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第二十八話 十年ののち
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《十年後》
「やっ」
リオが細身の体を敏捷に大男の脇の下に差し入れる。次の瞬間には大男の身体が宙を舞い、地響きとともに地面に叩きつけられた。
「うわっ、まいった」
背中から落とされ、大の字になった大男は目を丸くした。
「俺はどうしたらいいんだ、こんな簡単に投げられて」
空を見上げて呆然とつぶやく大男に、にっと笑ってリオが手を差し伸べた。
「ちょっと油断しただろう?だからだよ」
「いや、俺だって用心してたんだよ」
大男はリオの手を取り、身体を起こす。「だけど、お前がすばしっこすぎるんだ」
「それは光栄だな」
リオはうれしそうに笑った。この大男とは一緒に城に来た仲間だった。名をザックという。側仕え組だったリオとはちがい、最初から騎士を目指して城に来た少年のひとりだった。
数年前、アウレリオに体術と剣術を身に着けておくようにと指示され、騎士団の訓練に参加させてもらいながら、練習にも付き合ってくれている友人のひとりだ。
あの事件で腕を折られ、左腕に後遺症が残ったリオは、剣を持つときにしびれをかんじることもあり、一瞬迷いが生じることもあるので、剣術はあまり伸びなかった。
だが、それを補うため、体全体を使う体術の練習を熱心に重ねた結果、この一年で急激に上達した。
上手く身体を使って、大男の友人を投げ飛ばせるぐらいに。
「お前、この間の騎士団長様のお誘いを本気で考えてみたらどうだ」ザックが真顔になる。「騎士団長様から直々にお話をいただくなんて光栄なことなんだぞ。ありがたくお受けしたらどうだ。従僕の仕事よりもよっぽど見込みがあるんじゃないか」
「・・・まさか」リオは肩をすくめた。「社交辞令だよ。俺の左手は時々言うことを聞かなくなるし・・・これでいいんだ。このままで」
「・・・そうか?」
ザックはため息をついた。「お前は忠義者だからな。頭が下がるよ。いつだって御主人様が最優先で、自分の楽しみなんて何もないだろ?」
「別に・・・俺はこのままで十分楽しいし、これ以上の楽しみなんていらないよ」
「へーそうか?俺はもっとお楽しみがほしいけどな。例えば・・・ほら」
ザックは騎士団の訓練を遠巻きに眺めている令嬢たちに親指を向けた。
「ああやっていつも俺達の訓練を見に来てるんだ。きゃあきゃあ叫んで、がんばってーとか言われてみたいもんだ。お前ならすぐに人気者になれるぞ。女はイケメンに弱いんだ。その顔と背があれば・・・あーあ!俺だったらすぐに従僕なんてやめて騎士団に入るのにな!」
「お前はやっと騎士になれそうなところなんだろ。良かったじゃないか。子供の頃からずっと騎士になりたいって言ってたもんな」
「そりゃそうさ!お前、覚えてるか?俺達がこの城に来た日のこと。◯とか△に分かれて、一体何のことだと思ったもんだが。まあでも良かったよ。訓練は地獄のように辛かったけど、ようやくあのつらい日々が報われそうだ」
「ああ、そうだな」
「でも、体術だけはお前にかなわない。持って産まれたセンスなのかな」
「そんなに褒めてくれてありがとよ」
リオは膝についた泥をパンパンと手で払った。
その仕草を見た令嬢たちから黄色い声が上がった。
「うわぁお!さすが、顔のいいやつはちがうな!立ち上がっただけでこれかよ。おい、声でもかけてみたらどうだ?」
「馬鹿言うなよ」
「いや」
ザックがリオの右手を後ろからとり、令嬢たちに向けて手を振った。
「きゃー!!!」
さらに大歓声が湧き上がり、大男は満足そうに笑った。
「おい、最高だな、お前。お前なら結構いいとこまで行けるんじゃないか?」
