5月の雨の、その先に

藍音

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第二十六話 空色の丘

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「俺、行ってみたいところがあるんです。このお城の外なので、お許しをいただけたら」
「外?」
「はい、使用人仲間で噂になってるところがあって」
「それはどこだ?」
「場所はよくわからないんですけど、結構遠いらしくて。なので、一日お休みもいただけたら・・・お願いしすぎですか?」
不安そうにアウレリオを伺うリオを見て、アウレリオは吹き出した。
「なんだ、欲がない!その程度、許してやる」
「ありがとうございます!おれ、必ず夕方までには帰ってきますから!」
「明日にでも連れて行ってやろうか?」
「あ、明日じゃだめなんです。条件がいくつかあって。5月の雨の日の翌日じゃないと」
「5月の雨の日の翌日?随分条件が細かいんだな。まあ、いいだろう。許す」
「うわあ!ありがとうございます!!」

リオは小躍りせんばかりに喜んだ。

(一年生き延びた褒美が、一日の休みとは。随分欲がないんだな)


*******************

5月の雨の日の翌日、リオは朝の水汲みの後、アウレリオに深々と頭を下げた。

「若様、それでは行ってまいります」
「ああ」

アウレリオは水を飲み干し、一言うなずいた。
前日、雨が降ったので、今日は休ませてほしいと頼まれていた。
もちろん、以前からの約束なので断る筋の話ではなかった。

「本当に1人でいいのか?」
「はい。お休みまでいただきまして、ありがとうございます」

リオはもう一度頭を下げた。
今すぐに出かければ、今日中には戻ってこられるはずだ。
簡単に身支度を済ませると、もう一度頭を下げ部屋を出た。


5月の雨が降った翌日。一斉に花が開き、奇跡のように丘が空色に染まる日があると聞いてから、リオはどうしてもその光景を見てみたかった。
まるで、夢のように美しいと。料理番も騎士も口をそろえてそう言った。一生に一度でいいからそんな風景を見てみたい。ただ、城から歩いて4時間ぐらいかかると聞いていたので、一日休みをもらわなければ到底行くことはできない。半ば諦めていたとき、アウレリオが褒美として休みをくれた。本当にいい御主人様だ。帰ったらこれまで以上に誠心誠意お務めしないと。
リオがそう思っていると、後ろから馬が近づいてくる音が聞こえた。
素早く道のはしに寄り、通り過ぎるのを待つ。
だが、馬はリオの横で止まった。

「5月の雨の日の翌日、という条件なら”空色の丘”だろうと、聞いた」

アウレリオの声だった。後ろには護衛騎士がふたり影のように付き添っている。

「乗れ」
「はい」

いつも命令されているので、逆らうことなど選択肢にない。迷いなく両手を伸ばすと、アウレリオがぐいっとリオの身体を引き上げ、自分の前にまたがらせた。
生まれて初めて乗った馬の背は思っていたよりも遥かに高かった。怖くて身震いすると、アウレリオの身体が背中側にくっついていることに気がつく。
とたんに、くっついている場所が気にかかって仕方なくなった。

「では、いくぞ」

”空色の丘”は予想よりも遥かに遠かった。
馬に揺られて半日ほどたったところで、目の前が一面空色に変わった。

「うわぁ!」

リオが歓声を上げ、アウレリオが馬の横腹を蹴って一気に丘の上まで駆け上った。
目の前も横も、そして頭の上まで、全部が空色に染まる。

「すごい、すごい!若様!本当に空の中にいるみたいだ!!」

馬の背に揺られる恐怖はなくなり、ただ、空の中に浮かぶ鳥になった気分だ。

「よし」

頂上で馬の手綱を引き、リオを下ろすと、リオは周りを駆け回ってよろこんだ。

「すごいよ、若様!本当にすごいよ!」

それ以外の言葉が浮かばない。
実はたどり着けるのか不安だった。でも、どうしても行ってみたくて。その願いをアウレリオが叶えてくれた。
アウレリオは駆け回ってよろこぶリオを微笑みながら見つめていた。
金や宝石を要求してもおかしくないのに、一年の命がけの奉公の褒美が外出許可とたった一日の休みだなんて。
だが、リオがこんなによろこぶ姿を見るのははじめてだった。
思わず口元がほころぶ。他人がよろこぶ姿を見て自分まで心が浮き立つとは、はじめての体験だった。

頂上に腰を下ろしてリオの姿を見つめていたが、リオはなにかにつまづき、頭から空色の花に突っ込んだ。
慌てて立ち上がると、「えへへ」と照れくさそうなリオの顔。

「こっちに来い」

アウレリオが呆れたように言うと、照れ笑いのリオがアウレリオのそばに戻ってきた。おでこと頬に泥がついている。ついでに髪の毛にはたくさんの花びらと葉っぱがついていた。

「しょうがないやつだ」

そう言いながらリネンで拭ってやるが、嫌な気分ではない。
いつもかしずかれるのが当然のアウレリオが人の世話をするのは、生まれて初めての体験だった。

「若様、俺、若様のことがだいすきです!」
「そうか」

また、胸の奥で何かが動く。

「今まで、メイのことが一番好きだと思ってたけど、若様のほうが好きかもしれません!」
「そうか」

調べさせたところ、メイは初老の村女だということがわかった。特段美人というわけでもなく、普通の女だと聞いている。リオの言いたいことは今ひとつわからないが、悪い気はしない。

「こんなにきれいに花が咲くのは一年に一度だけんですって。5月の最初の雨の翌日だけ。その日に一斉に花が開くからきれいなんだって、料理番さんに教えてもらいました。だから、俺どうしても来てみたかったんです。一生に一度でいいから、こんなきれいな場所に来てみたいなって」
「なんだ。毎年来ればいいだろう」
「・・・はいっ!」

リオの顔が喜びで輝いた。
どくん、と心臓が大きく跳ねた。

花が開いたような。
さわやかな風が吹いたような。
星がまたたいた瞬間のような。

だが、何よりも目を引き付けられる。

(ああ、きれい、とはこういうことか)


***********************


(お礼)

本日もお読みいただきましてありがとうございました。
今日も♡をいただきまして、ありがとうございます!
とても励みになっています。

明日も良い日になりますように!
なにか美味しいものが食べられますように、と祈ってます♡

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