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【第3章】第七十二話 彼女
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彼女は、飽いていた。
高貴な産まれ。
責任を持つ必要のない地位。
だが、誰もが彼女にかしずく。
美しくあればいい。良い結婚相手がいれば選んでいい。
破格ともいえる申し出は、父が溺愛する末娘だから。
でも、期待もされず、ただ良い結婚相手を探すだけの日々は、どうにも退屈だっが。
ただ時が、ゆっくり過ぎていく。
富も称賛もあふれるほど持っている。
彼女が一歩歩けば、我こそはという男たちの小声や女たちの嫉妬交じりの称賛に包まれる。
つまらない。
ドレスも宝石も食事も、もう何も彼女の心を動かすものはなかった。
「おう・・・いえ、お嬢様、お気に召したドレスはございましたか?」
呼びつければすぐに来るというのに、わざわざ身分を隠して町の洋裁店まで来たのは、ただの暇つぶしだった。
次の舞踏会に着るドレスも、その次に着るドレスも・・・何なら一生分のドレスはもう持っている。
突然店を訪れ、店主を大慌てさせた後、即席のファッションショーが行われた。
高貴な令嬢は試着などしない。最新のデザインを着て見せるマヌカンがいるから。
色とりどりのデザインを見るふりをすると、マダムは脂汗の浮かんだ笑顔を見せた。
この方に気に入られれば、一気に国一番のデザイナーとして名乗りを上げられる。
店の貴賓室には、彼女をもてなすために最高級の紅茶や流行の菓子が並べられている。
「どのドレスも素敵ね。とても選べないわ」
完璧な笑顔もおまけで付けておく。
つまり、即注文するほど特別なドレスはなかった、ということ。
「では、そろそろ・・・」
「す、少しお待ちくださいませ!今さっき新しいシルクが届いたところでございます!東方から届いた特別な品で・・・どうしてもご覧になっていただかなくちゃ!」
マダムが部屋,から駆け出して行った。もう帰ってしまおうか。
でも、新しいシルクは少し気になるかも。
マダムを待つ間、退屈しのぎに貴賓室からそっと抜け出し、店の入り口に向かった。
(さっき声が聞こえたような気がしたのよね)
自分付の侍女がたしなめるように声を上げたが、静かにするように手で合図を送る。
どこかの令嬢に会ってしまったら厄介なので、カーテンの陰に隠れて店内を見回した。
***************
彼女から見えるところに、声の主はいた。
まだ若い娘だが、見覚えはない。
来ている服は豪華だが、ずいぶんデザインが古い。
今どき王都であんな服を着ていたら、一流の店には入れてもらえないだろう。
もしかしたら、貴族ではないのかしら。
それとも、田舎者?
すぐそばには、化粧の濃い年かさの女がいる。
ふたりはよく似ていた。おそらく親子だろう。
「もっと、ないの?ねえ。王都で一番の店だって聞いてきたのよ?」
「ありがとうございます」店員は慇懃に頭を下げた。「あいにく、流行のドレスはみな売れてしまいまして・・・第三王女様の誕生会は一年で一番華やかな催しですから・・・皆さま一年前に翌年のドレスをオーダーなさるんです」
「一年前に注文しなかった私が悪いってこと?そんなの無理に決まってるじゃない」
若い娘が居丈高に叫んだ。
「あと三週間しかないのよ?」
こんな時は下手に出て、わいろを握らせれば態度も変わるのに。
店員のあつかい方すら知らないなんて、よほどの田舎者なのかしら?
「こちらが三週間後までにお渡しできるドレスでございまして」
店員が出してきたのは、明らかに古臭いドレスだった。
完全に足元を見られている。ひと昔前に流行した、リボンを多用したドレスの売れ残りだった。
今年のトレンドは、繊細なレースを襟もとにあしらった清楚なドレスだ。
それを流行らせたのは彼女自身で、古臭いドレスを出してきた店には若干腹が立つ。
「まあ、これも悪くないんじゃない?」
年かさの女がとりなすように言うと、若い娘はまなじりを上げた。
「悪くないじゃダメ!最高じゃないと。それに、リボンをたくさん使ったドレスは私が子供のころの流行でしょ」
「ぷっ」
部屋の奥から、誰かが小さく噴き出した。
「いや、どうもすまない。続けてくれ」
彼女の場所からはよく見えないが、部屋の奥のソファーに娘たちの買い物に付き合っている親族の男性がいるらしい。
低くつやのある声は、嫌いではなかった。
彼女は声の主を見ようと、だがあちらからは見えないように慎重にのぞきこんだ。
「わたくしが誰かわからないようね」
若い女は尊大に顔を上げた。
「わたくしは、ウィアード地方を統治する、キャンベル伯の令嬢なのよ」
「なんと・・・」店員は息をのんだ。ついてきた男の風体から平民ではないと思っていたが、まさか、そのような大貴族とは。
迂闊な態度をとっては殺されるかもしれない。
「では、あちらの方は・・・」
店員が奥に座る男をそっと見た。
「わたくしの兄、未来のキャンベル伯よ。お前たち、この無礼は忘れませんよ」
娘は目を怒らせ、店員たちをねめつけた。
「い、いえ、その・・・」
店員が真っ青になると、男が立ち上がった。
彼女の場所からは背中しか見えない。
大きな男だった。
************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
いつも♡に広告とありがとうございます。
第3章始まりました。いよいよラストに向かっていきます。
そして、新キャラ登場です。
彼女がこれからどう二人の運命に絡んでいくのか、お楽しみに。
