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第三章 出会いと契約
第17話―4 来訪後の惨劇
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一木にくっついていたグーシュは、呟いた一木を優しく抱きしめた。
一木の視界に、装甲の感圧センサーが反応したことが表示される。
「落ち着いたか?」
抱擁とグーシュの言葉で、一木は温めているはずの自分が少しだけ温かくなったような気がした。
少し柔らかくなった気持ちで、一木は話を続ける。
「ですが、地球連邦政府は一連の出来事を単なるテロ行為であり、エデン星系行きの船の管理を厳格化する対応しか取っていません」
「バカな! 放っておけるような事ではあるまい……」
七惑星、つまりは火星と異世界との連携を示唆する組織名だ。
本当ならば当然、無視できる状況ではない。
「それは、先ほど言った事が影響しています。今の地球連邦政府には、当時のローマ宣言への賛同者の子孫が多く在籍しています。連邦支持者はアンドロイドによる労働の影響を受け入れて、働いていないものが多いですからね」
ベーシックインカム制度の拡充により、基本的に地球人は労働する必要がない。
大きい家が欲しい、二体目のアンドロイドが欲しいなどの目的があるものは仕事を探すこともあるが、基本的に労働の大半はSLが行っているため、働き口はほとんどないのが実情だ。
「そんな状況で反アンドロイド主義の人間は、率先して労働することを目指して、数少ない仕事先である官僚職を独占しているんです。彼らにとって、火星によるテロ行為は自分たちの祖先、そして同胞を支援するに等しい行為です……自然対応も甘くなる……」
一木は、これでグーシュがどう出るかと、どこか冷めた気持ちで考えていた。
地球連邦という理想郷の影と歪み。
このことを知ったこの好奇心旺盛な少女は、絶望や怒りを覚えずにいてくれるだろうか。
グーシュの事を見極める、と言ったが、まず前提としてグーシュの気持ちと考えが問題だった。
この話し合いの初めには随分と大げさな目標を掲げたが、ここまで話してみれば見極められるのは何も向こうだけではない。
地球連邦その物も、協力相手として見極められる立場と言えた。
「さて、グーシュ。地球連邦の本当の姿のお話はこれで終わりですが、どうですか? ガッカリされたのでは?」
ここで地球連邦への加入について否定的な反応をされたら、グーシュとミルシャを拘束しなければならない、などと考えていると、ある意味では意外な、そしてどこか予想通りの答えが返ってきた。
「いやいや、むしろ安心したぞ。地球は理想郷です、どうか入ってください、必要な物は全部あげます。などと言われるよりよっぼどいい」
さっぱりとした笑顔でグーシュは言った。
言葉にも表情にも、否定の色は一切ない。
「ろくでもない連中に支配されていて、二度も虐殺されて、侵略戦争で大打撃を受けて、現在進行形で攻撃されたうえに敵のシンパどもに入り込まれて対応が鈍い……これくらいでないと国として現実性が無くて安心できないな」
グーシュが羅列した地球連邦の現状を聞くと、逆に一木が不安になった。
この国は大丈夫なのか、という考えに味覚センサーが苦みを検知した。
脳が作り出した想像だとしても嫌な物だ。
「だが、むしろ安心しろ一木!」
グーシュはいきなり立ち上がった。
ぬるくなった装甲は、くっついていたグーシュの汗ですっかり濡れていた。
錆びないかな、と少し不安になりつつ、一木は聞き返した。
「何をですか?」
正直これは正真正銘の予想外だった。
この状況でグーシュに一木を安心させるようなことがあっただろうか。
「地球連邦は民主主義なのだろう? ルーリアトの民衆主義とは違い、民がその主権を持つ。つまりだ、ルーリアトが連邦に加入すればその民も政治に参画できる」
ルーリアトの民衆主義とは、民主主義とは違う。
民主主義が国民に主権があり、市民が平等に扱われるのに対して、民衆主義とはあくまで主権者である皇族と貴族に民のための政治を義務付け、その調整の場としての階級別の会議を設ける制度に過ぎない。
