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第七十七話 藍色の手袋とワイン
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「王宮とはずいぶん奇妙な場所なのだな」
アウレリオは心の中でつぶやいた。
国王と第三王女が登場し、ホールにいた貴族たちは大いに沸いた。まるで、長年会いたかったあこがれの人にでも会った、とでもいうように。
王都にいれば、頻繁に会っているだろうに。
アウレリオは知らなかったが、ここまで大規模なパーティーは新年の集いや国王の生誕祭や宗教行事などしかなく、しかも第三王女が一人ひとりに声をかけてくださるのはこの日だけだった。
第三王女はその美しさとセンスの良さからファッションリーダーとしてみなの憧れの存在だったし、ほんの一言でも話しかけていただける日を心待ちにしていたのだ。
第三王女が現れると、王女が通りやすいように道をあけ、男性は胸に手をあて、女性はカーテシーでお声がけを待った。
どこからか、穏やかなオーケストラの演奏が聞こえてくる。
花を持った幼い少女たちが先導し、第三王女はあでやかな笑みを浮かべながら、一人ひとりに声をかけて回る。
「今日はどうもありがとう。楽しんでいってくださいね」
質問がなければ、「ありがとうございます」と礼を返すことだけが許されている。
この光景を眺めながら、アウレリオは警備の甘さを観察していた。そうでもしなければ退屈でたまらない。
例えば、ここに凶器を持った招待客が紛れていたらどうするのだ。あの警備兵の位置では、王女の救出には間に合わないだろう。室内を見回し、攻撃に耐えうる形に兵を配備するには・・・と考え込んでいたところ、周囲のざわめきに気が付いた。
(ん?)
目の前で、鮮やかな赤毛と天使のような清らかさを併せ持つ第三王女がほほ笑んでいた。
全く、気づかなかった。どうやら、声をかけられたらしい。
今日は娘に主役の座を譲っている国王が、王女の隣でひきつった笑みを浮かべている。
左側では、エミリアがぶるぶるとふるえていた。
「お招きありがとうございます」
アウレリオは警備のあら探しをやめ、頭を下げた。
「遠くからわたくしの親族が、祝いに駆けつけてくださったと聞きました。お会いできてうれしいですわ」
部屋の中のざわつきがぴたりと止まった。バイオリンの音色だけが、妙に大きく聞こえてくる。
今まで王女は誰にも一言以上の声掛けはしていなかったから。王女様はこの辺境の田舎者に興味でも・・・?いや、まさか。部屋にいた人たちはみな、かたずを飲んで見守った。
王女はほほ笑みながら、藍色の手袋をした手をアウレリオに差し出した。
敬愛を表現するためのキスをしろ、という意味だ。
「幸甚でございます」
アウレリオが指先に軽くくちづけするふりをすると、王女は眩しそうに両目を細めた。
「今日はお楽しみくださいね」
「ありがとうございます」
王女はつと視線をそらし、隣に立つ貴族に声をかけた。
「今日は来てくださってありがとう」
***********
続く晩餐では、国王と皇太子夫妻、第三王女が上座の中央に座り、王の子である大公や伯爵とその妻が脇を固めた。アウレリオと義母の伯爵夫人は高位貴族の席に座ったのだが、エミリアは遠く姿が見えないほどの下座に座らされた。
通常であれば、アウレリオの婚約者としてすぐそばに座るはずなのに、とは思ったが、王家の指示であれば逆らえない。騒ぎ立てて席順を変えさせるほどのことはないと思ったが、何かがおかしい。
アウレリオは、まだ正式に許可が下りていないからか、と自分を納得させたが、ジョゼフィーヌがやらかさないように目配りするのが忙しく、頭からすっかり消えてしまっていた。
一方のエミリアは、恐ろしいアウレリオや自分を見下す第二夫人やアウレリオの兄弟たちと遠く離されて、ほっとしていた。何か意図があるなど、毛ほども疑わなかったし、目の前のテーブルにぎっしりとおかれたごちそうを食べられるとワクワクしていた。
