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第五十八話 契約《エミリア》
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リオは微笑みを浮かべた。
「ほんとうに、美しくて・・・お優しい方なんです」
夢見るようなまぶしそうな瞳。
(自分がどんな表情をしているのか、わかっているのかしら。それに、アウレリオ様がお優しい?)
エミリアは曖昧な笑みを浮かべた。
(私には、ゾッとするほど恐ろしい方だけど)
*******************
初めて伯爵が実家を訪れた日のことは今でも覚えている。
遠縁に偉い伯爵様がいる、とは聞いたことがあった。
うちとは違い、領地もたくさん持っている大金持ちだと。
あまりにも現実味のない話だった。
エミリアの実家の男爵家は、領地経営の才覚のない父と贅沢に慣れた母のせいで、経済状況が悪くなってもなすすべもないまま、領地を手放す瀬戸際まで追い込まれていた。
使用人はひとりまたひとりと減っていく。面倒を見てくれる侍女などとっくにいない。家政もうまく回せず、男爵家はますます貧しくなっていった。
そんなある日、草ぼうぼうの石畳の上を、4頭もの白馬に引かれた真っ白な馬車が男爵家の玄関先に入ってきた。古ぼけた庭には不似合いな金ピカの装飾。御者や従僕のお仕着せにも金やビロードがふんだんに使われ、男爵家の主人一家よりも豪華な服を着ていた。
エミリアはそのとき弟たちの面倒を見ていたが、馬車の軽快な音につられて玄関先に向かった。馬車のそばでは従僕が馬車に踏み段をしつらえ、次に真っ黒のマントを着た男が出てきた。男は山のように大きく、真っ白な馬車のきらめきを急にさえぎる黒い存在に、エミリアは目をぱちくりと見開いた。
真っ黒な装束の中、髪だけが日差しを受けて金色にきらめき、その瞳は海のように真っ青だった。父も母も使用人たちも皆ひれ伏すように頭を下げている。
弟たちとともに庭の木陰からこっそり近寄ると、伯爵がちらりとこちらを見た。途端に背筋が凍る。幼い弟たちは本能的におびえ、エミリアのスカートの影に隠れた。
伯爵家の狂気は口にすることは許されないが、誰もが知っている。「魔法使い」だとの噂もある。
そのせいか、伯爵には底のしれない恐ろしさがあった。
こんなうらぶれた男爵家に、なんの用なんだろう。
ぐずる弟の手を引き、通用口からこっそりと屋敷に戻ると、エミリアを探し回って息を切らした乳母に、髪を乱暴になでつけられ、小言とともに客間へ押し込まれた。
そこには先ほどの伯爵がいた。
伯爵の前のテーブルには、花が飾られ、高価な茶器とどこから出てきたのか豪華な焼き菓子や果物が所狭しと並べられていた。
伯爵は海のように深い青い瞳でエミリアを見つめた。まるで体を射抜かれるような居心地の悪さにエミリアはもじもじと後ずさった。
「本当にかしこい子どもです。性格も大人しく、出しゃばりませんので」
父はエミリアの右手を強引に引っ張ると、伯爵の前に立たせた。エミリアは急に継ぎのあたった自分のドレスがみすぼらしく思え、少しでもまともに見えるようにスカートのしわを手のひらで伸ばした。
どうやら、自分は伯爵家の使用人になるらしい。確か、女の子が生まれたと聞いたことがある。その子どもの世話係か、それとも奥様の侍女か・・・でも、実家にとってはここにいるよりも、食い扶持が1人分減るし、経済的に助かるということなんだろう。
瞬時に自分の役割を理解して、エミリアは頭を下げた。
どうせ逃げられないのなら、雇われる前から嫌われたくはない。
「ふん」
伯爵はエミリアには興味がなさそうだ。それも当然だ、こんな田舎の継ぎのあたったドレスを身にまとった冴えない小娘を・・・
「器量もなかなかかと」
「そうか?」
「今はまだ子どもですから。母親は若い頃は社交界の花と呼ばれておりまして」
「ははは」
せせら笑うような伯爵の笑い声に、父はピタリと口を閉じた。
「ふん、まあ、悪くはない」
伯爵は面白がるようにエミリアを眺めた。
エミリアは手入れの行き届いていない両の手をドレスのひだで隠した。
「条件はわかっているな。我が伯爵家の跡取り、アウレリオの婚約者役だ。お前は、アウレリオのパートナーとして必要があれば社交の場に一緒に出席すること。もし、結婚までこぎつければ、将来の伯爵夫人だ。アウレリオが他の相手と結婚する場合は、速やかに身を引くこと。その時には、お前には新しい結婚相手を世話しよう。婚礼のための準備費用や持参金も伯爵家で持つ」
「本当にありがたいことで」父がもみ手をしながら、伯爵におもねるように笑いかけたが、伯爵は父には目もくれず、エミリアを見た。
