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第三章 出会いと契約

第19話ー1 盟約

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「盟約……約束でも契約でもなく……随分と重い物を結ぶんだな……」

「事は一木とわらわの人生を懸ける事柄だ、当然だろう。しかし本当にいいのか? 所詮ルーリアト帝国など、一木にとっては仕事先の一つに過ぎない……それにここまで肩入れしてしまって……」

「かわいそうな人たち……だから許してあげましょう」

「?」

「シキが死んだあと、国務省の官僚に言われた言葉です」

 ギニラスの一件が終わり、失意の中調査にやってきた国務省の官僚に状況を説明した時の事だ。
 一木は必死に相手が確実に火星の正規軍であったことを訴えた。

 可能なら軍事的報復を。
 それでなくても事は火星による異世界進出の可能性を含む非常事態である事を。
 しかし、必死に訴える一木に対する反応が先の言葉だった。

『あなたの言うことも分かりますがね。そもそも、かわいそうな人たちなんですよ、火星にいる人々は……』

 そう言われた時、一木は一瞬相手が何を言っているのかわからなかった。

「どういう……ことですか?」

 この時相手を殴らなかった事を一木は後悔しているが、もしそうしていれば、今頃傷害罪で、脳だけで牢獄を模した仮想空間に収監されていただろう。

『ああ、あなたは解凍処置者でしたね。いいですか? 火星の人々はナンバーズによる強制的な移住により……』

『いや、それは知っています。気の毒なことも……けれども、それとシキが殺された事と何の関係があるんですか!? シキだけじゃない、部隊のSSにも犠牲になった子が……』

 一木の言葉に、ため息をつきながら官僚は言った。

『犠牲ではなく損害です。被害はロボットだけなんですから、言葉は正確にしてください。むしろ犠牲と言うなら相手の方ですね。頭を真っ二つとは残酷な……相手が抗議してくれば大変なことですよ』

 余談だが、現代においてアンドロイドに対してロボット言う言葉を用いるのは、明確な差別となる。
 この時、一木は相手のあまりの言動に、怒りを通り越して困惑していた。

 地球連邦とは不思議な国だと思ってはいたが、この時ほどそう思った事は無い。
 一体、相手は何を言っているのか。
 アンドロイド達がどれだけ献身的に人間のためを思って働いているのか、知らないはずはない。
 
 それなのに、テロリストを擁護してあの子達を、シキを侮辱するのか……。

『じゃあ、なんですか……かわいそうな人間の子孫だから、テロ行為をしても、人を殺してもいいっていうんですか?』

 一木の言葉を聞くと、官僚はニコリと笑みを浮かべた。
 教師が教え子を諭すような、慈愛に満ちた表情だった。
 反吐が出るような表情だった。

『いいですか? あなたは軍人でしょう? この労働することが難しい時代において、高い賃金を得られるのはなぜか? それは命を危険にさらして、職務を遂行するからです。確かにテロ行為も人殺しも悪ですが、今回の場合は被害者はロボットと軍人のあなただけです。それに対して相手は若い一般男性が犠牲に……』

 一木が立ち上がり、相手の諭すような笑顔を強化機兵の全力で殴りつけようとした瞬間、

『このくそ野郎があああああああああああ!』

 同期の上田拓うえだたくが官僚にドロップキックをかました。

『さっきから聞いてりゃ勝手なくそみてえなことばかり言いやがって!!! 火星シンパのタコ野郎が偉そうに! 一木さんのシキさんへの思いをなんだと思ってやがる!』

 そう言って官僚に馬乗りになって殴り続ける上田。
 そして上田を羽交い絞めにして止めようとする津志田南つしだみなみ王松園おうそんやん

『だめだよ拓君! 国務省の人を殴るなんて!』

『そうやでここは穏便にせなな』

『グボ! や、やめ……ゲハ……たしゅけ……』

 呆然とする一木がよく見ると、上田を止めるふりをしながら官僚をひたすらに踏みつけている二人……。

 そんな一木を、そっと前潟美羽まえがたみうが椅子に座らせた。

『バカな事するもんじゃないわ、弘和。賢く立ち回らなきゃね』

 そう言って手に持った携帯端末から、先ほどの会話の録音データを一木に転送した。

『これくらいあなたなら内蔵のコンピューターで出来るんだから。これからは自分の体をもっと活用しなさい……シキちゃんがいない分あなたがしっかりしなきゃ』

 結局、官僚の度を越えた発言に対して異世界派遣軍が抗議したことにより、暴行沙汰はうやむやになった。
 官僚はお咎めなしの上で外交と関係ない部署に異動。
 殴る蹴るの暴行を加えた三人は部屋の備品を壊したという名目で減給になった。

 一木には何の処分もなかったが、その後二週間、一木は部屋に引きこもった。
 シキの喪失感と、地球の現状。そしてそれに対して何もできない自分に絶望したのだ。

 その後マナが来た後、殺人犯になるところを救ってくれた四人の親友に一言も告げずにここに来たのだ。



「あれを言われて、俺は心底絶望した。喪失感と憎しみと無力感がまぜこぜになってどうしようもなかった……」

 そう言って一木はグーシュをまっすぐに見据えた。

「だが、グーシュならもしかしたらそんな理不尽な仕組みを変えられると思った。グーシュにはそれだけの価値があると俺は判断したんだ、だから、構わない」

「て、照れるな……」

 はにかみながらグーシュは頭を掻いた。

「そこまでわらわを買ってもらえるならば、受けないわけにはいかんだろう。盟約の証はルーリアト式でいいか?」

 一木が頷くと、グーシュはゆっくりと目を閉じた。
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