俺の異世界家族戦記~憑いてる俺と最幸(さいこう)家族

高梨裕

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第2章 異世界家族

第5話 現実

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アキが10歳になり、村にも更なる変化が訪れた。

王国北部で雨不足が頻発し、国内の税率がさらに上昇したのだ。それに伴い、ラウ村の税も2割の増加が割り当てられた。
度重なる心労で村長のジンは倒れ、代理として息子のコウが奮闘しているが、まだ20台半ばで経験も不足しているコウに全てを押し付けるのは酷というものだった。村の総意としてリリがコウのサポートを行っていた。

村の食糧事情は既に破綻しており、ナディアとアキが狩ってくる獲物に頼りがちなのもまずい状況だった。ナディアやアキが怪我を負ったり、獲物が取れない日が来れば村はその時点で飢え始めるのだから。


アキとリリは村を出て東に向かっていた。
領都であるホストラに向かうためである。

内陸国であるネスジーナ王国は塩などの生活必需品が自国生産出来ない。それ故、敵国である南部のカトリス帝国からの輸入に頼っていた。
カトリス帝国との国境を守るファウスト辺境伯は若年ながら、軍を統率することに長け、帝国との小競り合いも連戦連勝。そのためある程度は威圧外交により塩の輸入に困ることは無かったのだ。

村長のジンは数カ月に一度、村の特産物である、リリの薬品やパザンの工芸品、毛皮などをホストラに持ち込み塩、鉄塊などと交換してもらいに行っていた。
しかしそのジンはそんなこと出来る状態ではない。
仕方なくリリが代理として出向くこととなり、荷物運搬役にアキが名乗りを挙げたのだ。

道が舗装されていない状況での荷車の移動である。
徒歩で一日半かかる行程も約3日はかかる。
アキは今までこれを続けてきたジンに頭が上がりそうも無かった。

事件がおきたのは2日目の夜であった。
明日の昼頃には領都に着くという距離でアキとリリは野宿をしていた。
最初に気づいたのはアキであった。
地平線が伸びているこの草原にも多少の凹凸がある。その凹凸を利用してこちらから隠れている影をアキは見逃さなかった。

「ばあちゃん、起きて!」

アキの言葉に直ぐに起きるリリ。
リリが起きると、アキは焚火を消した。

《10人程だな。一流じゃないが、何人か殺してるな。》

<…あれは大したことない、素人…>

「盗賊だ!」

アキが焚火を消したことで気付かれたと判断した盗賊たち。
アキたちに矢が飛んでくる。

「アキ!後ろに控えて!!」

リリの言葉に反応し、急いでリリの影に隠れるアキ。アキたちの後ろには村人全員の命綱とも言える交易品がある。壊されることはおろか、傷を付けられることすら避けなければならない。

リリは精霊魔法を展開する。
リリたちの前に風の壁が出現し、矢は勢いを失くし落ちていく。
アキもリリの後ろで弓を準備し、矢を番える。

盗賊の矢の数が減ってきたところでリリがアキに叫ぶ。
「3で魔法を解除するよ!」

1、、、2、、、、3!!

アキが引き縛った弦を放す。
この数年で体が2周りも大きくなったアキが強化魔法を加えた上での射撃である。
革の鎧を着けていた盗賊の肩であっても容易に貫通する。1人目の肩を貫通した矢は2人目を即死に至らしめた。

ぎゃあああああああああ

月も出ていない闇夜に盗賊の叫び声が響き渡る。
盗賊の響き声が前世のアキの記憶を呼び起こした。

ハケ!!!オマエハドコノソシキダ!!!

ハハニアイタイダロ、ハヤクシャベロ!

オマエガワルイ。

コロスゾ

シンデシマエ!!


