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第三十話 すれちがう心
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カサッと小さな音がして、目が覚めた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「お目覚めですか?」
静かな声が響き、目を向けると、リオが使用人用の木の椅子から立ち上がった。
「よくお眠りになってましたよ。ここのところ、あまりよく眠れていらっしゃらないようなので、お声がけしませんでした。お茶の用意ができております」
「水を」
「はい」
リオが水差からマグカップに水を注ぎ、自分が飲んでから、別のカップでアウレリオに水を差し出した。
相変わらず、毒見の習慣は続いていた。
アウレリオは水を一気に飲み干すと、少し乱暴にカップを置いた。
「何をしていたんだ」
「はい?今ですか?アウレリオ様のお目覚めを待っておりました」
「そうじゃない。その前は何をしていたんだ?」
「侍従長様のお使いを」
「その前は」
「料理番の手伝いと、少し勉強も」
「その前は」
「体術の訓練をしておりました」
「・・・ふん」
「おかげさまで、字も上手にかけるようになりましたし、最近では本を読むことにも挑戦しています。体術もかなり上達したのではないかと。剣術はからきしですが。なにせこの左手では」
「そうか」
忙しいリオに、友人と話していた僅かな時間に嫉妬したなどと言えるわけもない。
だが、いつしか離れてしまった距離が歯がゆかった。
それはリオと目を合わそうとしない、自分のせいでもあるのかもしれないが。
「焼き菓子はいかがですか?お茶も用意してございます」
アウレリオが無言でワゴンがしつらえられたソファーに座ると、すかさずリオが紅茶を注ぐ。
「失礼いたします」
慣れた手つきで毒見をしてから、うなずくと、アウレリオの前に紅茶の入ったカップを置いた。
「どうぞお召し上がりください」
いつからだろう。この儀式も嫌になった。
リオは、アウレリオの毒見のせいで、リオは何度も体調を崩した。それほどきつい毒ではなかったが、その都度殺してやりたいほどジョゼフィーヌが憎らしくなった。
何度か毒入りのショコラを送りつけ、やり返してやったが、そう簡単に諦めてはくれなかった。
最近では、父伯爵の足がますます第二夫人から遠ざかり、イライラが募っていると聞く。
もともとそれほど仲が良かったわけではない第一夫人の母の元へは定期的に訪れているそうで、正餐のときのマウントの取り合いは見るに耐えないほどだった。
「ばかばかしい」
ワゴンの脇で腕にリネンを下げて待つリオが、一瞬アウレリオを見たが、気づかぬふりでまた正面を向いた。
主人をじろじろ見ずに空気に徹することも、使用人の役目なのだ。
以前はもっと気安かった。リオは良くアウレリオを笑わせたし、そんな事ができたのは、いままでひとりだけだった。
アウレリオは左の小指にはめた金の指輪にそっと触れた。以前は薬指にはまっていた指輪も、今では小指にしかはめられない。しかも、リオにばれないように、二度ほど金細工師に修理を依頼していた。
どことはなくリオをみる。顔を見ることはできない。
貴族などそういうものだ、使用人はいて当たり前の空気のような存在。名もなく、ただ高貴な身分の者に仕えるためだけに存在する。貴族と使用人の間ではそう考えるのが当たり前だった。
特別な感情を持つなど、もってのほか。
何もなければ、アウレリオもそう考えただろう。
だけど。
リオは誰にも入れなかった心の奥底まで簡単に入り込んだ。
まるで楔のようにこころの奥深くまで。
他の男と話している姿を見ただけで腹が立つ。私の召使いは私だけのために存在すべきなのに、と。
時折、リオを見ると、ふらちな想像をしてしまうことがある。
だが、そんな思いは慌てて打ち消した。
バレてしまうかもしれない。もしかしたら、リオは男同士など気持ちが悪いと思うかもしれない。
そして、それなのに、アウレリオが誘えば、主人だからと言いなりになるかもしれない。
何があってもそれだけは耐えられない。
アウレリオは大きなため息を、ひとつついた。
リオは左足から右足へと重心を移した。
こっそりと気づかれないように主人の様子を伺う。
