青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

文字の大きさ
65 / 192
《第5章》 ロットバルトの憂鬱

ピザ会1

しおりを挟む
 ゴールデンウィーク前の約束がびにのびて、同級生の奈津子とゆっくり晩ご飯ができたのは、結局六月になってからだった。

 梅雨の時期である。雨が降っているとグラウンドが使えないので、体育会系ソフトボール部の奈津子も練習がキャンセルになる。中間レポートシーズンも終わったので時間に余裕ができ、ようやく予定をあわせることができた。

 大学からも駅からも近く、なおかつ築浅の奈津子のアパートに行き、深夜をまわるまで食べつづけ、喋りつづけるのが二人のいつものスタイルだった。外食をするのは大抵ランチタイムだ。お洒落な店で美味しいものを食べるのは、学生の予算だと昼にかぎられてしまう。

「乾杯! やっぱピザ会はいいねー」

 宅配ピザをテーブルの中央に置き、雨のなか近所のスーパーで買いこんできた発泡酒の缶をあける。一緒に購入した惣菜を奈津子が並べていくのを見守りながら、瞳子は静かにある決意を心中で繰りかえしていた。

 ――言う。今日こそ言う。ナコちゃんに言えないなら、わたし、誰にも言えない。

 ピザをそれぞれ一切れ食べたところで、呼吸をととのえた。告白――および懺悔――タイムの始まりだった。

「あのさ、ナコちゃん。わたし最近、引っ越ししたんだ」

「え? それ初めて聞く。いつしたの? エリアは?」

 四種類の味がはいったLサイズピザで、次はどの味にいこうかと手を迷わせていた奈津子は顔をあげずに答える。

「一か月くらい前。場所は、神楽坂」

「神楽坂?」

 なにそれ、と奈津子がピザを忘れて瞳子を見つめた。「神楽坂って、都心の方の……山手線の内側だよね。大学からもバイト先からも遠いじゃん」

 奈津子の表情は、疑問符で渦巻いていた。

 瞳子は友人の不審を目のあたりにして、心が痛んだ。これから話すことを、分かってもらえるだろうか。軽蔑されたりしないだろうか。今の瞳子にとって、一番理解してもらいたいのは彼女だ。奈津子にけなされたり批判されたら、きっと深く傷つく。

 飛豪には、「もうちょっと人を頼れ」と言われた。人に頼るなら、まず先に自己開示をしなくては。それもあって今まで中途半端にしか伝えていなかった自分の状況や、新しい環境について打ち明けてみようと思った。

 だが客観的に見て、山根や八田に迫られていた借金返済や、飛豪とのただならない関係は、普通の女子大生の日常からはかけ離れている。そんな話を友人はどう受けとめるのだろう。今日は泊まりのつもりできたが、話の行き先しだいでは終電前に帰宅もありえる。

「あのね、わたし、ちょっと前まで数百万円の借金があって、債権が良くない人たちに渡って、トラブルが大きくなったの。警察にも行ったりしてて……。それで今、一時的にお金を肩代わりしてくれた人――一〇歳年上の男の人――の家に住ませてもらってる。その人の家が、神楽坂にあるんだ」

「……は?」奈津子のどんぐり眼がさらに大きく呆然と見開かれていた。「ごめん、日本語としては理解できたけど、よく分かんない」

 当然だろう。寝耳に水で、突拍子もないことを言われたのだから。

「驚かせてごめん。最初からちゃんと話すと時間かかっちゃうんだけど、いい?」

「……うん」

「前にナコちゃんにさ、わたし、バレエやってたって、怪我してやめたって言ったじゃない。あの時詳しくは話さなかったけど、まあまあイイ線いってたの。……それこそ国際コンクールに出たり、留学の奨学金もらったり。だけどバレエって物凄くお金かかって。うち、母子家庭だったから、いろんなところからお金かき集めてたの。で、最終的に怪我して踊れなくなって、借金だけが残って……」

 途切れがちに語る瞳子は、人参のラペサラダにじっと視線を落としていた。もう、友人の顔を見られなかった。両手で握りこんでいるチューハイ缶が温まっていくのを感じる。

 体を売り物にするつもりで、いかがわしいパーティーに行ったこと。飛豪には、自分から迫ったこと。彼のセフレになることで、数百万円を一括で貸してもらったこと。その後の展開も、すべて。

 奈津子に嫌いになられるのは怖いが、それが自分だ。なじられるのも、責められるのも、自分の行動の結果だ。絶交されるかもしれない。悪い結果に転んでも、大学で言いふらさないでほしいと、それだけはお願いするつもりだった。

 最後まで話しおえたとき、ピザは冷えきっていて、発泡酒からは炭酸が抜けていた。ゼミの発表ではもっと手際よく話せるのに、自分のこととなると全然だ。何度も言葉に詰まってしまった。

「だから、ごめんなさい。わたし……こんな嫌な話だけど、ナコちゃんには聞いてもらいたくて」

 瞳子は自分が、本質的には反省も罪悪感もないことを知っていた。過去に戻っても、同じことを繰りかえすだろう。同情も共感もほしいとは思えなかった。教会の告解スペースのように、誰かに打ち明けたかったのだ。ただ、聞かせられる相手の心情を考えると、ひどい話である。

 長い沈黙が流れた。その間、奈津子は戸惑ったように、言葉を探すように部屋の片隅に置いてあるダンベルに視線をさまよわせていた。やがて――。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

処理中です...