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第四章 雪解けの季節

どうしてあの女は来ないんだ

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「はあ? 来ないだと?」

 昼過ぎに執務室で書類を読んでいたオスカーは、セバスに「リリア様はおいでになりません」と聞かされ、その顔を盛大にしかめた。

「食事係のメイドからの伝言です。薬を認めていただけるまでは会わない約束です、と」
「約束だと?」
「お忘れですか? オスカー様がおっしゃったことです。――半年の間に薬を見極めてやる、但し顔を見せるな。……わたくしも、控え室で聞いておりましたから」

 セバスがどこか勝ち誇ったような顔で告げた。
 確かに、そんなことを言った。
 だが、それはあの女に守らせる条件であって、こちらが縛られるものではなかったはずだ。

「しかし、領主が呼べば来るのが当たり前だろう? あの女は、勝手に住み着いた居候なんだから」
「お言葉ですが、オスカー様。リリア様は居候ではございません。オスカー様に請われて嫁いで来たのです。別邸にお住まいなのも、オスカー様のご指示です。勝手に住み着いたのではありません」
「それはそうだが……」

 どこか責めるような口調で言われ、オスカーはとっさに反論の言葉が出てこない。
 確かにその通りだからだ。

「オスカー様。話をされたいなら、まずはこれまでの非礼を詫びるべきです。リリア様は奥様なのです。もっと大切になさるべきかと」

 わけのわからないことを言う。
 なぜおれが詫びねばならぬのか。
 奥様、というふざけた呼び方も気に入らないが、さっきからどうにも分が悪い。

「わたくしは申し上げました。あのような手紙では振り向いていただけないと。ここは花束のひとつでもつけて――」
「わかったわかった。花でもなんでもつければいいから、とにかくあの女を連れてきてくれ。話があるんだ」

 話が長くなりそうだったので、それを遮って口を閉じさせる。

「残念ですが、リリア様はご不在です」

 セバスが残念そうな顔になった。

「いない?」
「本日はお出かけとのことです」
「お出かけ? どこへだ?」
「冒険者ギルドです。夜まではお戻りになりません」
「冒険者ギルドだと? いったい何の用だ?」

 強い口調で聞き返したが、セバスの答えを聞かずともわかっている。
 薬の商売のためだと。

 実は、オスカーが遠征から戻ったとき、王都のイアンから手紙が届いていた。
 そこには、ハーブ家でオスカーが見たのは妹のディアナで、嫁いで来たあの女こそ薬草師のリリアであることが書かれていた。
 ご丁寧にも、王宮の魔法省による鑑定書までつけて。

 つまり、王都にいるリリア嬢は――今となってはディアナ嬢と呼ぶべきだが――回復薬と何の関係もなかった。グリンウッド領の騎士団に薬を作っていたのは、別邸にいるあの女だったのだ。
 オスカーのとんだ勘違いだった。

 さっきから分が悪くても言い返せないのは、それが頭にあるからだ。

「――もちろん、薬の商売のためです。オスカー様が屋敷での売買を禁じましたので、リリア様はグリンウッド家ではなく、個人で薬の事業をされています」

 説明しながらセバスが盛大なため息をついた。
 グリンウッド家の事業になるはずだった商売をみすみす逃した、と言いたいのだろう。

(しかし、だから何だと言うんだ)

 恨めしげな顔のセバスに向かって、オスカーは心の中で反論する。
 優秀な薬草師かもしれないが――おれにだって女性の好みというものがある。あんなおかしな女、絶対にお断りだ。
 今日、彼女を呼び出したのは、自分が求婚したかったのはディアナ嬢だったと、伝えるため。
 彼女には王都へ帰ってもらうつもりだった。

 それに――とオスカーは自分に言い聞かせる。
 イアンとの約束がある。決して手を出さないと。薬で儲けても構わないと言われたが、他人の嫁になる女性を働かせて金儲けするなど、そんな真似はしたくない。

「リリア様の薬は、たいそう評判がいいそうです。残念ながら、材料の薬草は当家ではなく、冒険者ギルドから仕入れていますが」
「薬草の仕入れだと? ――もしかして、最近、屋敷の薬草の仕入れが減っているのもそのせいか?」

 このところ、グリンウッド家に持ち込まれる領民からの薬草が目に見えて減っている。
 特に、孤児院から仕入れていた薬草が全く持ち込まれなくなった。どうしたことかと、首をかしげていたのだ。

「はい。うちではなく、冒険者ギルドに持ち込まれています」
「もしかして、孤児院の薬草もか?」
「そうです。リリア様は、よく孤児院を訪れているそうです」
「やはりそうか。セバス、おれはちょっと出かけてくる!」

 グリンウッド領の孤児院にいるのは、主に魔物に襲われて親を失った子供たち。
 彼らが孤児になったのは、魔物を討伐できなかった領主家の責任――そう考えて、積極的に保護してきた。
 孤児たちが採ってくる薬草は質が低いが、それでも生活の足しになればと、持ち込まれたら全て引き取ってやっている。

 ――孤児たちを利用するつもりか。

 そうだとすれば、言語道断。
 ここはガツンと言ってやらなければ。
 オスカーは立ち上がった。

「オスカー様、どうかお待ちください!」

 セバスが呼び止めたが、構わずに歩き出す。

「邪魔をするな! おれは行く!」
「奥様を迎えに行くなら、花束をお持ちになるべきかと!」

 なぜそうなる。
 あの女のこととなると、セバスはどこかズレている。

「ふざけるな! そんなものはいらん!」
「では、せめて馬ではなく馬車でお願いします! あと、礼服にお召し替えを――」

 背中から聞こえてくるセバスの声を無視してうまやへと向かうと、ひらりと馬に跨り、冒険者ギルドへと駆け出していった。



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