(お茶は美味しそうに飲んでいらっしゃる。でも、なぜこんなに浮かない顔を・・・?奥様に呼ばれてなにか嫌なことでも言われたのかな)
もっと自分が子どもだったら。
「どうしたんですか?悩みでもあるんですか?」と何も考えずに聞けただろう。「俺、話を聞くことしかできませんけど」と、何の解決策も持たないことを自分から言えただろうに。
目を伏せてなにも見ていないふりをするのもうまくなった。
本当はいつでも目で追っているのに。
ほんの少しでいいから、近い距離に戻りたい。
なにもなくても笑いかけていた、あの頃のように。
今の自分と主人の距離は、誰よりも近いのに、心は星のように遠く手が届かない。
「母に呼ばれた」
アウレリオがポツリとつぶやいた。
リオが無言のままうなずいた。
「弟のイーサンは3年前に結婚し、すでに子どもがいる。マリアも2年前に見習いに行っていた男爵家に嫁いだ。
カリナは婚約者候補に文句ばかりつけているが、そろそろ嫁ぎ先を見つけてやらなければならない。ラファエルは絵の修業のため修道院に行ったきりだ。だから、母は焦っている」
リオがまた無言のままうなずいた。
「子供の頃から家同士で決めた婚約者がいるのは知っているな?・・・そう、分家筋のエミリアだ。もともとは、家同士の契約で、私に余計な虫がつかないようにと・・・、おとなしい女だし邪魔にもならない、とそう思っていたんだが・・・」
リオの指先が小さく震えた。
絶対にバレないように。心を隠すのは、上手になったはずだ・・・
「おめでとうございます」
アウレリオがリオの顔を見た。
その顔には、曖昧な微笑みしか浮かんでいなかった。
「・・・ありがとう」
飲んでいた紅茶の味が急にわからなくなり、焼き菓子は味気なくなった。
そっとカップをソーサーに戻したが、陶器が触れ合う音がやけに大きく聞こえた。
**************************
(お礼)
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
ハートも贈っていただきまして、ありがとうございます。
明日はお休みです。
息切れしないように、お休み日を作ることにしました。
なので、2日分の健康を願っておきます。
また、明後日お会いしましょう。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「お目覚めですか?」
静かな声が響き、目を向けると、リオが使用人用の木の椅子から立ち上がった。
「よくお眠りになってましたよ。ここのところ、あまりよく眠れていらっしゃらないようなので、お声がけしませんでした。お茶の用意ができております」
「水を」
「はい」
リオが水差からマグカップに水を注ぎ、自分が飲んでから、別のカップでアウレリオに水を差し出した。
相変わらず、毒見の習慣は続いていた。
アウレリオは水を一気に飲み干すと、少し乱暴にカップを置いた。
「何をしていたんだ」
「はい?今ですか?アウレリオ様のお目覚めを待っておりました」
「そうじゃない。その前は何をしていたんだ?」
「侍従長様のお使いを」
「その前は」
「料理番の手伝いと、少し勉強も」
「その前は」
「体術の訓練をしておりました」
「・・・ふん」
「おかげさまで、字も上手にかけるようになりましたし、最近では本を読むことにも挑戦しています。体術もかなり上達したのではないかと。剣術はからきしですが。なにせこの左手では」
「そうか」
忙しいリオに、友人と話していた僅かな時間に嫉妬したなどと言えるわけもない。
だが、いつしか離れてしまった距離が歯がゆかった。
それはリオと目を合わそうとしない、自分のせいでもあるのかもしれないが。
「焼き菓子はいかがですか?お茶も用意してございます」
アウレリオが無言でワゴンがしつらえられたソファーに座ると、すかさずリオが紅茶を注ぐ。
「失礼いたします」
慣れた手つきで毒見をしてから、うなずくと、アウレリオの前に紅茶の入ったカップを置いた。
「どうぞお召し上がりください」
いつからだろう。この儀式も嫌になった。
リオは、アウレリオの毒見のせいで、リオは何度も体調を崩した。それほどきつい毒ではなかったが、その都度殺してやりたいほどジョゼフィーヌが憎らしくなった。
何度か毒入りのショコラを送りつけ、やり返してやったが、そう簡単に諦めてはくれなかった。