それよりも先ほどの動画を見て、ここまで民主主義の事を理解している事に一木は驚いていた。
カリスマや賢さ、好奇心旺盛な所も確かに凄いが、異なる概念を理解する圧倒的な理解力がこの少女の最大の力なのだろう。
「ええ、そうです。連邦加入条約に調印し、各種条件を満たして正式に加入が認められれば、ルーリアト人にも連邦市民の権利と義務がもたらされます」
それを聞いたグーシュは、うれしくてたまらないと言った風に顔をくしゃくしゃにした。
「よし! 決めたぞ。わらわは一木の話に乗ってやる。おおかたわらわを旗頭にした上で皇太子に据えて、強硬派の兄上たちを排除したうえで交渉するつもりだったのだろう?」
言いたかったことを全部言われ、渋い顔を心の中で浮かべながら、一木は頷いた。
「全部、全部やってやる! 兄上の代わりに皇太子になって、条約を結んで、わらわの代でルーリアトを地球連邦にする! そしてわらわは……」
グーシュは羽織っていた上着が床に落ちるのにも構わず、ひときわ力を込めて、再び全裸になりながら叫んだ。
「地球連邦の大統領になる!」
一木はポカンとした。
すべてを看過されているという前提なら大丈夫だ。そう思っていた。
大丈夫なわけなかった。
あまりにも予想外だった。
無理だ。不可能だ。ルーリアトと同レベルの異世界に課せられた加入目標は百年越えが普通なのだ。
だが、それでも。
一糸まとわぬ姿ではしゃぐグーシュを見ていると、一木の心はなぜか高揚した。
この少女なら出来るような、そんな気持ちにさせた。
余談だが、この瞬間から。
元サラリーマンのサイボーグと、変わり者の皇女の奇妙な関係は、長く長く続くことになる。
「……ありがたい申し出でですがグーシュ……」
「ん?」
「あなたに確認したいことがあります。それ次第では……」
グーシュの表情が暗くなる。
「あなたを担ぎ上げることは出来ません」
「えええええ!? なんで! なんでだ!?」
目に見えてグーシュは狼狽した。
ようやく一矢報いたと言えたが、一木は溜飲が下がったことよりも罪悪感を強く感じた。
一木の視界に、装甲の感圧センサーが反応したことが表示される。
「落ち着いたか?」
抱擁とグーシュの言葉で、一木は温めているはずの自分が少しだけ温かくなったような気がした。
少し柔らかくなった気持ちで、一木は話を続ける。
「ですが、地球連邦政府は一連の出来事を単なるテロ行為であり、エデン星系行きの船の管理を厳格化する対応しか取っていません」
「バカな! 放っておけるような事ではあるまい……」
七惑星、つまりは火星と異世界との連携を示唆する組織名だ。
本当ならば当然、無視できる状況ではない。
「それは、先ほど言った事が影響しています。今の地球連邦政府には、当時のローマ宣言への賛同者の子孫が多く在籍しています。連邦支持者はアンドロイドによる労働の影響を受け入れて、働いていないものが多いですからね」
ベーシックインカム制度の拡充により、基本的に地球人は労働する必要がない。
大きい家が欲しい、二体目のアンドロイドが欲しいなどの目的があるものは仕事を探すこともあるが、基本的に労働の大半はSLが行っているため、働き口はほとんどないのが実情だ。
「そんな状況で反アンドロイド主義の人間は、率先して労働することを目指して、数少ない仕事先である官僚職を独占しているんです。彼らにとって、火星によるテロ行為は自分たちの祖先、そして同胞を支援するに等しい行為です……自然対応も甘くなる……」
一木は、これでグーシュがどう出るかと、どこか冷めた気持ちで考えていた。
地球連邦という理想郷の影と歪み。
このことを知ったこの好奇心旺盛な少女は、絶望や怒りを覚えずにいてくれるだろうか。
グーシュの事を見極める、と言ったが、まず前提としてグーシュの気持ちと考えが問題だった。
この話し合いの初めには随分と大げさな目標を掲げたが、ここまで話してみれば見極められるのは何も向こうだけではない。
地球連邦その物も、協力相手として見極められる立場と言えた。
