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第三章 出会いと契約

第6話 危ない橋

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 急遽集められた参謀達に事情を説明すると、やはりと言うべきか困惑の声が上がった。
 正直なところグーシュ皇女が五日後に来ることでそこまで基本的な計画に支障があるわけではないが、情報参謀と諜報課課長の二人がグーシュ皇女の行動を全く予期できなかったことが問題だった。

「言っておきますが、殺大佐と猫少佐が悪いって問題ではないです。むしろ逆です。二人ほどの専門家でも行動を予期できないような人物を、果たして今後の協力相手にしていいのかということです」

 外務参謀のミラー大佐が一木に告げる。
 一木としては異論はなかった。以前の報告からも、行動が読めない人物だとはわかっていたからだ。
 
「ミラー大佐の言うことにはおおむね同意するけど、自分の考えはちょっと違うな」

 一木の発言を聞いてミラー大佐が怪訝な表情を浮かべた。
 ミラー大佐は行動が予期できない事を問題視しているが、一木としては問題の本質は別の所にあると考えていた。

「殺大佐達が今回の判断材料としたのは、ミルシャっていうお付きの騎士の事を皇女様が溺愛していて、彼女を危険にさらすような政治的役割からは距離を置くと思っていたからだ。そうだろう殺大佐?」

 一木の言葉にむっつりとした表情で殺大佐が頷く。
 それを聞いて、ミラー大佐も察したようだった。

「つまり一木司令は、行動を読めない皇女様の唯一理解できる行動原理であるミルシャっていう騎士が、皇女様の手綱になりえないことを問題視しているのね?」

「そうですね……猫少佐の情報では、皇女様はミルシャっていう騎士を本当に大切にしている様子でした。ここまでなら、最悪人質にすることまで考慮に入れれば皇女様との交渉と協力を軸にするアイディアに問題はないと思ってたんですけど……いざとなればミルシャちゃんよりも自分のやりたいことを優先するとなると、鎖の繋がれていない猛犬と同じ……」

 一木の発言に一同黙ってしまう。
 グーシュ皇女を丸め込んで支援したうえで、皇太子一派との対立を煽り連邦への悪感情を抑えた上で帝国への影響力を持つ計画が、肝心の部分で危うくなってしまった。
 もちろんグーシュ皇女が好奇心の強い人物だということは分かっているので、上手くほしいものを与えることでコントロールできないことはないだろうが、それでもいざという時に制御できる方法が欲しいところである。
 騎士ミルシャがその役割を果たせないとなれば、グーシュ皇女擁立計画は命綱無しの綱渡りと同じ。

「とはいえ皇太子一派と交渉しても……」

「皇帝に訴えかければ……」

「皇帝が皇太子一派に逆らえない……」

「民衆会議を……」

「あいつら影響力ないし……」

 意見が次々と出るが、堂々巡り。
 皇太子一派との交渉ではまとまらず、武力衝突は避けがたい。そうなれば地球連邦は侵略者という立場に置かれることは避けられない。
 皇帝との直接交渉はハードルが高い。普通の異世界なら航宙艦艇を帝都上空に並べて威圧すればいいのだが、結局地球連邦への感情悪化は避けられない。
 
 この後北部や南部の属国との交渉や独立を餌にした支援、地方貴族をそそのかしての反乱誘発などの案も出されたが、正直現状でもオーバーワーク気味の諜報課をはじめとする現地工作部隊のキャパシティーを超える大がかりな調査が必要になる。
 仮に奇跡的な情報収集力を発揮して、帝国中枢以外との交渉や支援を軸にするとしても問題がある。
 一度降下してしまった状態で帝国との交渉と同時に、一歩間違えば大陸全土を全面戦争に巻き込むような危ない橋を渡ることは躊躇われた。

 そもそもまとまった陸地に統一国家があるから交渉がスムーズに進むという理由で一個師団のみでこんな事をしているのに、わざわざ国家を分断させることに意味などない。

 そんな停滞も深まったころ、帝都の城に帝弟の伝手で女官として潜入している猫少佐から通信が入った。

『一木司令。緊急事態です。皇太子一派がグーシュ皇女の暗殺を決定しました』

「確かなのか!?」

『皇太子は渋っていたようですが、近衛騎士のイツシズに押し切られた形です。私は暗殺計画の詳細を調べてきます』

 そう言って猫少佐からの通信は途絶えた。
 部屋にまたもや重苦しい空気が流れる。
 こうなることはある程度分かっていたのだ。
 なのになぜあの皇女様は表舞台に立つような事をしたのか。
 
 グーシュが皇太子の事を信じている事や、基本的に判断全てを直感的にしている事を知らないこの部屋にいるアンドロイド達と一木にはそれがわからない。
 無鉄砲な行動を天性の人たらしの才能とカリスマで補っているグーシュの本質は、人間が直接会うことでしか理解できない。
 情報収集を現場から分析までアンドロイドに頼っている地球連邦にとって、目に見えぬ情報面の欠点だった。

 そんな時だった。キュインという一木のモノアイが動く音がしたのは。
 参謀達が一斉に一木を見る。
 そのままモノアイをゆらゆら動かしていた一木は、何かを決心したように口を開いた。

「どうせ危ない橋を渡るなら、渡った時実入りが大きい橋を渡るか……」

「どういうことだ?」

 一木の言葉に殺大佐が問いかける。
 それに対し、一木は何かを決心したように答えた。

「暗殺計画を利用しよう。グーシュ皇女が殺される寸前で助けて、恩を売る」

 一木の決断したが、その決断には当然の疑念が生じる。
 ミラー大佐がその疑念を口にした。

「命を助けた恩があの皇女様に通じますかね?」

「正直怪しい……が、そもそもあの皇女様に限らず、人間をそこまでコントロールできるなんて考えが甘かった気がするんだよなあ……悩んでも仕方ない。ミルシャちゃん、助けた恩、欲しい物なんでもあげる。この三段構えで皇女様を懐柔して予定通りいこう」

 かくして会議は終わる。
 一木としてはこのような行き当たりばったりな決断は出来れば回避したかったが、一木の頭で思いつく方法などこの程度だった。
 一部のすきもなく十手、二十手先を読むような作戦。いつかは考えてみたいものだ。

 参謀達がそのあたりやってくれるのではと思っていたが、あの皇女様のような不確定要素が大きすぎる人間が絡んでくるとそのあたりが計算できなくなるようだ。
 ジークに至っては軍事作戦じゃないからと半ば思考を放棄していた。
 敵の師団を三分で壊滅させる作戦は考えられても、こういうことを考えるのは苦手なのだそうだ。

 一木はそんな事を考えていると、猫少佐からショートメールが入った。

『イツシズは子爵領途中の橋を爆破してグーシュ皇女を殺害する計画』

 爆殺……。さらに不確定要素がましたことに、一木のすでに無い胃がキリキリと痛み出した。
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