「いい加減にしろ」リオが大男の手を振り払った。「ご令嬢たちと俺達じゃ身分がちがうだろ」
「・・・まーな」
急にザックがしゅんとなってしまった。「そりゃわかってるよ。でも少しぐらい夢見たっていいじゃないか」
リオが無言のままザックを見ると、大男は「そういえば」と話しだした。
「噂によると、アウレリオ様の婚約者様がとうとう伯爵家にいらっしゃるという話だが・・・お前聞いているか?」
その名を聞いた瞬間ドキッとする。だが同時に胸の奥がきりきりと痛んだ。
「婚約者のお嬢様が・・・」
「ああ、もうとっくに結婚なさっていても良いお年なのに、いまだ独身を貫いていらしゃって・・・よっぽど愛してらっしゃるって評判だよ。どんなに美しいご令嬢なのかな」
「さあ・・・」
「お前、会ったことはないのか?」
「ないよ」
「へえ・・・御主人様にあんなにいつもくっついてるのに、見たこともないって?」
「・・・」
本当は一度だけ見かけたことがあった。
第一夫人が婚約者の令嬢のためにお茶会を開いたことがある。その日、リオは側仕えしなくていいと言われていたが、こっそりと遠くから見た。ご令嬢は、小柄で可愛らしい方だった。濃い栗色の髪と緑色の瞳。頬に広がるそばかすが恥ずかしくて仕方ないと、うつむいてばかりいた。アウレリオはそんな婚約者に優しく話しかけていた、ように見えた。
あのときの切れるような胸の痛みが何だったのか、わからない。
だが、またアウレリオと婚約者のご令嬢が仲睦まじく過ごす姿を見るのは、いやだった。
「なんだよ。大事な御主人様を取られてさみしいのかぁ」ザックがリオの肩に手を回した。「なあ、そんなさみしいリオを慰めてくれるところを知ってるんだが。俺1人じゃちょっと行きづらいからさ。今日、一緒に行ってみないか?」
「は?」
ザックがリオの耳元に口を寄せた。
「きれいな女がたくさんいて、俺達みたいな不幸な男に”よろこび”を与えてくれるらしいぞ。なあ、一緒にいってみよう」
ザックはひとりで行くのが嫌だからと、リオを娼館に誘っているのだ。そのことに気づき、リオは肩に回された手から逃げるように身をよじった。
「俺にはそんな金も時間もないんだよ」
何が嫌のかわからない。年頃になり、女の子の話や誰が体験しただの、恋人ができたとか、そんな話も聞くようになった。だけど、いきなり娼館だなんて。
体術の訓練に付き合ってくれるのはありがたいが、娼館は願い下げだ。
「じゃあな。仕事に戻らないと」
「なあ、頼むよリオ~」リオの後ろから、ザックが追いすがる。「ひとりじゃ不安なんだよ。だけどさあ、おまえも男なら分かるだろう?知りたくないか?・・・いろいろと」
「いいかげんにしろよ!」
自分でもコントロールできないほどの嫌悪感に足がどんどん速くなる。
「あれ?」
首筋がちりちりする。
(虫?なんだろ?)
立ち止まり、首に手を当ててもんでみたが違和感は変わらない。
気のせいかな?と思った瞬間、ザックがリオにぶつかった。
「おい、急に立ち止まるなよ!」はずみで転びそうになったリオの身体をザックが両手で支え、転ばずにすんだ。
「悪かったよ。お前がそういうのそこまで嫌だと思わなくて」
「・・・ああ。でも、俺はあんまりそういうのは・・・悪いけどほかをあたってくれ」
リオがはっきりと断ると、ザックはそれ以上は何も言わなかった。
(潔癖なのは、御主人様ゆずり、なのかな)
***********************
(お礼)
今日も読んでいただき、ありがとうございました。
ようやく第二部に入りました。
ふたりも大人になっています。
これからどうなっていくのか楽しみにしてくださったらうれしいです(*^^*)
今日も♡投げていただいたり、広告を回してくださったり、いつも感謝しています。
皆様に、幸せが降るように願っています!
