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《第2章》 ワルツの成果
収穫祭の夜に 3
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緊張はしていたが、何度も練習した曲、ステップなので体に動きがしみついていた。それに、クロードが実に巧みにエリーをリードしていた。
五年以上踊っていない、というのが信じられないほど滑らかなステップだ。彼が導くほうへ体をゆだね、足を動かせば自然に踊りが成立する。事前に彼と練習をすることはなかったのに、長年のパートナーのように呼吸があっていた。
今だけは、二人は若く美しい領主夫妻を演じていた。
普段は視界にもいれたくないという態度でエリーに接し、余計な言葉はかけたくないとばかりに引き結ばれているクロードの唇。その口元は淡く微笑をうかべ、彼の手は特別な宝物にふれるように彼女の腰にそえられていた。クロードが愛おしそうに妻を見つめる視線は、見物の女性たちにため息をつかせる。
エリーは、衆目の環境で踊る緊張をわすれ、胸が高鳴った。
――もしかして。
速まる胸の鼓動が、甘く切ないバイオリンの旋律と重なる。ドレスの裾がひらりひらりと弧をえがく。虹色に輝く光のなかで踊る二人は、絵画のように完璧だった。
最後の一小節がながい余韻をひきながら夜空に消えていくと、万雷の拍手と喝采が寄せられた。人々の歓声に、クロードもエリーも汗をおさえて手を振る。
背中あわせになって人々の声に応えながら、クロードは背後のエリーにだけ聞こえるよう小声でささやいた。
「予想以上だった。助かった」
事務的な口調に、有頂天になっていたエリーは表情を曇らせた。
「それで、何をしてほしい」
踊りおえるなり放りだされたエリーの手は、行き場所がなくだらりと落ちた。心にみるみる亀裂が入っていき、破片となって砕ける。
結局、彼は領主としての体裁を守りたかっただけなのだ。
広場にはガラティアの人々のほか、近郊領地からの貴族の招待客も来ている。領民の前はともかく、貴族達のまえで仮面夫婦であるのは露骨に見せられないのだ。だから今日にかぎって軽口を叩き、上手く踊れたらとご褒美をもちかけてくれたのだろう。
――踊る前に話しかけてくれたのも、わたしの緊張をほどいて失敗させないようにするため……。
彼の眼差しには、エリーが見慣れた冷ややかな無関心が舞いもどってきていた。彼の瞳に映る自分自身とエリーは目があう。失望にくれて、体温が急激に冷えていった。
「いつかのために、ご褒美は保留にしておきます」
広場を後にしながら、エリーはクロードからさりげなく距離をとった。もう何度この失意を味わったろう。これ以上、続けられない。
控え室に戻ると、侍女たちが飲み物をはこび汗を拭ってくれながら口々に労ってくれた。しかし、エリーは硬い顔のままだった。
「わたし、城に戻っています」
彼を残して、エリーは従者が開いてくれたドアからさっと部屋を出た。裏口には馬車が待機しているはずだ。
すぐ傍には侍女二名とジェイが付き添っている。はやく城に帰って、彼らも解放しなければ。彼らにだって祭りの夜を楽しむ権利はある。失意に暮れるなら、一人きりで十分だ。
足早に聖堂の廊下を急いでいると、裏口の方角から馬のいななきや、従者たちの声が聞こえてきた。何やら騒がしい。数歩も行くと、廊下の角をおれて向かってきた一群とはちあわせた。
「セレナ様……」
侍女と護衛にかしずかれて現れたのはセレナだった。
今宵の満月の光で織ったかのような淡い銀のドレスは、彼女によく似合っていた。セレナもここで遭遇するとは予期していなかったようで、不意をつかれたかのように目を大きくみはった。
二人はその場に立ちどまり、なんとなく会釈をかわした。セレナがクロードと仮面舞踏会を楽しむために呼びだされたことを、エリーは瞬時にして悟った。もちろんセレナも、エリーが領主夫妻のダンスを終えたのだと気づいたに違いない。
――あぁ、なんでこんな時に遭遇しちゃうかな。
エリーは顔をそむけてそそくさと逃げだそうとする。
