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《第10章》 天国の門
真珠のピアス
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慌てて飛豪も立ちあがって、彼女の腕をつかんで引き留めた。
「ちょっ、瞳子……待てって‼」
情緒のなさすぎる感想をさすがに悪いと思ったのか、機嫌をとるような必死の猫なで声で言ってくる。
「ごめん。俺は、瞳子が出てるのはちゃんと観るよ? でも、今まで全然縁がなかったから、距離があるっていうか……」
仏頂面で尖らせた彼女の唇の下を、飛豪はそっと撫ぜあげた。
顔が下りてきて、キスがはじまる。両頬が手のひらで包まれ、唇をわって彼の舌先が挿しこまれる。
いやらしく響く唾液の音や、まとわりついてくる彼の厚みのある舌の感触に、瞳子の下半身は敏感に湿りはじめる。気がつくと片手が耳たぶに移動していて、やわやわと揉みこまれる。行為を暗示しているかのようだった。
「んッ…やぁ……ふ……」
このままなし崩しに始まるのは嫌だと、彼の体を両手で押し戻す。濡れた唇を、ぐいと手の甲でぬぐった。
「キスで誤魔化した」
「誤魔化してない。今のは単に、昼間のパジャマ姿が可愛かったから。……まだ体温高めだから、午後も寝てな」
飛豪はもう一度踏みこんで額にキスをすると、のしのしと去っていった。
――くっそう。小学生男子みたいな感想しか言えないくせに、大人ぶって……。あ、藤原さんの容体聞きそびれた。
その夜、夕飯ができたと呼ばれて瞳子がダイニングの席につくと、カトラリーのそばに五センチ四方のベルベットの小箱が置かれていた。
「飛豪さん、どうしたの、これ?」
「風邪ひいて拗ねてる人に、クリスマスプレゼント」
「え? なんで? プレゼント交換はわたしが社会人になるまでしないって、この前話したのに……」
「ま、そうなんだけどさ。今回は特別。開けてみて。見れば分かるから」
瞳子は戸惑いを隠しきれないまま、その箱を手にとった。
一応現代を生きる二〇代女性なのだ。中を見ずともアクセサリーなのは分かる。問題は、どんなアクセサリーかだ。箱の色から、先日の指環とは別のメーカーであることだけは分かった。
バネ式の小箱が重々しい感触で開かれると、あらわれたのは一対の真珠のピアスだった。
オーソドックスな白色のパールだが、淡い桜色がほんのりと上品に輪郭を彩っている。直径は、小指の爪先に少したりない程度。小粒だが、照明を反射するときに光をはじく。
「えっと……この前、ピアスホールお願いしちゃったからですか?」
おねだりする意図はなかった。弁解のために、瞳子は慎重に言葉をえらんだ。
「直接のきっかけはあの日だったけど、君は俺にとって天国の門だから。良い機会だし、身につけてくれると嬉しいなって」
曰く、天国の門とは聖書の一節だという。「神様のいる都の門が真珠でできている」という箇所から、真珠を選んだらしい。彼は母親がカトリックなので洗礼は受けていないものの、聖書の知識はあるそうだ。
「俺にとって過去一〇年分とこっから先の人生、君に救われたと思ってる。だから、門番にワイロを渡しておこっかなって思った」
「それで真珠なんですね」
「あと、真珠は有機物だから俺にとっては石よりも格上なんだ。資本主義社会では、ダイヤが最強なのも分かってるけど。下手にギラついた石プレゼントして家に仕舞っておかれるよりは、使ってほしい」
「つけます。毎日つけます。ワイロ万歳!」
機嫌が上向き、くすりと笑った瞳子は、先日のファーストピアスを外して真珠のピアスをつけた。
「似合ってます?」
髪をかきわけて耳朶を見せると、飛豪は大袈裟に安堵してみせた。
「うん。いい感じ。……良かった、やっと笑ってくれた。もう、クリスマスにケンカとか辛い。本当はさっきのタイミングで渡したかったけど、キスで誤魔化した上に物で釣ったとか言われそうだったし」
「んー、けど、わたしが物で懐柔されたってことには変わりなくって……ところで、飛豪さん。前に新宿のホテルに泊まったとき、聖書読んでませんでした? ゴールデンウィーク前にウナギご馳走してもらった夜……もう相当前だから、覚えてないかな」