「承知するか」
いくらエミリアが賢くとも、まだ子どもだ。伯爵の出した条件の意味が理解できない。
エミリアが途方に暮れて父を見ても、父は早く了承しろと合図しているだけで、本能的に信用できなかった。
「あの」
「何だ」
「もし、アウレリオ様が他の方と結婚したくなったら、速やかに婚約を解消する、ということですよね?」
「その通り」
「では、私が他の方と結婚したくなったら、同じように婚約を解消してくださると言うことでしょうか」
伯爵は一瞬目を丸くすると、大声で笑い出した。
「男爵!お主の娘はかしこいな」
「ば、馬鹿者。余計なことを申して!伯爵様、愚かな娘をお許しください。幼さゆえ、自分が何を言っているのかわかっていないのです」
「わかっておりますわ。自分の立場も。でも、私にも一つぐらい希望があってもいいではありませんか」
「こ、この馬鹿・・・!」
「ははは」伯爵は腹を抱えて大笑いしている。
「本当に申し訳ありません、伯爵様。娘にはよく言い聞かせておきますので、何とぞご容赦を」
「いや、気に入った!未来の伯爵夫人になるためには、誇りも必要だ!人形のような女はいらん」
「は、はははい。そうでございますよね。私も日頃から娘に言い聞かせておりまして・・・」
「もうよい。娘のほうが、父親より遥かに利口だな。おい、娘!」
「エミリアと申します」
「よし、エミリア、伯爵家へようこそ。男爵。契約の手続きを」
伯爵が手を挙げると影のように寄り添っていた男爵の従僕が胸元から羊皮紙を広げた。
「エミリア嬢からも婚約の破棄を申し出ることができるよう、一文を加えろ」
「はい、閣下」
従僕は胸元から携帯用のインク瓶を取り出すと、サラサラと羊皮紙の下に一文を書き足した。
******************
(今ではもう、飢饉の時に無償で助けていただいたり、父の借金を肩代わりまでしていただいて、自分から婚約を破棄するなんてありえないとわかってはいるけど)
エミリアは小さくため息を漏らした。
でも、アウレリオはぞっとするほど、恐ろしい人だった。
******************
お読みいただきましてありがとうございました。
♡に広告まで、本当にありがとうございます!
急に寒くなりました、体に気を付けて風邪をひかれませんように!
今日私の職場では2人体調不良でお休みでした。
皆様、暖かくしてお休みください。
また明日、お会いしましょう♡
「ほんとうに、美しくて・・・お優しい方なんです」
夢見るようなまぶしそうな瞳。
(自分がどんな表情をしているのか、わかっているのかしら。それに、アウレリオ様がお優しい?)
エミリアは曖昧な笑みを浮かべた。
(私には、ゾッとするほど恐ろしい方だけど)
*******************
初めて伯爵が実家を訪れた日のことは今でも覚えている。
遠縁に偉い伯爵様がいる、とは聞いたことがあった。
うちとは違い、領地もたくさん持っている大金持ちだと。
あまりにも現実味のない話だった。
エミリアの実家の男爵家は、領地経営の才覚のない父と贅沢に慣れた母のせいで、経済状況が悪くなってもなすすべもないまま、領地を手放す瀬戸際まで追い込まれていた。
使用人はひとりまたひとりと減っていく。面倒を見てくれる侍女などとっくにいない。家政もうまく回せず、男爵家はますます貧しくなっていった。
そんなある日、草ぼうぼうの石畳の上を、4頭もの白馬に引かれた真っ白な馬車が男爵家の玄関先に入ってきた。古ぼけた庭には不似合いな金ピカの装飾。御者や従僕のお仕着せにも金やビロードがふんだんに使われ、男爵家の主人一家よりも豪華な服を着ていた。
エミリアはそのとき弟たちの面倒を見ていたが、馬車の軽快な音につられて玄関先に向かった。馬車のそばでは従僕が馬車に踏み段をしつらえ、次に真っ黒のマントを着た男が出てきた。男は山のように大きく、真っ白な馬車のきらめきを急にさえぎる黒い存在に、エミリアは目をぱちくりと見開いた。
真っ黒な装束の中、髪だけが日差しを受けて金色にきらめき、その瞳は海のように真っ青だった。父も母も使用人たちも皆ひれ伏すように頭を下げている。
弟たちとともに庭の木陰からこっそり近寄ると、伯爵がちらりとこちらを見た。途端に背筋が凍る。幼い弟たちは本能的におびえ、エミリアのスカートの影に隠れた。
伯爵家の狂気は口にすることは許されないが、誰もが知っている。「魔法使い」だとの噂もある。
そのせいか、伯爵には底のしれない恐ろしさがあった。
こんなうらぶれた男爵家に、なんの用なんだろう。
ぐずる弟の手を引き、通用口からこっそりと屋敷に戻ると、エミリアを探し回って息を切らした乳母に、髪を乱暴になでつけられ、小言とともに客間へ押し込まれた。