自分のドレスが、履きなれない踵の高い靴が、急にみじめに思えた。こんなもの、全然役に立たなかった。たとえセレナがドレスではなく虫食いの麻袋を着ていたとしても、彼は彼女の手をとるだろう。
五年以上踊っていない、というのが信じられないほど滑らかなステップだ。彼が導くほうへ体をゆだね、足を動かせば自然に踊りが成立する。事前に彼と練習をすることはなかったのに、長年のパートナーのように呼吸があっていた。
今だけは、二人は若く美しい領主夫妻を演じていた。
普段は視界にもいれたくないという態度でエリーに接し、余計な言葉はかけたくないとばかりに引き結ばれているクロードの唇。その口元は淡く微笑をうかべ、彼の手は特別な宝物にふれるように彼女の腰にそえられていた。クロードが愛おしそうに妻を見つめる視線は、見物の女性たちにため息をつかせる。
エリーは、衆目の環境で踊る緊張をわすれ、胸が高鳴った。
――もしかして。
速まる胸の鼓動が、甘く切ないバイオリンの旋律と重なる。ドレスの裾がひらりひらりと弧をえがく。虹色に輝く光のなかで踊る二人は、絵画のように完璧だった。
最後の一小節がながい余韻をひきながら夜空に消えていくと、万雷の拍手と喝采が寄せられた。人々の歓声に、クロードもエリーも汗をおさえて手を振る。
背中あわせになって人々の声に応えながら、クロードは背後のエリーにだけ聞こえるよう小声でささやいた。
「予想以上だった。助かった」
事務的な口調に、有頂天になっていたエリーは表情を曇らせた。
「それで、何をしてほしい」
踊りおえるなり放りだされたエリーの手は、行き場所がなくだらりと落ちた。心にみるみる亀裂が入っていき、破片となって砕ける。
結局、彼は領主としての体裁を守りたかっただけなのだ。
広場にはガラティアの人々のほか、近郊領地からの貴族の招待客も来ている。領民の前はともかく、貴族達のまえで仮面夫婦であるのは露骨に見せられないのだ。だから今日にかぎって軽口を叩き、上手く踊れたらとご褒美をもちかけてくれたのだろう。
――踊る前に話しかけてくれたのも、わたしの緊張をほどいて失敗させないようにするため……。
彼の眼差しには、エリーが見慣れた冷ややかな無関心が舞いもどってきていた。彼の瞳に映る自分自身とエリーは目があう。失望にくれて、体温が急激に冷えていった。
「いつかのために、ご褒美は保留にしておきます」
広場を後にしながら、エリーはクロードからさりげなく距離をとった。もう何度この失意を味わったろう。これ以上、続けられない。
控え室に戻ると、侍女たちが飲み物をはこび汗を拭ってくれながら口々に労ってくれた。しかし、エリーは硬い顔のままだった。
「わたし、城に戻っています」
彼を残して、エリーは従者が開いてくれたドアからさっと部屋を出た。裏口には馬車が待機しているはずだ。
すぐ傍には侍女二名とジェイが付き添っている。はやく城に帰って、彼らも解放しなければ。彼らにだって祭りの夜を楽しむ権利はある。失意に暮れるなら、一人きりで十分だ。
足早に聖堂の廊下を急いでいると、裏口の方角から馬のいななきや、従者たちの声が聞こえてきた。何やら騒がしい。数歩も行くと、廊下の角をおれて向かってきた一群とはちあわせた。
「セレナ様……」
侍女と護衛にかしずかれて現れたのはセレナだった。
今宵の満月の光で織ったかのような淡い銀のドレスは、彼女によく似合っていた。セレナもここで遭遇するとは予期していなかったようで、不意をつかれたかのように目を大きくみはった。
二人はその場に立ちどまり、なんとなく会釈をかわした。セレナがクロードと仮面舞踏会を楽しむために呼びだされたことを、エリーは瞬時にして悟った。もちろんセレナも、エリーが領主夫妻のダンスを終えたのだと気づいたに違いない。
――あぁ、なんでこんな時に遭遇しちゃうかな。
エリーは顔をそむけてそそくさと逃げだそうとする。
自分のドレスが、履きなれない踵の高い靴が、急にみじめに思えた。こんなもの、全然役に立たなかった。たとえセレナがドレスではなく虫食いの麻袋を着ていたとしても、彼は彼女の手をとるだろう。
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