聖書といえば。連鎖的に、半年前の記憶がよみがえってきた。
「ちょっ、瞳子……待てって‼」
情緒のなさすぎる感想をさすがに悪いと思ったのか、機嫌をとるような必死の猫なで声で言ってくる。
「ごめん。俺は、瞳子が出てるのはちゃんと観るよ? でも、今まで全然縁がなかったから、距離があるっていうか……」
仏頂面で尖らせた彼女の唇の下を、飛豪はそっと撫ぜあげた。
顔が下りてきて、キスがはじまる。両頬が手のひらで包まれ、唇をわって彼の舌先が挿しこまれる。
いやらしく響く唾液の音や、まとわりついてくる彼の厚みのある舌の感触に、瞳子の下半身は敏感に湿りはじめる。気がつくと片手が耳たぶに移動していて、やわやわと揉みこまれる。行為を暗示しているかのようだった。
「んッ…やぁ……ふ……」
このままなし崩しに始まるのは嫌だと、彼の体を両手で押し戻す。濡れた唇を、ぐいと手の甲でぬぐった。
「キスで誤魔化した」
「誤魔化してない。今のは単に、昼間のパジャマ姿が可愛かったから。……まだ体温高めだから、午後も寝てな」
飛豪はもう一度踏みこんで額にキスをすると、のしのしと去っていった。
――くっそう。小学生男子みたいな感想しか言えないくせに、大人ぶって……。あ、藤原さんの容体聞きそびれた。
その夜、夕飯ができたと呼ばれて瞳子がダイニングの席につくと、カトラリーのそばに五センチ四方のベルベットの小箱が置かれていた。
「飛豪さん、どうしたの、これ?」
「風邪ひいて拗ねてる人に、クリスマスプレゼント」
「え? なんで? プレゼント交換はわたしが社会人になるまでしないって、この前話したのに……」
「ま、そうなんだけどさ。今回は特別。開けてみて。見れば分かるから」
瞳子は戸惑いを隠しきれないまま、その箱を手にとった。
一応現代を生きる二〇代女性なのだ。中を見ずともアクセサリーなのは分かる。問題は、どんなアクセサリーかだ。箱の色から、先日の指環とは別のメーカーであることだけは分かった。
バネ式の小箱が重々しい感触で開かれると、あらわれたのは一対の真珠のピアスだった。
オーソドックスな白色のパールだが、淡い桜色がほんのりと上品に輪郭を彩っている。直径は、小指の爪先に少したりない程度。小粒だが、照明を反射するときに光をはじく。
「えっと……この前、ピアスホールお願いしちゃったからですか?」
おねだりする意図はなかった。弁解のために、瞳子は慎重に言葉をえらんだ。
「直接のきっかけはあの日だったけど、君は俺にとって天国の門だから。良い機会だし、身につけてくれると嬉しいなって」
曰く、天国の門とは聖書の一節だという。「神様のいる都の門が真珠でできている」という箇所から、真珠を選んだらしい。彼は母親がカトリックなので洗礼は受けていないものの、聖書の知識はあるそうだ。
「俺にとって過去一〇年分とこっから先の人生、君に救われたと思ってる。だから、門番にワイロを渡しておこっかなって思った」
「それで真珠なんですね」
「あと、真珠は有機物だから俺にとっては石よりも格上なんだ。資本主義社会では、ダイヤが最強なのも分かってるけど。下手にギラついた石プレゼントして家に仕舞っておかれるよりは、使ってほしい」
「つけます。毎日つけます。ワイロ万歳!」
機嫌が上向き、くすりと笑った瞳子は、先日のファーストピアスを外して真珠のピアスをつけた。
「似合ってます?」
髪をかきわけて耳朶を見せると、飛豪は大袈裟に安堵してみせた。
「うん。いい感じ。……良かった、やっと笑ってくれた。もう、クリスマスにケンカとか辛い。本当はさっきのタイミングで渡したかったけど、キスで誤魔化した上に物で釣ったとか言われそうだったし」
「んー、けど、わたしが物で懐柔されたってことには変わりなくって……ところで、飛豪さん。前に新宿のホテルに泊まったとき、聖書読んでませんでした? ゴールデンウィーク前にウナギご馳走してもらった夜……もう相当前だから、覚えてないかな」
聖書といえば。連鎖的に、半年前の記憶がよみがえってきた。
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