係者だから良いとして、ダメですって断りずらいしなあ。

「んんー俺は良いですけど何かごっちゃしませんかね?他の人からしたら名札と呼び名違うのかって……」
「あっ、そっかぁ。じゃあやっぱり今まで通りが良いのかなぁ?」
「ええ、よろしくお願いします」


にっこりと笑顔を作って、それ以上の山田問題を言わせないようにした。
ちょっと強引かもしれないけれど、勤務時間以外だったら良いよねなんて言い出したら断りようがないから。
相沢さんっていい人なんだけどな、女の子って扱いが難しいな。
美咲ちゃんならこんなことも思わないんだろうけど。
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