前世は大聖女でした。今世では普通の令嬢として泣き虫騎士と幸せな結婚をしたい!

月(ユエ)/久瀬まりか

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番外編

アンドリューの結婚

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 アンドリューは途方に暮れていた。

 式を終え花嫁となった女性が、顔をこわばらせたままこちらを見ようとしない。何を聞いても一言も発してくれないのだから。

「エレオノーラ姫、国同士で決めた結婚に納得がいかないのはよく存じております。ですが、これから二人でバルコニーに出て国民に顔を見せなければなりません。どうか、笑顔を見せてはもらえないでしょうか」

 エレオノーラと呼ばれたその姫は、アンドリューが新たに同盟を結んだ国の王女である。小国であるが地理的に重要な位置にあるその国を守るため、お互いの利益のためにこの婚姻は結ばれた。アンドリューより四歳歳下のエレオノーラは父王に命じられるまま、アンドリューのもとに嫁いできたのである。
 先週、お付きの侍女と少しばかりの荷物と共に輿入れしてきた彼女は、その時初めてアンドリューと顔を合わせた。それからは結婚準備と称して部屋に籠っていたので今日の結婚式が二度目。前回も今回も、決してアンドリューの顔を見ようとせず、人形のようにただただ前を見つめていた。

 だがアンドリューの懇願にようやく心を動かしたのか、前を向いたままでスッとアンドリューに向かって手を伸ばしてきた。

(エスコートはしても構わないということだな)

 伸ばした手を軽く取り、彼女に向かって微笑みかけるアンドリュー。エレオノーラは前を向いたまま口角を上げ、笑顔を作った。初めて見るその笑顔は存外可愛らしく、あどけなかった。

 新しく建造された王宮のバルコニーに出ると、祝賀に駆けつけた国民が歓声を上げた。そして拍手に包まれる二人。手を振って応えると、さらに歓声が大きくなった。

「国王様、王妃様、バンザーイ!」
「お二人に祝福を!」

 こうして国民が祝福してくれているのはとてもありがたい。スタートが政略結婚であったとしても、いずれ静かな情愛を育んでいけたら……とアンドリューは考えていた。しかしもし、憎まれているとすれば、それは難しいかもしれない。

 隣で手を振るエレオノーラの横顔を横目で伺うと、眩しいほどの笑顔を国民に向けていた。綺麗に手入れされた明るい栗色の髪が光を受けてキラキラと輝き、琥珀色の瞳は優しくかつ気品があって王妃に相応しい容貌といえた。

「王妃様、素敵!」
「とっても綺麗なお方ね!」

 そんな言葉が聞こえてくる。しかしアンドリューと視線が合うとその顔は凍りつく。そうまさに、カチコチに凍ってしまうのだ。

「エレオノーラ姫。笑顔が消えておりますよ」

 そっと耳元で囁くと彼女はまた国民に向けて笑顔を作った。アンドリューには決して見せない笑顔を。覚悟していたとはいえ、政略結婚の侘しさを感じずにはいられず、アンドリューは心の中で大きなため息をついた。

 

「おめでとうございます、アンドリュー陛下、エレオノーラ王妃様」

 その夜の披露パーティーでたくさんの賓客や貴族たちと挨拶をこなしていく中で、ようやくエドガーとアイリスに会うことが出来た。この二人はアンドリューにとって気のおけない、唯一の友人と言える存在だ。

「ありがとう、エドガー、アイリス。エレオノーラ姫、彼らはラルクール侯爵家の嫡男夫妻だ。私の昔からの友人でもある」

 エドガーとアイリスから臣下の礼を受けながら、エレオノーラはやはり強ばった顔をしていた。

「アイリス、ようやく夜会に出られるようになったんだな。子供はもう一歳になったか」
「ええ、陛下。ケリーはもう、よちよち歩きを始めたわ。可愛くて可愛くて、目の中に入れても痛くないってこのことね」
「アイリスもすっかり母親の顔だな。不思議なものだ、友人が人の親になるというのは」

 久しぶりに会ったことで話が弾んでしまい、気がつけばエレオノーラのことを忘れていた。

「……陛下」

 蚊の鳴くような声でエレオノーラが言う。

「申し訳ございません。私、少し気分が優れませんの。控室に戻ってもよろしいでしょうか」
「大丈夫か、エレオノーラ? 私も一緒に戻ろう」
「いえ、主役の陛下はここにいなくてはいけませんわ。一人で戻れますので」

