93 / 152
第八十八話 落雷
しおりを挟む
夜明けの青い光が部屋に差した。
眼を開くと、目の前にアウレリオの美しい顔。
閉じた瞼と通った鼻筋。ほほから顎にかけたラインは、信じられないほど美しい。伸びかけの鬚が金色に光りをはじく様さえ、永久に保存しておきたい。
いつもは冷たささえ感じられる表情もいまは、無防備で安らかだ。
アウレリオには不眠の気があり、ちょっとした物音で目を覚ますことがよく合った。幼いころには過敏と言えるほどだったその体質は、命の危険から育まれた自営本能だったが、大人になって、第二夫人と互角に戦えるだけの力をつけてからは、ずいぶん改善していたのだが。
それでも、やはり眠りが浅いタイプであることは間違いないので、リオはアウレリオの規則的な呼吸を乱さないように、ベッドからゆっくりと身体を滑らせた。
身支度を終え、ふり返っても、まだ目を覚ましていない。
(珍しいな。まぁ、明け方までしてたしな・・・)
甘ぐるしい思いを胸に、リオはつま先立ちで近づき、そっとこめかみに口づけた。
(大好きです。アウレリオ様。次にお会いした時には、きちんと言えるかな)
昨夜は、結局愛を告げる時間も余裕もなかった。
思い出すだけで顔がほてってくる。
リオは、両ほほをぽんぽんと押さえ、ほてりを鎮めようとしたが、効果がなく、あきらめてドアに向かった。
もう一度振り返ると、アウレリオは相変わらず、安らかな寝息を立てていた。
(いってきます)
心の中で挨拶してそっと扉を閉め、そのまま執事長の執務室に向かった。
「今日から復帰させていただきます」
リオが頭を下げると、執事は心配を装いながらも、うれしそうだった。
「ちょうど人手が足りなかったんだ。医者先生は大丈夫だっておっしゃったんだよな?」
「はい」
「よし、それでは、玄関周りの掃除の手伝いに入ってくれ」
「わかりました」
リオが頭を下げ、玄関に向かおうとすると、後ろから執事の声が聞こえてきた。
「本当に参るよ、こんなに急に・・・」
とんとんと階段を下りながら首をかしげる。
あの執事長はあまり愚痴を言うタイプでもないんだけど。
なにをそんなに参ってるんだろう。
玄関ホールでは、使用人たちが必死で掃除をしていた。
天井までほこりを落とし、窓や窓枠までぴかぴか。
さらに、床にはいつくばって、つやが出るまで磨き上げている。
「お、リオ。復帰したのか」
「大変だったな」
口々に声を掛けられる。忙しい忙しいという割に、使用人たちの顔は、一様に明るかった。
「ちょっとこっちを手伝ってくれ」
男たちが4人がかりで赤いじゅうたんを運んでいる。
「はい」
左手をかばいながら絨毯運びを手伝い、ピンときた。
「今日は、どなたか高貴な方がいらっしゃるんですね」
どおりで、みんな忙しい忙しいと言いながらも、雰囲気が明るかったはずだ。
「そりゃそうだ、高貴も高貴・・・おまえ、部屋にこもって療養してたから、情報が入ってないんだよな。誰だか知ったらひっくり返るぞ」
誰かの言った軽口に、床を磨いていた女官が目を三角にして抗議した。
「ちょっと!無駄なおしゃべりしている時間なんかないでしょ!うかうかしてたらお見えになっちゃう」
「ほんとになんでまたこのお屋敷までいらっしゃるんだ」
「そりゃ、俺たちの顔を見たいからだろう」
誰かが大口を開けて笑った。
「馬鹿言ってんじゃないよ。あんたのへしゃげた顔なんてみてどうするのさ」
「なんだとぉ。俺だって若いころは」
「いいから、さっさとじゅうたんを敷いてよ」
皆が口々に言いたいことを言いながら、玄関からホールを横切るように、深紅のじゅうたんが敷かれた。
軽口をたたいていた女たちはじゅうたんをせっせと掃除し、手が空いた男たちは次に大きな花瓶や飾り台を運んでいる。
部屋の中はぴかぴかに磨き上げられ、床に顔が映るほどだった。
「こんなに必死に掃除するなんて、どなたがいらっしゃるんですか?」
近くの女官に声をかけた。
「ああ」聞いてないのね、と女官は目くばせした。「第三王女様よ」
「第三王女様?」
「そう。第三王女セラフィーナ様。アウレリオ様と結婚することが決まったんですって!今日は、アウレリオ様とお出かけする前に、この屋敷と使用人を見ておきたいって、いらっしゃるそうよ」
「え?」
今聞いたことを理解できない。
