地球連邦軍様、異世界へようこそ

ライラック豪砲

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第三章 出会いと契約

第12話―1 一木代将とグーシュ皇女

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 堂々たる態度で入室してきたグーシュ皇女を見た第一印象は、ずいぶんと瘦せっぽちの少女だというものだった。
 確か十八歳という情報だったが、地球との時間的な誤差を考慮しても大した違いはないはずである。
 それなのにこの見た目ということは、やはり肉食が出来ないという体質が影響しているのだろう。
 
 一方で後ろを歩くお付きの騎士であるミルシャという少女は恵まれた体格をしていた。
 グーシュ皇女が百五十センチ弱の身長なのに対して、百六十センチ強程のすらりとした印象の少女だ。
 だが、それでいて全身がっしりとした印象なのは、やはり騎士として鍛えているからだろうか。

 しかし何より目を引いたのはその胸だった。
 グーシュ皇女がペタンとしているのに対し、まさに山脈と呼ぶに……。
 
 一木がそこまで考えたところで、自分のモノアイの音が急に気になりだした。
 どうも自分は視線がどこを見ているのかわかりやすいようだ。
 まさかこのような重要な場面で、相手の胸を見ていたなどということが分かっては大変なことになる。

 一木は誤魔化すように、二人に対して敬礼した。
 それに対して、二人は一瞬戸惑ったような態度をとったが、グーシュ皇女が何かを察した様子を見せた後、右手の握りこぶしをみぞおちに充てるしぐさをとった。すぐにミルシャも続く。

 一瞬であれが敬礼であると悟ったのか……。
 一木はそれだけでグーシュ皇女がとてつもない大物であるかの様な思いにとらわれたが、戸惑ってばかりもいられない。
 唾を飲み込みたい欲求を感じながら、一木は緊張の第一声を放った。

「ようこそいらっしゃいました、グーシュリャリャポスティ皇女殿下」

 幸いなことに声は上ずらなかった。
 何とか落ち着いたように聞こえただろうか。
 そんな事を気にする一木に対して、グーシュ皇女の応答は見事なものだった。
 ダサくていも臭いジャージ姿にも拘わらず、敬礼を解き、軽く顔を伏せて喋る姿には威厳があった。

「いや、助けていただいた上にこの様なもてなし……感謝しかない。帝国皇女として、この事は正式にお礼申し上げます」

「いやあ、皇女殿下にジャージなど着せて申し訳ない……サイズが合う服がそれしかなかったのです」

 どうでもいいことを言ったかな? という後悔が一瞬胸をよぎったが、言わずにはいられなかった。
 物腰の一つ一つ、そして顔立ちや表情、話し方全てが威厳と高貴さを感じさせるグーシュ皇女に、あのような服を着せていることに非常な罪悪感を感じたからだ。

 と、そこまで考えたところで一木は自信の心中に違和感を覚えた。

(なんだ? なぜ自分はこんなにもグーシュ皇女にかしこまっている……これがカリスマってやつなのか)

「大変よい着心地に、付き人のミルシャ共々喜んでおりました。お気になさらずに」

 そんな一木の思いとは関係なく、グーシュ皇女は微笑みながら言った。
 その笑みに、服装に関して問題がなかったことに一木は一瞬ホッとしたが、そこで先ほどまでの感覚が確信に変わった。

 やはり、この皇女。
 計算ずくではない。天性の人たらしだ。
 しかも別段今のところ一木をたらし込もうとか、取り入ろうといった意図で行動してすらいない。
 それなのにここまで意識に訴えかけるほどカリスマや威厳を感じるのは、持って生まれた物があるとしか言いようがない。

 一木は先の橋の崩落作戦の際、グーシュ皇女には天運が必要だ、という発言をした。
 正直参謀達と自分自身を納得させるための詭弁じみた発言だと思っていたが、こうして直にあってみるとわかる。

 このグーシュ皇女という少女は、教科書に載るようなまさしく歴史的な人物に違いない。
 アンドロイド達にはカリスマなどというものが感じ取れなかったためだろうか。
 しかし、こうなってみるとグーシュ皇女に対して不安を抱く原因となった行動などは、まさしく高名な英雄特有の奇行そのものに思えてくる。

 だが、ここまで来て相手がすごいからといって臆するわけにはいかない。
 一木は負けじと、精一杯気を張って自己紹介した。

「ああ、申し遅れました。私はあなた達の認識で言うところの、海向こうから来た使節の現地指揮官をしている者です。地球連邦軍異世界派遣軍第049機動艦隊所属、第四四歩兵師団師団長、一木弘和代将と申します。グーシュリャリャポスティ皇女殿下、こちらにいらっしゃった経緯はあまり良いものではありませんが、それでも我々はあなた達を歓迎いたします」

