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第七十一話 夕暮れ、そして約束
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楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
眩しかった日差しは傾き、夕暮れが近づいてきた。
去っていく時間を惜しみ、もう一度丘を眺める。
気の早い花たちは、花びらを閉じ、ゆっくりと眠りに向かっている。
時は止められない。
リオはこの景色をもう一度焼き付けようと、目を凝らした。
花の色も、香りも、土のにおいもさわやかな風も。
これから先自分を支えてくれる大切な思い出になると、確信があった。
オレンジ色の日が差し、横顔が夕日に照らされた。
朱色に染まった世界は息をのむほど美しく、その中でも一番美しいのはリオだった。
陶器のような肌とすっと通った鼻筋。
夕日を受けてきらきらと輝く瞳。
栗色の巻き毛が風に揺れ、毛先が金色に光り、風に踊っていた。
触れれば一瞬で消えてしまいそうな。
アウレリオはその横顔を黙って見つめることしかできなかった。
「どうかしましたか」
リオがアウレリオを振り返り、そのとき目が金色に光ったように見えた。
初めて出会った時と同じだ。
やはりあれは見間違いではなかったのか?
驚きに目を見開いたアウレリオの反応に、リオが小首をかしげた。
「いや、何でもない」
アウレリオが首を横に振った。
リオに魔力があろうとなかろうと、もうどうでもいい。
目の前にいるリオがすべてだ。
かつてはリオに魔力があると疑い、監視のためにそばに置いた。
それは結果として、いい決断だった。
「お前は美しいな」
リオのほほがさっと朱に染まり、照れくささを隠すために夕日に視線を戻した。
アウレリオは手のひらをぎゅっと握りしめた。
今、伝えなければならない。
「私は、お前ほど美しい人間を見たことがない。いや、お前以外を美しいと思ったことがない。目の前に広がる夕日も、空色の丘も、お前と一緒なら美しく感じる。それがどういうことか、わかるか?」
リオはアウレリオを見つめたまま、首を横に振った。
「そうだな。私にもわからない。ただ、お前を手放したくない。身勝手かもしれないが、手放せない」
アウレリオが静かに告げた。
その言葉の続きを聞くのが怖かった。
今日感じていたどことない不安。もやもやとした灰色の何かが、今はっきりと形を現そうとしている。
「私は、幼いころから父を軽蔑していた。私と両親の関係は、血のつながりのみに縛られた、冷たい契約関係だ。
幼い私から見ても、父はふたりの妻を争わせて楽しんでいたし、そのくせ都合よく利用していた。
そして、あの騎士・・・父の傍に影のように寄り添う黒髪の騎士の存在に気が付いたのはいつだったか、覚えていない。
だが、ふたりが特別な関係にあることは、みな知っていた。自分たちの権力争いに夢中になっている妻たち以外は。
もとは優秀な騎士だったそうだ。美しくしなやかな彼に父が惚れこみ、自分の護衛にして、辺境警備から外した。表向きにはただの護衛だが、陰では男娼と呼ばれ、さげすまれている。命の危険がある辺境警備から逃れるために、父をたらしこんだと悪口を言うものもいた。
幼いころはその通りなのかと思っていた。だが、ある時言われた言葉で気が付いたんだ。
この領地で私に求められて断れるものなどいないと。断るものはいかように処分しても構わない。
どんな女でも、好きにできる身分なのだからと。
彼も同じだろう。逃げることもできず・・・それなのに、今同じことをお前に強いようとしている」
世界を照らしていた夕日は残照を残し、姿を消した。
もうすぐ、暗闇がやってくる。
アウレリオはリオのほほに手を当てた。
「私は、お前を手放すべきなんだろうか」
そうなのかもしれない。
ふたりの関係を続けることは、許されることではない。
ただでさえ、大きな身分の壁があり、しかも男同士。
常に人目を気にしながら、世間を欺き続ける日々。
その先に幸せがあるんだろうか。
リオは何も言えず、アウレリオを見つめ返した。
アウレリオの目の奥には金色の光が揺れていた。
