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第三章 出会いと契約
第18話ー3 振り返り
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そして、グーシュが語った母親と老教授による教えを聞いた一木は、驚きと同時に納得していた。
何の事はない。
我欲に任せて行動する子供だったグーシュに、自身の利益を最大化するための方法を教え込んだのだ。 大きな視点で立ち回り、周囲の人間に小さな利益を与えて、その結果自身も大きな利益を得る。
そういう方法論を仕込んだのだ。
(貪欲に自身の望みだけを求める、社会性の無い子供を落ち着かせるために、自分の利益と他者の利益をリンクさせる事を教えたのか……その上で皇帝と皇太子がグーシュよりも上位者である事を一際強く言い聞かせた……)
明らかになれば、それはあまりにも不幸な話だった。
グーシュは、唯一自分を見捨てなかった母親と老教授の教えを、愚直なまでに守っていただけなのだ。
自分よりも大きい視点で世界の利を捉える兄。
その優秀な兄と切磋琢磨して帝国のために働くように……。
その願いにグーシュは自分なりの方法で答えていたのだ。
だが、それは当の皇太子にとってはあまりにもむごい仕打ちだったに違いない。
自分よりも年下の妹に様々な分野で出し抜かれ、公然の場で打ちのめされ続けていたのだ。
猫少佐の報告では、皇太子のグーシュに対する個人的感情自体は悪くないとの事だったので、なおさら惨いことだ。
もしもグーシュの母親か老教授が存命だったなら、状況は違ったかもしれない。
しかし残念ながらすでに故人だった。
父親である皇帝は皇太子と違い、グーシュの水準から見ても優れた人物だったかもしれないが、大規模な改革に追われる皇帝に娘に割く時間などありはしなかった。
「グーシュ、その教授には後継者はいなかったのですか?」
「養子がいるが、教授ではないのだ。説話を書いておる。わらわも好きな星辰の説話を書いているアイムコ殿だ」
「ああ、あのSF小説の作者か……」
もし老教授の後継者がいるなら話を聞いてみようと思った一木だったが、残念ながらそれは叶わないようだ。
とはいえ別の意味でグーシュに影響を与えている人物のようだ。
機会があればそのアイムコという作家に会ってみるのもいいだろう。
そう心のメモに記すと、一木は再び考察を始めた。
そうしてグーシュは”自分よりも優秀な”兄のために自分の総力を尽くして立ち向かったというわけだ。
母親には他意はなかったに違いない。
社会性が無いが天才肌の妹に、優秀だが秀才レベルにとどまり、優柔不断な兄を支えてほしかったのだろう。
しかし結果はこれだ。
グーシュの行動に業を煮やした皇太子派は強硬策に出て、兄妹の関係は完全にこじれてしまった。
それでもグーシュに皇太子を尊敬する気落ちが残っていたのは、もはや悲劇としか言いようがない。
結局のところ、グーシュは恐らく、他者の感情を察することは出来るが、理解することが出来ないのだ。
だから、民衆や下級の兵士や官僚のような単純化された利益を求める相手にとっては非常に分かり易い理想の皇族として接することが出来る。
ところが判断基準が複雑化し、単純な利益だけで推し量れない対象に対しては相手の理想像を演じることが出来なくなるのだ。
グーシュは高い理解力があるものの、理解出来ない物は理解できないに違いない。
高いカリスマを持ち、一見すると豪放磊落で判断力に優れ、身分差に囚われず、開明的な考えを持つ若き皇族。
ただし、ミルシャと言う付き人を溺愛している。
これがグーシュへの世間や一木達の当初の見方だった。
ところがこの見方に、現実のグーシュの行動を当てはめると矛盾が生じる。
皇太子派の官僚を煽り、行動を戒めた味方のはずの官僚と口論する。
溺愛するミルシャを害した相手に怒りを見せず、安全を度外視した行動をとる。
これらも、グーシュのシンプルな行動原理を考えれば辻褄が合う。
それは自らの利益の追求する事。
他者への協調は全てがそのための手段でしかない。
だからこそ、どうしようもなく利害がぶつかれば敵味方関係なく争う。
溺愛するミルシャへの配慮すら後回しになる。
非常に危険な存在だ。
一木は、その考えを言葉にしてグーシュに伝えた。
「……利益のみを優先する浅ましい存在か……」
「いや、浅ましいとまでは言ってません」
一木の言葉にグーシュは自嘲したように笑みを浮かべた。
「先ほども言ったが、もう自分でもあきれ果てているのでな。この衝動だけはどうしようもない。ミルシャがいれば大丈夫かと思ったが、結局海向こうへの思いを抑えられなかった結果が今の有様だ」