最近では、父伯爵の足がますます第二夫人から遠ざかり、イライラが募っていると聞く。
もともとそれほど仲が良かったわけではない第一夫人の母の元へは定期的に訪れているそうで、正餐のときのマウントの取り合いは見るに耐えないほどだった。
「ばかばかしい」
ワゴンの脇で腕にリネンを下げて待つリオが、一瞬アウレリオを見たが、気づかぬふりでまた正面を向いた。
主人をじろじろ見ずに空気に徹することも、使用人の役目なのだ。
以前はもっと気安かった。リオは良くアウレリオを笑わせたし、そんな事ができたのは、いままでひとりだけだった。
アウレリオは左の小指にはめた金の指輪にそっと触れた。以前は薬指にはまっていた指輪も、今では小指にしかはめられない。しかも、リオにばれないように、二度ほど金細工師に修理を依頼していた。
どことはなくリオをみる。顔を見ることはできない。
貴族などそういうものだ、使用人はいて当たり前の空気のような存在。名もなく、ただ高貴な身分の者に仕えるためだけに存在する。貴族と使用人の間ではそう考えるのが当たり前だった。
特別な感情を持つなど、もってのほか。
何もなければ、アウレリオもそう考えただろう。
だけど。
リオは誰にも入れなかった心の奥底まで簡単に入り込んだ。
まるで楔のようにこころの奥深くまで。
他の男と話している姿を見ただけで腹が立つ。私の召使いは私だけのために存在すべきなのに、と。
時折、リオを見ると、ふらちな想像をしてしまうことがある。
だが、そんな思いは慌てて打ち消した。
バレてしまうかもしれない。もしかしたら、リオは男同士など気持ちが悪いと思うかもしれない。
そして、それなのに、アウレリオが誘えば、主人だからと言いなりになるかもしれない。
何があってもそれだけは耐えられない。
アウレリオは大きなため息を、ひとつついた。
リオは左足から右足へと重心を移した。
こっそりと気づかれないように主人の様子を伺う。
(お茶は美味しそうに飲んでいらっしゃる。でも、なぜこんなに浮かない顔を・・・?奥様に呼ばれてなにか嫌なことでも言われたのかな)
もっと自分が子どもだったら。
「どうしたんですか?悩みでもあるんですか?」と何も考えずに聞けただろう。「俺、話を聞くことしかできませんけど」と、何の解決策も持たないことを自分から言えただろうに。
目を伏せてなにも見ていないふりをするのもうまくなった。
本当はいつでも目で追っているのに。
ほんの少しでいいから、近い距離に戻りたい。
なにもなくても笑いかけていた、あの頃のように。
今の自分と主人の距離は、誰よりも近いのに、心は星のように遠く手が届かない。
「母に呼ばれた」
アウレリオがポツリとつぶやいた。
リオが無言のままうなずいた。
「弟のイーサンは3年前に結婚し、すでに子どもがいる。マリアも2年前に見習いに行っていた男爵家に嫁いだ。
カリナは婚約者候補に文句ばかりつけているが、そろそろ嫁ぎ先を見つけてやらなければならない。ラファエルは絵の修業のため修道院に行ったきりだ。だから、母は焦っている」
リオがまた無言のままうなずいた。
「子供の頃から家同士で決めた婚約者がいるのは知っているな?・・・そう、分家筋のエミリアだ。もともとは、家同士の契約で、私に余計な虫がつかないようにと・・・、おとなしい女だし邪魔にもならない、とそう思っていたんだが・・・」
リオの指先が小さく震えた。
絶対にバレないように。心を隠すのは、上手になったはずだ・・・
「おめでとうございます」
アウレリオがリオの顔を見た。
その顔には、曖昧な微笑みしか浮かんでいなかった。
「・・・ありがとう」
飲んでいた紅茶の味が急にわからなくなり、焼き菓子は味気なくなった。
そっとカップをソーサーに戻したが、陶器が触れ合う音がやけに大きく聞こえた。
**************************
(お礼)
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
ハートも贈っていただきまして、ありがとうございます。
明日はお休みです。
息切れしないように、お休み日を作ることにしました。
なので、2日分の健康を願っておきます。
また、明後日お会いしましょう。
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