青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第2章》 西新宿のエウリュディケ

神楽坂のコーヒーショップ2

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 高瀬の用件は明後日、月曜からの東北出張についてだった。

 ヨーロッパからのエネルギー企業の視察で、飛豪のビジネススクール時代の同級生の親戚だかが噛んでいる案件だったので、必然的に通訳兼交渉役として駆り出される。

 いつもどおり、法律と土地権利の話は高瀬が如才なくまとめて、金勘定と専門トークは飛豪が引き受けることになる。時間をかけて準備はしてきたので、余程のトラブルが発生しなければ上手くまとまるだろう。

 わざわざ土曜朝に顔をあわせて話しこまなければいけない理由は、もう一つあった。

「それでさ、高瀬。今、先月と今月の領収書とか見積さらってるところなんだけど、気になることが一つ」

「ん?」

「八田トータルソリューションズと、ブライト・クリエイティブ。知ってるか? 二週間の前の麻布の接待パーティーで受注してた企業なんだけど」

「僕もそこ気づいてて、フェイに言いたかった。嫌なニアミスしたなと思って」

 彼も気づいていたのであれば話が早い。飛豪は膝をつめて、もう一段声をひそめた。

 二人の勤務先は小さい組織なので、外注にも多く頼っているが、金の戸締りだけは絶対に身内でおこなう。なので、毎月の領収書や支払いは、複数人でチェックをかけるのが原則だった。

 先日、請求書の束にある企業の名前を見つけたとき、飛豪は何か、警告めいたものを感じて封筒をもつ手がとまった。

 ブライト・クリエイティブ。モデル派遣兼映像製作の会社である。

 企業名をじっと眺めているうちに、ブライトが八田トータルソリューションズの一〇〇パーセント資本出資子会社であると思いだした。そして、八田トータルは、青柳瞳子とつながっている。

 藤原から送られてきた彼女についてのレポートにも、八田の名前があった。

 あのレポートにあった膨大な量の固有名詞のなかで、なぜそれを覚えていたかというと、彼女――および彼女の母親――の借金の今の債権者だったからだ。そして八田の正体はと言えば、名の知れた反社会的勢力のフロント企業である。

 八田の息のかかったブライトは、裏で風俗とAV製作に関わっていることも知られている。青柳瞳子が仮に八田に拘束されたとしたら、ブライト・クリエイティブの所属で働かされることになるだろう。

「高瀬、ブライトって、誰コネクションで引っ張られてきた企業か分かる? 確か前回か前々回からだよな、ブライトがあのイベントに入りはじめたの。反社とクスリの調べは事前にやってるだろ」

「いや、そこまでは……室岡さんではないから……ひょっとして美芳メイファンさん?」

「まさか……いや……あるな。美芳叔母さんなら、貸し一つか二つで、一時的に出入りさせるぐらいのことは、する」

「美芳さん、来週の出張終わりに会う予定あるから聞いておくよ」

「助かる。頼むわ。で、話が取っ散らかってきたけど、本題はもう一つあるんだ。八田がまだ青柳瞳子を引っ張ろうとしてる」

 飛豪は、昨晩の瞳子と山根のやりとりを伝えた。想像するに、山根は八田トータルの人間だと考えて間違いなさそうだ。

「新規の借金まででっちあげて、未練たっぷりに粘ってた。あれは、計画と金が動いてたんじゃないかな。だから青柳瞳子を押さえられなくて、損失に焦って言いがかりをつけているように見えた」

「『青柳』じゃなくて『桐島』だろ。フェイは海外にいたから知らないだろうけど、普段テレビつけない僕ですら知ってるレベルの子だよ。でも、そのテレビCMが仇になったんだから可哀そうに。ああいう娘に手出したがるオッサンども、テレビとか広告業界にうじゃうじゃいそうだし。確かにまだ、そっちでは金の卵だよな。お綺麗な業界にいた女の子が、汚辱にまみれて裸になるのは、ゲスな人間が好きそうなコンテンツだ」

 皮肉げな物言いの高瀬に、飛豪もつい反発した。なぜか、庇うような言い方になってしまう。

「才能があって、スポンサー獲得でテレビ出るのは別に、本人が悪いわけじゃないだろ」

「そうだけど。で、本題は?」

「万が一のため彼女に護衛セキュリティをつけようか、悩んでる」

 飛豪が言った瞬間、高瀬が吹きだした。

「どうしちゃったの? つい先月まで、使い捨てのM嬢で発散してたくせに」

 やんやと冷やかしにかかった同僚の顎を、飛豪は片手でつかんだ。

「それ以上言うなよ」地割れするような圧のある声で凄むと、高瀬は彼と目をあわせたまま素直に謝った。

「……悪かった。でも、頼むなら藤原さんしかいないんじゃないか?」

「藤原さんと、最終的にはウチの人脈も必要になる。だけどそれ借りてしまって、俺も無傷でいられるかどうか」

「で、無傷で済まなくてもいい程度には、気にかけてるんだ。予算は?」

 こうなると高瀬は話が早い。シビアな金額交渉をするときの目つき、口調になっている。飛豪は黙って指で数字をだした。

「ふーん。元取れるの、それで?」

 先ほどの茶化しとは違う、敵を嘲るような冷笑を彼は浮かべた。

「とりあえず――」

 ホテルを出てからカフェにつくまでの三〇分間で考えてきたプランをざっと話すと、「良いんじゃないか」と高瀬も頷いて、多少のアドバイスをくれた。

 その後は欧州サッカーやゴールデンウィークの予定、ポジションを持っている株や夏に出張で行くことになっている海外他国の政治情勢の話をしながら時間をつぶし、昼前に高瀬は店を出ていった。
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