そして、ストックがなくなりそうで、ひやひやしています・・・
が、がんばります・・・
高貴な産まれ。
責任を持つ必要のない地位。
だが、誰もが彼女にかしずく。
美しくあればいい。良い結婚相手がいれば選んでいい。
破格ともいえる申し出は、父が溺愛する末娘だから。
でも、期待もされず、ただ良い結婚相手を探すだけの日々は、どうにも退屈だっが。
ただ時が、ゆっくり過ぎていく。
富も称賛もあふれるほど持っている。
彼女が一歩歩けば、我こそはという男たちの小声や女たちの嫉妬交じりの称賛に包まれる。
つまらない。
ドレスも宝石も食事も、もう何も彼女の心を動かすものはなかった。
「おう・・・いえ、お嬢様、お気に召したドレスはございましたか?」
呼びつければすぐに来るというのに、わざわざ身分を隠して町の洋裁店まで来たのは、ただの暇つぶしだった。
次の舞踏会に着るドレスも、その次に着るドレスも・・・何なら一生分のドレスはもう持っている。
突然店を訪れ、店主を大慌てさせた後、即席のファッションショーが行われた。
高貴な令嬢は試着などしない。最新のデザインを着て見せるマヌカンがいるから。
色とりどりのデザインを見るふりをすると、マダムは脂汗の浮かんだ笑顔を見せた。
この方に気に入られれば、一気に国一番のデザイナーとして名乗りを上げられる。
店の貴賓室には、彼女をもてなすために最高級の紅茶や流行の菓子が並べられている。
「どのドレスも素敵ね。とても選べないわ」
完璧な笑顔もおまけで付けておく。
つまり、即注文するほど特別なドレスはなかった、ということ。
「では、そろそろ・・・」
「す、少しお待ちくださいませ!今さっき新しいシルクが届いたところでございます!東方から届いた特別な品で・・・どうしてもご覧になっていただかなくちゃ!」
マダムが部屋,から駆け出して行った。もう帰ってしまおうか。
でも、新しいシルクは少し気になるかも。
マダムを待つ間、退屈しのぎに貴賓室からそっと抜け出し、店の入り口に向かった。
(さっき声が聞こえたような気がしたのよね)
自分付の侍女がたしなめるように声を上げたが、静かにするように手で合図を送る。
どこかの令嬢に会ってしまったら厄介なので、カーテンの陰に隠れて店内を見回した。
***************
彼女から見えるところに、声の主はいた。
まだ若い娘だが、見覚えはない。
来ている服は豪華だが、ずいぶんデザインが古い。
今どき王都であんな服を着ていたら、一流の店には入れてもらえないだろう。
もしかしたら、貴族ではないのかしら。
それとも、田舎者?
すぐそばには、化粧の濃い年かさの女がいる。
ふたりはよく似ていた。おそらく親子だろう。
「もっと、ないの?ねえ。王都で一番の店だって聞いてきたのよ?」
「ありがとうございます」店員は慇懃に頭を下げた。「あいにく、流行のドレスはみな売れてしまいまして・・・第三王女様の誕生会は一年で一番華やかな催しですから・・・皆さま一年前に翌年のドレスをオーダーなさるんです」
「一年前に注文しなかった私が悪いってこと?そんなの無理に決まってるじゃない」
若い娘が居丈高に叫んだ。
「あと三週間しかないのよ?」
こんな時は下手に出て、わいろを握らせれば態度も変わるのに。
店員のあつかい方すら知らないなんて、よほどの田舎者なのかしら?
「こちらが三週間後までにお渡しできるドレスでございまして」
店員が出してきたのは、明らかに古臭いドレスだった。
完全に足元を見られている。ひと昔前に流行した、リボンを多用したドレスの売れ残りだった。
今年のトレンドは、繊細なレースを襟もとにあしらった清楚なドレスだ。
それを流行らせたのは彼女自身で、古臭いドレスを出してきた店には若干腹が立つ。
「まあ、これも悪くないんじゃない?」
年かさの女がとりなすように言うと、若い娘はまなじりを上げた。
「悪くないじゃダメ!最高じゃないと。それに、リボンをたくさん使ったドレスは私が子供のころの流行でしょ」
「ぷっ」
部屋の奥から、誰かが小さく噴き出した。
「いや、どうもすまない。続けてくれ」
彼女の場所からはよく見えないが、部屋の奥のソファーに娘たちの買い物に付き合っている親族の男性がいるらしい。
低くつやのある声は、嫌いではなかった。
彼女は声の主を見ようと、だがあちらからは見えないように慎重にのぞきこんだ。
「わたくしが誰かわからないようね」
若い女は尊大に顔を上げた。
「わたくしは、ウィアード地方を統治する、キャンベル伯の令嬢なのよ」
「なんと・・・」店員は息をのんだ。ついてきた男の風体から平民ではないと思っていたが、まさか、そのような大貴族とは。
迂闊な態度をとっては殺されるかもしれない。
「では、あちらの方は・・・」
店員が奥に座る男をそっと見た。
「わたくしの兄、未来のキャンベル伯よ。お前たち、この無礼は忘れませんよ」
娘は目を怒らせ、店員たちをねめつけた。
「い、いえ、その・・・」
店員が真っ青になると、男が立ち上がった。
彼女の場所からは背中しか見えない。
大きな男だった。
************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
いつも♡に広告とありがとうございます。
第3章始まりました。いよいよラストに向かっていきます。
そして、新キャラ登場です。
彼女がこれからどう二人の運命に絡んでいくのか、お楽しみに。
そして、ストックがなくなりそうで、ひやひやしています・・・
が、がんばります・・・
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