青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《終章》 ふたりは非常階段で

もっと深く ☆

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 口づけを受けとめて、応える。恥ずかしくて、気持ちいい。始まりの瞬間は、いつもそうだ。

 キスしながらコートを脱いで、彼の体に手を這わせる。

 硬いところも、柔らかいところも、順ぐりに確かめてゆく。

 二か月ぶりの逢瀬は、順番が大切。びっくりしないように、心臓が鼓動を走らせすぎないように。

 大きな手のひらや、きゅんとするぐらい可愛い爪の形、脇腹のくすぐったいところ、どっしりとした太腿、ぬくぬくと温かい首筋、湖のように窪んだ鎖骨――うっとりとした気分で、彼女は服ごしに彼の輪郭をたどっていく。

 なのに飛豪は、瞳子の手順などたやすく無視をする。黒のタートルニットとキャミソールの下にずいっと手を挿しこむと、彼女の下腹部に直接ふれた。

「ん……っ。や……」

 首をすくめて、瞳子が淫らに甲高く声帯をふるわせる。その顎先を、彼はなぞりあげた。

「俺、してる時の君の声、すごく好き」

「わたしは、全部が好き……ドキドキして、もっと触ってほしくなる……」

 飛豪は腹部においた手の侵入を深めると、ブラのカップを上に押しあげた。ふるんとまろび出た乳房を遠慮なく揉みあげていくと、彼女はますます高らかに啼いた。

「っ…はぅ……あっ…ひ、ごうさん……」

 飛豪は下半身に手を伸ばしてくる。ゆったりしたストレートデニムの上から、尻の割れ目の際どいところまでをなぞった。

「きゃっ‼」

 瞳子は上体を起こして、姿勢をずらした。飛豪もまたのしかかられていた体を起こす。

 レースのカーテンは閉まっているものの午後の陽射しで明るいリビングを、彼女はぐるりと見渡した。彼の肩に手をかけて、耳元でそっと囁く。

「あの……ベッドでしたい、です」

「OK。妖精さん、俺が運んでいい?」

 飛豪が瞳子を横抱きにすると、彼女は嬉しさを嚙みしめるように小さく頷いた。

 二か月ぶりの挿入は、彼のほうが辛そうだった。

 体は濡れきっていた。だが、胎内に呑みこんでいくことが久しぶりで、体はずっと彼の性器を圧して、ひどく締めあげていた。

 彼女の両脚を肩にのせた姿勢でゆるゆると往還する飛豪は、何度も苦しげに喉をならし、呼吸を切りつめていた。

 数回に一度、最奥に達すると全身が熱い快感につつまれてゆき、瞳子を叫ばせる。その声が、彼の電圧をさらに高めて、彼女の細い腰をつかんでより激しく体を叩きつけていく。

 情欲にまみれた目で見つめあっては、キスをする。吐息までも味わいたい。どこまでいっても、気持ちいいよりも愛しいのほうが大きくて、瞳子はつい口づけをねだってしまう。

「キスして」と言わなくても、眼差しだけで読みとってくれる彼が、大好きだ。

 わたしの体を大切にもてあそんで、ぎゅっと抱きしめてくれる彼が、大好きだ。

 もっと好きになりたい。もっと深くこの人を愛したい。

「飛豪さん……」

 名前を呼ぶと、彼はわずかに首を傾げて、瞳子の横髪をさぐって耳にささっている真珠のピアスにふれた。

「良かった。つけててくれてるんだ」

「デザインがシンプルだから。どの服でも似合うし、いつでもつけられる」

 彼女は、顔すべてで微笑んだ。彼が幸せになる笑顔。

「そう思ってた。職場では指環、外すんだろ?」

「少なくとも最初は外すと思う。新入社員だし、オフィスの雰囲気まだ分からないし」

「いいよ。でも、せめてピアスはつけてて」

「うん。でも飛豪さんは、指環ずっとつけてて」

 答えるかわりに、彼は指環のはまっている左手を瞳子の手に置いた。汗のにじんだ指を絡めて、ぎゅっと強く握りこんだ。

 行為のあと、体力が底をついた瞳子がぐったりとベッドに横たわっていると、飛豪は大抵の場合、先に回復して後始末や彼女を気遣ってくれる。

 その日、午前中のレッスンに加えて午後いっぱい体を酷使して、彼女はTシャツを着ることもできず全裸で眠りこけていた。

 飛豪は瞳子のために、入浴の支度をしてバスルームから戻ってくる。ふと、左の胸元の傷跡が目にとまった。

 一年半前の九月の夜、彼を守るために彼女がつくった傷だ。以来、体を重ねるたび、飛豪はその傷にふれ、甘噛みをして濃厚なキスマークをつけていた。この先も決して忘れないように。

 今日はいつもよりも色が薄い。そんな気がした。瞳子を起こすのもかねて、もう一度顔を寄せて犬歯を軽く突きたて、強く唇で吸いあげて色を濃くしていく。彼なりの贖罪しょくざいだった。

 彼女はついに身じろぎして、胸にある彼の頭に無造作に手をおいた。

「ん……」

「瞳子、風呂入れるか?」

「ありがとう。……うん。お風呂いただく」

 まだ覚醒が遠いのか、目をつぶったまま彼女は呟いた。

「飛豪さん、やっぱ噛み癖なおらないね……」

「いま、瞳子もガブガブ噛んでくるじゃん、俺の脇腹とか二の腕とか」

伝染うつったんだよ、あなたから」甘く抗議するように、ちょっとだけ口を尖らせた。

「伝染りましたか」

 ようやく目覚めた瞳子は、飛豪と顔を見合わせる。どちらからともなく、顔がほころんでいた。

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