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第四章 雪解けの季節

孤児院での決意(1)

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「あっ、メイドのおねえちゃんだ!」

 教会に併設された孤児院。
 昼下がりにその大広間でシスターと立ち話をしていたリリアの耳に、元気な声が聞こえてきた。

「あっ、ラナちゃん、おかえり! って、きゃあぁぁ」

 リリアが振り返ると、茶髪をショートカットにした女の子が笑顔で駆けてきた。
 腰のあたりに思いっきり抱きつかれ、その勢いで後ろへ倒れそうになる。
 子供はいつだって全力だ。

「ラナたちね、今日もいっぱい薬草を採ったんだよ!」

 この女の子は九歳のラナちゃん。リリアにぎゅっと抱きつき、嬉しそうに仕事の成果を報告する。
 背負いかごにいっぱいの薬草。
 くるっとした緑色の瞳を輝かせ、褒めて褒めてと、全身でアピールする様子が、なんとも可愛いらしい。

 その後ろから、よく似た顔立ちの男の子が、こちらもかごいっぱいの薬草を背負って歩いてきた。
 彼はラナのお兄ちゃんで、十三歳のノアくんだ。
 この孤児院に通うようになって、グリンウッドの土地の人には緑色の瞳が多いことを知った。だから、とても親近感が湧く。

「うわー! ラナちゃんもノアくんもたくさん採ったのねえ。種類も豊富だわ!」

 シスターに、また後で、と目で合図を送ってから二人の背負いかごを見たリリアは、心からの歓声を上げた。
 この二人、亡くなった両親が冒険者だったそうで、二十人ほどいる孤児の中で、とりわけ薬草採りがうまい。
 褒められたラナが、むふー、と小さな胸を反らせた。

「すごいでしょー。山の奥まで行ってきたんだよ」

 貴族であるリリアにも物怖じせず、ニコニコと可愛い笑顔を向けてくる。
 それもそのはず。
 この孤児院で、リリアは『グリンウッド家のメイドで薬草に詳しいおねえちゃん』ということにしてもらっている。
 そうしておけば、子供たちに気軽に接してもらえるし、いずれ屋敷を離れても、変わらずにお付き合いを続けられるからだ。
 あえて名前は名乗っていないが、この歳の子供には、「薬草のおねえちゃん」で充分らしい。

「山奥まで行ったの? 危なくなかった?」
「ぜんぜん平気よ。今年は魔物が少ないし」
「魔物が?」
「オスカーさまが頑張って退治してくださってるんだよ。ね、お兄ちゃん」
「ああ。今年は特に力が入っているらしいな」

 兄のノアが、少し大人びた口調で答える。
 十三歳の彼は、本来なら孤児院を出て働き口を探さなければならない年齢だが、妹がいるのを理由に猶予されている。

「そうなの? ノアは詳しいのね」

 オスカー様には相手にされていないものの、領民に褒められているのを聞くと、やっぱり嬉しい。
 そう思って微笑みながら訊ねたリリアに、ノアは少しぶっきらぼうな口調で答えた。

「冒険者の噂だ。王都から美しいご令嬢を花嫁に迎えたから、領地が安全だとアピールしたいんだってさ」

 なにそれ。全然違うから――。

 リリアは思わず内心で突っ込みを入れる。
 どこをどう勘違いしたら、そうなるのか。
 現実とのギャップに戸惑うリリアに、そうとは知らないラナが目を輝かせた。

「ねえ、オスカーさまの奥さまって、そんなにきれいなの? おねえちゃんよりも?」

 女の子だけに、興味津々といった顔だ。
 どう答えればいいのだろう。ここでの身バレだけは避けたい。

「うーん、あたしもよく知らないの。屋敷の使用人は、誰も奥様にお会いできないのよ」

 メイドの一人になったつもりで答える。
 アンナとテッドの他には、初日に初老の執事に鍵をもらっただけで、使用人とは誰とも会っていない。あながち間違いではないはずだ。

 ふと顔を上げると、アンナとカレンが何やら笑いをこらえているような顔で、こちらを見ていた。
 自分で自分を知らない、と言っているのがおかしいのだろう。
 ぷるぷる震えてないで、助けてほしい。

「そうなの? わたし、おねえちゃんならきっと知ってると思ったのにな」
「ごめんなさいね。それじゃあ、ラナちゃんたちが採ってきた薬草、見てあげるから並べよっか」
「……うん、わかった。いろいろ採ってきたの、おねえちゃんに見せてあげる」

 リリアが話題を薬草に戻すと、ラナが嬉しそうに背中からかごを降ろした。
 中身は草だが、量が多いだけにそれなりの重さがある。
 これを背負って魔物に襲われたらひとたまりもないな――。
 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

「ただいまー! あっ、薬草のおねえちゃんが来てる!」

 すると、ちょうどそこへほかの子供たちが連れ立って帰ってきた。

「本当だ! おねえちゃん、ボク、薬草とってきたよ!」
「わたし、ヒアルロ草をいっぱい見つけたの!」
「ラナばっかりずるい! わたしも遊んでよぉー」

 リリアの周りにわらわらと群がり、腕を引っ張ったり、腰に抱きついたりしてくる。
 小さな子供は、若いお姉さんが大好き。
 なぜかカレンやアンナよりもリリアに集まってくるのだが、薬草の知識を教えているからだろうか。

「はいはーい。順番に見てあげるから心配しないで。それより、みんな帰ってきたし、先にご飯を食べましょ」
「「「えっ、ごはん?」」」

 リリアが食事を呼びかけると、騒いでいた子供たちが一斉に目を輝かせた。
 この年の子供には、何よりも食い気が勝る。

「そう、今日はお肉のスープよ」
「「「わぁ、やったー!」」」

 お肉のスープと聞いて、子供たちが一斉に食堂へと駆け出した。
 孤児院に来るときは、テッドにお願いして料理を作ってもらっているのだが、子供たちはみんなそれを楽しみにしている。

「ちゃんと手を洗いなさいね!」
「「「はーい」」」

 食堂の扉が開いて、スープのいい匂いが漂ってくる。
 なんだかリリアもお腹が空いてきた。
 子供たちに続いて歩き出したリリアに、アンナがそっとささやいた。

「リリア様は子供たちにも大人気ですね」
「うふふっ、みんな素直で可愛いの。オスカー様のことも尊敬していて、なんだか嬉しくなっちゃう」

 相手にされていなくても、自分の好きになった人が慕われているのは嬉しい。
 ちょっとおかしな解釈も聞かされたが、人々の噂なんて、そのうち消えてしまうだろうから、あまり気にしないことにする。

「子供たちも、リリア様がどんなに素敵な奥様か、ちゃんとわかってるんですね」

 アンナがおかしそうにくすくすと笑う。
 彼女もちょっと誤解している。
 リリアは奥様ではないし、そもそも子供たちはリリアが貴族であることも知らないのに。
 いずれ彼女にも本当の話を打ち明けようと思う。

「「「おねえちゃーん! 早く! いっしょに食べようよぉ!」」」

 食堂から声がかかった。
 みんな並んでリリアを待っている。
 お腹を空かせた子供たちを待たせてしまった。

「はーい、今いくよー」
「ちゃんと手を洗うんですよ!」

 ラナがまるで年上のお姉さんのような口調で言い、食堂が笑いに包まれた。

 それからリリアは笑顔に囲まれて食事をとり、子供たちと薬草を仕分けたり、見分け方を教えてあげたりして、日が暮れるまで楽しく過ごした。


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