5月の雨の、その先に

藍音

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第三十一話 きっかけ

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(俺、上手く言えたよな・・・?)

アウレリオはお茶もそこそこに席を立ち、剣術の訓練に行ってしまった。

婚約者がこの城にやってくるということは、そろそろご結婚が近いということなんだろう。
いつかはその時が来るだろうと覚悟していてよかった。
心の準備は出来ていた、はずなのに、何故かきりきりと胸が痛む。
気のせいだ。気のせい。この胸の痛みに名前を与えてはいけない。
あたり前のことだ。とっくに成人されていて、成人と同時に結婚する貴族も多い中、しかも婚外子もいらっしゃらない。お子をなすことが、跡取りとしての役目であることは、リオでさえ知っていた。

「きっと、よほど婚約者の姫君を愛していらっしゃるのだろう」

誰かが、そう噂している声を聞いたとき、ああ、そうなんだ、と、
あの、小柄な姫君はアウレリオに遠慮しながらも、時々まつげの下から目で追っていた。
いやだ、見るな。
心に浮かんだ思いを打ち消すようにその場を去った。
お二人でいる姿を見てはならない。
未来の奥様を出会う前から憎む羽目になってしまう。
それは誰よりも、自分にとって不幸だとリオは知っていた。

(あの事がなければ、自覚することもなかったのに)

思い出したくもないのに、数年前の冬の記憶が蘇る。

2年前。その日は特別に寒い夜だった。
一日中、しんしんと雪が振り続き、骨の奥まで凍るほどの寒さに、リオは藁布団の中で震えていた。

「リオ、こっちに来い」

アウレリオに言われ、震えながら寝間着のままベッドに近づく。

「はい、アウレリオ様」

歯の根が合わないほどの寒さで、リオの声は震えていた。

「寒すぎる」
「はい、申し訳ありません。いま、暖炉に薪を足しますので」
「それよりも」アウレリオが布団をめくった。「寒い、温めろ」
「はい?」足をさすれという意味だろうか?リオがアウレリオの意図がわからず首をかしげると、アウレリオがもっと大きく掛けふとんをめくった。「寒い、早くしろ」
「は、はい、ただいま。冷えた足を温めさせていただくということですよね?ちょっと、手が冷たすぎるので少しだけお待ちいただけますか?いま暖炉の前で温めてきま・・・」
「いいから!」

アウレリオはリオの右腕をつかむと、強く引いた。

「お前は人肌が一番あたたかいことを知らないのか?上掛けの中に入れ」
「え・・・?は、はい」

リオは目を白黒させながら、アウレリオの上掛けの中に入ったが、身体が氷のように冷たいので、温めることなどできそうにない。冷たい手足がアウレリオに触れないように、なるべく身を離した。

「もっと近くに来い」

アウレリオがリオの背をぐいとひきよせ、「冷え切ってるじゃないか」と怒ったような口調で言う。
「申し訳ありません」
「・・・だから、もっと暖かくしろといつも言っているだろう。何度言っても遠慮ばかりして・・・毒にあたって死ぬ前に、このままでは凍死してしまうだろ。気をつけろ」
「は、はい」
「寝るときはウールの寝間着を着ろ。毛布も遠慮なく必要なだけ使っていい。お前が風邪を引いたら、毒見が上手くできなくなるだろう?」
アウレリオはそう言いながら、リオの背をまた引き寄せた。
背中に当たった剣だこのあるごつごつした手に、どきどきと胸が高鳴る。そんな意味などないのに。
心臓は狂ったように跳ね、顔は真っ赤に染まる。耳まで紅潮し、見られては行けないとうつむくと、アウレリオの腕の中にすっぽりと包まれてしまった。

(ど、どうしよう、どうしよう・・・)

「まだ冷たいな」

アウレリオがリオの手を握った。

「お前は、自分のことに構わないし・・・いつも、何を与えようとしても遠慮ばかり。毛布すら受け取らないで、真冬は戸口で震えている。お前のしていることは不忠だぞ」
「えっ?」
「主人に心配をかけすぎだ」
「あ、あの・・・そんなつもりじゃ・・・」
「主人に心配をかけすぎないのも、賢い従僕の役目だ。覚えておけ」
「すみませんでした・・・」
「そうだ。すまないと思うなら、今後二度と遠慮してはならん。私が与えようとしたものを拒否するなどもってのほかだ。わかったか?」
「・・・はい。でも、俺にはもったいなくて」
「だから、お前が風邪を引いて、上手く毒見が出来なかったら、私が困るんだ」

アウレリオの口調はやさしく、なだめるようで、リオは泣きそうになった。
アウレリオが与えてくれるものに慣れてしまいそうで、怖かった。
過分な幸せは不幸の元だと教えられてきたので。
優しくされることも、食事をもらえることも、寝床があることも、当然ではない。今までの過酷な経験でそれを知りすぎていた。

「これからは、ご心配をかけないようにいたします」
「ん」アウレリオはリオの手のひらをもてあそんでいる。触れられているところがくすぐったい。
「それに、風邪を引いて迷惑をおかけすることもありません」
「ん、そうしてくれ」

そう言うと、アウレリオはリオの身体を両手で引き寄せた。

(心臓の音が聞こえる・・・どっちの心臓の音かわからないほど大きい)

さっきまで戸口で震えていたのに、それが嘘のように、体中がぽかぽかと温まり始めた。

(人肌が一番あたたかい、というのは本当かも)

そう思いながら、アウレリオの胸に頬をすりよせた。

(ああ、本当に・・・あたたかい・・・癖になってしまいそうだ・・・)

つま先や指先まで暖かくなり、リオは少し油断しすぎてしまったのかもしれない。

(まずい)

あらぬところが、あってはならない主張をはじめた。そのことに気づいたとき、リオは心から怯えてしまった。嫌われてしまう、と。






****************************

(お礼)
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
昨夜は私、書きながら寝落ちしてしまいました!兄さんを書いているときにも一度あったんですけど、受験生みたいです笑

というわけで昨日書いておいたものに加筆して、公開させていただきます。

そして、ハートを投げてくださいまして、ありがとうございました。
とても励みになっています♡




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