俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮

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第二十章 漏れ出す者

第261話 チュートリアル:推すぜ!

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 荒野に砂煙が舞う。

 晴天の照り付ける日差しが汗を滲ませる。

 戦の匂いが鼻腔をくすぐる。

 それは何故か。

 何故自分たちは、今ここに居るのか。

「――守りたい人が居るッ!!」

 ――ッ!!

 獅子のたてがみの様な怒髪天を揺らしながら、大型サークル銀獅子の長――獅童猛が集う攻略者たちの前で吼えた。

「俺には妻と子供がいる。お袋と親父もいる。気兼ねなく話せる同僚も、たまに飲みに行く友人もいる……」

 ごつごつとした手で拳を作った。

「そんな俺の大切な人たちが! みんなの大切な人たちが今まさに!! 眼前に見えているゴブリン共に凌辱されんとしている!!」

 震える拳。

「俺たちは負けるわけにはいかない……」

 ――おおおお!

「俺たちは負けられない……!!」

 ――おおおおおお!!

「俺たちが勝たなくて!! 誰が勝つんだああああああああ!!!!」

 ――おおおおおおおおおお!!!!!!!

 士気が轟々と上がる。

「うおおおおおおおお!!!!」

 後ろを薙ぎ払う獅童。

 薙ぎ払った指先を折り曲げて手を腰に落とすパンサーダンサーの長――椿舞。

「――ップ!!」

 ――ッべちゃ!

「反吐が出るわ」

 吐いた唾が渇いた大地に染みこんでいく。

「いいこと……! 既に知ってる者も居るだろうけどおさらいしておくわ」

 攻略者たちを品定めする様に戦闘用のヒールで歩く椿。女性メンバーだけで構成されたパンサーダンサー以外にも、この場には多数のサークル、それこそ男女混合サークルも集められている。

「あの小鬼どもはね――ップ!!」

 ――ッぺちゃ!

「クソよ!!」

 吊り上げた頬と同時に吊り上げられる唇の端。

 吐かれた暴言と吐かれた唾。

 それを見ていた攻略者の中に数人――

(――ハアハア! 椿様ハアハア!)

(――お、俺に唾を吐いてくれえええ!!)

 妄想に浸る醜いブタが混じっているのだった。

「ゴブリンは人を攫う? ゴブリンは人を犯す? ゴブリンは人を食べる? Non! ノン、ノンノン!! そんなファンタジーは捨てなさい!! ――ップ!!」

 ――ッぺちゃ!

((んほおおおおお♡♡))

 ブタ。絶頂。

「リアルなのはそう、アイツらは全力で私たちを殺しに来るという事よ!!」

 得物の鞭を振りかざし――

 ――ッギン! とナイフが大地に突き刺さる。そしてナイフが露の様に消える。

れ……」

 静かな、そして躊躇ない殺気を孕ませた言葉を放つのはディメンションフォースの長――妻夫木蓮。

「刺殺。殴殺。絞殺。圧殺。斬殺――」

 ――鏖殺《おうさつ》。

 誰かが息を飲む。

「僕たちの仕事はひたすら目の前のモンスターを倒し、倒し、倒し続ける事だ。殺すことを躊躇している暇なんて無いくらいに忙しくなる」

 淡々とした言葉を言い放たれる中。違う考えを巡らせている者が数人。

(こんなイベント滅多にねえ! 隙を見つけてドロップアイテムをかき集めて――)

 続かなかった。

「――ッ!?」

 それはナイフ。首筋に冷たい感触を感じたからだった。

(い、いつの間に後ろに……!?)

 ジワリと脂汗が滲み出る。

「残念だけど、ディメンションフォースの後続に配置された今、好き勝手出来ると思わない事だよ」

「っく!!」

 細めて睨む視線が周囲の攻略者に突き刺さる。

「僕らが狙うは奥にいるボスだ。ひたすら突き進むのみ。……あ。安心していいよ」

 マスクを少しだけはだけさせ、微笑む。

「嫌でも付き合ってもらうから」

 黒髪の長いポニーテール荒く吹く風に揺れる。

「……」

 体のラインを沿う様にピッタリとした戦闘服。

 長身ゆえの頼り甲斐ある背中に、少し小ぶりの臀部。

 携えた二振りの日本刀に手をかけるその姿は見る者すべて、何者も寄せ付けない圧倒的存在感を纏っていた。

「……」

 しかし彼女は何も言わない。

 両側に展開している味方陣営が意気揚々、士気高々と雄叫びを上げている中、彼女は何も言わない。只々、己に続かんとする仲間たちの視線を一身に受けるだけであった。

 それ故中央に陣取るここの士気が落ちる。とはならなかった。

 それは何故か。

 幾戦の戦場に立ち、幾戦のモンスターと戦った強者集団であるヤマトサークル員の物言わぬ信頼。それがたった一つの女傑の背中に注がれているとあらば、まとめられた中小サークルの攻略者たちは何も言えない。

