青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第8章》 叛逆のデスデモーナ

電話

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 一週間がたっても、状況は変わらなかった。朝も、夜も、彼は親しげを装ったよそよそしさで接してくる。

 毎朝目がさめるたび、今日こそ彼が出張前みたいに戻っていればいい、と願っていた。そして朝食のテーブルについては、落胆する。

 本来なら瞳子は夏休み中なので、わざわざ早起きしてまで朝食をとる理由がない。夜型の体質で、用事のない午前中は起きているだけで体が重いし血のめぐりが悪い。なのに、半ば意地になって一緒に食事をとることにこだわっていた。

 九月半ばにさしかかった日の午後――まだ彼はオフィスにいる時間帯――に、とうとう思いあまった彼女はスマートフォンを手にとった。アドレス帳をひらいてその人物を選ぶと、通話ボタンを押した。

「うぉい」

 夕方の四時だというのに、起きぬけのようなルビの絡んだくぐもった声だった。

「藤原さん。あの……」

「どうした? なんかあったか? ……なんだ、自宅じゃないか」

 緊迫感のある声は長くはつづかなかった。電話をとってすぐ、瞳子の居場所を確認したようだった。

「ゴキブリでも出たなら、坊ちゃんに始末してもらえ」

 この数か月で藤原とはかなり気安く喋るようになった。

 普段はメールでやりとりをしているが、八月の初め、大学が夏休みに入った直後に、彼と黒川を夕飯に招待したこともあった。しかし、今日は良い話ではない。

「そうじゃなくて。……でも、飛豪さんの話なんですけど」

「あいつ、何かやらかした?」

「いえ、やらかしたのはわたしの方で……」

 あまり他人には聞かせられない恥ずかしい内容なので、起こったこと、自分が感じていることを要領よく説明するのが難しい。触ってもらえない云々うんぬんをなんとか誤魔化して、やっとの思いで概要を話しおえた。

「今の話聞いて、藤原さんはどう思います? 明後日、あの人の誕生日なんです。わたしに悪いところあるなら直さなきゃいけないし、お祝いしたいんです」

 最後は蚊の鳴くような消えいる声になった。

「あー…………」

 藤原は、そう言ったきり続く言葉がない。困りきった顔をして、こめかみの辺りを搔いている姿が目に浮かぶ。

「そもそも嬢ちゃん、アイツがどうしてかは、知ってるんだっけか?」

 長考のあいだに、色々と考えていたのだろう。口を渋らせながらも最後に訊いてきたのは、二人の関係の始まりに関わることだった。瞳子は思わず「やっぱり」と言いそうになって、口を押さえる。

 すべては繋がっている。そんな気がしていた。

 この話を他人とするのは初めてだった。

 今まで何度か彼に質問してはかわされて、他人に訊くことも憚られてきた。彼の一番痛いところだろうとは、予測がついている。それを勝手に詮索したりするのは、彼を傷つけるだけだ。だから今まで、何度も躊躇ためらっていた。

「飛豪さんが、ときどき暴力的に女性を扱うことですよね」

 自分に関することなので、つい慎重な表現になった。

「うん、それそれ。お前さん、上手に言葉選ぶな。――で、俺も坊ちゃんがホントは何考えてるかまでは知らんから、見当ちがいかもしれないが、多分、今回のはそこと関わってる気がする。嬢ちゃんが昔の男と一緒にいたっつうのが引き金だろ」

「でも、ちゃんと説明して謝ったし、飛豪さんも納得してくれました」

「理性とは離れた、本心のトコではめちゃくちゃ怒ってんだろ。あいつの場合さ、金運っつうか、生まれ育ちとか頭は良いんだけど、女運はとことん悪いんだ。要所要所でヤバイ女に人生折り曲げられてるから」

「へ?」

 女運。いきなりそんな話が始まって、瞳子は面食らった。

「まず、あいつの母親。で、今は美芳メイファンの会社で働いてるだろ。あと、一〇年前にアメリカで事故ったときに付きあってた女。この三人がスリートップで戦犯だよな」

 一〇年前の事故。同じことを広尾の夜にも聞いた。

 彼と美芳が話していて、彼は瞳子の前で持ちだされるのをひどく嫌がっていた。だから気にかかってはいたものの、アンタッチャブルなものとして聞き流したのだ。

「飛豪さんその時大学生ですよね。なにがあったんですか?」

 核心に迫ろうとしてる。それは彼から聞くべきだ、と思っているのに自制できなかった。
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