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第三章 出会いと契約
第2話 医者の鏡
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一木が発した言葉を聞くと、ルニ子爵は目を瞑って黙り込んでしまった。
ここで子爵が恩を受けてしまうことで、後の交渉に置いて不利益となることを恐れているのだろう。
すると、黙っている子爵を見かねて使用人の女性が口を開いた。
「旦那様……せっかくのお世継ぎが……奥様が……」
「言うな! ……申し出はありがたいが、イチギ将軍……妻の事はあくまで私事。たかだか赤子と妻の命のために異国の方々の手を煩わせるわけにはいきません」
その子爵の言葉を聞いて、一木の頭は一瞬熱くなった。
勿論、本心では無いだろう。あくまで国のことを思う故の言葉だ。
それでも、二十一世紀の感覚を持ち、最愛の者を失ったばかりの一木にとって、家族を軽んじる言葉に冷静ではいられない。
「子爵! 俺は……」
一木が口を開きかけたその時、屋敷の前にキャンピングカー程もある大きな装甲車が停車した。
あまりの勢いに、一木達が乗ってきた60式機兵輸送車にぶつかり、装甲に傷が付く。
60式のSAのであるジョージが「痛え! 」と声を上げていた。
驚いている一同をよそに、勢いよく降りてきたのは衛生連隊連隊長を兼ねる衛生課のニャル中佐だった。軍服の上から白衣を羽織り、ストレッチャーを抱えた数人の医療用SLを連れていた。
「急いできてみれば何をグズグズしているんですか一木司令! 」
開口一番一木を怒鳴りつけると、ニャル中佐はぽかんとするルニ子爵に詰め寄った。
「ルニ子爵閣下、私が医者のニャルです。それでその流産の可能性がある女性というのは? 」
ニャル中佐の剣幕に押されていた子爵だったが、中佐の態度を諌めようとする使用人の女性を制して、先程と同じ断りの言葉を発した。
しかし、ニャル中佐は言葉を半ばで遮ると、再び啖呵をきった。
「子爵閣下。どうも勘違いしているようですね。私どもが奥方とお子様を助けるのはあなたを助けるためではありません。助けを必要とする人間は何があろうと助けるという我々地球連邦の、そして連邦の医療に関わる者の責務故です。あなたが邪魔するならば、邪魔するあなたと兵を排除してでも奥方とお子様を助けます」
あまりと言えばあまりの言葉に、子爵と使用人、一木は言葉を失っていた。
ただ、殺大佐とミラー大佐は無線通信上で無表情のまま爆笑していた。
『ニャルはこういうやつだ。治療するためなら邪魔者は殺すようなやつだよ』
『仕事しか楽しみが無いアンドロイドってこうなるのよね』
こんなところにも問題児が……一木は心の中の要注意リストに新しくニャル中佐の名を書き加えた。
そして、子爵はそのニャル中佐の言葉を聞くと、諦めたように目を開いた。
吹っ切れた様な表情をしていた。
「ナンダ……寝室に案内しろ」
使用人に命令すると、子爵はこちらに頭を下げた。
「お心遣い受け取らせていただく。あなた方の責務に敬意を表し、妻の事を任せたいと思う」
どうも、子爵は先程のニャル中佐の啖呵を子爵がこちらの治療を受け入れるための方便だと思っているようだ。
まさか先程の言葉がまじりっけなしの本心だとは思うまい。
ニャル中佐はその言葉を聞くと、使用人に案内されて部下とともに屋敷に入っていこうとする。
すると、こちらの方を見ると足を止めた。
「マナ大尉! 何をしている!? 」
突然名前を呼ばれて、マナが驚いた様な表情を浮かべた。
「中佐、何でしょうか? 」
「何でしょうかではない! あなたも医療系SSの端くれなら手伝いなさい! 本来なら私が来る前に奥方を運び出して、容態のチェックや人工血液生成の為に血液測定を済ませるべきでしょう! 」
「しかし私は一木司令の副官で……」
必死に取り繕うマナの姿を見て、一木はかわいそうになってきた。
うろたえたその表情は、人間であったなら涙目になっているような怯えきったものだ。
