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第三章 出会いと契約

第11話―7 会談へ

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「本当にごめんよ。わからないだろう?」

「はい……でも、弘和君はそれくらい難しい悩みを抱えてるんですね」

 また、マナの瞳に眼球洗浄液が滲んだ。

「大丈夫だよ。他の艦隊参謀達にもわからないんだ、何の問題もない」

 そう言ってジーク大佐はマナの目元を袖で拭ってやった。

「だからさ、僕はそんな自分と同じであろう気持ちを抱えている一木司令を支えてあげたいと思った。僕の”好き”はそういう好きさ。だから、一木司令が君に前のパートナーを求めて、けれどもそれを口に出せずに苦しんでいるなら助けてあげたいと思ったんだ」

「私に……弘和君の求める”人”が務まるでしょうか?」

「務まるさ。彼は君の事を第一に考えている。だから僕がアプローチをかけても来てくれなかったんだ。わかるだろう?」

「でもそれは、私が邪魔をしたからで……」

「そんな事はないよ。だって一木司令、しょっちゅう君の事を見ているじゃないか」

「ああ、わかります。本人は誤魔化せているつもりなのかもしれませんが、いつも私を見てくれています」

「そうそう。他のアンドロイドを見るときは大体胸元やお尻を見てるけど、君の場合は君の顔を見ている」

「私も」

 そう言ってマナは自分の胸を両手で持ち上げた。

「ミラー大佐くらい胸が大きい方がいいでしょうか?」

「あれは大きすぎる。僕……いや、君くらいがちょうどいいよ」

「あ……、ああ! ジーク大佐、これは知っていますか? 弘和君は……」

 そんなたわいのない会話の中気が付くと、ジーク大佐とマナはすっかり打ち解けていた。
 大切な人間を奪い合う関係ではなく、共有する。
 そういう関係性を築くというジーク大佐の作戦が成功したためだ。
 そうして、しばらく経ったころ。

「わかりました、ジーク大佐。あなたに、私と弘和君の関係を取り持ってもらいます」

 布団に一木を寝かしつけ、その両脇に横になり、つまり川の字に寝ながら、二人は一木越しに話を続けていた。

「そうか。大丈夫、君と一木司令にはしっかりとした関係を」
 
 そこまで言ったジーク大佐を、マナが遮った。

「でも、私はそれだけではありません。ジーク大佐、あなたの事も助けます」

 その言葉にジーク大佐は息を飲んだ。
 こんな生まれたばかりのSSに助けるなどと言われるとは欠片も思っていなかったのだ。

「弘和君のパートナーに私はなります。でもそれだけじゃない。私と弘和君で、ジーク大佐の居場所になって見せます」

「……ありがとう」

 そう言ってジーク大佐は一木の腕に抱き着いた。

(正面突破を諦めてからめ手で一木司令との関係を築くために大尉を篭絡しに来たら……)

 ギュッと一木の腕に顔をうずめるジーク大佐。

(まさか僕が大尉に篭絡されるとは……)

 ここで会話は終わり、そして、朝を迎えた。



「な、なにが起きたんだ?」

 一木が起床すると、驚愕の光景が広がっていた。

 机で動画編集をしていたはずが、なぜか布団で寝ていた。
 そこまではまだいい。
 ところが、なぜか両脇にマナとジーク大佐が寝ていた。
 マナはまだわかる。だがジーク大佐はどうやってここに来たのだ。
 一木は深く混乱した。

 あの後、目覚めたマナとジーク大佐から事情を聞いて、一木は恐縮しっぱなしだった。
 本来自分がやるべきマナとの関係性構築のための話し合いを、不正アクセスまでしてジーク大佐が代行してくれたというのだ。
 
 だが、そんな恐縮しっぱなしの一木を見て、二人は視線を合わせて笑いあうと言ったのだ。

「私とだけじゃありません。ジーク大佐ともですよ。弘和君も頑張るんですよ」

「ああ。一木司令、君には僕の居場所になってもらうんだからね」

 その言葉を聞いて、何が何だかわからずに目を白黒させる一木だったが、どうやら二人はすっかり和解して仲良くなったことだけは分かった。
 
(これは、もう逃げるような事は出来ないな)

「わかった。俺も覚悟を決めよう。マナ、パートナーとして、シキと同じくらいの仲を俺と築いてくれ。ジーク大佐。居場所って言うのはよくわかりませんが、あなたの好意を受け止めたいと思います」

 そうして腹を括った後。
 一木は二人と一緒に動画を急いで完成させ、今は現実空間の執務室で最終チェックをしていた。
 見る限りは異世界派遣軍の規約と合わせても問題ないようだ。
 
 また、昨日救助した護衛兵達の情報も届いていた。
 生存者の十二名を含む落下した護衛兵百五十名全員を引き上げということだ。
 現場のSS達とカタクラフトには感謝するしかない。

 そうしていると、ニャル中佐から短文通信が入った。
 グーシュ皇女が目覚め、拘束しているミルシャと会わせた後でここに連れてくるということだ。

 いよいよ正念場だ。
 一木は気合を入れた。
 もちろんルニ子爵とすでに会談はしているが、今日これから行うのは帝国中央との正式な最初の接触になる。
 さらに言えば、グーシュリャリャポスティとの最初の接触ともなる。

 緊張してきた一木は、朝にした約束をさっそく守ることにした。

「マナ、頼むよ」

 マナ、ジーク大佐と約束したことの一つ。
 マナにはシキと同じような事を求める。
 少し恥ずかしいが、約束だ。
 まあ、前潟あたりに言わせれば恥ずかしがるのが遅すぎる、ということだろうが。

 そう言われたマナは、一木の頭を胸元に誘うとギュッと抱きしめた。
 一木が今の体で最初に目覚めて以来、最も現実空間でリラックスできる行為だった。
 今までは照れくささと、バカな抵抗感のため意識しては頼めないでいた。

 静かに、しばらくそうしていると、扉からピーっという音が聞こえた。
 誰かが部屋を訪ねてきてのだ。
 マナが一木の頭を離し、応対する。モニターに映ったのはやはりニャル中佐だ。後ろにはグーシュ皇女とミルシャ。二人の歩兵型が立っていた。

「衛生課長。お連れしましたか?」

 マナがそう言うと、ニャル中佐が応答する。
 その背後で、ミルシャがテンプレじみた異世界人的リアクションをとっていた。

 さあ、いよいよだ。
 マナが応対のため入り口脇に移動する。
 その際、軽く一木の頭をポンっと叩いてくれた。
 その懐かしさに浸る、まもなく扉が開く。

 そうして、官給品のジャージを着込んだグーシュリャリャポスティ皇女殿下とお付きの騎士ミルシャが入室してきた。
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