深い苦悩は、すべてリオを思いやってのことだ。
リオがアウレリオの両腕にそっと触れた。
「俺は・・・」
「リオ、許してくれ」
「アウレリオ様」
「駄目だ、言うな。命令だ」
アウレリオの目が金色に光った。
「アウレリオ様」
リオの手のひらがアウレリオのほほを撫でる。
「俺の願いはただひとつです。どうか、しあわせでいてください」
リオが優しく微笑んだ。
「だから、そんなに苦しまないでください。俺がどれほどアウレリオ様に感謝しているのか、それが俺にとってどれほど大きなことか・・・きっとアウレリオ様には考えもつかないと思います。俺は、生まれてきてはいけない子供でした。面と向かってそういわれたこともあるし、父親という人は俺を母屋には入れてくれませんでした。そんな俺にアウレリオ様は役目と居場所をくださって。それだけじゃない、誕生日まで授けていただいて、俺がこの世にいることを祝ってくださったんです」
リオの片目からぽろっと涙が一粒こぼれた。
「そんな人からどうしたら離れられるんですか?何も持っていない、誰にも必要とされない俺を必要としてくれる人は、アウレリオ様しかいないんです。だから・・・お願いするのは俺の方です」
アウレリオの瞳が空色に戻り、あれほど荒れ狂っていた体内の魔は静まっていた。
アウレリオの瞳をのぞき込んだリオのヘイゼルの瞳は、温かくやさしい緑色に輝いていた。
残照はもう消えかけ、あと少しであたりは暗闇に包まれるだろう。
「お許しいただける限り、おそばにおります。どうか、おそばにいさせてください」
アウレリオは無言のまま、リオを引き寄せた。
その唇は少しひんやりして、でも温かくアウレリオを受け入れた。
アウレリオが両手で抱きしめると、リオの体は当然のようにアウレリオの腕の中にすっぽりと納まった。
「もう、冷えてきたな。帰らないと」
あたりはすっかり暗くなっていた。
遠くから、護衛騎士たちがアウレリオを呼ぶ声が聞こえてくる。
あと少しすれば、みな心配してここまで来てしまうだろう。
「約束しよう。これから、どんな未来が訪れても、私の心は変わらない。約束の証に、年に一度必ずここで会おう。五月の雨が降った後、この丘が空色に染まる日。その日だけは私たちはお互いだけのものだ」
リオが腕の中で小さくうなずいた。頬を涙が伝う。どうか泣いていることがばれませんように。
「約束だ。いいな」
アウレリオが覗き込むと、リオの頬が濡れていることに気が付き、涙の一粒一粒を吸い取るように口づけた。
「約束だ」
もう一度、アウレリオが繰り返した。
***********
お読みいただきまして、ありがとうございました。
ここまでで第二章終了です。
そして第三部で終章となります。
どんな結末が待っているのか、お楽しみに。
長い中断期間を経てようやく最後まで書ける自信が持ててきました。
このまま頑張りたいと思います。
ハートや広告、コメントでたくさん励ましていただいてありがとうございます。
これからも少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
予告どおり明日はお休みをいただきます。
執筆は続けますが、安定的な連載のためには週に一度は休みを入れたほうがよさそうです。
また明後日お会いしましょう♡
眩しかった日差しは傾き、夕暮れが近づいてきた。
去っていく時間を惜しみ、もう一度丘を眺める。
気の早い花たちは、花びらを閉じ、ゆっくりと眠りに向かっている。
時は止められない。
リオはこの景色をもう一度焼き付けようと、目を凝らした。
花の色も、香りも、土のにおいもさわやかな風も。
これから先自分を支えてくれる大切な思い出になると、確信があった。
オレンジ色の日が差し、横顔が夕日に照らされた。
朱色に染まった世界は息をのむほど美しく、その中でも一番美しいのはリオだった。
陶器のような肌とすっと通った鼻筋。
夕日を受けてきらきらと輝く瞳。
栗色の巻き毛が風に揺れ、毛先が金色に光り、風に踊っていた。
触れれば一瞬で消えてしまいそうな。
アウレリオはその横顔を黙って見つめることしかできなかった。
「どうかしましたか」
リオがアウレリオを振り返り、そのとき目が金色に光ったように見えた。
初めて出会った時と同じだ。
やはりあれは見間違いではなかったのか?