 言うやいなやエレオノーラは踵を返して出口へ向かい、側に控えていた侍女のシーラが慌てて後を追って行った。

 ふうと、アンドリューは思わず息を吐く。ため息など人前で出さない彼だが、やはりアイリスたちの前だと気が緩むようだ。

「お疲れですか、陛下」
「ああ、エドガー。いや、体は何ともないんだが……どうやら私は彼女に嫌われているようでな。話し掛けられたのも今のが初めてだ」

 愚痴など言うつもりはなかったが、二人の幸せそうな姿を見てしまうとつい、恨み節が出てしまった。

「あら、アンドリューったら嫌われてるなんて誤解よ」

 アイリスは目を大きく開いて強めの口調で言った。

「いや、でもアイリス。エレオノーラは私に笑顔を見せてくれないし、視線すら合わせてくれないのだ。話し掛けても無視されているし」
「ダメよ、また決めつけちゃって。きっとエレオノーラ様はとても恥ずかしがり屋で口下手なんじゃないかしら。だってね、あなたが私たちと話している間、とても嬉しそうな顔であなたを見つめていたのよ?」
「まさか。本当に?」
「本当よ。ただ、途中から何故か悲しそうな顔になってしまって、それから控室に戻りたいなんて言いだしたんだけど」

(嬉しそうとか悲しそうとか……そんなに感情の起伏がある女性には見えなかったが。むしろ今までずっと無表情だったぞ?)

「とにかく。今は追いかけて話をしてみるべきよ。エレオノーラ様は絶対にあなたを嫌ってなんかいないはずだから」

 アイリスに強く言われ、エドガーに助けを求めて視線を向けてもウンウンと頷かれ。アンドリューは行くしかなくなった。

「……じゃあ、この場は適当に誤魔化しておいてくれ、エドガー」
「承知いたしました、陛下」

 アンドリューは人混みを抜け、話し掛けてくる人々を躱しながら控室へと急いだ。その部屋は自分とエレオノーラしか使えない場所だ。
 ようやくドアの前に着き、ノックをしようとした時、泣き声が聞こえた。

「どうしよう、嫌われてしまったかしら?」
「大丈夫ですよ、エレオノーラ様。まだ結婚初日ではないですか」
「だって無視しちゃったし、目も合わせてないし。きっともう私のこと嫌な女だと思っていらっしゃるに違いないわ。それなのに、陛下がご友人と話しているだけで嫉妬してしまって」
「そのお気持ちを素直に陛下にお伝えすればいいではないですか」
「無理よ、素直になんて……」

 言葉の途中でまたしゃくり上げ始めた。まるで子供のように。

(どういうことだ? 彼女の冷たい態度は本心ではないというのだろうか)

 アイリスの言葉を思い出す。嫌われてはいない、その言葉を信じてみよう。アンドリューはドアをノックした。

「失礼、エレオノーラ姫。入ります」

 少し開いていたドアから中に入って行く。ソファに座り、シーラに縋り付いて涙をこぼしているエレオノーラが驚いた顔をこちらに向けた。

「陛下……?」
「勝手に入ってすまない、エレオノーラ姫。ところで今の話は本当だろうか。その……貴女が私を嫌っていないというのは」

 そう問うと、彼女は唇を引き結び、泣くのを一瞬我慢したのだが堪え切れず、またしゃくり上げ始めた。

「ごめ……な……さいっ、陛下……私……私……!」

 とにかく落ち着けようとアンドリューはエレオノーラに近付く。シーラはそっとソファから離れ、アンドリューに目配せを送ってきた。
 アンドリューはエレオノーラの隣に座ると優しく肩を抱いた。すると彼女はビクッと強ばったが、やがて力が抜けアンドリューにその身を預けてきた。

「大丈夫。怒っていないし貴女を嫌ってもいない。良かったら、訳を聞かせてくれないか」
「私は……本当は陛下をお慕いしているのです」

 エレオノーラはポツリポツリと話し始めた。第二王子であったアンドリューは、王になるまで表舞台に出ることはほとんどなかった。そのため、今回の婚姻が国同士で決められた時もどのような相手かはわからぬまま輿入れして来たのだと言う。

「初めて王宮に入り、陛下が出迎えて下さった時、私は心臓が止まるかと思いました。だって陛下は、私が幼い頃から思い描いてきた王子様にあまりにも似ていて……一目で恋に堕ちてしまったのです」