「さて、グーシュ。地球連邦の本当の姿のお話はこれで終わりですが、どうですか? ガッカリされたのでは?」
ここで地球連邦への加入について否定的な反応をされたら、グーシュとミルシャを拘束しなければならない、などと考えていると、ある意味では意外な、そしてどこか予想通りの答えが返ってきた。
「いやいや、むしろ安心したぞ。地球は理想郷です、どうか入ってください、必要な物は全部あげます。などと言われるよりよっぼどいい」
さっぱりとした笑顔でグーシュは言った。
言葉にも表情にも、否定の色は一切ない。
「ろくでもない連中に支配されていて、二度も虐殺されて、侵略戦争で大打撃を受けて、現在進行形で攻撃されたうえに敵のシンパどもに入り込まれて対応が鈍い……これくらいでないと国として現実性が無くて安心できないな」
グーシュが羅列した地球連邦の現状を聞くと、逆に一木が不安になった。
この国は大丈夫なのか、という考えに味覚センサーが苦みを検知した。
脳が作り出した想像だとしても嫌な物だ。
「だが、むしろ安心しろ一木!」
グーシュはいきなり立ち上がった。
ぬるくなった装甲は、くっついていたグーシュの汗ですっかり濡れていた。
錆びないかな、と少し不安になりつつ、一木は聞き返した。
「何をですか?」
正直これは正真正銘の予想外だった。
この状況でグーシュに一木を安心させるようなことがあっただろうか。
「地球連邦は民主主義なのだろう? ルーリアトの民衆主義とは違い、民がその主権を持つ。つまりだ、ルーリアトが連邦に加入すればその民も政治に参画できる」
ルーリアトの民衆主義とは、民主主義とは違う。
民主主義が国民に主権があり、市民が平等に扱われるのに対して、民衆主義とはあくまで主権者である皇族と貴族に民のための政治を義務付け、その調整の場としての階級別の会議を設ける制度に過ぎない。
それよりも先ほどの動画を見て、ここまで民主主義の事を理解している事に一木は驚いていた。
カリスマや賢さ、好奇心旺盛な所も確かに凄いが、異なる概念を理解する圧倒的な理解力がこの少女の最大の力なのだろう。
「ええ、そうです。連邦加入条約に調印し、各種条件を満たして正式に加入が認められれば、ルーリアト人にも連邦市民の権利と義務がもたらされます」
それを聞いたグーシュは、うれしくてたまらないと言った風に顔をくしゃくしゃにした。
「よし! 決めたぞ。わらわは一木の話に乗ってやる。おおかたわらわを旗頭にした上で皇太子に据えて、強硬派の兄上たちを排除したうえで交渉するつもりだったのだろう?」
言いたかったことを全部言われ、渋い顔を心の中で浮かべながら、一木は頷いた。
「全部、全部やってやる! 兄上の代わりに皇太子になって、条約を結んで、わらわの代でルーリアトを地球連邦にする! そしてわらわは……」
グーシュは羽織っていた上着が床に落ちるのにも構わず、ひときわ力を込めて、再び全裸になりながら叫んだ。
「地球連邦の大統領になる!」
一木はポカンとした。
すべてを看過されているという前提なら大丈夫だ。そう思っていた。
大丈夫なわけなかった。
あまりにも予想外だった。
無理だ。不可能だ。ルーリアトと同レベルの異世界に課せられた加入目標は百年越えが普通なのだ。
だが、それでも。
一糸まとわぬ姿ではしゃぐグーシュを見ていると、一木の心はなぜか高揚した。
この少女なら出来るような、そんな気持ちにさせた。
余談だが、この瞬間から。
元サラリーマンのサイボーグと、変わり者の皇女の奇妙な関係は、長く長く続くことになる。
「……ありがたい申し出でですがグーシュ……」
「ん?」
「あなたに確認したいことがあります。それ次第では……」
グーシュの表情が暗くなる。
「あなたを担ぎ上げることは出来ません」
「えええええ!? なんで! なんでだ!?」
目に見えてグーシュは狼狽した。
ようやく一矢報いたと言えたが、一木は溜飲が下がったことよりも罪悪感を強く感じた。
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