驚きに目を見開いたアウレリオの反応に、リオが小首をかしげた。
「いや、何でもない」
アウレリオが首を横に振った。
リオに魔力があろうとなかろうと、もうどうでもいい。
目の前にいるリオがすべてだ。
かつてはリオに魔力があると疑い、監視のためにそばに置いた。
それは結果として、いい決断だった。
「お前は美しいな」
リオのほほがさっと朱に染まり、照れくささを隠すために夕日に視線を戻した。
アウレリオは手のひらをぎゅっと握りしめた。
今、伝えなければならない。
「私は、お前ほど美しい人間を見たことがない。いや、お前以外を美しいと思ったことがない。目の前に広がる夕日も、空色の丘も、お前と一緒なら美しく感じる。それがどういうことか、わかるか?」
リオはアウレリオを見つめたまま、首を横に振った。
「そうだな。私にもわからない。ただ、お前を手放したくない。身勝手かもしれないが、手放せない」
アウレリオが静かに告げた。
その言葉の続きを聞くのが怖かった。
今日感じていたどことない不安。もやもやとした灰色の何かが、今はっきりと形を現そうとしている。
「私は、幼いころから父を軽蔑していた。私と両親の関係は、血のつながりのみに縛られた、冷たい契約関係だ。
幼い私から見ても、父はふたりの妻を争わせて楽しんでいたし、そのくせ都合よく利用していた。
そして、あの騎士・・・父の傍に影のように寄り添う黒髪の騎士の存在に気が付いたのはいつだったか、覚えていない。
だが、ふたりが特別な関係にあることは、みな知っていた。自分たちの権力争いに夢中になっている妻たち以外は。
もとは優秀な騎士だったそうだ。美しくしなやかな彼に父が惚れこみ、自分の護衛にして、辺境警備から外した。表向きにはただの護衛だが、陰では男娼と呼ばれ、さげすまれている。命の危険がある辺境警備から逃れるために、父をたらしこんだと悪口を言うものもいた。
幼いころはその通りなのかと思っていた。だが、ある時言われた言葉で気が付いたんだ。
この領地で私に求められて断れるものなどいないと。断るものはいかように処分しても構わない。
どんな女でも、好きにできる身分なのだからと。
彼も同じだろう。逃げることもできず・・・それなのに、今同じことをお前に強いようとしている」
世界を照らしていた夕日は残照を残し、姿を消した。
もうすぐ、暗闇がやってくる。
アウレリオはリオのほほに手を当てた。
「私は、お前を手放すべきなんだろうか」
そうなのかもしれない。
ふたりの関係を続けることは、許されることではない。
ただでさえ、大きな身分の壁があり、しかも男同士。
常に人目を気にしながら、世間を欺き続ける日々。
その先に幸せがあるんだろうか。
リオは何も言えず、アウレリオを見つめ返した。
アウレリオの目の奥には金色の光が揺れていた。
深い苦悩は、すべてリオを思いやってのことだ。
リオがアウレリオの両腕にそっと触れた。
「俺は・・・」
「リオ、許してくれ」
「アウレリオ様」
「駄目だ、言うな。命令だ」
アウレリオの目が金色に光った。
「アウレリオ様」
リオの手のひらがアウレリオのほほを撫でる。
「俺の願いはただひとつです。どうか、しあわせでいてください」
リオが優しく微笑んだ。
「だから、そんなに苦しまないでください。俺がどれほどアウレリオ様に感謝しているのか、それが俺にとってどれほど大きなことか・・・きっとアウレリオ様には考えもつかないと思います。俺は、生まれてきてはいけない子供でした。面と向かってそういわれたこともあるし、父親という人は俺を母屋には入れてくれませんでした。そんな俺にアウレリオ様は役目と居場所をくださって。それだけじゃない、誕生日まで授けていただいて、俺がこの世にいることを祝ってくださったんです」
リオの片目からぽろっと涙が一粒こぼれた。
「そんな人からどうしたら離れられるんですか?何も持っていない、誰にも必要とされない俺を必要としてくれる人は、アウレリオ様しかいないんです。だから・・・お願いするのは俺の方です」
アウレリオの瞳が空色に戻り、あれほど荒れ狂っていた体内の魔は静まっていた。
アウレリオの瞳をのぞき込んだリオのヘイゼルの瞳は、温かくやさしい緑色に輝いていた。
残照はもう消えかけ、あと少しであたりは暗闇に包まれるだろう。
「お許しいただける限り、おそばにおります。どうか、おそばにいさせてください」
アウレリオは無言のまま、リオを引き寄せた。
その唇は少しひんやりして、でも温かくアウレリオを受け入れた。
アウレリオが両手で抱きしめると、リオの体は当然のようにアウレリオの腕の中にすっぽりと納まった。
「もう、冷えてきたな。帰らないと」
あたりはすっかり暗くなっていた。
遠くから、護衛騎士たちがアウレリオを呼ぶ声が聞こえてくる。
あと少しすれば、みな心配してここまで来てしまうだろう。
「約束しよう。これから、どんな未来が訪れても、私の心は変わらない。約束の証に、年に一度必ずここで会おう。五月の雨が降った後、この丘が空色に染まる日。その日だけは私たちはお互いだけのものだ」
リオが腕の中で小さくうなずいた。頬を涙が伝う。どうか泣いていることがばれませんように。
「約束だ。いいな」
アウレリオが覗き込むと、リオの頬が濡れていることに気が付き、涙の一粒一粒を吸い取るように口づけた。
「約束だ」
もう一度、アウレリオが繰り返した。
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お読みいただきまして、ありがとうございました。
ここまでで第二章終了です。
そして第三部で終章となります。
どんな結末が待っているのか、お楽しみに。
長い中断期間を経てようやく最後まで書ける自信が持ててきました。
このまま頑張りたいと思います。
ハートや広告、コメントでたくさん励ましていただいてありがとうございます。
これからも少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
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また明後日お会いしましょう♡
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