うつむくと、グーシュは涙をポロポロと流した。
涙が、むき出しの太ももに落ちていく。
さらに艶々としたみずみずしい肌を伝い、カーペットに涙が落ちていくのを、一木はジッと見ていた。
「その上、母の言葉だけは疑った事すらなかった……兄上は自分等より優秀で、すべてを見通していると思っていた……いや、思っていたかったのかもしれん……自分は孤独で理解する者もいない、そんな事実から目を背けたくて、自分も理解できない優秀な父と兄がいるという幻想を……兄上に押し付けていたのだ……」
(口にはしなかったが、ミルシャさんが理解者ではなく寄り添う者でしかないことも分かっている……)
グーシュという人間は、おそらく歪な人間だ。
一人では最終的に、結局何も成すことは出来ない。
これだけ民衆から支持されているのに、派閥一つないのがそれを物語っている。
だが、歪なら……。
補えばいい。
「グーシュ、グーシュリャリャポスティ」
突然フルネームを呼ばれ、グーシュは顔を上げた。
そんなグーシュの目を、無機質なモノアイがまっすぐに見つめる。
「私の……いや」
一木は腹を括る。
過去の無為なサラリーマン生活からも。
もういない愛するシキとの生活からも。
マナや参謀達との、流されるように仕事にまい進する生活からも。
別れを告げる覚悟を決める。
「俺の目的を叶えてくれるのなら、連邦の大統領にしてやる」
これから自分は、復讐のために生きる。
ようやく、決心がついた。
無為な人生に別れを告げる決心が。
一木の雰囲気の変化を見て取ったグーシュは、涙を流しながら笑みを浮かべた。
「やっと本題か……待ちくたびれたぞ」
また、余裕だ。
一木に隙を見たからなのか、今までの弱気すら演技だったのか……。
だが、それでいいと一木は思った。
この、狡猾で不器用な皇女が自分には必要だと、確信したのだ。
「いつか大統領になるのはいいが、たった一つ約束してくれ。火星の奴らと、その信奉者の連中を、絶対に許さないでほしい」
「先ほど言った官僚たちの中に入りこんだ奴らの事か。なるほど、一木の欲しいわらわは、復讐の手伝いをする者か……」
そうだ。
グーシュの行動原理を理解すればいいのだ。
グーシュの利益と、自分の利益。それを一致させてやれば、この恐ろしい娘を利用することが出来る。
「そうだ。シキを……いや、アンドロイド達を見下して物扱いした連中に報いを与えてやりたい。だが、俺だけじゃ出来ない……俺のような一般人では、絶対に出来ない」
一木はそういうと、グーシュの両肩に手を置いた。
握手の時とは違い、青あざになるほど力を込めていた。
しかし、グーシュは顔をしかめもせず、まっすぐに一木を見返した。
もう、涙は流れていない。
「だがグーシュリャリャポスティ、君なら出来るはずだ。この地球連邦を変えることが。どれだけ時間がかかっても、いつかは出来るはずだ」
「ならば、盟約を結ぼう」
グーシュは立ち上がり、座ったままの一木を見降ろした。
長い昼食会が、終わろうとしていた。
何の事はない。
我欲に任せて行動する子供だったグーシュに、自身の利益を最大化するための方法を教え込んだのだ。 大きな視点で立ち回り、周囲の人間に小さな利益を与えて、その結果自身も大きな利益を得る。
そういう方法論を仕込んだのだ。
(貪欲に自身の望みだけを求める、社会性の無い子供を落ち着かせるために、自分の利益と他者の利益をリンクさせる事を教えたのか……その上で皇帝と皇太子がグーシュよりも上位者である事を一際強く言い聞かせた……)
明らかになれば、それはあまりにも不幸な話だった。
グーシュは、唯一自分を見捨てなかった母親と老教授の教えを、愚直なまでに守っていただけなのだ。
自分よりも大きい視点で世界の利を捉える兄。
その優秀な兄と切磋琢磨して帝国のために働くように……。
その願いにグーシュは自分なりの方法で答えていたのだ。
だが、それは当の皇太子にとってはあまりにもむごい仕打ちだったに違いない。
自分よりも年下の妹に様々な分野で出し抜かれ、公然の場で打ちのめされ続けていたのだ。
猫少佐の報告では、皇太子のグーシュに対する個人的感情自体は悪くないとの事だったので、なおさら惨いことだ。
もしもグーシュの母親か老教授が存命だったなら、状況は違ったかもしれない。
しかし残念ながらすでに故人だった。
父親である皇帝は皇太子と違い、グーシュの水準から見ても優れた人物だったかもしれないが、大規模な改革に追われる皇帝に娘に割く時間などありはしなかった。
「グーシュ、その教授には後継者はいなかったのですか?」
「養子がいるが、教授ではないのだ。説話を書いておる。わらわも好きな星辰の説話を書いているアイムコ殿だ」