ぐさりと胸を突かれ、はげしい痛みと、うずを巻くような嫉妬心が湧き上がってきた。
その黒い思いに飲み込まれてしまいそうだ。
「・・・でね、・・・だから」
女官が楽しげに話し続けているが、何を言っているのか理解できない。
耳の奥ががんがんと殴られているような、そんな感覚・・・
「聞いてるの!リオ?」
焦れたような女官の声にハッとする。
「あ、ああ、もちろん・・・」
「だから、セラフィーナ様が当家に降嫁してくださるなんて、信じられない幸運よね。メイド仲間に自慢したいわぁ。まあ、お二人は遠縁とはいえ、縁続きだし、もともと全く縁がなかったわけじゃないし・・・」
女官がリオの顔を見て驚いたような声を上げた。
「どうしたの、あんた、真っ青じゃない!」
リオは口の前で緩くこぶしを固めたまま、ガタガタ震えていた。
油断していた。エミリア様と破談になったということは、別の方とご結婚なさるのは当然なのに・・・
突然の落雷になすすべもなく立ちすくむ。
前に進むも、後ろに戻るも、どちらも危険だった。
*************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
♡も広告もいつもありがとうございます。
実は手を負傷してしまいまして・・・右手の親指が使えません。
ちょっと悲しい週末です。
皆様は元気にお過ごしくださいね!
眼を開くと、目の前にアウレリオの美しい顔。
閉じた瞼と通った鼻筋。ほほから顎にかけたラインは、信じられないほど美しい。伸びかけの鬚が金色に光りをはじく様さえ、永久に保存しておきたい。
いつもは冷たささえ感じられる表情もいまは、無防備で安らかだ。
アウレリオには不眠の気があり、ちょっとした物音で目を覚ますことがよく合った。幼いころには過敏と言えるほどだったその体質は、命の危険から育まれた自営本能だったが、大人になって、第二夫人と互角に戦えるだけの力をつけてからは、ずいぶん改善していたのだが。
それでも、やはり眠りが浅いタイプであることは間違いないので、リオはアウレリオの規則的な呼吸を乱さないように、ベッドからゆっくりと身体を滑らせた。
身支度を終え、ふり返っても、まだ目を覚ましていない。
(珍しいな。まぁ、明け方までしてたしな・・・)
甘ぐるしい思いを胸に、リオはつま先立ちで近づき、そっとこめかみに口づけた。
(大好きです。アウレリオ様。次にお会いした時には、きちんと言えるかな)
昨夜は、結局愛を告げる時間も余裕もなかった。
思い出すだけで顔がほてってくる。
リオは、両ほほをぽんぽんと押さえ、ほてりを鎮めようとしたが、効果がなく、あきらめてドアに向かった。
もう一度振り返ると、アウレリオは相変わらず、安らかな寝息を立てていた。
(いってきます)
心の中で挨拶してそっと扉を閉め、そのまま執事長の執務室に向かった。
「今日から復帰させていただきます」
リオが頭を下げると、執事は心配を装いながらも、うれしそうだった。
「ちょうど人手が足りなかったんだ。医者先生は大丈夫だっておっしゃったんだよな?」
「はい」
「よし、それでは、玄関周りの掃除の手伝いに入ってくれ」
「わかりました」
リオが頭を下げ、玄関に向かおうとすると、後ろから執事の声が聞こえてきた。
「本当に参るよ、こんなに急に・・・」
とんとんと階段を下りながら首をかしげる。
あの執事長はあまり愚痴を言うタイプでもないんだけど。
なにをそんなに参ってるんだろう。
玄関ホールでは、使用人たちが必死で掃除をしていた。
天井までほこりを落とし、窓や窓枠までぴかぴか。
さらに、床にはいつくばって、つやが出るまで磨き上げている。
「お、リオ。復帰したのか」
「大変だったな」
口々に声を掛けられる。忙しい忙しいという割に、使用人たちの顔は、一様に明るかった。
「ちょっとこっちを手伝ってくれ」
男たちが4人がかりで赤いじゅうたんを運んでいる。
「はい」
左手をかばいながら絨毯運びを手伝い、ピンときた。
「今日は、どなたか高貴な方がいらっしゃるんですね」
どおりで、みんな忙しい忙しいと言いながらも、雰囲気が明るかったはずだ。
「そりゃそうだ、高貴も高貴・・・おまえ、部屋にこもって療養してたから、情報が入ってないんだよな。誰だか知ったらひっくり返るぞ」
