5月の雨の、その先に

藍音

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第七十五話 箱型の馬車

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馬車を見たカリナは感嘆の声を上げた。

「まあ!こんな美しい馬車でお迎えをよこしてくださるなんて!ああ、どうしようワクワクするわ」

カリナはうれしそうにくるりと回った。スカートの裾が花びらのように広がり、空気を含んでやんわりと落ちてくる。
白を基調としたドレスに、薄紫色が上品に配置されたドレスは、カリナによく似合っていた。
田舎臭いドレスをきていたときとはまるで別人のように上品に見える。

有頂天になったカリナをジョゼフィーヌは満足そうに見つめた。

「王家が私たちを大切に思っている証拠ですよ。今日のパーティーだって、下にも置かないほど大切にしていただけるに違いないわ」

ジョゼフィーヌは玄関にある大きな姿見に自分の全身を写し、髪を撫でつけた。

「今は王様は独身でいらっしゃるから、王様の隣に座るように言われるかもしれないわね・・・」
「お母さまったら、夢見すぎ!」カリナが吹きだすと、ジョゼフィーヌが唇を尖らせた。

「お前は何も知らないから。お前が生まれる前のことだもの。若い頃、旦那様の婚約者として国王陛下と踊ったことがあったわ。きっと、あの時のことを覚えていらっしゃるに違いないわ。私に婚約者がいなければ、って思ってらしたに違いないもの。言わなくても、そういうことは態度でわかるものですからね。王様ったら私の胸にくぎ付けで・・・」
「お母さまったら!やあだぁ。親のそんな話は聞きたくありませんわ」
「まあ、この子ったら。お前にだってチャンスがあるかもしれないのに」
「だって王子さまはみんな既婚者だし、王様はおじいちゃんじゃない。私は王族じゃなくてもお金持ちならいいの。きれいでお金持ちならもっといいけど」
「たったのそれだけ?まあ!ずいぶん欲がないのね」
「そう、私は初雪のように清らかな心を持っているのよ」

「いつまでくだらない話をしているんだ。ジョゼフィーヌ様も、いい加減口を慎んでください。まさか、屋敷の外でそんな話をするほど愚かではないでしょうね」

ちょうど広間に降りてきたアウレリオがふたりをじろりと見た。
今日のいでたちは、王家から贈られた黒のコートだった。黒地には細かな刺繍が入り、襟元には繊細なコード刺繡がほどこされている。胸元を飾るベストは髪の色に近い濃い金色でやはりびっしりと同色の刺繍で埋め尽くされている。まるで王族のように豪華な衣装は、アウレリオの高貴な生まれを思い出させた。

「い、言うわけないでしょ」

嘘だ。王宮に言ったら会う人ごとにしゃべろうと思っていたジョゼフィーヌは食い気味に返事をした。

「それは何よりです」

アウレリオがホールにそろった一同を見回した。

「エミリア嬢」

エミリアがしずしずと、だが心の中では震えながらアウレリオの前に出た。
エミリアの衣装も王家から贈られたものだったが、ずいぶんとおとなしいドレスだった。まるで、侍女のような・・・ただ、無礼に当たるためほかの衣装に変更することもできず、せめて、と贈られた若草色のドレスのスカートに小さな白い花が散らされていた。
とてもかわいらしかったが、アウレリオの豪華な衣装とはまるで釣り合わなかった。

「参りましょう」

エミリアは小さくうなずき、アウレリオの差し出した右手に自分の手を載せた。
アウレリオが先導し、王家から来た馬車に乗ろうと向かうと・・・

「ちょっと、待って!」
「この馬車は高貴なわたくしたちを迎えるためのものでしょう?なぜエミリア嬢は遠慮しないんですか?」
「教育がなってないな」

カリナが叫び、ジョゼフィーヌがたしなめ、イサークが馬鹿にする。
エミリアはすっかりひるんでしまった。

「何を言ってるんだ。今回は、私たちの結婚の許可を受けるために王にお会いするために参上したんだ。お前たちは誕生パーティーに出ることが目的だと思っているんじゃないのか?」

「そうよ!それの何が悪いの。ここまで来たんだから、いいでしょう?」
「当然、母親に譲るべきですよ」アウレリオが母親という言葉に右眉を上げると、ジョゼフィーヌは小声で言葉を継ぎ足した。「まあ、叔母ですけど」
「兄上、ここは母上と妹にお譲りください。母は伯爵夫人ですし、妹はデビューなんですよ」

「・・・好きにしろ」
アウレリオは面倒になったらしい。こいつらに付き合うだけ時間の無駄だ。エミリアの手を引き、2台目に用意されていた伯爵家の馬車に乗った。
ジョゼフィーヌたち一行は勝利の喜びで笑い声をあげながら、箱型馬車に乗り込んでいる。本当は同乗することもできるほど広いが、お互いに同じ馬車に乗るなど考えられなかった。

伯爵家の馬車に乗り込んだエミリアはほっと息をついた。
いくら何でも、王家の馬車だなんて。

(全然釣り合わないわ)

膝の上で指先が震えていた。
侍女がドレスの飾りにと、丁寧につけてくれた白い花さえみすぼらしく思えてくる。

(まるで、今の私みたい)

「心配するな」アウレリオが言った。
「今回の訪問は、形式的なものだ。国王にあいさつし、結婚許可証にサインをもらえば終わりだ。すぐ辺境に戻る。こんなところで無駄な時間をつぶしているわけにはいかないからな」

エミリアの指先はまだいうことを聞かず、震えている。

「あ、あの!」
「何だ」
「結婚許可証にサインをもらったら、結婚が許可される、ということでしょうか?」
「そうだ」アウレリオが頷いた。「貴族の結婚には、国王の許可が必要だ。安心しろ。お前の家柄なら問題ない。当家と婚姻を結んでも、王家の脅威になることはないから。許可は簡単に降りるだろう」
「そ、そう・・・ですか」
エミリアはうつむき、アウレリオはそんな変化にはまるで気が付かなかった。

馬車の端に座るリオとエミリアのメイドのお仕着せがまるで「おそろい」のように見えて気に入らない。
お仕着せだから当たり前なのだが、なぜか面白くない。

馬車が進むにつれ、アウレリオの機嫌は悪くなり、エミリアの顔色はだんだん悪くなっていった。
不穏な夜のはじまり、だった。


***********


お読みいただきましてありがとうございました。
♡も広告もありがとうございます。

昨日の分はちょこちょこ修正しました。
やっぱり書いて出しは性に合いません・・・でも仕方ないけど。

明日はお休み(定休日)です。週末に予定があるので、連載を止めないように頑張って準備を進めます。
これからもよろしくお願いします。
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