そこには先ほどの伯爵がいた。
伯爵の前のテーブルには、花が飾られ、高価な茶器とどこから出てきたのか豪華な焼き菓子や果物が所狭しと並べられていた。
伯爵は海のように深い青い瞳でエミリアを見つめた。まるで体を射抜かれるような居心地の悪さにエミリアはもじもじと後ずさった。
「本当にかしこい子どもです。性格も大人しく、出しゃばりませんので」
父はエミリアの右手を強引に引っ張ると、伯爵の前に立たせた。エミリアは急に継ぎのあたった自分のドレスがみすぼらしく思え、少しでもまともに見えるようにスカートのしわを手のひらで伸ばした。
どうやら、自分は伯爵家の使用人になるらしい。確か、女の子が生まれたと聞いたことがある。その子どもの世話係か、それとも奥様の侍女か・・・でも、実家にとってはここにいるよりも、食い扶持が1人分減るし、経済的に助かるということなんだろう。
瞬時に自分の役割を理解して、エミリアは頭を下げた。
どうせ逃げられないのなら、雇われる前から嫌われたくはない。
「ふん」
伯爵はエミリアには興味がなさそうだ。それも当然だ、こんな田舎の継ぎのあたったドレスを身にまとった冴えない小娘を・・・
「器量もなかなかかと」
「そうか?」
「今はまだ子どもですから。母親は若い頃は社交界の花と呼ばれておりまして」
「ははは」
せせら笑うような伯爵の笑い声に、父はピタリと口を閉じた。
「ふん、まあ、悪くはない」
伯爵は面白がるようにエミリアを眺めた。
エミリアは手入れの行き届いていない両の手をドレスのひだで隠した。
「条件はわかっているな。我が伯爵家の跡取り、アウレリオの婚約者役だ。お前は、アウレリオのパートナーとして必要があれば社交の場に一緒に出席すること。もし、結婚までこぎつければ、将来の伯爵夫人だ。アウレリオが他の相手と結婚する場合は、速やかに身を引くこと。その時には、お前には新しい結婚相手を世話しよう。婚礼のための準備費用や持参金も伯爵家で持つ」
「本当にありがたいことで」父がもみ手をしながら、伯爵におもねるように笑いかけたが、伯爵は父には目もくれず、エミリアを見た。
「承知するか」
いくらエミリアが賢くとも、まだ子どもだ。伯爵の出した条件の意味が理解できない。
エミリアが途方に暮れて父を見ても、父は早く了承しろと合図しているだけで、本能的に信用できなかった。
「あの」
「何だ」
「もし、アウレリオ様が他の方と結婚したくなったら、速やかに婚約を解消する、ということですよね?」
「その通り」
「では、私が他の方と結婚したくなったら、同じように婚約を解消してくださると言うことでしょうか」
伯爵は一瞬目を丸くすると、大声で笑い出した。
「男爵!お主の娘はかしこいな」
「ば、馬鹿者。余計なことを申して!伯爵様、愚かな娘をお許しください。幼さゆえ、自分が何を言っているのかわかっていないのです」
「わかっておりますわ。自分の立場も。でも、私にも一つぐらい希望があってもいいではありませんか」
「こ、この馬鹿・・・!」
「ははは」伯爵は腹を抱えて大笑いしている。
「本当に申し訳ありません、伯爵様。娘にはよく言い聞かせておきますので、何とぞご容赦を」
「いや、気に入った!未来の伯爵夫人になるためには、誇りも必要だ!人形のような女はいらん」
「は、はははい。そうでございますよね。私も日頃から娘に言い聞かせておりまして・・・」
「もうよい。娘のほうが、父親より遥かに利口だな。おい、娘!」
「エミリアと申します」
「よし、エミリア、伯爵家へようこそ。男爵。契約の手続きを」
伯爵が手を挙げると影のように寄り添っていた男爵の従僕が胸元から羊皮紙を広げた。
「エミリア嬢からも婚約の破棄を申し出ることができるよう、一文を加えろ」
「はい、閣下」
従僕は胸元から携帯用のインク瓶を取り出すと、サラサラと羊皮紙の下に一文を書き足した。
******************
(今ではもう、飢饉の時に無償で助けていただいたり、父の借金を肩代わりまでしていただいて、自分から婚約を破棄するなんてありえないとわかってはいるけど)
エミリアは小さくため息を漏らした。
でも、アウレリオはぞっとするほど、恐ろしい人だった。
******************
お読みいただきましてありがとうございました。
♡に広告まで、本当にありがとうございます!
急に寒くなりました、体に気を付けて風邪をひかれませんように!
今日私の職場では2人体調不良でお休みでした。
皆様、暖かくしてお休みください。
また明日、お会いしましょう♡
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