ここに来るまでは、王都に行けばきっと楽しいことがあるだろうと期待していた。でも、ここにいる人たちは人のうわさ話やドレスの自慢や天気の話ばかりしている。
(私はなぜこんな不似合いなところにいるのかしら。結婚のお許しをいただくのって、大変なことなのね)
ため息をつきながらワインを口に運ぶ。
(え?これって・・・)
信じられないほど・・・おいしい。
今まで、伯爵邸でいただいていたワインは味がしなかった。
いつも、見張られているような気がして。見下したり、馬鹿にしてくる人と一緒の食事はおいしくなかったし、ワインも味がしなかった。
少し減ると給仕がすぐに継ぎ足し、どれほど飲んだのかわからない。
(うーん、なんだが楽しくなってきたわ)
エミリアはひとりくすくす笑い出した。
(踊りだしたい気分。ワインってこんなに楽しい飲み物なのね。知らなかった)
「ご令嬢。先ほどから見ていましたが、大丈夫ですか?」
ふたつとなりの席に座っていた青年が心配そうに声をかけた。
茶色の瞳に心配そうな色を浮かべている。
「なぁーにぃがぁー?」
エミリアが青年を見上げると、青年は小さく首を振った。
「保護者の方はいらっしゃらないのですか?付き添いは?」
「さぁ?どこかにいるんじゃない。あの、いろけばばぁ。ひくっ。私の世話なんてするもんですか」
口から本音が転がりだす。
「あぁーれー?なんか、気分がいいわねー」
エミリアは立ちあがってふらふらと部屋の外に向かって歩き出した。
「え、あの、ご令嬢?ちょっと・・・」
「うるさいわね」
ふわふわする。
もしかして、世界は自分のものかもしれない。
廊下に出ると、ひんやりとした風がほほを撫でた。
「あはは、ばっかみたい。こんなところになんでいるのかしら」
そう大声で言ったとき、誰かが大きな手でエミリアの口をふさいだ。
「しっ」
「ご令嬢がそんなに酔っぱらって。みっともないからこちらに来なさい」
何人かの男に囲まれ、誰かに担ぎ上げられたらしい。
エミリアの足が宙に浮き、靴が転がり落ちた。
「ううーん、何?」
世界がゆがんで見える。
現実感がない。
「なんだ・・・ろ・・・」
誰かに運ばれゆらゆらと体が揺れる。それが、最後の記憶だった。
***********
ありがとうございました。
明日から出かけるので、もし更新が滞ったらすみません。(先にあやまっちゃいます)
でも、できる限り頑張るつもりです。
三連休、皆さま楽しくお過ごしください。
・・・そして、エミリア嬢大ピンチです。
次回はリオ出てきますから!(すみません)
アウレリオは心の中でつぶやいた。
国王と第三王女が登場し、ホールにいた貴族たちは大いに沸いた。まるで、長年会いたかったあこがれの人にでも会った、とでもいうように。
王都にいれば、頻繁に会っているだろうに。
アウレリオは知らなかったが、ここまで大規模なパーティーは新年の集いや国王の生誕祭や宗教行事などしかなく、しかも第三王女が一人ひとりに声をかけてくださるのはこの日だけだった。
第三王女はその美しさとセンスの良さからファッションリーダーとしてみなの憧れの存在だったし、ほんの一言でも話しかけていただける日を心待ちにしていたのだ。
第三王女が現れると、王女が通りやすいように道をあけ、男性は胸に手をあて、女性はカーテシーでお声がけを待った。
どこからか、穏やかなオーケストラの演奏が聞こえてくる。
花を持った幼い少女たちが先導し、第三王女はあでやかな笑みを浮かべながら、一人ひとりに声をかけて回る。
「今日はどうもありがとう。楽しんでいってくださいね」
質問がなければ、「ありがとうございます」と礼を返すことだけが許されている。
この光景を眺めながら、アウレリオは警備の甘さを観察していた。そうでもしなければ退屈でたまらない。
例えば、ここに凶器を持った招待客が紛れていたらどうするのだ。あの警備兵の位置では、王女の救出には間に合わないだろう。室内を見回し、攻撃に耐えうる形に兵を配備するには・・・と考え込んでいたところ、周囲のざわめきに気が付いた。
(ん?)