誰かの言った軽口に、床を磨いていた女官が目を三角にして抗議した。
「ちょっと!無駄なおしゃべりしている時間なんかないでしょ!うかうかしてたらお見えになっちゃう」
「ほんとになんでまたこのお屋敷までいらっしゃるんだ」
「そりゃ、俺たちの顔を見たいからだろう」
誰かが大口を開けて笑った。
「馬鹿言ってんじゃないよ。あんたのへしゃげた顔なんてみてどうするのさ」
「なんだとぉ。俺だって若いころは」
「いいから、さっさとじゅうたんを敷いてよ」
皆が口々に言いたいことを言いながら、玄関からホールを横切るように、深紅のじゅうたんが敷かれた。
軽口をたたいていた女たちはじゅうたんをせっせと掃除し、手が空いた男たちは次に大きな花瓶や飾り台を運んでいる。
部屋の中はぴかぴかに磨き上げられ、床に顔が映るほどだった。
「こんなに必死に掃除するなんて、どなたがいらっしゃるんですか?」
近くの女官に声をかけた。
「ああ」聞いてないのね、と女官は目くばせした。「第三王女様よ」
「第三王女様?」
「そう。第三王女セラフィーナ様。アウレリオ様と結婚することが決まったんですって!今日は、アウレリオ様とお出かけする前に、この屋敷と使用人を見ておきたいって、いらっしゃるそうよ」
「え?」
今聞いたことを理解できない。
ぐさりと胸を突かれ、はげしい痛みと、うずを巻くような嫉妬心が湧き上がってきた。
その黒い思いに飲み込まれてしまいそうだ。
「・・・でね、・・・だから」
女官が楽しげに話し続けているが、何を言っているのか理解できない。
耳の奥ががんがんと殴られているような、そんな感覚・・・
「聞いてるの!リオ?」
焦れたような女官の声にハッとする。
「あ、ああ、もちろん・・・」
「だから、セラフィーナ様が当家に降嫁してくださるなんて、信じられない幸運よね。メイド仲間に自慢したいわぁ。まあ、お二人は遠縁とはいえ、縁続きだし、もともと全く縁がなかったわけじゃないし・・・」
女官がリオの顔を見て驚いたような声を上げた。
「どうしたの、あんた、真っ青じゃない!」
リオは口の前で緩くこぶしを固めたまま、ガタガタ震えていた。
油断していた。エミリア様と破談になったということは、別の方とご結婚なさるのは当然なのに・・・
突然の落雷になすすべもなく立ちすくむ。
前に進むも、後ろに戻るも、どちらも危険だった。
*************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
♡も広告もいつもありがとうございます。
実は手を負傷してしまいまして・・・右手の親指が使えません。
ちょっと悲しい週末です。
皆様は元気にお過ごしくださいね!
30
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!
はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。
********
癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー!
※ちょっとイチャつきます。
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
辺境伯は嵌められた元令息から目が離せない
コムギ
BL
冤罪により、辺境の地へ追いやられた元侯爵令息ユベール。
だが彼は、あまりのことに気を病んで――はいなかった。
野山を駆け回り、虫を捕まえ、草花をスケッチし、のんびり釣りをする。
それはすべて、侯爵家の令息として縛られていた頃には許されなかった自由だった。
そんな生活から一年。
冤罪を証明できそうだと、幼なじみの王太子から報せが届く。
――王都へ戻れる。
それは同時に、あの窮屈で冷たい場所へ戻るということでもあった。
迷うユベールの前に現れたのは、これまで静かに見守るだけだった辺境伯ラドヴァン。
「ならば、ずっとここにいろ」
「俺と婚約すればいい」
不器用に、しかし真っ直ぐに差し伸べられた手。
優しく(時に暑苦しく)包囲してくる辺境伯と、元侯爵令息の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる