青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第7章》 元カレは、王子様

クレープとシードル

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 八月の二週目、世間的にはお盆休みの週でも、飛豪は毎日出社していた。

 同僚のヒガチカや室岡は休暇をとっているようだが、彼と高瀬の二人は翌週から二週間の海外出張があるので準備があるらしい。加えて、「みんな休みのときに休みとると、どこ行っても混んでるから。バケーションは、そのうちまとめて取る」とのことだった。

 瞳子はといえば、彼の出張と同じタイミングでインターンが決まっていたので、大学は夏休みにはいっていたものの、気もそぞろな日々を送っていた。休みらしいことと言えば、奈津子が長野への帰省前の一日、泊まりがけで遊びにきてくれた。

「神楽坂なら東西線で東京駅すぐだし!」と言いながら、奈津子はボストンバッグをさげてうきうきと現れた。同じ東京都とはいえ、大学のある武蔵野の田園エリアと神楽坂は雰囲気が全然違う。

 さっそく二人で赤城神社、通りにならぶ雑貨店、書店と街歩きをして、最後にガレットの有名店で夕方の小腹をみたした。ここのガレットは種類も多くて、生地も香ばしくてもちもちで、瞳子のお気に入りだ。飛豪とも時々来ている。

「ナコちゃんは、大学院進学だっけ?」

「そう。だから今年いっぱいはソフトして、来年は院試の勉強と卒論で手いっぱいになるかな」

「どこの大学院受けるの?」

 瞳子が訊くと、奈津子は都心にある大学の名前をいくつか挙げた。いずれも、今の二人の大学よりもレベルが高いところである。

「すごいね」と感想を言うと、奈津子は「受かればすごいけど、まだ分かんないなー」と曖昧な表情で眉尻を下げた。しかしすぐに、「でもゼミの教授からは、『どっかは受かるよ』って言われてるから、多分いける!」と、明るく握りこぶしをつくって断言した。

「大学院のあとは? 博士?」

 瞳子としては、飛豪が博士号をとりに大学に戻りたいと言っているのを聞いているので気にかかってしまう。

「ううん。修士とったら働く。さすがに博士は、よっぽどその先の自信がないと進む気になれないよ」

 その先、というのは、博士号をとった後の仕事やポストのことを意味するのだろう。

 就職を大前提にして考えていた瞳子は、自分の知らない世界が広がっているのを感じた。そういえば、本当はお金に余裕さえあれば留学や、大学が主催している海外研修のプログラムにも参加してみたかった、と思いだす。

 ――飛豪さんのお金に頼っているあいだは出来ない。したくない。

 なんとなく、なんとなくの予感だが、彼に言いさえすれば、あっさり許可した上に支払いまでしてくれそうな気がする。ただ、それは彼女の矜持が許さない。

 借金を重ねるのもよくないし、どこまでも彼に依存する自分になりたくない。

 だからこそ、自分の卵子に一つ五〇〇〇ドル――五〇万円超――の値がつくのなら別に売っていいや、と思うのだが、それは彼が断乎だんことしてNOの一点張りだった。

 広尾の翌日、再度その話をしたら「君の体、俺の自由にしていいっていうのが約束だろ。俺は反対」と、めずらしく厳しい調子で意志表示をした。卵子の話は、それっきりだ。

 ――お金、できるだけ早く返したいんだけどな。返済が終わったら、わたしは飛豪さんに……。

 いつもそこで思考が止まる。金銭の貸し借りがなくなって対等になったとき、自分は何を思うのか。彼とどうなりたいのか。彼自身はその時、瞳子をどう思っているのか。

 数年後の未来が、もやのなかに包まれている。確実に言えるのは、彼はここに居ないということだけ。
 二人でこの店に来ることもできなくなる。

「クレープもシードルも最高。ここのお店の子になりたい……」

 奈津子が、ナッツの散ったアイスクリームに塩キャラメルソースをかけたデザートクレープを頬張っていた。ほろ苦の焦がしキャラメルに身もだえしている。

「分かる! 自分で作ってみても、絶対にお店の味にかなわないの」

 一旦沈みかけた気分から浮上して、瞳子も目の前の皿に取りかかった。
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