「命を司る装甲衛生兵の装束を着たならば何をおいても命を救え! その盾はなんの為に持っている! 命を救うためなら邪魔者は全て殺す覚悟を持ちなさい! 」
「ですが中佐……」
「口答えする暇があるならとっとと来い! 」
結局マナと護衛に三人は連れられて屋敷に入っていった。
呆然とする一木に、子爵がやけに優しい口調で話しかけてきた。
「よい医者をお抱えのようだ。しかしレンポーでは兵士も医者も女性が務めるのですか」
とっさに説明しようとした一木だったが、アンドロイドの概念を伝える方法が思いつかずモノアイを動かすと曖昧に誤魔化した。
いずれ本当の事を伝えるためにも、何かしら考えておかなければならない。
そうして五分ほど経った頃、勢いよくストレッチャーを押してニャル中佐達が屋敷から出てきた。
「ストレス性の前期破水による早産! 胎児は超未熟児の可能性あり。血液のデータは?」
「車両の血液生成器に送信済みです! 」
奥方を連れたニャル中佐達はこちらには目もくれず医療装甲車に乗り込んでいった。
思わず一木がルニ子爵と顔を見合わせていると、マナが降りてきた。
「ルニ子爵、中で奥方の手を握っていて上げてください」
「あ、あの中でか……」
さすがのこの豪胆な貴族も、得体の知れない馬もなしに動く箱に乗ることに一瞬迷いが生まれたようだったが、意を決するとマナに連れられて乗り込んでいった。
だが、子爵を見送ろうとした一木にもマナは声を掛けてきた。一木にも車両に乗るようにとの指示だそうだ。
「いやいやいやいや……奥方が出産する時に俺が……」
「ニャル中佐が責任者にいていただかないとまずいと……」
先程のニャル中佐の剣幕を思い出し、一木はマナに従い車両に乗り込んだ。なぜ妙な所に律儀なのか……。
幸いにも、一木が待っているように促されたのは処置室の隣のスペースだった。
一木の体には狭いことこの上ないが、贅沢は言えない。
時間にして一時間ほど。居心地悪く一木が座っていると、処置室からはちらほら会話が聞こえてきた。
専門用語が多く詳しくは分からなかったが、どうも奥方の方は輸血により落ち着き、命に別状は無いようだ。子爵と奥方の涙混じりの声がとぎれとぎれに聞こえてきた。
「なんと感謝していいか……」
「本当に……ありがとう……ございます……けれどもあなた……ごめんなさい……また、私は子供を……」
「奥様、何を言っているのですか? 」
子爵の奥方の謝罪を遮ったのはニャル中佐だった。
「お子様はご無事ですよ? 」
そのニャル中佐の言葉の数秒後、子爵の慟哭と、奥方のすすり泣きが聞こえてきた。
びっくりした一木が慌てて処置室の方を見ると(慌て過ぎて天井で頭部アンテナを折った)、ちょうどマナが顔を出したところだった。
「どうなったんだ? 」
「もう大丈夫です。輸血しながら局所麻酔をかけて帝王切開しました。赤ちゃんは体重が二百三十グラムしかありませんでしたが、保育器で処置すれば問題なく大きくなりますよ」
その言葉を聞いてホッとしていると、子爵の慟哭はやみ、ニャル中佐を質問攻めにする子爵の声が聞こえた。
「こんな……手のひらに乗るような子が……本当に……」
「大丈夫です。絶対に大きくなります。衛生課課長の名に賭けてお子さんの命を保障いたします。元気な男の子ですよ」
そのニャル中佐の言葉を聞いて、再び子爵と奥方の鳴き声が聞こえてきた。
一分ほど黙っていたニャル中佐だが、それを過ぎてもやまない二人の泣き声に、どうにも我慢できなかったようだ。
「子爵閣下! 奥様の処置がありますのでご退出ください! 奥様は容態が落ち着くまでこちらで治療いたします。さあさあ、部屋を出ていてください」
ニャル中佐に押し出されるように子爵が出てくると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった子爵は一木に感謝を繰り返し言いながら抱きついてきた。
この状況で鼻水が汚いとは言えず、一木は黙って太った中年に抱きつかれたままモノアイをゆらゆら動かしていた。
