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第4章 異世界開拓史
第5話 午後
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「そんちょ~!おはよう!」
「もう村長ではないわ!ベリアードさんと呼べ!」
「わかった~」
畑に着いた途端、これである。緊張感の欠片もない。儂らがクルト村に越して来て1カ月が経つ。ここでの暮らしは悪くない。
いや、寧ろ心地がいい。
かつてホップス子爵領の南端にあった我らが村、アス村での暮らしとは比べるまでも無い。
大森林に怯えながら、騎士や徴税官に恐怖し男たちを兵士に、食糧を税として持っていかれる。そんな毎日だった。
先ほど儂に元気よく挨拶し走り去って行った狸人族の女の子モリスも母親を流行り病で、父親を兵士に取られ亡くしている。食糧難から一時はラウ村の人々に託し見捨てようとまでした。それほどまでに儂らは限界だった。
だが、ここでは違う。
大森林に怯える日々は変わらないが、それでも以前のように柵の増設に子爵の許可など必要ない。村と畑とイネと呼ばれる植物を育てるタンボは全て柵で囲うことができ外敵からの侵入に備えることができる。
自分たちの育てた作物を自分たちで存分に味わうことができる。
こんな単純なことが堪らなく幸せである。
「作物の調子はどうですか?ベリアードさん。」
村の子供たちが遊び回っているのを傍目に見ながら、畑の様子を確認していると後ろから声を掛けられる。青い髪の少年。
1カ月前に突如村に現れたこの少年が儂らをこの村に誘ってくれた。あの伝説の白虎人族の兄でもあり、今では儂らの新しい村長じゃ。
「怖いぐらい順調ですじゃ。」
村の北に開墾した田畑は気持ち悪いほどの収穫量を生んでいる。
この村に移住して直ぐのことじゃった。
儂ら農耕班は農業に適したこの土地を見つけると直ぐに木を伐り、整地をし、開墾を開始した。
幸い、村長が買い付けて置いたという種が豊富にあった上、人手にも不足は無かった。
通常であれば2、3カ月で収穫できたであろう。
通常であれば……。
異変は直ぐに訪れた。
村長の弟君であらせられるヒュウガ殿がフヨフヨと飛んでいるかと思いきや、畑に赤い粉を撒き始めたのだ。
突然の行動に村長を含め儂らはひどく慌てた。
瞬く間に赤い粉は土に吸収され始め、儂もひどく困惑したのを今でも鮮明に思い出せる。
するとどうであろう。撒いて直ぐの種が発芽し始めたのだ。
今でこそ歓喜で迎えることができるが、当時の儂らは恐怖で叫ぶことしかできなかった。
村長も「はなさか爺さん…」などと訳のわからんことを呟いておったが。
はっはっはっは。
長いこと生きた儂じゃが、あれほど驚かされることになるとは予想外じゃ。
結局、赤い粉は魔石の粉末であったらしく、作物も数週間で収穫を終えた。
様々な考察が飛び交ったが、意見としては魔素の濃い場所では植物が早く育つのであろうと結論づけられた。確かに大森林の木々は成長も早いし、高さや幹の太さも企画外じゃ。
そう納得することにした。
流石に土が少し枯れていたので、休ませ終えた先日2回目の種植えを終えたのだ。
既に種も発芽しており、今は実験的に魔石の量を調整し収穫時期を操作できるか実験中なのだ。幸い、食糧は豊富にある。
むふふ。
人生で初めての言葉じゃ。食糧は豊富にある。
「そんちょ~、あそぼ~」
そんなことを考えておると、モリスが少年に抱き着いておった。モリスはまだ5歳。まだまだ甘えたい年頃なのであろう。じゃが、
「モリス!村長の仕事の邪魔をするでないわ!」
ここは保護者として叱るほかないであろう。心をオーガにするのじゃ。
「ベリアードさん、いいですよ。ゴロリアさんとの打ち合わせが早く終わったので。モリスちゃん、海に行って遊ぼうか?」
「うんっ!!」
2人は仲良く手を繋いで海のほうへと向かっていった。
あの少年はまだ10歳だという。正直に言ってしまえば恐ろしかった。落ち着きがあり過ぎる。とても年相応の振る舞いではない。
じゃが、人を率いることができる者とはああいう者のことをいうのじゃろう。
まだまだ儂も死ぬわけにもいかぬな。楽しみなことが多すぎるわ。
☆ ☆ ☆
クルト村では各家庭に簡単な海小屋ほどの家屋が割り当てられていたが、食事に関してはその限りでは無かった。
何せ、村人全員が開拓に全力を注いでおり、その効率を上げるため料理に関しては当番制を採用していた。1家族もしくは4~5人で村人全員約300人分の食糧を調理することとなった。
今日の夕食はアキの家族の当番である。
調理といっても量が量である。一皿ずつ配膳できるはずもなく、必然的に献立は決まってくる。今日のメニューはお米に味噌汁、そして魚のフライだ。
お米に関してはアキがホストラの商人ギルドで購入していた種籾を栽培したものだ。
ヒュウガが魔石粉を撒いたことで僅か3週間で収穫できた。
風情の欠片もないなと思っていたものだが、10年ぶりの白米である。贅沢など言ってられない。掲げられた歪んだ信念の下、アキが必死に脱穀したものである。
味噌はリリが遺したものの1つである。薬屋の床下に隠してあった。リリの日本でのおふくろの味だそうだ。今、栽培した大豆を使って目下増産計画中であった。出汁に使う魚の頭や、唯一の具のワカメは海の民の提供品である。ワカメに関しては、
「こんなゴミ引き取ってもらって寧ろ感謝ですわ。」
族長の有り難い御言葉である。魚も村人が採集した果物や野菜との交換で手に入れたもので、今日の夕食に参加してもらうことで少し多めに提供してもらっていた。
「アキ、ちょっとでいいから!先っぽだけ!」ごくり
「にいにおねがい!もうがまんできないの!」じゅるり
「じゃあ先っぽだけね~」
「「わ~~い。」」
美味しそうに魚のフライの尻尾を頬張るナディアとイズモ。どうやらネコ科の血が騒ぎだしたらしい。
そもそもこの2人は調理には一切参加を許可させておらず、味見オンリーでの参加であった。
「ふわわわああぁああ~~にゃんですかこれ、心が揺さぶられる感じがします~」
「がつがつ、もぐもぐ……、がつがつ、もぐもぐ……」
悦に浸るナディアと一心不乱に食べるイズモ。イズモに至っては一匹食べつくしてしまった。
とりあえず、米と味噌汁が受けいれられることを確認し、夕飯に臨む。
村には仕事を終えた村人らと海の民の招待客ら総勢400名ほどが集合していた。
「ふおおおおおお、こっこれは……!」
「なっつかしい味だな~」
「このスープの具。あの邪魔なゴミなのかっ!!」
「うんみゃあ~~」
皆から驚きの混じった喜びの声が上がる。作った料理人としては、これほど嬉しいものはない。
「アキさん、わたくし感動いたしましたの!あのゴミがこんなにも美味しいものに生まれ変わるなんて!是非他にもありましたらご教授くださいませ!!」
「ありがとうございます。でしたら一つ頼みたいことが……」
「???」
また一つ村の産業に新しい風が吹き込もうとしていた。
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