目の前で、鮮やかな赤毛と天使のような清らかさを併せ持つ第三王女がほほ笑んでいた。
全く、気づかなかった。どうやら、声をかけられたらしい。
今日は娘に主役の座を譲っている国王が、王女の隣でひきつった笑みを浮かべている。
左側では、エミリアがぶるぶるとふるえていた。
「お招きありがとうございます」
アウレリオは警備のあら探しをやめ、頭を下げた。
「遠くからわたくしの親族が、祝いに駆けつけてくださったと聞きました。お会いできてうれしいですわ」
部屋の中のざわつきがぴたりと止まった。バイオリンの音色だけが、妙に大きく聞こえてくる。
今まで王女は誰にも一言以上の声掛けはしていなかったから。王女様はこの辺境の田舎者に興味でも・・・?いや、まさか。部屋にいた人たちはみな、かたずを飲んで見守った。
王女はほほ笑みながら、藍色の手袋をした手をアウレリオに差し出した。
敬愛を表現するためのキスをしろ、という意味だ。
「幸甚でございます」
アウレリオが指先に軽くくちづけするふりをすると、王女は眩しそうに両目を細めた。
「今日はお楽しみくださいね」
「ありがとうございます」
王女はつと視線をそらし、隣に立つ貴族に声をかけた。
「今日は来てくださってありがとう」
***********
続く晩餐では、国王と皇太子夫妻、第三王女が上座の中央に座り、王の子である大公や伯爵とその妻が脇を固めた。アウレリオと義母の伯爵夫人は高位貴族の席に座ったのだが、エミリアは遠く姿が見えないほどの下座に座らされた。
通常であれば、アウレリオの婚約者としてすぐそばに座るはずなのに、とは思ったが、王家の指示であれば逆らえない。騒ぎ立てて席順を変えさせるほどのことはないと思ったが、何かがおかしい。
アウレリオは、まだ正式に許可が下りていないからか、と自分を納得させたが、ジョゼフィーヌがやらかさないように目配りするのが忙しく、頭からすっかり消えてしまっていた。
一方のエミリアは、恐ろしいアウレリオや自分を見下す第二夫人やアウレリオの兄弟たちと遠く離されて、ほっとしていた。何か意図があるなど、毛ほども疑わなかったし、目の前のテーブルにぎっしりとおかれたごちそうを食べられるとワクワクしていた。
ここに来るまでは、王都に行けばきっと楽しいことがあるだろうと期待していた。でも、ここにいる人たちは人のうわさ話やドレスの自慢や天気の話ばかりしている。
(私はなぜこんな不似合いなところにいるのかしら。結婚のお許しをいただくのって、大変なことなのね)
ため息をつきながらワインを口に運ぶ。
(え?これって・・・)
信じられないほど・・・おいしい。
今まで、伯爵邸でいただいていたワインは味がしなかった。
いつも、見張られているような気がして。見下したり、馬鹿にしてくる人と一緒の食事はおいしくなかったし、ワインも味がしなかった。
少し減ると給仕がすぐに継ぎ足し、どれほど飲んだのかわからない。
(うーん、なんだが楽しくなってきたわ)
エミリアはひとりくすくす笑い出した。
(踊りだしたい気分。ワインってこんなに楽しい飲み物なのね。知らなかった)
「ご令嬢。先ほどから見ていましたが、大丈夫ですか?」
ふたつとなりの席に座っていた青年が心配そうに声をかけた。
茶色の瞳に心配そうな色を浮かべている。
「なぁーにぃがぁー?」
エミリアが青年を見上げると、青年は小さく首を振った。
「保護者の方はいらっしゃらないのですか?付き添いは?」
「さぁ?どこかにいるんじゃない。あの、いろけばばぁ。ひくっ。私の世話なんてするもんですか」
口から本音が転がりだす。
「あぁーれー?なんか、気分がいいわねー」
エミリアは立ちあがってふらふらと部屋の外に向かって歩き出した。
「え、あの、ご令嬢?ちょっと・・・」
「うるさいわね」
ふわふわする。
もしかして、世界は自分のものかもしれない。
廊下に出ると、ひんやりとした風がほほを撫でた。
「あはは、ばっかみたい。こんなところになんでいるのかしら」
そう大声で言ったとき、誰かが大きな手でエミリアの口をふさいだ。
「しっ」
「ご令嬢がそんなに酔っぱらって。みっともないからこちらに来なさい」
何人かの男に囲まれ、誰かに担ぎ上げられたらしい。
エミリアの足が宙に浮き、靴が転がり落ちた。
「ううーん、何?」
世界がゆがんで見える。
現実感がない。
「なんだ・・・ろ・・・」
誰かに運ばれゆらゆらと体が揺れる。それが、最後の記憶だった。
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ありがとうございました。
明日から出かけるので、もし更新が滞ったらすみません。(先にあやまっちゃいます)
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・・・そして、エミリア嬢大ピンチです。
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