 しかし深窓の姫君にとってこれは初めての恋。あまりにも好き過ぎる相手にどんな顔を見せればいいのか、どんな態度を取ればいいのか悩みに悩んで、結局式の日まで顔を出すことが出来なかった。そして式当日も、嬉しさのあまりニヤケる顔を必死で抑えようとし過ぎて顔が強ばってしまったのだそうだ。

「陛下のお顔が眩し過ぎてまともに目を合わせることも出来ず……おかしなことを言って嫌われるのが怖くて言葉を話すことも出来ず。嫌な態度を取ってしまって本当に申し訳ございませんでした」

 アンドリューは呆気に取られてはいたが安堵してもいた。嫌われているのではなかったのだ。

「では、先程気分が悪くなったのは……?」
「陛下がアイリス様とお話しになってらっしゃる時のお顔がとても優しく、愛情に溢れているのを見て……陛下の想い人はこの方なのだと悟ってしまったのです。それで、悲しみを堪えきれず一旦シーラに全て打ち明けて発散してしまおうと。そうでないとパーティー中に泣いてしまいそうだったのです」

 まだグスグスと鼻を鳴らしているエレオノーラ。アンドリューは彼女の観察眼の鋭さに感服していた。

(アイリスへの想いはもうすでに過去のものだ。エドガーと二人でいるところを見ても何も思うことはない。そのはずだが……エレオノーラは何かを感じ取ったのだな)

 アンドリューは彼女の両肩を優しく持ち、自分の方に身体を向けさせた。

「エレオノーラ。私の顔を見て」
「へ、陛下……! 気を失ってしまいそうです……!」

 エレオノーラは至近距離でアンドリューと見つめ合うシチュエーションに、顔を真っ赤にして震えてしまっていた。そういえば式の最後に誓いのキスをした時はギュッと目を瞑っていて、キスもしたくないほど嫌なのかなと少し傷ついたことを思い出した。

「私はお伽話の王子ではない。こうして生きている人間だ。そして、貴女とこれから良き人生を歩んで行きたいと思っている。だから……」

 アンドリューは顔を近付け軽いキスをした。

「……!」

 目を閉じる間もないキスにエレオノーラの顔はさらに赤くなり、しかしその瞳には紛れもなく喜びが溢れていた。

「早く私の顔に慣れてもらって、そして私の中身にも興味を持ってもらいたいな」
「は、はい、陛下……! 勿体ないお言葉です……嬉しすぎてどうにかなってしまいそう……」

 まだ顔を赤くしているエレオノーラの手を取り、優しく立たせてアンドリューは囁いた。

「では早く二人きりになるためにも一旦パーティーに戻ろうか。招待客との挨拶を捌ききらないことには終われない」

 コクリと頷くエレオノーラは大人しくアンドリューに従った。チラリとシーラを見ると顔を輝かせ首が取れそうなほど頷いている。どうやらこれで正解のようだ。

「陛下、少しだけお待ちいただけますか? だいぶ泣いたのですっかりひどい顔になっていますから」

 エレオノーラがそう言うとシーラが化粧道具を持って近寄ってきた。

「ああ、もちろん待つ。だが、貴女は化粧などしなくても充分可愛らしいと思うがな」

 アンドリューは本当にそう思ったのだ。キッチリと化粧していたパーティー序盤よりも、涙を流して素顔に近くなっている今の顔の方が彼には好ましかった。

「あ……ありがとう、ございます、陛下。嬉しいお言葉ですわ。ですが、お客様に失礼になってしまいますから、やはりお化粧は直させて下さいね」

 わかった、と答えてもう一度ソファに座る。手早く身支度を整えているエレオノーラを待ちながらアンドリューはアイリスに感謝していた。

(またアイリスに助けられたな。前世も今世も、私という奴は女心が理解出来ないようだ。あのままエレオノーラを放っておいたら、今夜無理に寝床を共にしようと思わなかったかもしれない。お互いに嫌われていると思い込んで冷たい結婚生活になっていたかも。エレオノーラがこんなに可愛らしい女性だと知ることが出来たのは、本当に良かった)

 まだ恋とは言えない。だが心の中に温かいものが生まれたのをアンドリューは感じた。ゆっくりとこの気持ちを育てていこう。エレオノーラとなら出来る気がする、そう思うアンドリューだった。

 


 

 
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