5月の雨の、その先に

藍音

文字の大きさ
28 / 120

第二十六話 空色の丘

しおりを挟む
「俺、行ってみたいところがあるんです。このお城の外なので、お許しをいただけたら」
「外?」
「はい、使用人仲間で噂になってるところがあって」
「それはどこだ?」
「場所はよくわからないんですけど、結構遠いらしくて。なので、一日お休みもいただけたら・・・お願いしすぎですか?」
不安そうにアウレリオを伺うリオを見て、アウレリオは吹き出した。
「なんだ、欲がない!その程度、許してやる」
「ありがとうございます!おれ、必ず夕方までには帰ってきますから!」
「明日にでも連れて行ってやろうか?」
「あ、明日じゃだめなんです。条件がいくつかあって。5月の雨の日の翌日じゃないと」
「5月の雨の日の翌日?随分条件が細かいんだな。まあ、いいだろう。許す」
「うわあ!ありがとうございます!!」

リオは小躍りせんばかりに喜んだ。

(一年生き延びた褒美が、一日の休みとは。随分欲がないんだな)


*******************

5月の雨の日の翌日、リオは朝の水汲みの後、アウレリオに深々と頭を下げた。

「若様、それでは行ってまいります」
「ああ」

アウレリオは水を飲み干し、一言うなずいた。
前日、雨が降ったので、今日は休ませてほしいと頼まれていた。
もちろん、以前からの約束なので断る筋の話ではなかった。

「本当に1人でいいのか?」
「はい。お休みまでいただきまして、ありがとうございます」

リオはもう一度頭を下げた。
今すぐに出かければ、今日中には戻ってこられるはずだ。
簡単に身支度を済ませると、もう一度頭を下げ部屋を出た。


5月の雨が降った翌日。一斉に花が開き、奇跡のように丘が空色に染まる日があると聞いてから、リオはどうしてもその光景を見てみたかった。
まるで、夢のように美しいと。料理番も騎士も口をそろえてそう言った。一生に一度でいいからそんな風景を見てみたい。ただ、城から歩いて4時間ぐらいかかると聞いていたので、一日休みをもらわなければ到底行くことはできない。半ば諦めていたとき、アウレリオが褒美として休みをくれた。本当にいい御主人様だ。帰ったらこれまで以上に誠心誠意お務めしないと。
リオがそう思っていると、後ろから馬が近づいてくる音が聞こえた。
素早く道のはしに寄り、通り過ぎるのを待つ。
だが、馬はリオの横で止まった。

「5月の雨の日の翌日、という条件なら”空色の丘”だろうと、聞いた」

アウレリオの声だった。後ろには護衛騎士がふたり影のように付き添っている。

「乗れ」
「はい」

いつも命令されているので、逆らうことなど選択肢にない。迷いなく両手を伸ばすと、アウレリオがぐいっとリオの身体を引き上げ、自分の前にまたがらせた。
生まれて初めて乗った馬の背は思っていたよりも遥かに高かった。怖くて身震いすると、アウレリオの身体が背中側にくっついていることに気がつく。
とたんに、くっついている場所が気にかかって仕方なくなった。

「では、いくぞ」

”空色の丘”は予想よりも遥かに遠かった。
馬に揺られて半日ほどたったところで、目の前が一面空色に変わった。

「うわぁ!」

リオが歓声を上げ、アウレリオが馬の横腹を蹴って一気に丘の上まで駆け上った。
目の前も横も、そして頭の上まで、全部が空色に染まる。

「すごい、すごい!若様!本当に空の中にいるみたいだ!!」

馬の背に揺られる恐怖はなくなり、ただ、空の中に浮かぶ鳥になった気分だ。

「よし」

頂上で馬の手綱を引き、リオを下ろすと、リオは周りを駆け回ってよろこんだ。

「すごいよ、若様!本当にすごいよ!」

それ以外の言葉が浮かばない。
実はたどり着けるのか不安だった。でも、どうしても行ってみたくて。その願いをアウレリオが叶えてくれた。
アウレリオは駆け回ってよろこぶリオを微笑みながら見つめていた。
金や宝石を要求してもおかしくないのに、一年の命がけの奉公の褒美が外出許可とたった一日の休みだなんて。
だが、リオがこんなによろこぶ姿を見るのははじめてだった。
思わず口元がほころぶ。他人がよろこぶ姿を見て自分まで心が浮き立つとは、はじめての体験だった。

