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《第3章》 幸せで不幸せ
茜さす帰路 2
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「あ、でも黙ってたといえば」エリーは、思いだしたように口にした。
「何ですか?」ジェイが、今度はなにを言われるのかと身構える。
「あなた、リシャール王がガラティアに来ること、収穫祭の前には知っていたでしょ。ガラティアの人たちが、ギリギリまで重要事項からわたしを締め出したい気持ちも分かるけど、自分が知らないままだと傷つくわ」
エリーが頬を膨らませてむくれた。本質的に傷つくのは、彼がすでに女性と経験があったことよりこちらの方だ。
「…………」
「ま、あなたに文句言っても仕方ないんだろうけど」
黙して返事をしないジェイに、くさくさした気分でエリーは話題を終わらせようとした。
本当のところ、その点で彼を責められないことを、エリーは十分に理解している。彼だってウォルトンあたりから指示されていたのだろう。せっかく二人きりになれた日を、気まずい空気のまま終わりたくない。
二人はしばらく、緋色から群青色へと移ろいつつある壮大なグラデーションの空の下、城へとつづく一本道を走っていた。もうすぐ民家が並ぶ地区にはいる。その前に御者台をおりて馬車に戻らなければならない。エリーが口を開こうとしたとき、ジェイがぽつりと言った。
「知らないほうが安全だから」
「え?」
「お嬢様は、『知らないまま』のほうが疑われない。だから俺も、知ってて黙っていた。それが真面目なあんたを苦しめるのは分かる。でも、周囲から『お飾り』だと侮られたままの方が、生存できる可能性が高い。俺はあんたの護衛だから、そこまで考えてた」
「生存って……そんな物騒な」
戸惑った表情をうかべたエリーを、ジェイはひどく真剣な目つきで見据えた。
「エリー様は、今どこまで把握してる? 知らない方が負担が少ないと思って今までは黙ってきたが、ひょっとするともう、そんな悠長なこと言ってられないのかもしれない。だから、迷ってもいる」
「クロード様とリシャール王の関係は、そこまで差し迫っているっていうこと? ウォルトンから、今回の訪問だけは失敗できないと聞いてたけど」
ジェイは、リシャール王の訪問背景をざっと説明した。ガラティアは、いつ王都から造反の疑義で攻めこまれてもおかしくない事態に陥っている。今まで意図的に聞かされていなかった政治情勢とはいえ、自分の立っていた足場が流砂の地面のように脆かったことに、エリーは愕然とした。
「お嬢様、驚かせて悪かった。でも、だから、聞かせたくなかったのもある。そんな真っ青な顔させたくなかったし、知らなければ、万が一ディーリア一族が討伐されても、エリー様は王都側に保護される可能性がでてくる」
「ディーリア一族ってクロード様のことでしょ。クロード様の御命が危なくなるときは、あなたも……」
「その時は、もちろん俺も死ぬと思う。でも俺は、あんたに生きのびてほしい」
青みがった暗がりのなかでも、エリーを見つめている彼の瞳が切実な色を帯びているのが分かる。事態はそれだけ逼迫しているのだ。
迫りくる夜闇に、エリーは不吉な胸騒ぎを感じていた。
「何ですか?」ジェイが、今度はなにを言われるのかと身構える。
「あなた、リシャール王がガラティアに来ること、収穫祭の前には知っていたでしょ。ガラティアの人たちが、ギリギリまで重要事項からわたしを締め出したい気持ちも分かるけど、自分が知らないままだと傷つくわ」
エリーが頬を膨らませてむくれた。本質的に傷つくのは、彼がすでに女性と経験があったことよりこちらの方だ。
「…………」
「ま、あなたに文句言っても仕方ないんだろうけど」
黙して返事をしないジェイに、くさくさした気分でエリーは話題を終わらせようとした。
本当のところ、その点で彼を責められないことを、エリーは十分に理解している。彼だってウォルトンあたりから指示されていたのだろう。せっかく二人きりになれた日を、気まずい空気のまま終わりたくない。
二人はしばらく、緋色から群青色へと移ろいつつある壮大なグラデーションの空の下、城へとつづく一本道を走っていた。もうすぐ民家が並ぶ地区にはいる。その前に御者台をおりて馬車に戻らなければならない。エリーが口を開こうとしたとき、ジェイがぽつりと言った。
「知らないほうが安全だから」
「え?」
「お嬢様は、『知らないまま』のほうが疑われない。だから俺も、知ってて黙っていた。それが真面目なあんたを苦しめるのは分かる。でも、周囲から『お飾り』だと侮られたままの方が、生存できる可能性が高い。俺はあんたの護衛だから、そこまで考えてた」
「生存って……そんな物騒な」
戸惑った表情をうかべたエリーを、ジェイはひどく真剣な目つきで見据えた。
「エリー様は、今どこまで把握してる? 知らない方が負担が少ないと思って今までは黙ってきたが、ひょっとするともう、そんな悠長なこと言ってられないのかもしれない。だから、迷ってもいる」
「クロード様とリシャール王の関係は、そこまで差し迫っているっていうこと? ウォルトンから、今回の訪問だけは失敗できないと聞いてたけど」
ジェイは、リシャール王の訪問背景をざっと説明した。ガラティアは、いつ王都から造反の疑義で攻めこまれてもおかしくない事態に陥っている。今まで意図的に聞かされていなかった政治情勢とはいえ、自分の立っていた足場が流砂の地面のように脆かったことに、エリーは愕然とした。
「お嬢様、驚かせて悪かった。でも、だから、聞かせたくなかったのもある。そんな真っ青な顔させたくなかったし、知らなければ、万が一ディーリア一族が討伐されても、エリー様は王都側に保護される可能性がでてくる」
「ディーリア一族ってクロード様のことでしょ。クロード様の御命が危なくなるときは、あなたも……」
「その時は、もちろん俺も死ぬと思う。でも俺は、あんたに生きのびてほしい」
青みがった暗がりのなかでも、エリーを見つめている彼の瞳が切実な色を帯びているのが分かる。事態はそれだけ逼迫しているのだ。
迫りくる夜闇に、エリーは不吉な胸騒ぎを感じていた。
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