 一息に、それでいて抑揚をつけて威厳を込めて話せた。
 しかし、話し終えてホッとしたのが悪かったのか、一木は反射的に握手を求めて右手を差し出してしまった。

 しまった、と思った時にはもう遅かった。
 気を使ったマナが近くに来て、「司令、この国に握手の習慣はありません……」
 と告げてくれたが、後の祭りだ。

 ここから立て直そうとするが、焦ったせいかモノアイがキュインと音を立て、明らかに狼狽えたようなしぐさをしてしまう。
 弁解を試みるが、自分でもわかるほどにグダグダになってしまう。

「い、いやー、申し訳ない。これは握手という故郷の習慣で、お互いに手を握り合うという信頼の挨拶でして……」

 だが、一木の一連の応対を見ても、グーシュ皇女は一切それに対して咎めも、侮りも、怪訝な表情も浮かべなかった。

 逆に一木の言葉を聞くと、右手でしっかりと力強く一木の差し出した手を握った。
 そして一木のモノアイをしっかりと見据えると、一木の知るどんな名女優でも叶わないような魅惑的な笑顔を向けた。

「イチギ代表、ルーリアト帝国第三皇女、グーシュリャリャポスティである。以後よろしく頼むぞ」
 
 ないはずの心臓がドクンと脈打つような笑顔だったが、それが逆に一木を冷静にしてくれた。
 柔らかくて小さい手を砕かないように細心の注意をして手を握り返すと、落ち着いた声でしゃべることが出来た。

 「こちらこそよろしくお願いします」

 そう言うと、グーシュ皇女達に座るように促し、互いにソファーに座る。
 
 (しかし皮肉なもんだ。あの時と同じ感触を感じたおかげで冷静になるなんて……)

 先ほどのグーシュ皇女の笑顔を見た瞬間、思わずシキと初めて出会った時の事を思い出してしまった。
 あの時も同じように、無いはずの心臓が動く感触がしたものだ。
 あまりの懐かしさにモノアイが思い切り動いていたのを感じたが、不審に思われなかっただろうか。

 そんな事を考えながらも、グーシュ皇女との会話は続い行く。
 まずは最も相手が気にしているであろう一緒に落ちた兵士たちの事を伝える。

 反応からグーシュ皇女という人物の人となりを知ろうと試みるが、なかなか難しい。
 ミルシャの表情は意外に分かり易く、死者の多さにショックを受けているのがよく分かったが、グーシュ皇女の方は正直よくわからなかった。

(ポーカーフェイスなのか、感情を押し殺しているのか、それとも……)

 そんな事を考えながら喋ったせいか、一木はやらかしてしまう。

「気になさらずに。それでですね、詳しい説明の前に、ひとまず見ていただきたい物があります。シキ、例のものを」

「司令、私はマナです」

 やってしまった。
 先ほどシキの事を思い出したせいだろうか。思わず口をついてしまった。
 それに対してマナは即座に訂正したが、その口調は柔らかい物だった。
 これも朝に話し合ったおかげだろうか。
 グーシュ皇女の前で極めてプライベートな醜態をさらしてしまった事実に変わりはないが、その点だけは安心した。

 そうしている間に、マナはグーシュ皇女とミルシャに見えるようにノート型PCを展開した。
 空中投影型端末だと驚かせすぎるかもしれないという配慮から用意した旧式の端末だが、展開したPCの画面でCGで作成したキャラクターが喋り始めるときのリアクションを見るに正解だったようだ。
 
 動画を見ただけであの様子では、空中投影型端末を見たときの反応は想像を超えたものになるだろう。
 それでは動画の内容どころではないはずだ。

 『これを聞いている方へ。これは映し出されている物の中に人間がいるわけでもありません。これはずっと前に喋った声を機械で記録して、再び聞かせているだけです。同じように、動いている私の姿もずっと前に記録されたものを物体に映し出しているだけです』

 キャラクターの言葉を聞いて、ミルシャが若干の怯えを含んだ表情でグーシュ皇女の手をギュッと握りしめた。
 だが、グーシュ皇女の方は動画を見てある感情を露わにしていた。

 歓喜だ。
 表現のしようがない、圧倒的な歓喜がその表情には表れていた。

『では、地球連邦という国の成り立ちからご説明しましょう』

 さあ、いよいよ始まる。
 グーシュ皇女は好奇心旺盛だというが、真実を一気に知らされて果たしてどのような反応をするだろうか。
 一木はそのことに強い好奇心を覚えた。
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