「やっ」
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「それは光栄だな」
リオはうれしそうに笑った。この大男とは一緒に城に来た仲間だった。名をザックという。側仕え組だったリオとはちがい、最初から騎士を目指して城に来た少年のひとりだった。
数年前、アウレリオに体術と剣術を身に着けておくようにと指示され、騎士団の訓練に参加させてもらいながら、練習にも付き合ってくれている友人のひとりだ。
あの事件で腕を折られ、左腕に後遺症が残ったリオは、剣を持つときにしびれをかんじることもあり、一瞬迷いが生じることもあるので、剣術はあまり伸びなかった。
だが、それを補うため、体全体を使う体術の練習を熱心に重ねた結果、この一年で急激に上達した。
上手く身体を使って、大男の友人を投げ飛ばせるぐらいに。
「お前、この間の騎士団長様のお誘いを本気で考えてみたらどうだ」ザックが真顔になる。「騎士団長様から直々にお話をいただくなんて光栄なことなんだぞ。ありがたくお受けしたらどうだ。従僕の仕事よりもよっぽど見込みがあるんじゃないか」
「・・・まさか」リオは肩をすくめた。「社交辞令だよ。俺の左手は時々言うことを聞かなくなるし・・・これでいいんだ。このままで」
「・・・そうか?」
ザックはため息をついた。「お前は忠義者だからな。頭が下がるよ。いつだって御主人様が最優先で、自分の楽しみなんて何もないだろ?」
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ザックは騎士団の訓練を遠巻きに眺めている令嬢たちに親指を向けた。
「ああやっていつも俺達の訓練を見に来てるんだ。きゃあきゃあ叫んで、がんばってーとか言われてみたいもんだ。お前ならすぐに人気者になれるぞ。女はイケメンに弱いんだ。その顔と背があれば・・・あーあ!俺だったらすぐに従僕なんてやめて騎士団に入るのにな!」
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「うわぁお!さすが、顔のいいやつはちがうな!立ち上がっただけでこれかよ。おい、声でもかけてみたらどうだ?」
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「いや」
ザックがリオの右手を後ろからとり、令嬢たちに向けて手を振った。
「きゃー!!!」
さらに大歓声が湧き上がり、大男は満足そうに笑った。
「おい、最高だな、お前。お前なら結構いいとこまで行けるんじゃないか?」
「いい加減にしろ」リオが大男の手を振り払った。「ご令嬢たちと俺達じゃ身分がちがうだろ」
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「婚約者のお嬢様が・・・」
「ああ、もうとっくに結婚なさっていても良いお年なのに、いまだ独身を貫いていらしゃって・・・よっぽど愛してらっしゃるって評判だよ。どんなに美しいご令嬢なのかな」
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「なんだよ。大事な御主人様を取られてさみしいのかぁ」ザックがリオの肩に手を回した。「なあ、そんなさみしいリオを慰めてくれるところを知ってるんだが。俺1人じゃちょっと行きづらいからさ。今日、一緒に行ってみないか?」
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ザックはひとりで行くのが嫌だからと、リオを娼館に誘っているのだ。そのことに気づき、リオは肩に回された手から逃げるように身をよじった。
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「じゃあな。仕事に戻らないと」
「なあ、頼むよリオ~」リオの後ろから、ザックが追いすがる。「ひとりじゃ不安なんだよ。だけどさあ、おまえも男なら分かるだろう?知りたくないか?・・・いろいろと」
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立ち止まり、首に手を当ててもんでみたが違和感は変わらない。
気のせいかな?と思った瞬間、ザックがリオにぶつかった。
「おい、急に立ち止まるなよ!」はずみで転びそうになったリオの身体をザックが両手で支え、転ばずにすんだ。
「悪かったよ。お前がそういうのそこまで嫌だと思わなくて」
「・・・ああ。でも、俺はあんまりそういうのは・・・悪いけどほかをあたってくれ」
リオがはっきりと断ると、ザックはそれ以上は何も言わなかった。
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