《おい!アキしっかりしろ!!》

目の前が真っ黒になったアキの耳に飛び込んできたのは詩の声だった。
まだ混乱しているアキに詩が状況を説明する。

リリは突然反応しなくなったアキに困惑するも、そのまま奮戦。矢が尽き、アキの矢の威力に加えて、リリが放った矢と短刀術によって数人が殺されたことで降伏したとのこと。

アキが目にした最初の光景はリリが盗賊を入念に縛り上げている姿だった。
リリも始めは全ての盗賊を殺すつもりであったが、領都までの距離、アキの過剰反応を見て最小限に抑えたのだ。
予めリリから盗賊の扱いについて聞いていたアキもそれを察する。


「アキ、これを着て」

そういってアキが渡されたのは灰色のローブ。フードまで被ればある程度まで顔がわかることもない。

5人の盗賊を先頭に歩かせ、リリが逃げないようにけん制しつつ、一行は領都にたどり着く。結局、道中は誰も口を開くことは無かった。リリはこちらの情報を与えぬため、アキは自分の未熟さを恥、盗賊もこれから自分らに降りかかる不幸を想像していた。


城門前まで着くと、リリはアキを待機させ、衛兵に賊を引き渡していた。


10mほどの石壁がアキの目の前にそびえ立つ。本来は白いであろう石が砂や、泥で覆われ黒い城壁と化していた。

「アキ、お待たせ。行こう。」

アキらは城門から方向を変え、城壁近くにある野ざらしの市場を目指す。そこは人族から亜人と蔑まれるエルフ、ドワーフ、そして獣人族が店を出している場所だ。

「絶対フードを取ってはだめよ。」

リリの言葉に小さく頷くアキ。今回も本来であればアキの同行は避けたかったが、村の事情がそれを許さなかった。人族の中に亜人が混入することは禁忌なのは自明のことであるが、その逆もまた褒められることでないからだ。

リリはジンから預かった紹介状を持って特産品の交換所へ辿り着く。

「へぇ。お宅、ジンさんの代理かい?悪い時期に来たね。」

紹介状を渡されたドワーフ族の女性はリリに向かってそう告げた。

「今主だった必需品は値上がり続きでね。正直、沢山は交換できないよ。」

申し訳なさそうにそう告げるドワーフの女性。これはリリもジンとの話合いで予期していたことだが、それでもやはり悔しいものがある。

「そうですか…。お願いします。」

ラウ村のように遠くに点在している村の者は商品を売り切るまで、領都に滞在できない。このように馴染みの商人を見つけ、代わりに売買をお願いするのだ。


アキたちが市場に滞在したのはほんの1時間にも満たなかったであろう。しかし、アキの目に映るのはまるでスラム街のようにみすぼらしい格好の集団。現実というものを叩きつけられた。

アキたちは帰途に着く。早めに今回手に入れた品を村に届けなければならない。

アキは再度、城壁の近くに差し掛かる。
首に鉄の首輪をされ、手錠、足枷を着けられた獣人族の人々が城門前に列を成している。皆、この世を諦めたような目をしておりアキはとても直視していられなかった。

アキたちの背後にある領都が小さくなり始めると、沈黙していた空間を遮ったのはリリだった。

「アキも、もう10歳だから話しておこうね。」

おもむろにそう始めると、アキはリリの顔を見る。苦虫を噛み潰したような顔を見て、アキは直ぐに前を向く。

「獣人族がさっき繋がれていただろう。それはね…魔法が使えないからなんだ。」

リリから聞くこの国のあらましは、アキにとって現実とは思えないものだった。



人族が大部分を占めるこの国は当初、種族間の仲が良いわけではなかったが、身分格差などは無かったらしい。しかし、魔物の被害に膨れ上がる市民の不満感情と労働力不足に、王侯貴族が目をつけたのが獣人族だった。
首輪や手かせでは、魔法を封じることはできない。人族はもちろん、エルフやドワーフを奴隷化し、枷をつけたところで、主人に反抗することは難しくない。魔法があるからだ。そこで、獣人族である。
魔法を使えない彼らに重厚な枷をはめることさえできれば、あとは楽な労働力が手に入るのだから。
もちろん、魔法が使える者用の枷もある。魔力に反応して熱を発生させる金属が発見されてからは、主な枷の材料はその{魔熱鉄}が使われているとのこと。だが、この金属は産出量が多くなく、本当の罪人にしか使うことがないという。
ラウ村も例外ではない。あわよくば大森林を開拓できればいいという思惑で派遣されたジンたち。失敗しても貴族の懐は痛まないし、成功すれば御の字。税も入ってくるし、勝手に繁殖し、戦争となれば家族を人質に前線での盾になってくれる。そういう思惑が、辺境の獣人族の村にはあるのだという。

「アキ、あなたに言うかは迷ったけど、もういいかなって思ったの。」

リリは一呼吸つき、言葉を続ける。

「あなた日本人でしょ!?」
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