「ああ、あのSF小説の作者か……」
もし老教授の後継者がいるなら話を聞いてみようと思った一木だったが、残念ながらそれは叶わないようだ。
とはいえ別の意味でグーシュに影響を与えている人物のようだ。
機会があればそのアイムコという作家に会ってみるのもいいだろう。
そう心のメモに記すと、一木は再び考察を始めた。
そうしてグーシュは”自分よりも優秀な”兄のために自分の総力を尽くして立ち向かったというわけだ。
母親には他意はなかったに違いない。
社会性が無いが天才肌の妹に、優秀だが秀才レベルにとどまり、優柔不断な兄を支えてほしかったのだろう。
しかし結果はこれだ。
グーシュの行動に業を煮やした皇太子派は強硬策に出て、兄妹の関係は完全にこじれてしまった。
それでもグーシュに皇太子を尊敬する気落ちが残っていたのは、もはや悲劇としか言いようがない。
結局のところ、グーシュは恐らく、他者の感情を察することは出来るが、理解することが出来ないのだ。
だから、民衆や下級の兵士や官僚のような単純化された利益を求める相手にとっては非常に分かり易い理想の皇族として接することが出来る。
ところが判断基準が複雑化し、単純な利益だけで推し量れない対象に対しては相手の理想像を演じることが出来なくなるのだ。
グーシュは高い理解力があるものの、理解出来ない物は理解できないに違いない。
高いカリスマを持ち、一見すると豪放磊落で判断力に優れ、身分差に囚われず、開明的な考えを持つ若き皇族。
ただし、ミルシャと言う付き人を溺愛している。
これがグーシュへの世間や一木達の当初の見方だった。
ところがこの見方に、現実のグーシュの行動を当てはめると矛盾が生じる。
皇太子派の官僚を煽り、行動を戒めた味方のはずの官僚と口論する。
溺愛するミルシャを害した相手に怒りを見せず、安全を度外視した行動をとる。
これらも、グーシュのシンプルな行動原理を考えれば辻褄が合う。
それは自らの利益の追求する事。
他者への協調は全てがそのための手段でしかない。
だからこそ、どうしようもなく利害がぶつかれば敵味方関係なく争う。
溺愛するミルシャへの配慮すら後回しになる。
非常に危険な存在だ。
一木は、その考えを言葉にしてグーシュに伝えた。
「……利益のみを優先する浅ましい存在か……」
「いや、浅ましいとまでは言ってません」
一木の言葉にグーシュは自嘲したように笑みを浮かべた。
「先ほども言ったが、もう自分でもあきれ果てているのでな。この衝動だけはどうしようもない。ミルシャがいれば大丈夫かと思ったが、結局海向こうへの思いを抑えられなかった結果が今の有様だ」
うつむくと、グーシュは涙をポロポロと流した。
涙が、むき出しの太ももに落ちていく。
さらに艶々としたみずみずしい肌を伝い、カーペットに涙が落ちていくのを、一木はジッと見ていた。
「その上、母の言葉だけは疑った事すらなかった……兄上は自分等より優秀で、すべてを見通していると思っていた……いや、思っていたかったのかもしれん……自分は孤独で理解する者もいない、そんな事実から目を背けたくて、自分も理解できない優秀な父と兄がいるという幻想を……兄上に押し付けていたのだ……」
(口にはしなかったが、ミルシャさんが理解者ではなく寄り添う者でしかないことも分かっている……)
グーシュという人間は、おそらく歪な人間だ。
一人では最終的に、結局何も成すことは出来ない。
これだけ民衆から支持されているのに、派閥一つないのがそれを物語っている。
だが、歪なら……。
補えばいい。
「グーシュ、グーシュリャリャポスティ」
突然フルネームを呼ばれ、グーシュは顔を上げた。
そんなグーシュの目を、無機質なモノアイがまっすぐに見つめる。
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そうだ。
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「そうだ。シキを……いや、アンドロイド達を見下して物扱いした連中に報いを与えてやりたい。だが、俺だけじゃ出来ない……俺のような一般人では、絶対に出来ない」
一木はそういうと、グーシュの両肩に手を置いた。
握手の時とは違い、青あざになるほど力を込めていた。
しかし、グーシュは顔をしかめもせず、まっすぐに一木を見返した。
もう、涙は流れていない。
「だがグーシュリャリャポスティ、君なら出来るはずだ。この地球連邦を変えることが。どれだけ時間がかかっても、いつかは出来るはずだ」
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