結局この後、会談は翌日に持ち越される事になり、医療車両と念の為の護衛車両を子爵亭前に停車させたまま、一木達は街の前にいる本隊と合流することにした。
だが、そこに待ち受けていたのは恐るべき光景だった。
ここで子爵が恩を受けてしまうことで、後の交渉に置いて不利益となることを恐れているのだろう。
すると、黙っている子爵を見かねて使用人の女性が口を開いた。
「旦那様……せっかくのお世継ぎが……奥様が……」
「言うな! ……申し出はありがたいが、イチギ将軍……妻の事はあくまで私事。たかだか赤子と妻の命のために異国の方々の手を煩わせるわけにはいきません」
その子爵の言葉を聞いて、一木の頭は一瞬熱くなった。
勿論、本心では無いだろう。あくまで国のことを思う故の言葉だ。
それでも、二十一世紀の感覚を持ち、最愛の者を失ったばかりの一木にとって、家族を軽んじる言葉に冷静ではいられない。
「子爵! 俺は……」
一木が口を開きかけたその時、屋敷の前にキャンピングカー程もある大きな装甲車が停車した。
あまりの勢いに、一木達が乗ってきた60式機兵輸送車にぶつかり、装甲に傷が付く。
60式のSAのであるジョージが「痛え! 」と声を上げていた。
驚いている一同をよそに、勢いよく降りてきたのは衛生連隊連隊長を兼ねる衛生課のニャル中佐だった。軍服の上から白衣を羽織り、ストレッチャーを抱えた数人の医療用SLを連れていた。
「急いできてみれば何をグズグズしているんですか一木司令! 」
開口一番一木を怒鳴りつけると、ニャル中佐はぽかんとするルニ子爵に詰め寄った。
「ルニ子爵閣下、私が医者のニャルです。それでその流産の可能性がある女性というのは? 」
ニャル中佐の剣幕に押されていた子爵だったが、中佐の態度を諌めようとする使用人の女性を制して、先程と同じ断りの言葉を発した。
しかし、ニャル中佐は言葉を半ばで遮ると、再び啖呵をきった。
「子爵閣下。どうも勘違いしているようですね。私どもが奥方とお子様を助けるのはあなたを助けるためではありません。助けを必要とする人間は何があろうと助けるという我々地球連邦の、そして連邦の医療に関わる者の責務故です。あなたが邪魔するならば、邪魔するあなたと兵を排除してでも奥方とお子様を助けます」
あまりと言えばあまりの言葉に、子爵と使用人、一木は言葉を失っていた。
ただ、殺大佐とミラー大佐は無線通信上で無表情のまま爆笑していた。
『ニャルはこういうやつだ。治療するためなら邪魔者は殺すようなやつだよ』
『仕事しか楽しみが無いアンドロイドってこうなるのよね』
こんなところにも問題児が……一木は心の中の要注意リストに新しくニャル中佐の名を書き加えた。
そして、子爵はそのニャル中佐の言葉を聞くと、諦めたように目を開いた。
吹っ切れた様な表情をしていた。
「ナンダ……寝室に案内しろ」
使用人に命令すると、子爵はこちらに頭を下げた。
「お心遣い受け取らせていただく。あなた方の責務に敬意を表し、妻の事を任せたいと思う」
どうも、子爵は先程のニャル中佐の啖呵を子爵がこちらの治療を受け入れるための方便だと思っているようだ。
まさか先程の言葉がまじりっけなしの本心だとは思うまい。
ニャル中佐はその言葉を聞くと、使用人に案内されて部下とともに屋敷に入っていこうとする。
すると、こちらの方を見ると足を止めた。
「マナ大尉! 何をしている!? 」
突然名前を呼ばれて、マナが驚いた様な表情を浮かべた。
「中佐、何でしょうか? 」
「何でしょうかではない! あなたも医療系SSの端くれなら手伝いなさい! 本来なら私が来る前に奥方を運び出して、容態のチェックや人工血液生成の為に血液測定を済ませるべきでしょう! 」
「しかし私は一木司令の副官で……」
必死に取り繕うマナの姿を見て、一木はかわいそうになってきた。
うろたえたその表情は、人間であったなら涙目になっているような怯えきったものだ。
「命を司る装甲衛生兵の装束を着たならば何をおいても命を救え! その盾はなんの為に持っている! 命を救うためなら邪魔者は全て殺す覚悟を持ちなさい! 」
「ですが中佐……」
「口答えする暇があるならとっとと来い! 」
結局マナと護衛に三人は連れられて屋敷に入っていった。
呆然とする一木に、子爵がやけに優しい口調で話しかけてきた。
「よい医者をお抱えのようだ。しかしレンポーでは兵士も医者も女性が務めるのですか」
とっさに説明しようとした一木だったが、アンドロイドの概念を伝える方法が思いつかずモノアイを動かすと曖昧に誤魔化した。
いずれ本当の事を伝えるためにも、何かしら考えておかなければならない。
そうして五分ほど経った頃、勢いよくストレッチャーを押してニャル中佐達が屋敷から出てきた。
「ストレス性の前期破水による早産! 胎児は超未熟児の可能性あり。血液のデータは?」
「車両の血液生成器に送信済みです! 」
奥方を連れたニャル中佐達はこちらには目もくれず医療装甲車に乗り込んでいった。
思わず一木がルニ子爵と顔を見合わせていると、マナが降りてきた。
「ルニ子爵、中で奥方の手を握っていて上げてください」
「あ、あの中でか……」
さすがのこの豪胆な貴族も、得体の知れない馬もなしに動く箱に乗ることに一瞬迷いが生まれたようだったが、意を決するとマナに連れられて乗り込んでいった。
だが、子爵を見送ろうとした一木にもマナは声を掛けてきた。一木にも車両に乗るようにとの指示だそうだ。
「いやいやいやいや……奥方が出産する時に俺が……」
「ニャル中佐が責任者にいていただかないとまずいと……」
先程のニャル中佐の剣幕を思い出し、一木はマナに従い車両に乗り込んだ。なぜ妙な所に律儀なのか……。
幸いにも、一木が待っているように促されたのは処置室の隣のスペースだった。
一木の体には狭いことこの上ないが、贅沢は言えない。
時間にして一時間ほど。居心地悪く一木が座っていると、処置室からはちらほら会話が聞こえてきた。
専門用語が多く詳しくは分からなかったが、どうも奥方の方は輸血により落ち着き、命に別状は無いようだ。子爵と奥方の涙混じりの声がとぎれとぎれに聞こえてきた。
「なんと感謝していいか……」
「本当に……ありがとう……ございます……けれどもあなた……ごめんなさい……また、私は子供を……」
「奥様、何を言っているのですか? 」
子爵の奥方の謝罪を遮ったのはニャル中佐だった。
「お子様はご無事ですよ? 」
そのニャル中佐の言葉の数秒後、子爵の慟哭と、奥方のすすり泣きが聞こえてきた。
びっくりした一木が慌てて処置室の方を見ると(慌て過ぎて天井で頭部アンテナを折った)、ちょうどマナが顔を出したところだった。
「どうなったんだ? 」
「もう大丈夫です。輸血しながら局所麻酔をかけて帝王切開しました。赤ちゃんは体重が二百三十グラムしかありませんでしたが、保育器で処置すれば問題なく大きくなりますよ」
その言葉を聞いてホッとしていると、子爵の慟哭はやみ、ニャル中佐を質問攻めにする子爵の声が聞こえた。
「こんな……手のひらに乗るような子が……本当に……」
「大丈夫です。絶対に大きくなります。衛生課課長の名に賭けてお子さんの命を保障いたします。元気な男の子ですよ」
そのニャル中佐の言葉を聞いて、再び子爵と奥方の鳴き声が聞こえてきた。
一分ほど黙っていたニャル中佐だが、それを過ぎてもやまない二人の泣き声に、どうにも我慢できなかったようだ。
「子爵閣下! 奥様の処置がありますのでご退出ください! 奥様は容態が落ち着くまでこちらで治療いたします。さあさあ、部屋を出ていてください」
ニャル中佐に押し出されるように子爵が出てくると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった子爵は一木に感謝を繰り返し言いながら抱きついてきた。
この状況で鼻水が汚いとは言えず、一木は黙って太った中年に抱きつかれたままモノアイをゆらゆら動かしていた。
結局この後、会談は翌日に持ち越される事になり、医療車両と念の為の護衛車両を子爵亭前に停車させたまま、一木達は街の前にいる本隊と合流することにした。
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