 否。

「ッ」

 むしろどこか。

「ッッ」

 体の芯から力が湧き上がってくるではないか。

 あの背中に。

 あの揺れる髪に。

 あの刀に。

 こころを動かされるのは何故か。

「……」

 不動。

 あまりも不動。

 しかし、不動なのは日本最強の女という称号でもあり、一本筋の通った出で立ちでもある。

 風が吹き――

「――私は」

 喋った。

「獅童の様に猛言葉も無ければ、椿の様に舞う言葉も無く、妻夫木の蓮華の様な救いを求め与える言葉を言えるほど、私はできた人間ではない……」

 女性にしては低めの声。なのにこうも響き渡る。

「だがしかし。敵を斬るという一点だけは胸を張って誇れる……! 故に――」

 刀の柄を握る。

「――敵陣に斬り込むは我にあり!!」

 ――応!!

「――背中を預けるはけいにあり!!」

 ――応!!!!

「――我ら共に死地に征く!!」

 ――応!!!!!!

「――勝利の美酒を浴びようぞ!!」

 ――応!!!!!!!

 日本最強の女である大和撫子の檄により、それを聞いていた全員が体の奥底から力が湧き上がるのを感じ、声高々に覇気を纏った。

 そんな時だった。

「……なんだアレ」

 眼前に広がる鬼の群れ。その中心部から巨大な力の塊がゆっくりと空に上がった。

 力の塊が空に上がるに連れ睨む獅童、驚愕する椿、目を細める妻夫木、無表情の撫子、そしてここに集まった全攻略者たちも同様に空を見上げる。

 そしてピリつく肌の感覚と同時に、わかった。

 あれは敵の攻撃だ。と。

「――キシシイイイイッヒッヒィィィィ!!」

 中央部に鎮座したボス級のオーガ――オーガメイジが卑しくも頬を吊り上げた。

 ――ッッゴゴッ!

 鈍い唸り声を上げる力の塊。オーガメイジの特大魔法。

 ゆっくりと、徐々に大きく見えてくるのは、それが攻略者たちに近づいているという事だった。

 ――まともに衝突すれば甚大な被害は免れない。

 それは誰もが感じた未来予想図。

(おいおい!!)

(どうするのよアレ!!)

(ヤバくね? マジで!?)

 動揺を隠せない攻略者たち。

「ックソ!!」

 迫りくる特大魔法に焦り、ついには迎撃しようと魔法陣を展開する者も少なくなかった。

 特大魔法相手に一人では太刀打ちできない。しかし視界の端には同じく魔法陣を展開する者を見るとと思った彼彼女ら。

「ッハ!」

 ――ッ!?

 しかし発動できなかった。

 跳躍した撫子が見えたからだ。

 彼らは見た。真っ直ぐ迫りくる特大魔法に迫る彼女を。

 彼女らは見た。空中で宙返り、サマーソルトキックの要領で――

「――ッフ!!」

 ――ッグワインンン!!

 魔法を蹴とばしたのを。

「……ぐえ?」

 アホ面で空を眺めるオーガメイジとその他ザコ。放った魔法が何故か帰って来ている事に疑問を抱く。

 そして。

 ――ッチュドワオ!!

 ゴブリン軍団の中央に着弾し、大爆発。可視化した爆風が攻略者たちを過ぎ去る。

「……」

「……」

「……」

 大勢が言葉を失った。

「ふぅ……」

 綺麗に着地した撫子を畏れ。

 蹴り飛ばした撫子に感激し。

 雄々しい姿に心揺さぶられた。

 そして姿勢を低くして柄を握り、小さく呟いた。

「推して……参る……!!」

『うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』

 攻略者たちが一斉に走り出し。

『ギヤアアアギヤアアアアア!!!!!!!』

 モンスターも一斉に走り出した。

 鬼退治。

 開幕。
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