頂上に腰を下ろしてリオの姿を見つめていたが、リオはなにかにつまづき、頭から空色の花に突っ込んだ。
慌てて立ち上がると、「えへへ」と照れくさそうなリオの顔。

「こっちに来い」

アウレリオが呆れたように言うと、照れ笑いのリオがアウレリオのそばに戻ってきた。おでこと頬に泥がついている。ついでに髪の毛にはたくさんの花びらと葉っぱがついていた。

「しょうがないやつだ」

そう言いながらリネンで拭ってやるが、嫌な気分ではない。
いつもかしずかれるのが当然のアウレリオが人の世話をするのは、生まれて初めての体験だった。

「若様、俺、若様のことがだいすきです!」
「そうか」

また、胸の奥で何かが動く。

「今まで、メイのことが一番好きだと思ってたけど、若様のほうが好きかもしれません!」
「そうか」

調べさせたところ、メイは初老の村女だということがわかった。特段美人というわけでもなく、普通の女だと聞いている。リオの言いたいことは今ひとつわからないが、悪い気はしない。

「こんなにきれいに花が咲くのは一年に一度だけんですって。5月の最初の雨の翌日だけ。その日に一斉に花が開くからきれいなんだって、料理番さんに教えてもらいました。だから、俺どうしても来てみたかったんです。一生に一度でいいから、こんなきれいな場所に来てみたいなって」
「なんだ。毎年来ればいいだろう」
「・・・はいっ!」

リオの顔が喜びで輝いた。
どくん、と心臓が大きく跳ねた。

花が開いたような。
さわやかな風が吹いたような。
星がまたたいた瞬間のような。

だが、何よりも目を引き付けられる。

(ああ、きれい、とはこういうことか)


***********************


(お礼)

本日もお読みいただきましてありがとうございました。
今日も♡をいただきまして、ありがとうございます!
とても励みになっています。

明日も良い日になりますように!
なにか美味しいものが食べられますように、と祈ってます♡

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

夜が明けなければいいのに(洋風)

万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。 しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。 そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。 長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。 「名誉ある生贄」。 それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。 部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。 黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。 本当は、別れが怖くてたまらない。 けれど、その弱さを見せることができない。 「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」 心にもない言葉を吐き捨てる。 カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。 だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。 「……おめでとうございます、殿下」 恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。 その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。 ――おめでとうなんて、言わないでほしかった。 ――本当は、行きたくなんてないのに。 和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。 お楽しみいただければ幸いです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

王太子殿下のやりなおし

3333(トリささみ)
BL
ざまぁモノでよくある『婚約破棄をして落ちぶれる王太子』が断罪前に改心し、第三の道を歩むお話です。 とある時代のとある異世界。 そこに王太子と、その婚約者の公爵令嬢と、男爵令嬢がいた。 公爵令嬢は周囲から尊敬され愛される素晴らしい女性だが、王太子はたいそう愚かな男だった。 王太子は学園で男爵令嬢と知り合い、ふたりはどんどん関係を深めていき、やがては愛し合う仲になった。 そんなあるとき、男爵令嬢が自身が受けている公爵令嬢のイジメを、王太子に打ち明けた。 王太子は驚いて激怒し、学園の卒業パーティーで公爵令嬢を断罪し婚約破棄することを、男爵令嬢に約束する。 王太子は喜び、舞い上がっていた。 これで公爵令嬢との縁を断ち切って、彼女と結ばれる! 僕はやっと幸せを手に入れられるんだ! 「いいやその幸せ、間違いなく破綻するぞ。」 あの男が現れるまでは。

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

処理中です...