青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第1章》 午前二時のジゼル

階段のふたり3

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「お願いします。わたしを買ってください。……違う、ちゃんと返すから貸してください。わたしの体を好きに使っていい。セックスでもいいし、家政婦でもいい。利息もつけて返します。だから……」

「イヤな人じゃなかったのかよ」

「だからです」彼女は即答した。「あなたはわたしに全然興味がない。だから純粋に取引ができる」

「それで」

 飛豪は次をうながす。彼女が言ってきた理由に、センスの良さを感じた。

「わたし今、大学の三年生なんです。就職したら、五年で全額返済する。利息もつけて、六〇〇万はいかがですか? だからあと二年、二年待ってくれたら返済をはじめます。でも今日お金を何とかしないと、大学やめなきゃいけない」

 飛豪は振りかえって、まじまじと彼女を見下ろした。心のうちで、彼女がそこまでの金額を必要とする理由を考える。

 ホストにつぎ込むタイプでも、ブランド品に狂って消費者金融にかけこむタイプでもない。

 彼女はいかにも普通の学生のようで……なのに、特異な何かがある。その何かと五〇〇万が関係している気がする。親や親戚がいないというのも奇妙だ。まだ、見極めきれなかった。

「苦学生か。正直に金が必要な理由を言えば、考えてやらなくもない」

 アオヤギトーコと名乗った、青いドレスの女。別にこの女の弁済能力が信じられそうだと判断したわけではない。話を聞く気になったのは、ニーズが合いそうだと思ったからだ。

「理由、どうしても言わなきゃいけないですか?」彼女は必死で、すがりつくような目をしていた。

「あんたを信じるかどうか、判断材料にはなるよな」

「でも、言えないんです」

「事情は言わない、金だけ貸せってか? 都合のいい話だな」

「分かってます」生意気そうな瞳が、飛豪をとらえていた。

 彼女もまた、彼の全身を眺めまわしていた。それこそ、頭の先からつま先まで。きっと、懐具合、身体を預けるに値する男かどうか、ドラッグを使わない安全な男か、見定めているのだろう。

 ――ずいぶんと無遠慮だな。

 堂々と値踏みされるのは、怒りこそしないが気分を害するところがある。飛豪は、彼女の顎に手をかけた。

「お兄さん、わたしを買って?」

 臆することなく、彼女が低く囁きかけてきた。惑わせようと、誘いかけようとしている。

 なのに無意識か、腰がひけて体が小刻みに震えている。内心の恐怖を押し殺して、ここで勝負をきめようとしているのだろう。彼女の言葉がまるで似合ってなくて、飛豪はつい鼻で笑った。

「……⁉ なにかおかしいですか?」

「いや、向いてないなと思って。あんたが娼婦みたいな真似しても、ミスマッチだ」

「そんなことない」瞳子は睨みつけてくる。

「褒めてるつもりなんだけど……でも、興味は持ったかな」

 階段の踊り場、彼女の逃げ場をなくすようにもう一歩体を寄せて壁際に追いつめる。

 体を硬直させた彼女が、息を呑んだのが分かった。黒い瞳が、不安げに大きく揺れる。

 飛豪はかまわずに、彼女の顔にかけた手を、頬骨やこめかみ、唇へと這わせていき、やがて首筋へと移した。手のひらを大きく開き、細い喉輪をおおう。

「借金返し終わるまで、あんた自身が担保になるんだよな? 俺がこの体、本当に好きにしていいのか」

「……はい」

「こういうことしても?」彼は瞳子の首に力をこめた。喉が、ぐっと締まる。

「いいですよ」

 彼女は淡く涙をにじませて、じんわりと笑った。怯えと恍惚が溶けあっている不思議な顔つきに、飛豪は目をみはる。しかし、こちらも動揺を悟られてはならない。

 ゆっくりと顔を寄せて唇をかさねた。彼女は拒まなかった。受けいれるように口を軽く開くと、衝動のまま侵入してくる彼の舌に、無抵抗に意思を明けわたした。無血開城だ。

 やがて彼女の口を解放した飛豪は、唾液にまみれた口元をぬぐった。

「死なないようにはするけれど、乱暴には扱うと思う」

「構いません」

「念のため訊いておくけど、自分のことそんな簡単に売り渡して、万が一死んだらどうすんの?」

「その時はその時で。あなたを選んだわたしの自己責任です」

 商談成立だ。

 彼は「俺のことは飛豪ひごうって呼んで」と言いながら彼女の手をとり、階段を下りはじめた。


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