5月の雨の、その先に

藍音

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第八十八話 落雷

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夜明けの青い光が部屋に差した。
眼を開くと、目の前にアウレリオの美しい顔。
閉じた瞼と通った鼻筋。ほほから顎にかけたラインは、信じられないほど美しい。伸びかけの鬚が金色に光りをはじく様さえ、永久に保存しておきたい。
いつもは冷たささえ感じられる表情もいまは、無防備で安らかだ。

アウレリオには不眠の気があり、ちょっとした物音で目を覚ますことがよく合った。幼いころには過敏と言えるほどだったその体質は、命の危険から育まれた自営本能だったが、大人になって、第二夫人と互角に戦えるだけの力をつけてからは、ずいぶん改善していたのだが。

それでも、やはり眠りが浅いタイプであることは間違いないので、リオはアウレリオの規則的な呼吸を乱さないように、ベッドからゆっくりと身体を滑らせた。


身支度を終え、ふり返っても、まだ目を覚ましていない。

(珍しいな。まぁ、明け方までしてたしな・・・)

甘ぐるしい思いを胸に、リオはつま先立ちで近づき、そっとこめかみに口づけた。

(大好きです。アウレリオ様。次にお会いした時には、きちんと言えるかな)

昨夜は、結局愛を告げる時間も余裕もなかった。
思い出すだけで顔がほてってくる。

リオは、両ほほをぽんぽんと押さえ、ほてりを鎮めようとしたが、効果がなく、あきらめてドアに向かった。
もう一度振り返ると、アウレリオは相変わらず、安らかな寝息を立てていた。

(いってきます)

心の中で挨拶してそっと扉を閉め、そのまま執事長の執務室に向かった。

「今日から復帰させていただきます」

リオが頭を下げると、執事は心配を装いながらも、うれしそうだった。

「ちょうど人手が足りなかったんだ。医者先生は大丈夫だっておっしゃったんだよな?」
「はい」
「よし、それでは、玄関周りの掃除の手伝いに入ってくれ」
「わかりました」

リオが頭を下げ、玄関に向かおうとすると、後ろから執事の声が聞こえてきた。

「本当に参るよ、こんなに急に・・・」

とんとんと階段を下りながら首をかしげる。
あの執事長はあまり愚痴を言うタイプでもないんだけど。
なにをそんなに参ってるんだろう。

玄関ホールでは、使用人たちが必死で掃除をしていた。
天井までほこりを落とし、窓や窓枠までぴかぴか。
さらに、床にはいつくばって、つやが出るまで磨き上げている。

「お、リオ。復帰したのか」
「大変だったな」

口々に声を掛けられる。忙しい忙しいという割に、使用人たちの顔は、一様に明るかった。

「ちょっとこっちを手伝ってくれ」

男たちが4人がかりで赤いじゅうたんを運んでいる。

「はい」

左手をかばいながら絨毯運びを手伝い、ピンときた。

「今日は、どなたか高貴な方がいらっしゃるんですね」

どおりで、みんな忙しい忙しいと言いながらも、雰囲気が明るかったはずだ。

「そりゃそうだ、高貴も高貴・・・おまえ、部屋にこもって療養してたから、情報が入ってないんだよな。誰だか知ったらひっくり返るぞ」

誰かの言った軽口に、床を磨いていた女官が目を三角にして抗議した。

「ちょっと!無駄なおしゃべりしている時間なんかないでしょ!うかうかしてたらお見えになっちゃう」
「ほんとになんでまたこのお屋敷までいらっしゃるんだ」
「そりゃ、俺たちの顔を見たいからだろう」

誰かが大口を開けて笑った。

「馬鹿言ってんじゃないよ。あんたのへしゃげた顔なんてみてどうするのさ」
「なんだとぉ。俺だって若いころは」
「いいから、さっさとじゅうたんを敷いてよ」

皆が口々に言いたいことを言いながら、玄関からホールを横切るように、深紅のじゅうたんが敷かれた。

軽口をたたいていた女たちはじゅうたんをせっせと掃除し、手が空いた男たちは次に大きな花瓶や飾り台を運んでいる。
部屋の中はぴかぴかに磨き上げられ、床に顔が映るほどだった。

「こんなに必死に掃除するなんて、どなたがいらっしゃるんですか?」

近くの女官に声をかけた。

「ああ」聞いてないのね、と女官は目くばせした。「第三王女様よ」
「第三王女様?」
「そう。第三王女セラフィーナ様。アウレリオ様と結婚することが決まったんですって!今日は、アウレリオ様とお出かけする前に、この屋敷と使用人を見ておきたいって、いらっしゃるそうよ」
「え?」

今聞いたことを理解できない。
ぐさりと胸を突かれ、はげしい痛みと、うずを巻くような嫉妬心が湧き上がってきた。
その黒い思いに飲み込まれてしまいそうだ。

「・・・でね、・・・だから」

女官が楽しげに話し続けているが、何を言っているのか理解できない。
耳の奥ががんがんと殴られているような、そんな感覚・・・

「聞いてるの!リオ?」

焦れたような女官の声にハッとする。

「あ、ああ、もちろん・・・」
「だから、セラフィーナ様が当家に降嫁してくださるなんて、信じられない幸運よね。メイド仲間に自慢したいわぁ。まあ、お二人は遠縁とはいえ、縁続きだし、もともと全く縁がなかったわけじゃないし・・・」

女官がリオの顔を見て驚いたような声を上げた。

「どうしたの、あんた、真っ青じゃない!」

リオは口の前で緩くこぶしを固めたまま、ガタガタ震えていた。

油断していた。エミリア様と破談になったということは、別の方とご結婚なさるのは当然なのに・・・
突然の落雷になすすべもなく立ちすくむ。

前に進むも、後ろに戻るも、どちらも危険だった。



*************


お読みいただきまして、ありがとうございました。
♡も広告もいつもありがとうございます。

実は手を負傷してしまいまして・・・右手の親指が使えません。
ちょっと悲しい週末です。

皆様は元気にお過ごしくださいね!
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