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婚礼
閑話休題
しおりを挟むラトーニァとルーナが仲直りしている最中、姉妹達は未だ動悸が治らなかった。
それもそのはずだ。
彼女達が目の前で見た光景は、人智を軽々と超えていたのだから。
たちまちに姿を変え激昂したラトーニァにも驚いたが、その姿に全く怯まなかったルーナにも驚いていた。
そんな彼女は今、久々にたくさん喋って疲れているであろうラトーニァの背中を心配そうに摩っている。彼を労れる余裕があることにまたもや驚愕した。
しかし、公爵達はそれに対して全くもって動じなかった。
「久々に彼奴が怒るの見たなぁ」
ゴトリルは、顔を真っ青にしているクロエを宥めるように抱き抱え、頭を撫で続けている。そのおかげもあってか、震えていたクロエの体は少しだけ治っていた。
「一々精霊を呼び出してしまうのが兄上の悪い癖だ」
バルフレも、呆れた目をラトーニァを向けている。その手はしっかりとエレノアの腰を引いているのだが。
「奴があれほど怒れるのは30年ぶりだな。久しく見ていなかったが、あの怒り方やはり母上にそっくりだ」
ラゼイヤも、呑気に懐かしい思い出を引っ張り出して浸っている。そんな日常的な光景なのだろうか、というより、公爵様の母親はあんな怒り方をしていたのかと、オリビアは耳を疑っていた。
「……と、こんなこと言っている場合ではなかったか」
ラゼイヤは一つ咳払いをすると、ある方へと視線を向ける。それを、姉妹達も同じように目を向けた。
そこには、膝折れたままのアレッサがいた。
髪はボサボサで、顔は生気を失くし、目は虚になっている。あれだけ丹念に塗り込まれていたであろう厚化粧は涙と鼻水で無残なものになっていた。
流石のアレッサも未だあの恐怖から立ち直れぬようで、体は小刻みに震えていた。
「オリビア、少し待っていてくれ」
「え……」
「心配しないで。話をつけてくるだけだ」
ラゼイヤはそれだけ言うと、オリビアをそこに残してアレッサの方へと歩み寄った。
アレッサはというと、ラゼイヤには気付いているものの、先ほどの件もあって話しかけていいのかわからないようで怯えていた。
それを宥めるようにラゼイヤは微笑む。
「アレッサ嬢。顔色が優れないようですが、お話を聞いていただいても宜しいですかね」
ラゼイヤの柔らかな言葉に、アレッサは少しだけ安心する。話しかけてきたのがラトーニァではないのも大きな要因であった。
「え、ええ。何ですか……」
しかし、その言葉に力は残っていなかった。
ラトーニァに精神をすっかり削がれてしまったようで、あの時の余裕はもうなかった。
そんな彼女の様子も気にするような素振りすら見せず、ラゼイヤは話し出した。
「貴女が行った所業についてですが、元といえど王族であったロズワートを唆したことは無論『死罪』となります。それに付け加えて我らの妻を軽視する態度は『不敬罪』に該当されます」
ラゼイヤの口から出たのは、アレッサが起こした騒動に関する処罰の内容であった。
淡々と話す彼の言葉が元気付けるものでないことに、アレッサは息が詰まりそうな気分であった。
「ロズワートにも多少の罪はありますが……彼は既に執行されたも同然ですしね。残るは貴女だけなのですよ、アレッサ嬢」
子供に言い聞かせるような優しげな声は、アレッサの体温を徐々にだが確実に奪っていく。
自分が今瀬戸際に立たされていることを、嫌にでも実感させられていた。
「……しかしながら、その処罰についてなのですけれどね」
ふと、ラゼイヤは困ったように笑う。
「アミーレアとベルフェナールどちらで貴女を裁くか、まだ決まっていないのですよ」
その言葉に、アレッサはバッと顔を上げる。急に上げられたその顔は、真っ直ぐとラゼイヤに向けられていた。
「貴女は一応アミーレアの民ですから、アグナス殿下に託しても良いとは考えております。しかしながら、我々もご迷惑はおかけしてしまいましたので、此方で対処させていただこうとも考えておりまして……ですから、これだけは貴女に決めてもらおうかと」
「へ?」
「罪人といえど、私達もそこまで鬼ではありませんから。最後くらいはどうかお好きな方をお選びください」
そう言って微笑むラゼイヤの声に、アレッサは縋る想いで体を引き摺らせる。そして、ラゼイヤの足元まで来た。
「し、失礼ながら、宜しいですか」
「はい。何か?」
「も、もし、ベルフェナールで裁かれるとなった場合、その……死罪は、免れますか?」
恐る恐る呟かれた問いに、ラゼイヤはニコニコとした表情のまま答える。
「ええ。不敬罪の罰だけ受けてくださればそれで構いません」
『不敬罪のみ』という意味合いの言葉に、アレッサは表に出しはしなくとも歓喜していた。
アミーレアに戻れば即刻公開死刑を言い渡されるだろう。その事態だけは避けたかった。
アレッサはまだ生きていたかったのだ。
しかし、それは純粋なものではない。
これからも良い男を捕まえて悠々自適な生活を送りたいと思っていたからだ。
ラトーニァが近くにいるにも関わらず、アレッサの頭はそれで一杯だった。
「ベルフェナールが、良いです」
アレッサは迷うことなく、そう答えた。
それが大きな過ちであることも知らずに。
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